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高嶺の花は、僕に依存している。〜クソガキだった元幼馴染が手の届かない高嶺の花になっていた〜  作者: 無課金道楽おじさん


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1話「隣の席の高嶺の花は、元幼馴染のクソガキだった」

 四月の朝は、妙に清々しい。


 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む光が、見慣れないはずの天井を白く照らしている。引っ越してきてまだ二週間も経っていないのに、この部屋の朝の光にはもう慣れてしまった。人間の適応力というのは案外たいしたものだと思いながら、僕はベッドから起き上がった。体を起こすと、窓の外から鳥の声が聞こえた。春になってから、朝の鳥の声が増えた気がする。実家にいた頃は気づかなかったけれど、一人暮らしを始めてから、朝の音というものに敏感になった。


 今日は入学式だ。


 特別緊張しているわけじゃない。でも、いつもより少しだけ丁寧に身支度をした。制服のシワを伸ばして、寝癖を直して、鏡の前で一度だけ自分の顔を確認した。垂れ目で、どこか締まりのない顔。我ながら頼りない見た目だと思う。弟や妹たちにはよく「お兄ちゃんって顔だけ子犬みたい」と言われる。褒め言葉として受け取っていいのかどうか、いまだに判断がつかない。頼りない見た目のくせに、なぜか女子や先輩から「しょうがないなあ」と可愛がられる体質らしい。これが得なのか損なのかも、よく分からない。


 朝食を作った。


 といっても大したものじゃない。卵を二つ割って、ご飯を温めて、味噌汁を作る。実家では毎朝十人分作っていたから、一人分でも大して変わらない。むしろ少ない方が物足りないくらいだ。両親が共働きで帰りが遅い家で育って、弟や妹の世話をしているうちに気づいたら料理も掃除も洗濯も一通りできるようになっていた。家事全般が得意というより、やらざるを得なかっただけなのだけれど、一人暮らしを始めてからはそれが存外役に立っている。実家では「お兄ちゃんがいると助かる」とよく言われていたが、一人暮らしでは「お兄ちゃんがいると助かる相手」がいないのが少し寂しい。


 食べ終えて、食器を洗って、時計を確認した。


 登校まであと三十分。余裕がある。


 鞄を持って、玄関に向かった。入学式の日だというのに、特別な高揚感はなかった。知り合いが一人もいない学校に行くのだから、緊張するよりも何となく落ち着かない感じがするくらいだ。まあ何とかなるだろうと思いながら、靴を履いた。


 ドアを開けようとした瞬間、隣の部屋のドアが開く音がした。


 反射的に振り返った。


 廊下に出てきたのは、女の子だった。


 黒髪が長い。制服姿で、鞄を持って、ちょうど鍵を閉めようとしているところだった。引っ越してきてから二週間、隣の部屋の住人と顔を合わせたのはこれが初めてだった。物音はたまに聞こえていたけれど、どんな人なのかは全く知らなかった。気配に気づいたのか、こちらを向いた。


 目が合った。


 綺麗な人だと思った。


 それ以外の感想が、しばらく出てこなかった。整った顔立ちで、姿勢がよくて、どこか近寄りがたい雰囲気がある。同い年くらいに見えるけれど、まとっている空気が違う。朝の廊下に立っているだけなのに、絵になっていた。僕が思わず視線を外せずにいると、彼女は無言のまま、ごく浅く会釈をした。


 僕も慌てて会釈を返した。


 それだけだった。


 彼女は視線を前に戻して、廊下を歩いていった。僕はその背中を見送りながら、隣の部屋にこんな人が住んでいたのかと、今更ながら思った。同じ高校に通っているらしいことは、制服を見れば分かった。それだけ確認して、僕も玄関を出た。


 ——それが、三週間前の話だ。


 あの日から、朝に玄関を出るタイミングが重なることが何度かあった。その度に会釈だけを交わして、無言で登校する。彼女が先に出ることもあるし、僕が先に出ることもある。でも言葉を交わしたことは一度もない。彼女はいつも表情を変えず、こちらを見る時間は一秒にも満たない。


 綺麗な人だとは思う。


 でもそれ以上でも以下でもない。隣の部屋に住んでいる、同じ高校の、綺麗な人。それだけだった。話しかけようと思ったことが何度かあったけれど、あの雰囲気では躊躇してしまう。近づきがたいというより、声をかけていいのかどうか分からない、そういう雰囲気がある。


 今朝も同じだった。


 玄関のドアを開けると、ちょうど隣の部屋のドアも開いた。出てきた彼女と目が合って、お互いに会釈をする。それだけ。言葉はない。僕たちはそれぞれのペースで廊下を歩いて、アパートを出た。


 春の朝の空気は、少しだけ冷たい。


 桜がまだ残っていた。風が吹くたびに花びらが舞って、通学路に薄いピンク色の絨毯を作っている。今年の春は桜の散るのが遅い。入学式の日にまだ桜が残っているなんて、なかなかいいタイミングだと思った。写真を撮っている人が何人かいた。


