第2話 憧れの能力者
皇英学園。
神凪皇国でも有数の教育機関であり、これまで数多くの優秀な人材を輩出してきた名門校だ。
その正門を、俺たち三人は並んでくぐった。
「うわぁ……! すっげぇ!」
思わず声が出た。
目の前に広がるのは、広大な敷地と立派な校舎。
校庭の向こうには、一般的な学校ではまず見かけないような巨大な訓練施設まで建っている。
その隣には、いくつもの機械や装置が並んだ建物も見えた。
「写真で見るより大きいね……!」
雫が目を輝かせながら校舎を見上げる。
「浮かれるのはいいけど、入学式に遅れたら意味ないぞ」
蓮音は相変わらず冷静だった。
「わかってるって! でもさ、ここで三年間勉強するんだぞ? そりゃテンションも上がるだろ!」
「はいはい。浮かれすぎて転ぶなよ」
「転ばねぇよ!」
”まったく、こいつは朝から……。”
ここで学ぶってことは、いよいよ俺も本格的に能力者への第一歩を踏み出すってことじゃないか!
炎を操る能力。
雷を放つ能力。
風を自在に操る能力。
考えれば考えるほど、胸が高鳴る。
どんな能力を手に入れるんだろう。
いや、能力者になること自体は決まっている。
問題は、どんな能力なのかってことだ!
「りゅうくん、すっごく楽しそうだね」
隣から雫が顔をのぞき込んできた。
「そりゃそうだろ! 今日から俺も能力者としての第一歩を踏み出すんだからな!」
「ふふっ。りゅうくんなら、きっとすごい能力を手に入れるよ」
「だろ!?」
「……まだ測定もしてないのに、よくそこまで自信満々になれるな」
蓮音が呆れたように言った。
「当たり前だろ! この世界じゃ能力者になるのは普通のことなんだから!」
「まあ、そうだけどな」
蓮音は肩をすくめた。
「大事なのは、どんな能力を手に入れるかより、その能力をどう使うかだろ」
「……それはそうだけどさ」
「能力が強ければ、それだけで誰かを守れるわけじゃない。使い方を間違えれば、自分自身を傷つけることだってある」
蓮音の言葉に、俺は少しだけ真面目な顔になった。
モンスターエネルギーは、人間に特別な力を与えてくれる。
けれど、それは便利な道具ってわけじゃない。
扱い方を間違えれば、身体に大きな負担がかかる。だからこそ、この学園で正しい知識と技術を身につける必要があるんだ。
「……わかってるよ。強くなるだけじゃダメなんだろ?」
「ああ」
「強くなって、ちゃんと使いこなして……それで、誰かを守れる能力者になるんだ」
俺がそう言うと、雫も力強く頷いた。
「私も、誰かを助けられる能力者になりたいな」
「俺は……まあ、ちゃんと戦える能力なら何でもいい」
「蓮音、それはそれで欲がなさすぎないか?」
「うるさい」
「まあまあ、れんとくん。そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「別に怒ってない」
「えー、本当かなぁ?」
「……お前な」
「ははっ! 蓮音、雫には敵わないな!」
「龍真、お前も黙れ」
「ふふっ、二人とも仲良しだね」
「「どこが!?」」
俺と蓮音の声が重なった。
雫は楽しそうに笑っている。
……まったく。
こいつといると調子が狂う。
でも、こういう時間も悪くない。
俺たちは他愛もない話を続けながら、校舎へと向かった。
◇ ◇ ◇
校舎の入口をくぐると、壁に設置された大きな案内板が目に入った。
そこには、学園内の施設と学科がまとめられていた。
「へぇ……能力者育成科、一般科、技術科か」
俺は案内板を眺めながら呟いた。
皇英学園には、大きく分けて三つの学科がある。
俺たちが進む能力者育成科。
一般教養を中心に学ぶ一般科。
そして、武器や装備の開発、モンスター対策に必要な技術を学ぶ技術科だ。
同じ学園に通っていても、学ぶ内容はそれぞれ違うらしい。
「技術科の建物、さっき見えたところかな?」
雫が窓の向こうを指さした。
「たぶんな。あそこなら、モンスターと戦うための装備とかも研究してるんじゃないか?」
「そっか。能力だけじゃなくて、そういう技術も人を守るために必要なんだね」
