第18話 決意
女子大生のアシスタントをした日の週末、私はお店で師匠と向かい合わせに座った。
私が途中で買ってきたマフィンを二人で食べながら話す。
今日のお茶は、ローズヒップとカモミールのブレンドティーだ。
甘酸っぱい香りが店内に広がっている。
「ミサキちゃん、最後の修行、お疲れさんでした。3人のお客様の内面、どんなふうに見えたか、何を感じたか発表してもろてええ?」
「はい。まずは、キャリア女性の星野様。メニューはハンドトリートメントでしたが、私には彼女は、魔女さんと話しに来ているようにみえました」
私は用意してきたノートを見ながら報告する。
「施術を受けたいだけでなく、友達に話を聞いてほしい、定期的に相談したりする相手として店を訪れている、そんな風に感じました。ワインと葡萄の話は、なんとなくですが、変身しちゃってもう戻れない、戻りたいわけじゃないんだけど、みたいな複雑な気持ちなのかなと。大きな悩みじゃない、でも誰かにちょっと聞いてほしい。星野様は心を整えに来ている」
師匠はお茶を飲みながら、黙って私の話を聞いている。
私は、続けた。
「松下様は。ご本人には、人格仮面づくりは必要ないと思いました。むしろ、初心がわからなくなっていて、部下や息子さんとどう接していいかわからない。だから、そのヒントを探しているのかなあと。答えを教えてほしい、じゃなく、何か新しいアイデアを探しにきている。師匠の言葉で靄が晴れて、解決法が、どの登山道を選べばいいのかがわかった、って感じがしました」
ここで、私は一度ノートを机の上に置き、マフィンを食べて、お茶を飲んだ。
次は、報告のなかで、一番話しにくい内容で。なんとなく、気合をいれたい気分になった。
深呼吸してから、私はノートに目をやった。
「吉岡さんは……。正直、昔の自分をみているようでした。口では強気だけど、内心は不安でいっぱい。本当は自信がない。タイパとかコスパを重視するって言ってました。彼がだめなら別の人を探すって……」
私は、師匠の顔を眺めた。
師匠は、相変わらず何も言わず、ほんの少しだけ笑みを浮かべながら私を見つめている。
「でも、私は、本当は吉岡さんは彼が好きなんだと思います。好きだけど、好きって言いたくない、好かれる自分でいたい。彼女は、大丈夫だよ、彼もあなたが好きだよって言葉がほしかった。嘘でも、そう言ってくれる人を探している。事実には耐えられないから。でも心の底ではわかっている。彼が自分を大切にしていない事を。でも、まだ事実と向き合う勇気が持てない……」
師匠と話している時の吉岡さんの表情を思い出す。 彼の事を話している時の、言葉の詰まり、不安げな目、声のトーン。
いつの間にか、吉岡さんと自分を同一視して話している自分に気がついた。
胸が痛い。
「吉岡さんが、師匠のお店に来たのは、どこかで今の状態を変えるきっかけがもらえると期待したんじゃないかと思います。普通の占いのお店でなく、わざわざ『悩みを解決するのは自分ですよ』って言ってる所を選んで来たのは、自分を変えたかった……」
「すごいな、みさきちゃん。この短期間で、よくここまできたね。めちゃめちゃ、きちんとプロファイリングできてる思うわ」
「え、本当ですか?」
「うん、大筋を掴んでると思うよ。そう、人間ってね、誰かに大事に対応してほしい、自分の話をちゃんと聞いてほしい生き物なのよ。そして、話をしていく過程で、自分の思考が整理されていく」
私は、自分がここで大泣きした時の事を思い出した。
そして、吉岡さんの事を考えた。
質問されて、それについて考えると、自然に頭の中が整理されていったような気がする。
「私も、そうだった……人に話を聞いてもらうって、大事なんですね」
「うん。会話のキャッチボールは大事。私はここでは、キャッチャーであり、お客さんを照らすライト係でもある。中心にいるのは、お客さんやねん」
「お客様を照らすライト係……」
「星野さん、松下さんは、ええ大人や。私とのやり取りは、彼らにとって、ちょっと良いお漬物や、パクチーみたいなもの。あればなお美味しいけど、なくても問題ない。でも、吉岡さんは違う。私の言葉は、彼女を大きく揺らす。揺らし過ぎてもあかん。だから、これから先は彼女次第。私は、私が思う今、必要な刺激を彼女に伝えた」
師匠は、視線を少し上に移した。
私も、それに倣った。
「……吉岡さんも、現実を受け入れる勇気の量がいっぱいたまって、ちゃんと自分を大事にできるようになるといいですね」
「ほんまに、そう願うわ」
しばらくの沈黙の後、師匠は姿勢を正して私をまっすくに見つめた。
「ミサキちゃん、よぉがんばったな。あらためて、弟子修行、お疲れさんでした。おつき合いいただき、おおきにね」
師匠は、穏やかなほほ笑みを私に向けた。 とても、静かで温かい声だった。
「師匠、大事なお客様のアシスタントをさせてもらって、本当にありがとうございました。ここで、たくさん学ばせてもらったお陰で、私も一歩ふみだす勇気がわいてきました」
私は、座りながら、精一杯頭を下げた。
色々な思いで胸がいっぱいになって、涙がこみ上げてきた。
嬉しい、ありがたい、悲しい、楽しい、寂しい、ここにもっと居たい。
この弟子生活は、本当に終わってしまうんだ。
マフィンとハーブティーの香りが混ざって、より甘くなった匂いに包まれながら、私は必死で涙をこらえた。




