第十二話 『夢と現実』
青空に打ち上げ花火がドーンと弾けて、花びらがヒラヒラと散る。
落ちてきた花びらを捕まえて、楽しそうに笑うハル。
地面に落ちた花びらは、根を生やし瞬く間に成長してきれいな花をつける。
あっと言う間に周りは花畑になり、その中をクルクルと回りながらハルが駆け回る。
近づいてきて、眩しい笑顔をこちらに向ける。
その笑顔はまるであの時のような、そう僕には向けられるはずのない笑顔……。
そこで目が覚めた。
夢で見たハルの笑顔が、アキラに向けられたモノとダブって夢だと気付いてしまった。
あんなに泣いたはずなのに、また涙が出てきた。
あふれ出る涙を拭ぐいながら、ふと横を見ると隣で寝ていたジュンと目があった。
ずっと起きていたのだろうか、それとも起こしてしまったのだろうか。
何かを言おうとしたが、涙があふれ出てきて声にならない。
ジュンも何も言わない。ただ、手を伸ばしてアダチ青年の頭を撫ではじめた。
頭を撫でられる心地よさと、ふわっと香るジュンのいい匂いで涙は少し収まった。
そのままゆっくり目をつぶると、アダチ青年は再び眠りについた。
朝、目が覚めると体の右半身に何かがまとわり付く感覚があった。
焦って右を向くと、すぐ近くにジュンの寝顔があった。
スースーと気持ちよさそうな寝息をたてている。
右腕を動かそうとしたが、がっちりホールドされているようだ。
ジュンの太ももが、朝の子アダチに当たって気付いた。
朝の子アダチ略して、朝ダ――ゲフンゲフン。
とにかく、自然の摂理で元気ハツラツ状態の子アダチにスベスベの太ももはヤバイ。
必死に体勢を変えようと動いて右腕をジュンのホールドから引き抜いた。
だが腕をどけてみると、そこにはバスローブの隙間から、男が目を離せなくなる魔性の谷間が見えた。
一瞬で理性がぶっ飛んだアダチ青年は、ガン見である。
鼻息荒くさらに奥を覗きこもうとしたら、ジュンが寝返りを打って反対側に転がっていった。
理性が飛んでいるアダチ青年は、ジュンが寝ているのをいい事にもっと覗けないかと体勢を変える。
背中を向けているジュンを上から覗き込むような形で、ぬらーとおおいかぶさる。
すると、ぱっちり目が開いていたジュンと目が合った。
(あ、起きてらっしゃったんですか……、え、いつから……)
心臓がバクバクと脈打ちだした。
「おはよー、アダチ起きてたんだー」
寝ぼけた声でジュンが言う。
「お、おはようございます、い、今おきました」
ふわーとそれっぽいアクビをして誤魔化した。
ジュンは布団を頭までかぶせて言う。
「無料のコーヒーあったからいれてー」
動揺しているアダチ青年は言われるがまま、コーヒーを淹れる。
コーヒーのいい香りが漂う頃には、かなり冷静さを取り戻していた。
「できましたよー」
「ふぁーい」
起き上がったジュンはボサボサの髪を軽く手で整えて、アダチ青年からコーヒーカップを受け取った。
淹れたてのコーヒーを飲んで、あーおいしーと笑ったジュンに一瞬目を奪われた。
カーテンの隙間から、朝日が差し込む清々しい一日の始まりだった。
この後、今日は雨降らないだろうなー!と天気予報を見る為につけたテレビに
例のアレが映し出され、二人してコーヒーを吹き出した。
***
アダチ青年の初恋は儚く散った。
恋焦がれていた期間は短かったが、確かに恋し、そして見事に散ったのだ。
日焼けした肌がヒリヒリと太陽の事を思い出すように、アダチ青年の心もチクチクと痛んだ。
夏の終わり、日焼けした肌はペリペリとめくれ、新しい皮膚が現れる。
ペリペリと剥がれるから新しい皮膚が出来るのか、それとも新しく出来上がったから剥がれるのか。
たぶん後者だろう。
失恋の傷を癒すには新しい恋が特効薬になる。それも同じ事だろう。
新しい胸の高鳴りは、以前のズキズキと痛む胸のわだかまりを薄れさせていく。
夏が終わり、大学が始まった。
アキラとハルは花火大会以後、急速に惹かれ合い、すぐに付き合いだした。
まだハルに対して複雑な心境のアダチ青年は、アキラになんて言っていいか分からなかった。
アキラを避けて行動していたが、コンビニでどうしても顔を合わせることになる。
「アダチー、これ見て、ハルちゃんマジかわいい」