「ああ。どれだけ強い能力者がいても、装備や研究がなきゃ困ることもあるだろうしな」
蓮音がそう答えた。
確かに、その通りだ。
モンスターと戦うのは、能力者だけの仕事じゃない。
新しい武器を開発する人。
モンスターの生態を研究する人。
街の防衛設備を整える人。
いろんな人間が力を合わせているからこそ、人類はモンスターと戦い続けられるんだ。
「それに、一般科から能力者育成科に編入することもできるらしいぞ」
蓮音が案内板の説明を読みながら言った。
「えっ、そうなのか?」
「ああ。編入試験に合格すれば移れるみたいだ」
「へぇー! じゃあ、入学したときは一般科でも、あとから能力者を目指せるんだね!」
雫が嬉しそうに言った。
「そういうことだな。最初にどの学科に入るかだけで、将来が全部決まるわけじゃないってことだろ」
なるほど。
能力者になる道は、一つだけじゃないんだな。
……まあ、俺たちは最初から能力者育成科だけど!
「よし! 俺たちも負けてられないな!」
「何に負けるんだよ……」
「未来の自分にだよ!」
「……はいはい」
「ふふっ、りゅうくんらしいね」
そんな会話を交わしながら、俺たちは入学式の会場へ向かった。
◇ ◇ ◇
入学式の会場には、すでに大勢の新入生が集まっていた。
見渡す限り、同じ制服を着た生徒たち。
あちこちで友達同士の会話が聞こえてくる。
「俺、絶対に炎系の能力がいいな!」
「いやいや、今の時代は雷系だろ! スピードも攻撃力も申し分ないし!」
「私は回復系がいいなぁ。人を助けられる能力って素敵じゃない?」
「お前、適合率が低かったらどうすんだよ?」
「大丈夫だって! この前の検査でも問題なかったし!」
……うんうん。
みんな考えることは同じらしい。
かくいう俺も、どんな能力が出るのか楽しみで仕方がない。
炎を操る能力もいい。
雷を操る能力も捨てがたい。
でも、もし今まで知られていないような珍しい能力だったら?
……やばい。
想像するだけでワクワクしてきた!
そんなことを考えていると、会場の壇上に一人の男性が現れた。
年齢は五十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気をまとったその男性がマイクの前に立つと、会場のざわめきが徐々に静まっていった。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます』
男性は穏やかな声で話し始めた。
『皆さんは今日から、それぞれの学科で新たな学びを始めることになります』
その言葉に、会場の空気が引き締まる。
『能力者育成科では、能力の制御方法や戦闘技術を学び、モンスターから人々を守る力を養います。一般科では幅広い教養を身につけ、技術科では装備や機械、モンスター対策に関わる技術を学んでいきます』
壇上の男性は、一度言葉を区切った。
『学ぶ分野は違っても、目指すものは同じです。この世界で暮らす人々の未来を守ること。そのために、自分にできることを見つけ、努力を続けてください』
……自分にできること、か。
俺はその言葉を胸の中で繰り返した。
俺が目指すのは、誰かを守れる能力者だ。
そのために、この学園に来たんだから。
『皆さんがこれからどのように成長していくのか、教職員一同、楽しみにしています』
会場に拍手が響き渡った。
俺も周囲に負けないくらい、思いっきり手を叩いた。
よし!
やる気がますます湧いてきたぞ!
◇ ◇ ◇
入学式が終わると、能力者育成科の新入生たちは案内に従って別の建物へ移動した。
そこは、能力の適合測定を行うための施設だった。
建物の中には、いくつもの測定室が並んでいる。
壁には大型モニターが設置され、職員たちが慌ただしく準備を進めていた。
『これより、能力者育成科の新入生を対象とした能力適合測定を開始します』
施設内にアナウンスが響く。
『測定では、皆さんのモンスターエネルギーへの適合率、適合するモンスターの特性、そして能力の発現状況を確認します。測定結果は、今後の訓練内容を決める重要な資料となります』
ついに来た。
俺が待ちに待った瞬間だ!
