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京都・白川町商店街の魔女   作者: 高瀬 八鳳


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16/23

第16話 お客様の胸のうちは


 受け取った和紙には、こう書かれていた。



-------------------------------------------



下記予約時間より15分前に店に来てね。


9日 13:00

青果なのか、ワインなのか? 


12日 19:00

山への登頂の道は、ひとつではない。


19日 16:00言葉は言葉。行動は行動。


-------------------------------------------


 ……わからない。


 いつもの事だけど、謎すぎる……。


 私は、その言葉を何度も読み返した。

 声にも出して、読んでもみた。


 でも、やっぱりよくわからない。


 仕方がないので、無理やりその言葉からイメージを絞り出して、ノートに書き留めた。


青果: 生もの、果物、新鮮、若い、ジューシー。

ワイン: 元果物、上品、熟成、深み、大人の飲物。


山への登頂の道 道は、いろんな場所にたくさんある、獣道とか。

徒歩、馬、気球、飛行機。


言葉は言葉: コミュニケーション方法、口から出て耳から入るもの、文字として書き目から入れるもの、物質ではない、未確定。

行動は行動: 動く、主体、意志、人から見える、確定。

 

 そうして、考えてはみたもののよくわからないまま、三人のお客様の来店時に立ち会う事になった。


 アシスタント初日。お部屋のアロマブレンドを手伝いながら、師匠からはこう言われた。


「あんな、ミサキちゃん。ここに来はるってことは、無意識であっても、何かしら心に課題を抱えてはる。そして、たいていの方の課題は、本人の口から出てくるものとは違うところにあるねん。その本音の部分を、考えながらみといてね」


 アシスタントといっても、私は挨拶をしてお茶を出したりするだけで、お客様と直接話をすることはない。


 お客様もみんな笑顔で、部外者の私をあまり気にする様子もなく、いつも通りって感じで師匠に先払いされた。


 お客様に威圧感を与えないように、部屋の奥においた簡易椅子に腰掛けながら、やりとりをじっと観察した。


 お一人目は、リピーターの30代キャリア女性。

 ご利用メニューは、ハンドトリートメント。

 今日の香りは、ゼラニウム、イランイラン、クラリセージ。甘くて、でもスッキリするような大人の香りだ。


 机の上に、バスタオルを敷いて、その上に手を置いてもらう。

 師匠は丸い器に入れたココナッツオイルを、お客様様の指先から肘へと直接肌に塗布して、両手でのばしていく。

 

 ゆったりと、軽やかで、気持ち良さそう。


 その女性は、とても綺麗な人だった。

 みるからにキャリア女性。仕事ができる、強者のオーラが漂っている。


 パンツスーツにピカピカの黒革パンプス、大きいけれど上品なトートバッグ。たぶんブランド品だろう。


「最近、会議ばっかりで本当に疲れてるの」

「確かに。手もとってもこったはるわ。休みの日は、ちゃんとビジネスモードはオフにして、気分転換してくださいね」

「そうしたいんだけど、休日にも電話がかかってくるの。責任者は辛いわ」

「大変ですねえ。まあ、星野さんは仕事と趣味がごっちゃになってるから、周りが思ってるほど、苦になってなさそうやけど」

「あら、バレてるのね。フフフッ、そうなの。なんだかんだ言って、忙しいのはドーパミンでるのよね。もう病気よ、病気。仕事中毒」

「星野さんは、以前にご自身でおっしゃってたように、高級ワインへと熟成中ですもんね。時間が経つ程、価値を生む薫り高き至宝」

「そう……。自分でそれを望み、突き進んで来たわ。でもフッと思うのよ。ああ、私、二度と葡萄には戻れないんだわって……無いものねだりね」


 星野さんは、少し目を細めて、切なそうにため息をついた。



 お二人目は、3回目の利用だという50代の中間管理職男性。

 ご利用メニューは、人格仮面づくり。

 説明を聞いたけれど、もひとつ何をするのか私にはよくわからない。

 今日の香りはスーッとする、ローズマリー、レモン、ペパーミントブレンドだ。

 

