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第十四話 『本当の気持ち』

 秋なんて季節は一瞬だ。

 気がつけば木枯らしが落ち葉を舞い上げる冬がやってきた。

 最近じゃアキラとハルはうまくやっているらしい。


 アキラはフォローさえしっかりやれば、ある程度の自由は許されるのだそうだ。

 何でもない日にちょっとしたプレゼントをする。

 デートでは、服装から髪型、ネイルの色など少しでも違えば褒める。

 記念日、イベント日だけはなるべく優先するなどなど。

 言っているのがイケメンだから説得力がある気がする。


 アダチ青年はなるほどなるほどと、心のメモ帳に太いサインペンで書き込んだ。

 しかし、書き込んだメモ帳に、書き込んでもいない文字がうっすら浮かび上がってきた。


 『※ただし、イケメンに限る』


 メモ帳からそのページを引きちぎり、そこいらにいた野ヤギにくれてやった。


 やっぱり冬は鍋でしょとジュンが作った豚バラと白菜をギュウギュウに敷き詰めた鍋をご馳走になる。

 ふとジュンの髪の色が少し落ち着いた色になっているような気がした。


 「あれ? ジュンさん、髪の色変えたんですか?」


 「そーなの! 美容院行ってきたんだよー」


 アダチ青年の脳内で野ヤギが口にくわえたメモ帳を見せ付けてくる。

 『服装、髪型、ネイル違えば褒める』と書かれている。

 『※だたしイケメンに限る』の部分は、どうやら野ヤギが食ってしまったらしい。


 「カワイイデスネ」


 ロボットが喋ったかと思うような声だった。

 ジュンはアダチ青年らしからぬ言葉に驚いた。

 しかし、アダチ青年が顔を真っ赤にして言った言葉を素直に受け止めた。

 照れながら自分の髪を撫で、満面の笑みで、ありがとーと返した。


 そのあとしばらくジュンは上機嫌だった。

 アダチ青年は野ヤギがくわえたメモ帳を奪い取り、額に入れて飾ることにした。


 12月になると、街は一気にクリスマスムードに入る。

 サンタだ、ツリーだ、デートスポットはここがいいだ、あーだこーだ。


 シチューをご馳走になりながら、ジュン宅でくつろぐ。


 「もう12月だねー」


 「シチューがおいしい季節になりましたねー」


 「あ、うん」


 「鍋もおいしいですよね、この前のまた作って下さいよ」


 「う、うん」


 ジュンがなぜかぎこちない。


 「そ、そういえば駅前におっきいツリーが飾られてるよね」


 「あー、ピカピカのやつ」


 「そうそう! もうすぐ、その、ク、クリスマスだもんね」


 「クリスマスですねー」


 「イルミネーションがね、キレイなところとかあるんだって」


 「寒いのに見に行く人いるんですかねー?」


 これまでの人生はクリスマスなどただの平日だと思って生きてきたのだ。

 この手の話題は、無意識にアンチサンタ側の勢力になってしまうのだ。


 「だいたいキリスト教でもないのに、なぜ祝うんでしょうね日本人は」


 毎年言う、決まり文句みたいなのを呟いた。

 ジュンは少し寂しそうな苦笑いをしただけだった。


 その日からどこかジュンの様子がおかしいのでアキラに相談してみた。


 「二人っきりの時にクリスマスの話題をするって事は、どういう事か小学生でもわかるだろ」


 「え、最近の小学生はエスパーなんですか?」


 「エスパーって単語久しぶりに聞いたぞ」


 アキラは呆れてため息をついた。


 「じゃあ、アダチはクリスマスどう過ごしたい?」


 そう聞かれて人生で初めて考えた。クリスマスをどう過ごすか。

 ジュンと過ごせたらいいなと思った。

 しかし、ジュンさんもそんなに暇じゃないだろう、きっとハルさんとかと遊びに行ったりするだろうし。

 なんて考えてたらアキラに言われた。


 「ちなみにハルちゃんは俺とデートだからな」


 思考を読まれた、アニキ、エスパーなの? と心の声で問いかけたが何の返答もなかった。


 その後、バイト中はジュンとクリスマスの事を考え続けた。

 店内に流れるBGMが何故かラブソングが多く、そのほとんどがアダチ青年を勇気付けた。

 バイトを終え、コンビニを出た時は、帰ったらクリスマスデートに誘おうと決意し自宅へ向かった。

 しかし、進むにつれて『断られるかも』とか『デートってどこ行くんだ』とか

 『クリスマスプレゼントって何をあげればいいんだ』とか、色々な不安が圧し掛かってきた。


 家のドアノブを回す時には、ラブソングでかけられたバーサク効果はすっかり切れてしまっていた。

 自室のベッドに腰掛け、畳を見つめながらブツブツと独り言をつぶやくアダチ青年。

 脳内会議ではさっきまで優勢だったクリスマスデート誘う派が、でもこれどうすんの派に圧倒的に押されている。


 DでもKこれDどうすんの派は『断れたら今までみたいに仲良く出来なくなるぞー』と主張する。