適合率は、モンスターエネルギーとの相性を示す重要な数値。
どんなモンスターのエネルギーに適合するかによって、発現する能力の傾向も変わってくる。
炎を操るのか。
雷を操るのか。
それとも、まったく予想もつかない能力なのか。
考えるだけでワクワクする!
「りゅうくん、緊張してる?」
隣に立つ雫が尋ねてきた。
「全然!」
「本当に?」
「むしろ早くやりたいくらいだ!」
「ふふっ、りゅうくんらしいね」
一方、蓮音は何かの冊子をじっと読んでいた。
「おい蓮音、何読んでんだ?」
「測定の説明書。測定方法と、結果の見方が書いてある」
「えっ、そんなの配られてたのか!?」
龍真は慌てて自分の手荷物を探り始めた。
「……お前、ちゃんと確認しろよ」
”あちゃー、龍真くん入学初日から凡ミスか?”
「いや、だって入学式のあとにこんな冊子を渡されたら、普通は後で読むだろ!」
「りゅうくん、それはりゅうくんだけだと思うよ?」
「雫まで!?」
「まぁ……いいや!蓮音なんて書いてあるか簡単に説明してくれよ!」
「はぁ、仕方ねぇな。簡単に言うと、適合率が高くても、それだけで強い能力者になれるわけじゃないらしい。それと、出てくるの名前が自分の中にあるモンスターエネルギーの元の持ち主の名前。アルファベットがランク、数字が適合率っていうことが書いてある。」
「へぇ、相変わらず説明上手だな!」
「結局、能力をどう使いこなすかが大事ってことだろ」
「なるほどな……」
つまり、測定はゴールじゃない。会場にアナウンスが響いた。
『受験番号32番、暗木蓮音さん。第3測定ブースへお進みください』
「……俺か」
蓮音は説明書を閉じ、立ち上がった。
「おっ、蓮音の番か! 頑張れよ!」
「測定するだけだ。別に頑張ることでもないだろ」
「そういうところ、相変わらずだなぁ……」
龍真が苦笑すると、雫もくすりと笑った。
「ふふっ。れんとくんらしいね」
「……お前らな」
蓮音は小さくため息をつきながら、指定された測定ブースへと向かっていった。
会場の奥には、いくつもの測定ブースが並んでいた。
それぞれのブースには大型のモニターと特殊な測定機器が設置されており、複数の受験者が同時に測定を受けられるようになっている。
蓮音が第3測定ブースへ入ると、別のアナウンスが流れた。
『受験番号126番、姫野雫さん。第7測定ブースへお進みください』
「あっ、私の番だ!」
雫はぱっと立ち上がった。
「じゃあ、りゅうくん。またあとでね!」
「おう! 頑張れよ、雫!」
「うん!」
雫は笑顔で手を振ると、蓮音とは別の測定ブースへと向かっていった。
こうして、二人はそれぞれ測定を受けることになった。
残された龍真は、二人が向かった測定ブースを交互に眺める。
「二人とも、どんな能力なんだろうな……」
もちろん、気になるのは二人の結果だけではない。
自分がどんな能力を手に入れるのか。
炎を操る力か。風を操る力か。それとも、想像もつかないような力か。
考えるだけで、胸が高鳴った。
「……よし!」
龍真は小さく拳を握る。
――俺も、絶対に強くなる。
自分がどんな力を持っているのかを知り、そこから鍛えていく。
それが能力者としての第一歩なんだ。
『受験番号235番、鷲尾龍真さん。第9測定ブースへお進みください』
職員の声が聞こえた。
第9ブースへゆっくりと歩みを進める。
ブースには3人くらいの生徒が座って順番待ちをしていた。呼ばれてすぐには測定されないらしい。
「なんだよ、無駄に緊張しちゃったじゃんか」
数分後。
扉が開き、生徒が出てきた。
「適合率は六十二パーセント。適合モンスターはウィンドウルフ。風属性の能力が確認されました」
職員が測定結果を読み上げる。
「おおっ、風系か!」
「六十二パーセントって高いのかな?」