 上品な紳士で、なぜ『魔女のお店』に来られたのか、本当に謎だ。

 落ち着いた質のよいスーツ、高級感のある黒革靴。白髪交じりの髪は短く綺麗に揃えられていて、どこかの社長さんといわれても納得する。


 師匠はカルテの用紙に何かを書き込みながら、紳士の話を聞いている。


「やっぱり私にはもう、昔の自分が思い出せない。何が起こったのかは記憶していても、何を感じたか、なぜそう感じたのかは、わからないんだ」

「なるほど。松下様は、若い未熟な時代の感覚はもう思いだせない。だから、息子さんや、若手の方の気持ちを理解する事は難しいと」

「そうなるね」

「諦めるのはまだ早いですよ。こうしましょう。社運をかけて、若い方をターゲットにした商品を販売します。若い方について、頭のてっぺんからつま先まで、しっかりリサーチする必要がある、としたら?」

「なるほど」

「その若いペルソナを、息子さんや若手社員の方をイメージしながらつくっていくのは、どうですか?」

 

 松下さんは、しばらくの沈黙の後、片頬をあげて声を落として言った。


「……上田さんは、ビジネスパーソンの思考をよくご存じだ。感服したよ。これなら、取りかかれそうだ」

「良かったです。ほな、そうですね。……目を閉じてもろて、浮かんでくるイメージ、言葉を口に出してみましょう。私がかわりに記録していきます」



 三人目は、初回利用の女子大生。

 ご利用メニューは、恋愛相談タロットカード。

 今日の香りはラベンダー、ベルガモット、マンダリン。柑橘系の香りがとっても落ち着く。


 とっても明るい、リア充っぽい20歳女子だ。

 メイクもネイルも華やかで、最先端のファッションを取り入れている、いや、SNSで発信している側の空気感。ポンポンと師匠相手にタメ口をたたく姿に圧倒される。


「魔女の店っていうから、すごい人が悩みを解決してくれるんだって思ってきたけど、おねえさん、普通の人やん」


「フフッ、普通でごめんね。吉岡さん、ご予約の時にもお伝えしましたけど、私は悩みを解決するのはご本人自身やと思ってます。それでも、よろしい?」

「難しいことわからんけど、タロットカード引きたい。はよ始めて」

「わかりました。ほな、よろしくお願いします。何についてみましょう?」

「……最近、新しい彼氏ができたんで、相性とか、うまくいくかをみてほしいの。相手は照れ屋で無口で……。私をどう思ってるか、よくわからないっていうか」


 さっきまでの勢いのある口調が突然、なんだかスローになった。


「私、タイパ、コスパを重視するタイプだから。もし、彼が私を大事にしてくれないなら、別の人を探そうかなあって……」


 明るく笑いながら、でも顔は言葉とは逆に泣きそうな表情だ。


「わかりました。まずは、現状どんな感じか、今の道のままなら、吉岡さんの未来はどこに行き着きそうか、みていきましょか」


 師匠は、いつもの純粋そうな笑顔で、ゆっくりと言葉をかけた。

 吉岡さんの瞳が、すがるように師匠を見たような気がした。


 カードの結果はあまり良くないようだった。師匠が、言葉を和らげて話しているのがわかった。吉岡さんはきゅっと唇を噛みしめていた。


「吉岡さん、カードの結果は以上ですが、私からお聞きしておきたい事があるんです。吉岡さんは、本当に彼のことが好きですか?」

「えっ?」

「この彼氏さんの事が、心から好きですか?」


 師匠にまっすぐに見つめられ、吉岡さんはどう答えていいかわからないようだった。


「そんな事聞かれても……」

「よろしければ、そこをじっくり考えはったらいかがでしょう?私は、あなたに彼が好きかと聞いた。あなたは、答えられない。それは、いったいどう言う事なのかを」


 吉岡さんは、黙ってしまった。

 師匠はしばらく彼女をみつめた後、静かに最後の挨拶をした


「吉岡さん、今日はありがとうございました。今日のこの時間が、あなたの幸せや未来への道を、考えるきっかけになれば幸いです」


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