どこかで撮ってきたツーショット写真を見せられる。
「そういえば、付き合ってるんですよね」
写真に写るハルを見ると、まだ胸はチクチクと痛んだ。
「あ、そういえばちゃんと言ってなかったな」
アキラは笑いながら別の写真も見せてくる。
「よかったですね」
搾り出すように言うのが精一杯だった。
「おう、ありがと。アダチもジュンちゃんと順調か?」
そこでアダチ青年は合点がいった。
アキラには気恥ずかしくて想い人の名前までは告げていなかった。
アダチ青年が仲のいい女の子なんて二人しかいない。
きっとアキラはジュンだろうと決め付けていたのだ。
アダチ青年の中にあったモヤモヤが、スッとした気がした。
そうか、アニキは勘違いしてたんだな。
そりゃそうか、そうでなければハルさんの写真なんて自慢してくる訳ないよな。
それからはアキラとは普段通り接する事ができるようになった。
一方、ジュンはハルから逐一報告を受けていた。
だからアキラとハルが付き合う事になった当日から、その事は知っていた。
困ったのはアダチ青年にどう話したらいいか分からなかった事だ。
あの日から、ハルの話題は二人の間でなんとなくタブーな空気になっていたからだ。
しかし、ウォーウルブスでは相変わらず4人でプレイすることもある。
チャットでの会話であっても、幸せ全開の二人からはリア充オーラがダダ漏れだった。
ジュンが聞いていても、リア充爆発しろ!と思えるような空気。
さすがのアダチも気付いているだろう、慰めてやるかとアダチ青年宅を訪れた。
インターホンも押さずにガチャっとドアを開けると、アダチ青年はパソコンの前に座っていた。
「おーす」
「うわ、ジュンさんどうしたんですか?」
「んー、ちょっとね」
「さっきログアウトする時、もう寝るって言ってませんでしたっけ?」
「なんだか目がさえちゃって」
「そうなんですか」
しばしの沈黙。アダチ青年は感づいた。
ジュンがアダチ宅を訪ねるのは、何か用事がある時だ。
だいたい入ってきてすぐに用件を言ってくれる。
それが何を言うでもなく、座ってくつろぐでもなくフラフラしている。
きっと、ハルの事で気にかけて来てくれたのだろう。
そう察すると、アダチ青年は口を開いた。
「あの二人には、参っちゃいますよね、早く爆発すればいいんですけどね」
「……う、うん、そうだね」
「チャットであのバカップルぶりですからね」
「……そだね」
「実際、二人でいる所に出くわしたら……出くわしたら……」
気遣ってくれるジュンに、僕は大丈夫ですから!と思わせようと頑張ってみたがダメだった。
想像しただけで言葉に詰まってしまった。
二人が仲良くしている場面に出くわしたら、きっと逃げ出してしまうだろう。
パソコンに向かったまま口をつぐんでうつむいたアダチ青年の頭に、後ろからそっとジュンの手が乗った。
(最近ジュンさんに頭を撫でられる事が多いな)
頭を撫でられた事なんてなかったから、最初は恥ずかしかったけどもう慣れてしまった。
やさしく撫でてくれる手に、フワッと香るいい匂い。
撫でられながらアダチ青年は、つい思った事が口にでた。
「ジュンさんっていい匂いしますよね」
「そう? シャンプーかな?」
ジュンはアダチ青年の背後から短めの髪の毛をホレホレとアダチ青年へチラつかせる。
確かに髪の毛からはシャンプーのいい香りがした。だがこの匂いとも少し違う。
あの心地よい匂いは、いったい何なんだろうか。
嗅覚に集中する為に目を瞑り、匂いの在り処を嗅ぎ分ける。
クンクンと、ジュンがいる方向を目を瞑りながら嗅いでみる。
「ちょっ――」
ジュンの声がしたので、目を開いてみると目の前にジュンの顔があった。
髪の毛をチラチラするために相当近くにあったジュンの顔。
匂いの元を辿るべく、そちら側に向き直ったアダチ青年。
向かい合ったお互いの顔の距離は数センチ。
ジュンは驚いた。
振り向いたアダチ青年は目を閉じている。
キスされてしまうのかと、思わず声が出た。
目を開いたアダチ青年もびっくりした顔をしている。
バッとお互い距離を取る。
二人とも顔がみるみる赤くなる。
お互いが相手を異性だと、意識した瞬間だった。




