第11話 得意な事と苦でない事
「私、見つけました! ダイブ方法! 聞いてもらえますか?」
私はお店のドアを開けて、魔女さんと目が合うなり、そう言った。
言葉が勝手に口から出てきたのだ。
「おはよう、ミサキちゃん。めっちゃ嬉しそうやん。そんな力いっぱいのミサキちゃん見たん、初めてやね」
魔女さんは最初にちょっと目を見開いてから、楽しそうに笑った。
私はそんな自分がちょっと恥ずかしかったけど、でも、ウキウキ感が抑えられなくて、笑顔のまま続ける。
「おはようございます。……すいません、もう、言いたくって仕方ないんです。私、今、暑苦しいですか?」
「いや、こっちにも熱量が伝わってきて、元気もらえるわ。おおきに。それで、何聞かせてくれんの?」
「あの、私は、スイー、パアーで、うわ〜でした!」
「スイー、パアーで、うわ〜?」
「はい! 師匠の、ザブン、ブクブク、シーンとは違いますけど、でも、ダイブしました」
「すごいやん! それで、ダイブして何が見えたん? 何を感じたん?」
「私、亀の背中を持って、そのままスイーって海底まで連れて行ってもらうんです。そこには、パアーって華やかな龍宮城があって、乙姫様や魚の歓迎の舞と、並んでる宴会の料理に、うわ~〜ってなりました。海の底、自分のなかには、気づいていないお宝がたくさん眠っていて。私、全然活用できてないのかもって」
「ミサキちゃん、この短期間で亀つかまえて、乙姫さんに舞いとご馳走振る舞ってもらえるなんて、やるなあ。才能あるで。その発想は、なかなか出てこぉへんもん。しかも、眠ってるお宝に気づけた。私も嬉しい。ところで、師匠ってなんなん?」
「あの、何ていうか、私は魔女の上田さんの弟子なので。やっぱり、師匠って呼んでみたいかなって」
マンガみたいで、照れもあるけど、正直に言ってみた。 魔女さんは、大笑いしてくれた。
「あはははは。師匠って、直接呼ばれたんは人生初やわ。ええね、師匠」
「あ、お嫌でしたら」
「ううん、これからもそう呼んで。ドキドキするわ。師匠、照れくさいけど、嬉しい。ミサキちゃん、おおきに」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。……師匠」
「よし! 今日はミサキちゃんのダイブ記念と私の師匠昇格祝いに、岩真さんの隣のごはん屋さんでランチしよ。お魚の煮つけが美味しいねん。売切れたらかなんし、今から行こか」
「い、今からですか?」
「うん、今から!」
私達は、各々の短冊を通り道に飾ってある笹に括り付けながら、商店街を歩いた。
「師匠は何を書いたんですか?」
「Love and Peace よ。ミサキちゃんは?」
「……秘密です」
以前よりは増えた短冊を、風は軽やかに揺らしている。
その光景は、こどもの頃の記憶とリンクする。
京都にいるのに、実家の近所を歩いているような不思議な感覚だ。
初めて入る、岩真さんのお店の隣のごはん屋さん。カウンター10席と奥に4人がけのテーブル席がひとつあるお店。
お昼の定食は3種類。お魚、鶏肉、豚肉のメニューから選べる。 師匠おすすめの魚料理は、今日は『赤魚の煮つけ』だ。
お盆の上には、お魚とご飯、お味噌汁。横長のお皿には惣菜が3種類、胡瓜の酢のものと、お揚げと菜っ葉の炊いたん、マカロニサラダがのっている。そして、小皿にはお漬物。
美味しそうな匂いが店内に広がっている。会席料理じゃなくて普段のお昼ごはんだけど、まさに『京都のお袋の味』って感じがする。
「美味しそう! いただきます」
「いただきます。こちらのごはんは、ほんまに美味しいんよ」
女将さんがおひとりで切り盛りされているので、忙しそう。
「いつものお願い」「今日はどうしようかな」という声が聞こえてきた。常連さんも多そうだ。
お魚は本当に美味しい。 お味噌汁も、私がいつも飲んでいるインスタントとは違って、丁寧につくられた味がする気がした。
「あの、そろそろ、次の仕事について真剣に考えようかなって思ってます」
「そうなんや。やりたい仕事見つかったん?」
「いえ、それはまだ全然……。あの、師匠は、仕事って、どうやって選んでいるんですか? なぜ今のお仕事を始めたんですか?」
「私? ん〜〜、私の話は参考にならへんえ。何となく面白そう、好きだからが大半。あとは流れで、誘われたし、とかかな。今の魔女形式は、ある種の実験やね」
「そう、なんですか……。面白そうで、何となく、流れで。……実験……?」
実験って、どういうこと? 思わず彼女の顔をみるが、話はどんどん進んでいく。
「だって、仕事なんてやってみなわからんやん? 同じ業種でも、会社が違えば、仕事内容は全然別物やん? ホテルや宿も、規模やターゲットが違えば、もはや別の業種かってくらい違うこともあるし」
師匠が当たり前って表情で私を見た。
「そ、そんなに違うんですね。自分の得意な事や適性から、何をするのか考えればいいのかと思っていたのですが……」
「得意ねえ。得意って、周りの人やタイミングで簡単にそのレベルがかわるのよ。この会社では得意を発揮できたけど、今の職場では思うようにいかない、って事往々にしてあるもん。だから、自分の得意だけでなく、苦でない分野も含めて考えてみたら?」
「苦でない分野って、どういう意味ですか?」
初めて聞く表現に、興味をそそられる。
「苦でない、つまり行う事がそんなにしんどくない。そんなに好きでもないけど、淡々と継続できる事かな。例えば、事務職についている人みんなが、事務仕事大好き、って訳ではないやん。営業職の人全員が、人と話すのが得意な訳でもない。得意でなくても、それをやり続けてもしんどくないって、めっちゃ強みやで」
「苦でないことが、めっちゃ強み……」
「そやし、ミサキちゃんも、得意や好きだけじゃなく、自分の苦でない事を調べてみたらええんちゃうかな」
「……今まで考えた事なかったです。苦でない事。好きじゃないけど、続けてもしんどくない事。ちょっと考えてみます」
「うん。色んな角度から自分を見てみて。ミサキちゃんが楽しく継続できる仕事と出会うことを願ってるわ」
「ありがとうございます。 師匠、私がんばります!」
苦でないことは強み。
何だか、すごいヒントをもらったのかも。
「あ、そや、せっかくや、ぷち課題も言うとこかな。今のあなたには、役に立つと思う」
師匠が、いつものとても良いこと思いついたわよ、って笑みを浮かべる。
正直、この笑顔はちょっと、怖い。
「課題……何でしょう?」
「ただ、本を読んで感想を書いてもらうだけの、簡単なものです」
「課題って、まさか読書感想文ですか? 私、昔から苦手なんですけど……」
さっきまで感じていた、万能感がどこかに消え去る。
ご飯の美味しさも、幸福感も、読書感想文という不穏なワードに押され、隠れてしまった。
読書感想文……。困ったなあ。




