第十一話 『ネオン管とテレビ』
自宅から遠く離れた見知らぬ町、駅前は閑散としていて人気がない。
タクシーに乗って帰れる手持ちもなければ、タクシーもいない。
傘を買いたいのにコンビニの一軒もない。
いまだシトシトと降る雨にあたりながら、とにかくもう屋根があって時間が潰せれば何でもいい。
そう二人が思ったところで、チカチカと光るネオン管が目に入った。
ジュンは何も言わずにスタスタとそこに向かって歩きだす。
「ちょっと! 待ってください」
アダチ青年が止めるが聞く耳を持たない。
建物の中に入ると、濡れた服を着ていては凍えそうなほど冷房が効いている。
まだグジグジ言っているアダチ青年を気にする事無く、302号室のパネルのボタンを押した。
見た目はかなり古い、所謂ラブホであった。
アダチ青年は来たことがないくせに、そこがラブホである事はすぐにわかった。
鍵を受け取ったジュンは挙動不審なアダチ青年をエレベーターへ押し込んだ。
そのまま部屋まで無言でアダチ青年の背中を押しながら進み、302号室の扉を開け中へ入った。
部屋に入ると、ジュンが口を開いた。
「もー雨やだし、お腹空いたし、服乾かしたいし、お風呂入りたいし」
「は、はあ」
「別に何するわけじゃないし、ここだって平気でしょ!」
アダチ青年はその言葉の意味するところを考えるのに無言になった。
しばしの沈黙にジュンは慌てふためいた。
「な、なんで無言なのよ、まさか、何かする気じゃないでしょうね?」
その言葉を聞いて、アダチ青年がジュン以上に慌てて弁解する。
「ち、ち、ち、違いますよ!! 何もしませんて!」
「ほ、ほんとでしょうね! ちょっとでもイヤラシイ事しようとしたら、蹴り潰すからね!」
『蹴り潰す』というフレーズに、股座がキュっとなったアダチ青年。
心の中で、何もすまいと誓った。
「わたし、お風呂入る!」
そう言うと備え付けのタオルやら何やらを持って風呂場へ行くジュン。
「覗いたら――」
言いながら、鋭く右足を振り上げて見せる。
振り上げられた足先に、自分の股間の幻影が見え、見事にクリーンヒットしている映像が見えた。
あれをくらったら、男として人生を終える事になるかもしれない。
そう思わせるには十分な説得力があった。
ジュンが風呂場に消えてから、暇になったアダチ青年は室内を物色し始めた。
濡れている髪を拭くためにタオルを取り、とりあえずTシャツを脱いでそこいらに干す。
タオルがあったところにバスローブを発見し、濡れて感触が悪いズボンを脱いだ。
パンツまでビショビショなので、そのままバスローブを着たらバスローブの尻が濡れてしまう。
少し考えたが、まぁしょうがないかとパンツも脱いでバスローブを身にまとった。
下半身がスースーして落ち着かないが、濡れている衣類を着ているよりいくらかマシだった。
部屋をグルっと見回して、メニュー表を見つけペラペラめくりだす。
レトルトっぽいご飯の一覧もあったので、後で注文するかと机の上に置いておいた。
テレビのリモコンを見つけ、電源ボタンを押す。
チャンネルを回し、てきとーなバラエティ番組をソファに座って見ることにした。
30分ほどで見ていた番組が終わった。
腹が『グー』と鳴る。腹が減ったがジュンは風呂から出てくる気配はない。
リモコンを手に取り、チャンネルを回すも面白そうな番組もやっていなかった。
リモコンを見てみるとCSボタンもあったので、押してみた。
画面に映し出されたのは、アレだった。
テレビ番組を見ていた時の音量で、あはーん、うふーんと盛大に声をあげている。
テンパったアダチ青年は急いで音量を下げる、下げる、下げる。
音量メモリ2本を残して、うっすら音が聞こえるくらいまで音量を落とした。
そこから、じっと映像に集中するアダチ青年。
風呂場にジュンがいる事をすっかり忘れてしまっていた。
数分後、ガチャと脱衣所から出てきたジュンを見て、焦ってテレビの電源を切った。
「お先ー」
バスローブ姿のジュン言う。
「え、あ、はい、おつかれさまです」
訳のわからない事を言ってしまうアダチ青年。
「アダチも入っておいでよ、さっぱりするよー」
そう言われてもアダチ青年にはソファから動けない理由があった。
例の映像で子アダチが元気になっていたのだ。
不用意に立ち上がれば、感ずかれるかもしれない。
ここでこの状況は蹴り潰される可能性だってあるのだ。
「そ、そうですね、それより何か食べる物注文しませんか?」
話をそらしてみる。
「あ、メニューあったんだ」
アダチ青年の隣にドサッと座るジュン。
とてもいい香りがする。メニューを覗き込むジュンは湯上りの何とも言えない色っぽさがあった。
元気な子アダチはその色っぽさを敏感にキャッチして、収まる気配がない。
「どれも微妙だねー、サンドウィッチと唐揚にしようかな、アダチは?」
それどころではないアダチ青年は同じので、と答えながら逃げ道はないかと考えた。
「じゃあ注文するねー」
受話器を取ったジュンを見て、行動を開始した。
「そうだ! 風呂入ります! すぐ出るのでご飯食べてて下さい」
ジュンの視界から身を隠すように動く。
「えー、受け取るのアダチに行ってほしいのにー」