 悪くない朝だと思いながら、僕は学校へ向かった。


 隣を歩いているわけじゃない。彼女は少し前を歩いていて、僕はその後ろを歩いている。追いつこうとも思わないし、話しかけようとも思わない。ただ同じ方向に歩いているだけだ。彼女の歩き方は綺麗だった。姿勢が崩れず、歩幅が一定で、まるで廊下を歩くように整然としている。背筋が伸びていて、黒髪が歩くたびに少しだけ揺れる。それだけなのに、なぜか目を引く。


 学校に着いた。


 下駄箱で靴を履き替えて、新しいクラスの教室へ向かう。入学式の前に一度教室に集まるよう、事前に案内が来ていた。廊下は同じように登校してきた新入生たちでざわついていた。知らない顔ばかりだ。中学が違えば当然だけれど、それにしても知り合いが一人もいない空間というのは、なかなか落ち着かない。みんなどこかそわそわしていて、でも中にはもう友達になっている子たちもいる。中学からの繋がりだろうか。


 教室のドアを開けた。


 席を探して、自分の名前が書かれた札を見つけた。窓際から二列目、前から三番目。悪くない場所だと思いながら腰を下ろした。窓から外が見える。校庭の端に桜の木があって、花びらがちらちらと落ちていた。


 隣の席の名前を、なんとなく確認した。


 神代氷華。


 その名前を見た瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。


 知っている名前だ。


 でも、すぐに打ち消した。あの氷華は近所の子どもたちを引き連れて走り回っていたガキ大将だった。泥だらけで、うるさくて、誰よりも声が大きかった。姿勢よく廊下を歩いて、視線だけで人を黙らせるような雰囲気とは、何もかもが違う。名前が同じなだけの別人だろう。世の中に同じ名前の人間はいくらでもいる。そう結論づけて、教室を見回した。


 それに、と思った。


 あの氷華が首席でトップ合格するような人間になっているとは、どうしても想像がつかなかった。勉強が嫌いで、宿題をサボって、テストの点数を見て「なんでこうなるんだよ」と不満そうにしていた氷華が。やっぱり別人だろうと思って、考えるのをやめた。


 まだ席が埋まりきっていない。窓の外を眺めていると、教室のドアが開く音がした。


 振り返った瞬間、息が止まった。


 入ってきたのは、今朝玄関で会釈をした彼女だった。


 黒髪が長い。整った顔立ち。近寄りがたい雰囲気。間違いなく、あの人だ。彼女は教室を一瞥して、すぐに席を見つけた。迷いのない足取りで歩いてきて、僕の隣の席に座った。


 ドキッとした。


 隣の席だったのかと思いながら、思わず視線を向けると、彼女はこちらを一瞬だけ見た。今朝と同じ、感情の読めない目だった。会釈をするかと思ったけれど、彼女はそのまま視線を前に戻した。


 それだけだった。


 挨拶もなく、言葉もなく、まるで僕が存在していないかのような扱いだった。今朝は会釈くらいはしてくれたのに、学校では別人みたいだと思いながら、僕も視線を前に戻した。まあそういう人なのかもしれない。学校とアパートで態度を切り替えているのかもしれないし、単純に気づいていないだけかもしれない。どちらにしても、わざわざ気にするようなことでもなかった。


 それからぞろぞろと生徒が集まってきた。


 三十人ほどの新入生が席に着いて、教室の空気がじわじわと変わっていった。知らない顔ばかりの中で、それでもみんなそれぞれに緊張しているのが分かった。隣の席の彼女だけが、そういった雰囲気とは無縁だった。背筋を伸ばして、前を向いて、表情一つ変えずに担任が入ってくるのを待っている。


 担任が入ってきて、出席確認があって、入学式の流れについて説明があった。その間、隣の彼女——神代さんは、一度もこちらを見なかった。姿勢よく前を向いて、担任の話を聞いている。横顔が綺麗だった。綺麗だけれど、近づきがたい。氷みたいだと思った。


 それにしても、と思った。


 神代氷華という名前は、やっぱりどこかで聞いたことがある気がした。でも目の前の彼女と、頭の中にある記憶が、どうしても結びつかない。あの頃の氷華は、もっと声が大きくて、もっと泥だらけで、もっとうるさかった。こんな風に静かに座っていられる子じゃなかった。やっぱり別人だろうと思って、考えるのをやめた。同姓同名の人間が隣の席に来た。それだけの偶然だ。


 入学式は体育館で行われた。


 在校生の列、来賓の席、保護者のエリアと、体育館は思ったより広かった。新入生の席に座ると、正面に壇上が見える。校長先生が入ってきて、式が始まった。


 校長の話が長かった。来賓の話も長かった。


 僕は途中から頭が半分ぼんやりしながら、それでも姿勢だけは崩さないようにしていた。弟や妹に「ちゃんとしなさい」と言い続けてきたせいで、自分が姿勢を崩せなくなっている。隣の神代さんはずっと微動だにせず、前を向いていた。長い話の間も、眠そうな素振りは一切ない。鉄の意志でも持っているのかと思うくらい、表情が変わらなかった。


