第3話 「明かされる適正検査の結果」
「……0.00%?」
俺は、手元の測定結果を何度も見直した。
見間違いじゃない。
数字を読み間違えたわけでもない。
何度確認しても、そこに表示されている数字は変わらなかった。
**適合率:0.00%。**
**適合モンスター:該当なし。**
**能力発現:確認できず。**
「……なんだよ、これ」
自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
俺は能力者になる。
それは、疑う余地もないほど当たり前のことだと思っていた。
この世界では、ほとんどの人間が何らかのモンスターに適合する。
だからこそ、能力者になるための学校があり、能力者を育てる制度があり、能力者として生きていく未来が用意されている。
俺だって、その一人になるはずだった。
いや、なるはずだったんだ。
「……測定ミス、だよな?」
もう一度、結果を確かめる。
変わらない。
「だって、何度も測り直したじゃないか……」
測定機器の不具合だと思った。
実際、何度も再測定が行われた。
それなのに、最後に出た結果はこれだった。
まるで、俺には何の可能性もないと告げるように。
「……っ」
胸の奥が、妙に重い。
何か言おうとしても、言葉が出てこなかった。
俺は結果用紙を握りしめ、ゆっくりと測定ブースを出た。
廊下には、測定を終えた新入生たちの声が響いていた。
「俺、Bランクのモンスターだった!」
「適合率七十%超えたんだけど!」
「マジかよ! それ、かなり高いんじゃないか!?」
どこから聞こえてくる会話も、俺とは違う世界の話みたいだった。
みんな、自分の結果に一喜一憂している。
これから始まる能力者としての生活に、期待を膨らませている。
……俺だって、さっきまではそうだった。
「……龍真?」
聞き慣れた声が、俺を呼んだ。
顔を上げると、そこには蓮音と雫がいた。
「おーい、龍真。どうした?」
蓮音がこちらに近づいてくる。
その隣では、雫が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
「りゅうくん? 顔色、悪いよ?」
「……ああ。ちょっとな」
そう答えたものの、自分でも声に力がないのがわかった。
「ちょっとって……何かあったのか?」
蓮音の目が、俺の手元に向けられる。
そこには、くしゃりと握られた測定結果用紙があった。
「……結果、出たんだな」
「うん……」
俺は、二人の顔を見た。
言いたくない。
できることなら、この紙をなかったことにしてしまいたい。
でも、そんなことをしても何も変わらない。
それに、俺たちは結果を見せ合おうと約束したばかりだ。
「……二人は、どうだった?」
先にそう尋ねると、雫が少しだけ表情を明るくした。
「私はね、ちゃんと測定できたよ! りゅうくんは?」
「……俺は」
言葉が喉につかえる。
それでも、俺は結果用紙を二人に差し出した。
「……これ」
蓮音と雫が、そろって紙をのぞき込む。
そして――
「……は?」
蓮音の口から、短い声が漏れた。
雫も目を丸くして、紙に書かれた数字を見つめている。
「適合率……ゼロ、パーセント……?」
雫の声が、小さく震えた。
「適合モンスター、該当なし……。能力発現、確認できず……?」
二人とも、すぐには何も言わなかった。
そりゃそうだ。
俺自身、まだ何が起きたのか理解できていない。
しばらくして、蓮音が口を開いた。
「……測定ミスだろ」
「え?」
「さっきまで何度も再測定してたんだろ? だったら機械の不具合を疑うのが先だ」
蓮音は、結果用紙をじっと見つめていた。
「そもそも、適合率がゼロなんて……」
そこで言葉を切る。
蓮音は俺の顔を見て、それ以上は言わなかった。
「……そう、だよな」
俺も、そう思いたかった。
いや、そうであってほしかった。
「うん! きっと何かの間違いだよ!」
雫も、力強くうなずいた。
「だって、りゅうくんが能力者になれないなんて……そんなの、信じられないもん!」
「……雫」
二人の言葉が、ありがたかった。
だけど。
「……何度も測り直したんだ」
俺は、二人から目をそらした。
「それでも、結果は変わらなかった」
沈黙が落ちる。
廊下を行き交う生徒たちの声が、やけに遠く聞こえた。
蓮音は、何かを考えるように黙り込んでいた。
雫も、俺を励まそうとしているのか、何度か口を開きかけては閉じていた。
「……とりあえず」
やがて、蓮音が口を開いた。
「俺たちの結果も確認しよう。今ここで考えたって、答えは出ない」
「……うん」
俺はうなずいた。
今は、それしかできなかった。
「じゃあ、まず私から!」
雫が、少しでも空気を明るくしようとするように、手元の結果用紙を広げた。
「えっと……私の適合モンスターは――」
そこに記されていた名前を、俺たちは一緒に読み上げた。
「**神鹿……?**」
神鹿。
聞いたことがある。
回復や支援に優れた能力を持つとされるモンスターだ。
「うん! 先生の説明でも、回復や支援に適したタイプだって!」
雫は結果用紙を指さしながら説明した。
「適合率は六十一・二八%。ランクはBランクだって!」
「Bランクか。悪くないな」
蓮音がうなずく。
「うん! 私は、誰かを助けられる能力者になりたいから。ぴったりの結果かもしれないね!」
