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第十三話 『カニと誕生日』

 時は流れ、秋が訪れた。

 空気は日に日に透き通り、冷たさを増していく。

 自動販売機はつめたいからあたたかいの衣替えを始める。


 最近アキラとハルはうまくいっていないらしい。

 ハルに言わせれば原因は全てアキラにあるらしい。


 元々時間や約束にルーズな性格の上、バンド活動で忙しい。

 デートの約束をしたのに当日になってバンドの練習だと言ってドタキャンされる事もあった。

 優先順位の上位にバンド活動があるから、当然のように放って置かれる。


 ジュンは、イケメンだからこそ不遇な事もあると言う。

 顔面偏差値が高いと、全てにおいて高い水準を求められてしまうらしい。

 期待していた水準が高いだけに違った時に減点方式で株が下がってしまうのだと。


 ハルがよく『こんなはずじゃなかった』とか『もっとこうだと思ってた』と言う。

 そうして満点だった点数がドンドン削られていく。


 出会ってから数週間だし、知らない事が多いのは当たり前なのにね。

 理想の外見なだけで贅沢なのに、理想な性格まで求めちゃダメだよね。


 久しぶりにアダチ宅でビールを数本空けたジュンが珍しく愚痴をこぼした。

 きっと恋愛の愚痴を聞かされてストレスが溜まっていたのだろう。


 「アダチはそんな事なくてよかったね」


 「なんですそれ、嬉しくないですよ」


 「えー、褒めてるのにー」


 「いやいや、イケメンじゃないって事でしょ?」


 「まーそうなんだけど、そうじゃないの!」


 「なんですか、絡みつかないでくださいよ」


 酔ったジュンは、アダチ青年にベタベタする事もある。

 言うまでもなく、手が出せる程の戦闘力を持ち合わせていないアダチ青年。

 口ではやめろやめろと言いながら、ベタベタしてくるジュンのいい匂いを堪能するのだった。


 「ねーねー、アダチって犬派? 猫派?」


 「実家で犬飼ってますし、犬派ですかね」


 「えー! 猫かわいいよ?」


 「犬だってかわいいじゃないですか」


 「猫の方がかわいいニャー」


 酔っ払っているジュンが猫語をしゃべる。

 犬派のアダチ青年も思わずかわいいと思ってしまったのだが、犬派を裏切る訳にもいかず対抗する。


 「犬の方が、かわいいワン」


 言ったみたら思っていた以上に恥ずかしい、シラフのアダチ青年は悶絶した。

 そんなアダチ青年をよそに、ジュンはいまだに猫語で攻めてくる。

 

 「ニャーニャー、猫派になろうニャー」


 ジュンの猫パンチがポスポスとアダチ青年の肩を叩く。

 パンチの威力とは別の不可抗力がアダチ青年のライフポイントを削ってゆく。


 (なんだこのカワイイ生物は、もうやめて、猫派になってしまいそう)


 自らの犬語のダメージを上回る、猫攻撃で犬派の砦は陥落寸前だ。

 悶えているアダチ青年にもう猫ではなくなったジュンが聞く。


 「ワンちゃん、何犬なの?」


 「え、えーっと、雑種かな」


 「雑種かぁー、名前はー?」


 「名前は……、か、カニです」


 「え? 名前、カニなの?」


 「……はい」


 アダチ家では毎年誕生日プレゼントの代わりに好きな食べ物をリクエスト出来る制度があった。

 小学生6年生の時、誕生日にカニが食べたいと母親に伝えておいた。

 しかし、父親が買って帰ってきたのは子犬だった。

 なんでカニじゃないんだと、泣きながら抗議すると父親はこいつはカニだと言い張った。


 「お父さん、面白いね」


 「今だからこそ笑い話ですが、当時はしばらくグレましたからね」


 「アダチ、グレてたんだ、ウケる」


 「僕だって反抗期というやつがあったんですから」


 「へー、意外だー」


 「ジュンさんだってあったでしょ?」


 「んー、どうかな? ずっと仲良しだよ」


 「お父さんのと一緒に洗濯しないで! とかあったでしょ」


 「あー、うち母子家庭だから、そーゆーのなかったかな」


 「あ、そうなんですか、知りませんでした」


 「まだ小さい頃に交通事故で、お父さんと弟がね……」


 「……そうだったんですか、何も知らずにすみません」


 「んーん、謝らないで、言ってなかったし、それにもうずいぶん前の事だから」


 気にしないでと言うジュンが、寂しそうで少し悲しそうに見えた。

 どうにか慰めてあげたいと思ったアダチ青年は考えた。


 (こんな時、どうしたらいいものか……)