 劣勢のデート誘う派は『断られないかもしれないだろー』と言っているが、その声は小さい。

 『どっからその自信が湧いてくるんだーこのコミュ障め』と罵声が飛ぶ。

 ぐうの音も出なくなったデート誘う派の前にいつぞやの野ヤギが現れた。


 野ヤギはジュンの声で言う。


 『やれる事もやらずに言い訳ばっかりしないでよ』


 その瞬間、脳内会議場の大スクリーンに今までアダチ青年が見てきたジュンが次々に映し出された。


 蜘蛛に怯えた泣き顔。

 同い年だと分かった時のニカッとした笑顔。

 怒らせてしまって不機嫌なツンとした顔。

 スイーツを食べてニッタリした笑顔。

 酔っ払ってしまりのない顔。

 酔い潰れた寝顔。

 相談を聞いてくれてる真面目な顔。

 ずぶ濡れで心配そうな顔。

 頭を撫でてくれた時の優しい笑顔。

 コーヒーを飲んでおいしーと笑った顔。

 顔が近すぎて驚いて赤くなる顔。

 何故か寂しそうに苦笑いする顔。


 流れる映像に釘付けになる脳内会議場のデート誘う派とDKD派。

 野ヤギはいつの間にか、やれる事をやろう派を立ち上げ新たな派閥を作っていた。


 『デートはどこがいいかな』


 『いい案ないかー』


 『そういえばイルミネーションがどうとか言ってたぞ』


 『それだ!』


 『プレゼントはどうする?』


 『買い物した時に可愛いって言ってた猫のぬいぐるみはどうだ?』


 やれる事をやろう派は勢力を強め、デート誘う派と合併、DKD派はジリジリと追いやれれる。


 最後の一人となったDKD派が『デートの誘い方だってわからないくせに』と捨て台詞を吐いて消えた。

 脳内会議場はすでにやれる事をやろう派が独占している。


 『デートにどうやって誘おうか』


 『んーとりあえずイメトレしてみるか?』


 『そうだなー』


 『どうせなら、声に出してみた方が実践っぽくていいんじゃないか?』


 『じゃあやってみるか』


 脳内の小アダチたちに言われるがまま、ブツブツとシミュレーションを始めるアダチ青年。

 えーと、まずは穴を塞いだ扉をノックして、と何もない空中をノックする。

 

 「どうしたー?」


 脳内からジュンが返事をする。


 「ちょっと話があるんですがー」


 声を出してみる。


 『硬いなー』


 『もっといつも通りっぽくできないかなー』


 シミュレーションに脳内から非難が飛ぶ。

 また、何もないところをノックしてやり直す。


 「どうしたのー?」


 「いやー今なにしてたんですか?」


 「えーと、ご飯作ってたよー」


 「あ、そうなんですかー、えーっと」


 「何か用?」


 「あのー、そのー」


 『やめやめ!』


 『グダグダじゃないか!』


 小アダチからのブーイングがすごい。


 『成功するイメージが大事なんだよ』


 『そうだーもっと積極的になれよー』


 気を取り直して、ノックする。


 「どしたー?」


 「ジュンさん、今暇ですか?」


 「うん」


 「この前話してたイルミネーションに行きませんか?」


 「えー急にどうしたの?」


 「ジュンさんと行ってみたいなーって思いまして」


 「うれしいー」


 成功するイメージをもとにシミュレーションしてみたけど、こんなに簡単にいけば苦労はしない。


 『イメージは悪くないぞー』


 『その調子だ! がんばれー』


 と小アダチたちが応援してくれる。


 コンコンッとノックの音がする。

 そうだな、こっちからノックするだけじゃなくてあっちからくるパターンもあるかとシミュレーションしてみる。


 「はーい」


 「なにしてんのー?」


 「えーっと、とくに何もしてませんよ」


 「そーなんだ」


 「そーいえば、この前イルミネーションの事言ってましたよね?」


 「う、うん」


 「もしよかったら、一緒に行きませんか?」


 「え? でも寒いよ、きっと」


 「でも行きたいんですよ」


 「そうなんだ、なんで行きたいの?」


 「なんでって、クリスマスだからですよ」


 「あ、クリスマスに行くんだ?」


 「そうですよ」


 「なんでわたしと行きたいの?」


 「なんでってそりゃ――」


 言いながら、ベッドに腰掛けて畳を見つていた目線を上げる。

 すると、壁に開いた穴からジュンがこっちを見ている。

 脳内から聞こえていると思っていたジュンの声は、いつの間にか本当のジュンの声だったのだ。

 パニくってアタフタしてる間に、再びジュンから問いかけられる。


 「どーして、わたしと行きたいの?」


 「それは……」


 「ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ」


 「ジュンさんが、好きだから――」


 壁に開いた、拳大の穴の向こうにジュンの笑顔が見えた。

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