「どうなんだろうな?」
周囲の生徒たちが口々に反応する。
測定は順調に進んでいた。
他のブースでは次々と生徒が呼ばれ、それぞれの結果が記録されていく。
炎を操る者。
身体能力を強化する者。
風を操る者。
身体を硬化させる者。
適合するモンスターも、得られる能力も実にさまざまだった。
そして、ついに。
『次の受験者、鷲尾龍真さん。測定室へ入ってください』
「来たっ!」
俺は思わず声を上げた。
遠くから声がした
「行ってこいよ」
蓮音が短く言う。
「りゅうくん、頑張ってね!」
雫も笑顔で送り出してくれた。
「お前ら!もう終わったのか!後で結果見せ合おうな!二人とも、楽しみにしてろよ!」
俺は胸を張り、測定室へと足を踏み入れた。
室内の中央には、椅子と大きな測定装置が設置されていた。
職員が俺の名前を確認し、装置を操作する。
「では、鷲尾君。こちらの椅子に座ってください」
「はい!」
指示された椅子に座る。
手首には測定用の端末が取り付けられた。
「これからモンスターエネルギーへの適合率を測定します。少しの間、そのままでいてください」
「わかりました!」
装置が起動する。
低い駆動音が室内に響き、目の前のモニターにいくつもの数値が表示されていく。
職員が画面を確認しながら操作を続けた。
数秒後。
モニターに、一つの数値が表示された。
――適合率。
俺は画面を見つめた。
いったい何パーセントだろう。
六十パーセントくらいか?
それとも、七十パーセント?
もしかして、八十パーセント以上だったりして!
……いやいや、さすがに期待しすぎか?
そんなことを考えていると、職員が画面を見つめたまま動きを止めた。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
俺が尋ねると、職員は画面を操作し直した。
もう一度、測定。
数値が更新される。
けれど、表示された結果は変わらなかった。
「おかしいですね……」
「えっと、何か問題でも?」
「少々お待ちください。測定装置を再確認します」
職員は別の端末を操作し、再測定を開始した。
俺は椅子に座ったまま、その様子を見守る。
機械の故障だろうか?
まあ、最新の装置だって絶対に壊れないわけじゃない。
ちょっとした不具合くらいあるだろう。
そう思っていた、そのとき。
職員の表情が変わった。
画面を見つめる目が、少しずつ見開かれていく。
「……そんな、まさか」
「え? どうしたんですか?」
返事はない。
職員は何度も画面を確認していた。
そして、ようやく口を開いた。
「鷲尾君。もう一度、測定を行います」
「は、はい」
再び装置が起動する。
駆動音が響く。
モニターに数値が表示される。
そして――。
ピッ。
測定終了を知らせる電子音が鳴った。
職員は画面を見つめ、しばらく沈黙した。
「……適合率、ゼロ・ゼロ・ゼロ……」
「……え?」
思わず聞き返した。
職員は、震える指で画面を示す。
そこに表示されていたのは――。
**適合率:0.00%**
**適合モンスター:該当なし**
**能力発現:確認できず**
……え?
ゼロ?
何が?
適合率が?
いやいやいや。
ちょっと待て。
だって、能力者になるのは、この世界では当たり前のことなんだろ?
俺だって、今日から能力者としての第一歩を踏み出すはずだった。
炎か、雷か、風か。
どんな能力を手に入れるのか、楽しみにしていたんだ。
なのに。
どうして――。
どうして、俺だけ。
職員は何も言わなかった。
ただ、画面に表示された数値を見つめていた。
俺もまた、その数字から目を離せずにいた。
**0.00%。**
それが、俺――鷲尾龍真の、最初の測定結果だった。
”サイッコーだナその絶望の表情っw”