と言われているが振り向かずに風呂場へ向かう。
脱衣所のドアノブに手をかけて、じゃあ出るまで待ってて下さいよと言って中に入った。
なんとか蹴り潰される危険を回避して、風呂に入る。
「まったく君には世話を焼かされるよ」
子アダチに愚痴を言う。
不思議な事に、ここにきてすっかり元気がなくなった子アダチは、へへ、さーせんと軽く反省している。
風呂から上がると、タオルを持ってくるのを忘れたことに気付いた。
このままじゃバスローブ着れないし、まいったなと思っているとバスタオルがあるのを見つけた。
ジュンが使ったやつなのだろうかと触ってみたが濡れている感触はない。
自分の分も置いといてくれたのだろうかと、ありがたく使わせてもらうことにする。
が、手に取ると畳んであったバスタオルの間から何かが落ちた。
見覚えがある水玉模様の上下セットである。
挟んで乾かしていたのだろう。
そのブツを見て、しばらく思考が停止するアダチ青年。
とにかく、元に戻そうと手に取ってみる。子アダチがフォーと歓声を上げて元気になった。
いかんいかん!と思っていても、荒ぶる子アダチは言う事を聞かない。
いろんな邪念が脳裏に浮かんだが、振り払って元通りに戻した。
だが、子アダチは元通りにならない。
こんなときどうすればいいんだ!と考えていたら、以前TVで見た話を思い出した。
そして、気は進まなかったが実践してみることにした。
田舎のばーちゃん、元気にしてるかな……。
ばーちゃんの顔を思い浮かべえると、なんとも言えない気持ちになった。
そして、子アダチはみるみる元気がなくなって、ほんと、すいませんでしたとコウベを垂れた。
ばーちゃんを思い出して少しホッコリしたアダチ青年は脱衣所から出た。
ジュンが物凄い早さでリモコンを操作し、さも何事もなかったフリをする一連の動作を見た。
よく見ると、顔が赤い。おやおや、ジュンさん、見てらっしゃったんですね?
アダチ青年は少し前の自分がそうだっただけに、察しがよかった。
紳士な気持ちでなるべくジュンを見ないように受話器を取る。
「さて、注文しましょうか」
プーとなっている。どうすればいいのかさっぱりわからない。
「フロント9番だよ」
「あ、9押せばいいんですね」
「そうそう」
ピッと9を押すとプロロロロロとコール音がして、ガチャリとフロントの人が出た。
「えーっと、302号室のアダチですが」
「ぶっ! 名前いらないから!」
顔が赤くなったアダチ青年は注文を続ける。その隣でジュンはゲラゲラ笑った。
注文を終えて受話器を置く。
「部屋番号も名前もいらないからね、覚えといた方がいいよ」
ジュンは楽しそうだ。
恥をかいたアダチ青年は、お返しをしようと企んだ。
「さて、ご飯がくるまでテレビでも見ようかな」
ジュンに聞こえるように言ってリモコンを探す。
ジュンはビクッとなって、先にリモコンを奪い取った。
「あ、そこにあったんですか、ちょっと貸してくださいよ」
「テレビはいいよ! つまんないし!」
「えー、いいじゃないですか、何かやってるかもしれないですし」
「ダメ! 絶対ダメ!」
いいから貸しなさいよ、絶対ヤダ!とリモコンを取り合っている最中にアダチ青年の頭に雷が落ちた。
ある光景がフラッシュバックしたのだ。
脱衣所にあった、水玉模様の上下セットである。
あそこにブツがあったということは、ジュンさん、あなたノーガードですか!!
そのことに気付いてから、リモコンを取り合っているものの視線はバスローブの合わせめに注がれた。
ジュンはアダチ青年の異変にすぐに気が付いた。
リモコンを離し鋭いリバーブローでアダチ青年をマットに沈めると、緩んだ襟を整えて帯を締めなおした。
足元に転がったアダチ青年に目を向けると、はだけたバスローブの間からポローンと子アダチが覗いていた。
「ぎゃー!! 出てる出てる!」
「ぬうぉー! ジュンさんのエッチ!!」
「見たくて見たわけじゃないからね!」
「見といてその言いようはないでしょう!!」
「だって、アダチが悪いんだから!」
「ジュンさんが急に殴るからでしょ!」
「違う違う! アダチがエロい顔してたから!」
「エロい顔なんてしてませんって!」
バカな言い合いをしていると、ピンポーンとチャイムの音がした。
「あ、頼んだの来たよ」
「じゃあ取ってきます」
「うん、お願い」
届けられたご飯に腹ペコな二人は、いただきまーすと言って食べ始めた。
コンビニで買ってきたようなサンドウィッチと冷凍食品をチンしたような唐揚だったが
空腹は何よりの調味料、あっという間に残さず食べ終わった。
腹が満たされると疲れていたのか、急に眠気が襲ってきた。
「ジュンさんベッド使って下さい。僕はソファで寝るので」
「ベッド広いし、一緒でいいよ」
眠気で脳が働かないアダチ青年は、それじゃあと言ってベッドに潜り込んだ。
フカフカのベッドに全身が吸い付くような感覚がする。
ジュンを見ると、携帯をいじっているようだ。
「なんだかすごく眠いので先に寝ますね」
「うん、わたしも少ししたら寝るよ」
「おやすみなさーい」
「はーい、おやすみー」
なんとか開けていたマブタを閉じると、すぐに意識を失った。




