レオンハルトは断罪されたい
執務室の扉を遠慮がちなノックが叩いた。
扉を開けて入ってきたのは側近の騎士・ニコラスだった。彼はレオンハルトの幼なじみであり、数少ない理解者の一人である。
「殿下、本日の視察の件ですが――」
「ニコラス。一つ聞きたい」
レオンハルトは書類から目を上げず静かに言った。
「……なんでしょうか?」
「人を憎む顔を、見分けることはできるか」
ニコラスは口を閉じた。しばらくの沈黙の後、彼は静かに答える。
「殿下。それは――ローゼンベルク令嬢のことですか」
レオンハルトは答えなかった。だがその沈黙が何よりも雄弁だった。
ニコラスは書類を卓上に置き慎重に言葉を継いだ。
「私には憎しみには見えません。どちらかと言えば……諦め、のように」
「諦め」
「ええ。あの方は何も望んでいないように見えます。婚約を続けることも、破棄することも。ただ流れている」
レオンハルトはようやく顔を上げ、窓の外に目をやった。庭園の桜が風に散り、花弁が雪のように舞っている。
「……僕は断罪されたいのだ、ニコラス」
「はい?」
「彼女に婚約を破棄されたい。僕をふさわしくない男だと公の場で拒絶されたい。そうすれば――僕はやっと、彼女のために何かを返すことができる」
ニコラスは目を瞬かせた。第三王子のこの思考は常人のそれとは逆だった。世の皇族は婚約破棄を恐れ、恥とする。だがレオンハルトはそれを望んでいる。
「殿下……それは本気で」
「もちろんだ。僕は八年間、彼女の人生を縛ってきた。彼女が一度も笑わなかったのは、僕のせいだ。ならば僕は彼女の手で断罪されるべきだ。それが唯一、僕が彼女に返せるものだ」
ニコラスは深い息を吐いた。
「殿下。その御考えは……崇高すぎて、正直よく分かりませんが、とやかく言う気はありません。ただ」
「ただ?」
「ローゼンベルク令嬢が、殿下の望みに応じるかどうかはまた別の話かと」
レオンハルトは再び書類に目を落とした。だがその瞳には静かな決意が宿っていた。