雫はそう言って、うれしそうに笑った。
「そっか……雫らしいな」
「えへへ。ありがとう、りゅうくん!」
その笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
雫は、自分の望んでいた道に一歩近づけたんだ。
だったら、俺もちゃんと喜んでやりたい。
幼い頃から一緒に過ごしてきた、大切な友達なんだから。
なのに。
「……よかったな、雫」
そう言った自分の声が、思っていたよりもずっと小さかった。
「……りゅうくん?」
「いや、なんでもない」
俺は無理やり笑った。
ちゃんと笑えているかは、自分でもわからなかった。
「次は俺だな」
蓮音が、自分の結果用紙を取り出した。
「俺の適合モンスターは、影豹。速度型のモンスターらしい」
「影豹!? あの、ものすごく速いっていう!?」
雫が身を乗り出す。
「そうらしいな。適合率は八十二・四六%。ランクはAランクだ」
「えっ、Aランク!?」
思わず声が出た。
八十二・四六%。
しかもAランク。
普通に考えても、かなり優秀な結果だ。
「……すごいじゃん、蓮音!」
「別に。数字が高いからって、強いとは限らないだろ」
蓮音はいつもどおり、淡々としていた。
「能力を使いこなせなきゃ意味がない。適合率が高くても、調子に乗って体を壊したら本末転倒だ」
「相変わらず冷静だなぁ……」
「事実だろ」
「ふふっ、でもれんとくんらしいね!」
雫が笑う。
蓮音は少しだけ顔をそむけた。
「……うるさい」
「えー? 褒めてるんだよ?」
「褒め方があるだろ」
「ははっ!」
二人のやり取りを聞きながら、俺は自分の結果用紙を見下ろしていた。
Aランク。
Bランク。
二人には、ちゃんと適合するモンスターがいた。
それぞれが自分の未来へ進むための、確かな一歩を手に入れていた。
俺も、同じように喜びたかった。
二人の結果を祝福して、これからの学園生活について語り合いたかった。
今までと同じように笑っていたかった。
だけど、どうしても頭から離れない。
**適合率:0.00%。**
あの数字が、何度も脳裏によみがえる。
「……龍真」
蓮音の声に、顔を上げる。
「お前は、どうするつもりだ?」
「……どうするって?」
「この結果だよ。測定ミスなのか、本当に適合しなかったのか。まだ何もわかってないだろ」
「……ああ」
「なら、確認できることはあるはずだ」
蓮音はそう言った。
けれど、俺はうまく返事ができなかった。
確認する。
何を?
結果を見直したところで、数字が変わるわけじゃない。
何度も測り直した。
それでも、結果はゼロだった。
「……わからない」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
「今は……何も、わからないんだ」
自分が何を考えているのかさえ、わからなかった。
これからどうすればいいのか。
何を目指せばいいのか。
そもそも、今まで当たり前だと思っていた未来は、どうなってしまうのか。
何一つ、答えが見つからない。
「……龍真」
雫が、そっと俺の名前を呼んだ。
「私たち、これからも一緒だよ」
「……え?」
「能力があっても、なくても。りゅうくんは、りゅうくんでしょ?」
雫は、まっすぐ俺を見つめていた。
「だから……ひとりで抱え込まないでね」
「……雫」
その言葉は、うれしかった。
本当に、うれしかったんだ。
けれど。
「……ありがとう」
それ以上、何も言えなかった。
雫の言葉を否定したいわけじゃない。
二人が大切な友達であることだって、何も変わらない。
それでも。
俺は、能力者になりたかった。
強くなりたかった。
能力を手に入れて、二人と一緒に戦えるようになりたかった。
その未来を、ずっと信じていた。
だからこそ――。
「……っ」
喉の奥が詰まった。
これ以上、二人の顔を見ていられなかった。
「……悪い。ちょっと、静かにさせてくれ」
俺は顔を伏せた。
二人は何も言わなかった。
無理に励ますことも、無理やり笑わせようとすることもなかった。
ただ、そこにいてくれた。
その優しさが、今は少しだけ苦しかった。
『新入生の皆さんに連絡します。能力適性測定を終えた方は、案内に従って指定された集合場所へ移動してください』
学園内に、アナウンスが響き渡る。
「……集合場所か」
蓮音が時計を確認した。
「行こう。まだ入学初日だ。これから説明もあるはずだしな」
「ああ……」
俺は、ゆっくりと歩き出した。
雫と蓮音も、その後ろをついてくる。
いつもと同じ廊下。
いつもと同じ学園。
さっきまで、俺も二人と同じ場所に立っていると思っていた。
これから能力を手に入れて、強くなって、誰かを守れる人間になる。
そんな未来を、疑いもしなかった。
けれど――。
**俺だけが、そのスタートラインにすら立てなかった。**
「…………」
手の中の結果用紙を、もう一度見る。
**適合率:0.00%。**
何度見ても、数字は変わらない。
「……なんだよ、それ」
誰にも聞こえない声で、俺はつぶやいた。
答えてくれる人は、誰もいなかった。
”いやぁ〜……まさかの適合率ゼロ%! いやいや、世界の常識どこ行った!? これは波乱の学園生活になりそうだナァ〜!”
こうして、俺――鷲尾龍真の、想像もしなかった学園生活が始まった。