 幼い頃の話をしていたせいだろうか、急に小学生の頃のクラスの目標を思い出した。


 『自分がされて嫌な事はしない、自分がされて嬉しい事をしよう』


 自分がされて嬉しい事、こんなとき、ジュンなら頭を撫でてくれるだろうか。

 そう思った、だからジュンにもそうしてあげたくなったのだろう。

 アダチ青年は少しうつむいたジュンの頭に手を乗せてゆっくりと撫でた。

 ぎこちない手つきで撫でるというよりは、そっと触るような感じだ。


 うつむいていたジュンがびっくりしてアダチ青年を見る。

 やさしくそっと触る手に、これは頭を撫でてくれているのだと少しして気付いた。

 自分から手に頭をグイグイして、撫でられる。

 アダチ青年を見ると、耳まで真っ赤になっている、シラフなはずなのに。


 「えへへ、ありがと!」


 「いえいえ、どういたしまして」


 それからご機嫌になったジュンはさらにビールを数本空け、ベロベロになった。

 千鳥足のジュンをヨタヨタしながら隣室まで送って行きベッドに設置する。


 「ごめんれー」


 ロレツが回ってないジュンが謝って、それからすぐにスースーと寝息を立てて寝始める。

 布団を掛けてやり、スースー言ってるジュンを少し眺めてから自室に帰った。



 ***

 

 

 週末。

 ジュンが夜ご飯をご馳走してくれるというので隣室に来たアダチ青年。


 テーブルにはカセットコンロの上に鍋が乗っかっている。

 クツクツと、何やらいい匂いをさせている。


 「じゃじゃーん!」


 ジュンが効果音を口で言いながら、ニカッと笑って鍋のフタを開ける。

 そこには野菜や豆腐の他に、真っ赤なカニが入っていた。


 「おおおおー!! カニじゃないですか!」


 「この前の話し聞いてから、食べたくなっちゃって奮発したの!」


 「誕生日でもないのにカニが食べられるとは、ありがとうございます」


 「じゃあ、食べよっか」


 二人でハフハフ言いながら、鍋を食べる。

 

 「そういえば、アダチって誕生日いつなの?」


 ジュンがカニの足をホジホジしながら尋ねる。


 「6月ですよ」


 アダチ青年もホジホジしながら答える。


 「もう過ぎちゃってるんだね」


 「そうですね、ジュンさんは?」


 「わたしは3月だよ」


 「3月って事は、さそり座……? ですか?」


 「どっからサソリ出てきたの、うお座だよ、さそり座は10、11月でしょ」


 「で、ですよね」


 ジュンの鋭いパンチがサソリの毒針を彷彿とさせたなどとは言えない。


 「アダチは6月ってことは、もしかしてカニ座?」


 「そうですよ」


 「だから?」


 「だから? って何がですか」


 「カニが好きなのが」


 「ジュンさん、魚好きですか?」


 「どっちかっていうと肉が好きかな……」


 「でしょ?」


 「でしょってなによ」


 「星座と好物なんて関係ないですよ」


 「正論過ぎて、なんか腹立つわね」


 「おとめ座とか、どーなるんですか」


 「うるさい、しつこい!」


 それ以上言ったらカニ没収するからね、と言われ大人しくなるアダチ青年。

 鍋を食べ終わって、二人でまったりする。


 「ジュンさんの誕生日には、肉ご馳走しますね」


 「え、誕生日プレゼント、お肉なの?」


 「カニのお礼です」


 「う、うん。なんか素直に喜べない」


 「え、肉より好きな食べ物ありました?」


 「食べ物じゃなきゃダメなの?」


 「あー確かに。うちがそーゆーシステムだったのでつい」


 「でもでも、頂けるなら何でも嬉しいよ」


 「食べ物以外でって事ですね」


 「う、うん。出来ればね」


 友達が少ないアダチ青年には誕生日プレゼントをあげるという事をしたことがない。

 しかも異性になんて考えたこともなかった。

 何がいいのだろうかと頭を悩ませたが、3月までには時間があるし今度ちゃんと考えようと置いておく事にした。

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