第22話 最終話:魔女の弟子として
年が明けて、新年、春のセールと、デパートの初めてのシーズンをバタバタと過ごした。
途中で一度だけ商店街を訪れたけれど、師匠は接客中だったので、外からみるだけでその場を離れた。
しばらく会えなくても、師匠は店にいるのだし、私が忙しいのは理解してくれるだろうと思っていた。
梅雨が始まる頃、久しぶりに訪れた店は、クローズしていた。
ドアの入口には「テナント募集中」と、不動産屋の張り紙があった。
ウソ、聞いてない!
どうして?
今度ゆっくり話そうって言ってたのに!!
まだ、全然ご恩返しできてないのに!!
頭が真っ白になって、どうしていいかわからない。
なんで? 嘘、どうして?
それしか、浮かんでこなかった。
「……そうだ、なつこさん。なつこさんの事務所にいかなくっちゃ……」
慌てて、なつこさんの事務所まで走った。
なつこさんは、私の顔を見て、そして寂しそうに笑った。
「上田さん、行っちゃったね」
「行っちゃったって、どこにですか? 連絡先はわかりますか?」
切羽詰まってパニックになっている私に、なつこさんは机から取りだした手紙をみせた。
「彼女がどこに行ったかは不明。これはね、上田さんが店を閉めた日に託されたの。白川清掃の日までにミサキちゃんが事務所に来なければ、手紙は捨ててほしいって。その期間来ないってことは、みさきちゃんはもう一人でやっていく力を身につけたって事だから。そう言ってたわ」
震える手で、手紙を受け取る。
「……ありがとうございます」
「ミサキちゃん、上田さんはあの日、白川に挨拶してから帰るわと最後に言ったの。あなたも、白川でその手紙を読んでみたらどうかしら?」
なつこさんの言葉に、小さく頷いて、手紙をもって白川へ向かう。
茫然と歩いていると、ひいるさんと岩真さんに出会った。
「あ、ミサキちゃん、こんにちは。元気?」
「商店街で見るの、久しぶりやね」
「あ、こんにちは……」
二人は私の様子を見て、状況を察したようだ。
しばらくの沈黙の後、岩真さんがつぶやくように言った。
「心配せんかて、上田さん、またそのうち、ふらっと帰ってきはるんちゃうかな? 確か、前回15年くらい前にも、一度ここでお店してたって聞いてるし」
「ええ? おれもその話知らんわ。上田さん、その間どこで何してはったんやろ?」
「多分、あちこち世界をまわってはるんかもな。前に、私って旅人やねん、って言うてはったで」
二人の会話を聞いて、またもやびっくりした。もうさっきから、驚きの連続で頭がまわらない。
「師匠……帰ってくるんですか……? 本当に……?」
私は声にならないひとり言を呟いた。
少しだけ、息がしやすくなった。
「そや、ミサキちゃん、来月の白川清掃あるよ。また参加したらどう? うちも家族で行くし、サラも喜ぶわ」
「うん、上田魔女がちょっとお出かけ中やし、しばらくはミサキちゃんが、かわりに白川町商店街の魔女の席に座っといたらええんちゃう? ってか、どこに席あるんか知らんけど」
ひいるさんと岩真さんのかけ合いに、癒され、一気に思考が整理された。
そうだ、私は弟子なんだ。動揺している場合じゃなかった。
師匠が、普通じゃない事くらい、わかってた筈じゃないの!
私はお二人にお礼をいって、白川にふらりと移動した。 途中でコーヒーを買って、白川の川べりのベンチへと座った。
以前に、師匠と二人で話をした、あのベンチだ。
まずは落ち着こうと、白川をながめながらコーヒーを飲む。
そして、太陽の陽射しをうけながら、手紙を取りだした。
師匠からのメッセージを読み、自然と目を閉じた。
見た事のある和紙には、こう書かれていた。
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魔女修行の修了証。
宮谷海早紀様
あなたは、しっかりと修行を終えた。
これからは、その成果を広い世界で活かしていってね。
あなたなら、大丈夫。
また、次に会う日を楽しみにしているわ。
追伸:次会う時に、ちゃんと私の事話します。そやから、嘘は言うてへんしね!
上田翔子
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川の流れる音、青臭い草の匂い。
どこからか漂ってくる料理のかおり。
強くなりつつある、太陽の光を肌にうける感覚。
自動車の音、通行人の話声。
師匠と過ごした日々の記憶。
そして、今より少し歳をとった彼女と私が、ここで話す映像が見えた。
目を開けると、キラキラと輝く白川の水の煌き。
手紙を撫でて、そして私は勢いよく立ち上がった。
思いっきり笑いながら、力強くひとり言を言う。
「よし、白川清掃の日、休みもらわないと。店長に聞いてみよう! そして、定期的に、魔女修行も復習しないと。忙しくなるわ」
私は、商店街の入口へと戻り、正面に立った。
「白川町商店街しらかわちょうしょうてんがい」
と、記された、大きな和紙の提灯を眺める。
その奥には細長いアーケードが続いている。
何度も見てきた風景。
天井にはパステル色の真ん丸な紙ランタンが、ゆらゆらと風になびく。
一年前、初めてこの場所に立った。
同じ場所。
でも、今の私には、別の景色に見える。
ここでの思い出と時間の重みが、自分とこの空間をつなげているのがわかる。
商店街はこれからも変わっていくだろう。
私が変化するように。
それでも、今この瞬間。
私の魂がこう叫んでいるのを抑えられない。
「私は白川町商店街の魔女の弟子、ミサキです。これからもよろしくね」
歌うように、宣言するように、声に出してみた。
初夏の風が、私の言葉に答えるかのように、ふわりと頬を撫でて通り過ぎた。
『あなた、運命を信じる?』
師匠の声が、風とともに聞こえた気がした。
「信じますよ、今は。未来図も見えちゃいましたし。話したい事、たくさんあります。恩返しもまだだし。だから、なるべく早く帰って来てくださいね」
私は師匠ゆずりの、ちょっと悪そうな笑顔をみせながら、なんとなく真っ青な空の白い雲に向かって手をふった。
《おしまい》
もう1話、あとがきがあります ⇒




