メイド服の娘
校外販売は課外授業である。
基本的に生徒の自主性に任せ、担任教師は学院に控えているのが通例であった。
同僚教師などは「合法的にサボることができるよい授業ですな」と職員室でささやいている。
俺にも同意を求めてきたが、それには同意できない。
フィオナが学院の外、それも公都に出て物を売るのだ。
他の教師のように学院で悠然と待っていることなどできない。
フィオナたちが学外に出かけると俺は当然のようにあとを付けた。
当日、我がクラスは5つほどのグループが学院の外へ出たが、残り4つはがん無視してフィオナのグループだけ注視した。
俺の横に寄り添って一緒に見守っているメイドいわく、
「教師としては依怙贔屓が過ぎますが、親馬鹿としては当然の選択ですね」
とのことだった。
事実なので痛くもかゆくもない。
公都の治安は良好であり、娘たちは集団行動をする。それに娘たちはまだ卵とはいえ魔術師。なにかトラブルに巻き込まれる可能性は低かったし、巻き込まれても自力で解決できると思うが、それでも幼い娘が公都の寒空の下で売り子をするのを学院から見守ることはできない。
それに娘がメイド服のような衣服をまとって売り子をする姿は眼福である。
そんなレアで楽しげなイベントを直接見ずにいるなど、もったいないことこの上なかった。
「ちなみにあれはメイド服ではなく、エプロンドレスです」
と、横にいるメイドの大家、クロエ先生は主張するが、無視をすると娘たちの行動を観察する。
「まずは大通りで売るようですね」
「さすがはフィオナ、賢いな。一番人通りの多いところで売るのが一番効率がいいからな」
「誰でも思いつくと思いますが……」
「思いついても実行できないやつも多いんだよ」
などと言っていると、早速、護民官が現れる。
なにやら注意を受けているようだ。
クロエは両耳に手を添え、その会話を聞き入る。
「――どうやら大通りで物販をするのは護民官の許可がいるようです。フィオナ様はとっていなかったようですね」
「弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる、だな。天才にもミスはある」
「他の生徒たちがフィオナ様に詰め寄っています。作成した許可証はどうなったのだ、と。なんとかごまかしているようですが、どうやらおひつじ組の担任が許可証を提出しなかったようです」
「……世の中には無責任な教師がいるものだ」
他人事のように論評すると、クロエが突っ込む。
「フィオナ様は優しいですね、最後まであるじ様をかばっていましたよ」
「なんと心根の優しい娘だろう。聖教会に聖女認定されないといいが」
「……心配しすぎです」
と、クロエが言うと、フィオナたちは場所を移動するようだ。
迷惑を掛けたから、と護民官たちにフォーチュン・クッキーを配っているのは娘らしい。
娘の願いを聞き入れない石頭たちよ、ハズレのハーモニア特製クッキーでも引け、と思ったが、神はそんな俺のささやかな願いも聞き届けることなく、当たりのクッキーのみを引いていったようだ。
美味しそうにクッキーを口に放り込んでいた。
ただ、護民官たちも役人根性がしみこんだ小人物だけではないようだ。
フィオナたちに良案を授けてくれる。
「この手の変わり種のクッキーを売るのならば、冒険者ギルドの前で売るのがよかろう。強化系秘薬の売り子もあそこで商売することが多い」
その言葉を聞いたフィオナは「なるほど!」という顔をすると、ぺこりとお辞儀をする。
ついでクラスメイトの方へ振り返ると、
「冒険者ギルドの前に言って売ろう」
と、宣言した。クラスメイトたちは全員同意する。
さすがは我が娘、そのリーダーシップは天性のものだろうか。末は女将軍か女大臣か。
そんな感想を抱いていると、娘たちは冒険者ギルドに向かった。
その様子を見ていた俺はクロエの方に振り返ると、こう言った。
「クロエよ、俺は一足先に冒険者ギルドに向かう。その間、フィオナたちを足止めしてくれないか?」
「足止め……? で、ございますか?」
クロエは怪訝そうな顔をする。
「かまいませんが、あるじ様はその間、なにをされるのですか?」
「冒険者ギルドまで先回りして、小金を貯め込んでいそうな冒険者を捕まえて、フィオナの作ったクッキーを買うように脅す――、いや、紳士的に協力してもらう」
「……思考方法がシーモア様と変わりませんね」
「俺はイリス・シーモアの弟子だからな」
「なかなか親馬鹿な作戦かと思いますが、もしもことが露見すれば教師を首になるかもしれませんよ」
「かまわない。もともと教職に未練はないよ。本道に戻るだけさ」
「フィオナさまが悲しまれますよ。せっかく一生懸命に作ったクッキーなのにそんな卑怯な手を使って売れたのか、と」
「…………」
「それにフィオナさまたちが作ったクッキーは立派なものです。そのような無粋な真似をしなくても売れると思うのですが」
あるじ様は、フィオナさまの力を信じておられないのですか、と、とどめを刺してくる。
そこまで言われてしまえばぐうの音も出ない。
ここで娘の力を信じてやるのが善き父親としてのとるべき行動であろう。そう悟った俺は黙ってクロエに背中を見せた。
「どちらへ?」
と尋ねるクロエに伝える。
「冒険者ギルド」
と、一言だけいうが、一応、説明する。
「脅すために行くんじゃないぞ。冒険者どもは荒くれものばかりだからな。フィオナにちょっかいをかけるようなやつがいないか、偵察に行くだけだ」
「…………」
「なんだよ、そのやれやれ、というポーズは」
「やれやれ、だと思っているのです。でも、とめませんわ」
クロエはそう言うと逆に質問をしてきた。
「フィオナさまたちを足止めするのはかまいませんが、どうやって足止めしましょう。あるじ様、知恵をお貸しください」
「その辺は任せる。臨機応変にな」
「かしこまりました」
と、クロエは「あいたたたッ」とお腹をさすりながらフィオナたちのもとへ向かった。
古典的な戦法、「持病のしゃくが」と助けを求める気のようだ。
機械仕掛けのメイドがしゃくというのも変であるが、時間が稼げるのならばなんでもいい。
実際、我が娘フィオナはクロエと公都で偶然出くわしたことさえ違和感を覚えていない。
お腹をさするクロエの心配をしていた。
俺は娘の人の良さに感謝しながら、冒険者ギルドへと向かった。




