1/6
プロローグ
春の陽射しが王室の回廊を白く染めている。
第三王子レオンハルト・フォン・クラインフェルトは執務室の窓枠に片肘をつき、深く息を吐いた。
「今日こそ言わねば」
低く呟いた声は春の蕾のように硬い。
彼の目前には今週分の政務書類が整然と積まれている。しかしその白い紙の山よりも、彼の心を占めるのは一つの誓約だった。
侯爵家の長女、セシリア・フォン・ローゼンベルク。
十歳の春。王室の慣例に従い定められた婚約者。それから八年、彼女は完璧な皇太子妃候補として振る舞い続けた。
銀がかった金の髪、薔薇色の唇、そして何よりもその振る舞いの欠片も隙もない美しさ。
誰が見てもうらやむべき婚約だった。
だがレオンハルトは知っている。
彼女が笑ったことは、たったの一度もないことを。