 来賓の話が終わって、在校生の代表が歓迎の言葉を述べた。新入生代表の挨拶もあった。代表で挨拶に立ったのは、神代さんだった。


 壇上に上がった神代さんは、マイクの前に立って、淀みなく言葉を紡いだ。原稿を見ることなく、でも機械的でもなく、きちんと言葉に感情を乗せながら話していた。体育館全体に声が通る。聞きやすい声で、聞きやすいテンポで、内容もしっかりしていた。


 体育館の空気が変わった。


 新入生もざわついていた空気が、引き締まった。来賓席の大人たちが頷いていた。横を見ると、隣に座っていた男子が「すごいな」と小声で呟いていた。


 壇上の神代さんは、どこからどう見ても完璧だった。


 隣に座っていた時とは、また違う完璧さだった。大勢の前に立っても表情を崩さず、声も震えず、ただ淡々と、でも確かに言葉を届けていた。あれだけの人数の前で、あれだけ堂々と立っていられる人間を、僕は今まで見たことがなかった。


 神代氷華、か。


 ぼんやりとその名前を頭の中で繰り返した。やっぱりどこかで引っかかる。でも、別人だ。あの氷華が、あんな風に壇上に立てるわけがない。


 式が終わって、教室に戻って、担任からいくつかの連絡事項があって、解散になった。


 初日はそれだけだった。


 帰り支度をして、教室を出た。廊下はまた人でざわついていた。神代さんはいつの間にか教室からいなくなっていた。一足先に帰ったらしい。まあそうだろうと思いながら、僕も学校を出た。


 帰り道は一人だった。


 来た道を戻りながら、今日一日のことを振り返った。知り合いは一人もできなかった。神代さんとは結局一言も話せなかった。まあ初日なんてそんなものだろうと思いながら、アパートへ続く道を歩いた。


 春の午後の光は柔らかい。


 さっきまでの桜の花びらが、道路の端に吹き溜まっていた。風が吹くたびに、また舞い上がる。朝より花びらの数が増えていた。一日でこれだけ散るものなのかと思いながら、踏まないようにして歩いた。


 悪くない一日だったと思う。特別なことは何もなかったけれど、それでいい。高校生活なんて、最初からそんなものだ。知り合いが増えるのは、これからのことだ。焦る必要はない。


 アパートが見えてきた。


 建物に近づくにつれて、前方に人影があることに気づいた。アパートのエントランスに向かって歩いている。黒髪が長い。制服姿。背筋が伸びている。


 神代さんだ。


 先に帰っていたらしい。僕より足が速いのか、それとも別のルートで帰ってきたのか。どちらでもいいけれど、タイミングが悪いと思った。声をかけるべきか、そのまま後ろを歩くべきか、一瞬迷った。


 結局、声はかけなかった。


 彼女がエントランスを通り抜けて、階段を上っていく。僕はその少し後ろから、同じように階段を上った。階段の踊り場で少し距離が縮まった。後ろから見ると、制服の裾がきちんと揃っていた。歩き方まで整っている。


 廊下に出た。


 神代さんが自分の部屋の前に立って、鞄から鍵を取り出している。202号室。僕の部屋の隣だ。


 僕は自分の部屋、201号室の前に立った。


 鞄から鍵を取り出した。春の夕暮れの光が廊下の端から差し込んでいて、オレンジ色の光が床を染めていた。今日はよく晴れた一日だったと思いながら、なんとなく隣を見た。


 神代さんがちょうどこちらを向いた。目が合った。


 今朝みたいに会釈しようとした、その瞬間。


 彼女の目が、わずかに揺れた。


 ほんの一瞬のことだった。さっきまでの氷みたいな無表情が、何かに揺さぶられたみたいに、ほんの少しだけ崩れた。気のせいかと思うくらい、一瞬のことだった。壇上で完璧な挨拶をしていたあの人と同一人物とは思えないくらい、その一瞬だけ、何かが違った。


 次の瞬間、彼女の体が動いた。


 鞄が床に落ちた。


 それよりも早く、彼女は僕に向かって踏み出していた。


 気づいた時には、背中に腕が回っていた。


 制服越しに、体温が伝わってくる。黒髪が視界に入る。細い腕が、思ったより強い力で、僕の背中にしがみついている。


 何が起きているのか、一瞬分からなかった。


 状況を整理しようとした。隣の部屋の人が、突然抱きついてきた。理由が分からない。でも体温は確かに伝わってくる。細い腕の力も、確かに感じる。


「――湊っ」


 名前を呼ばれた。


 僕の名前だ。下の名前で、しかもこの声で。聞いたことのない声のはずなのに、頭の奥で何かが引っかかった。


 じわじわと、何かが溢れてきた。


 この声を、知っている。


 どこかで聞いたことがある。いつ、どこで。記憶の底を手探りで掘り返すように、何かを探した。この声。この温度。背中にしがみついてくる、この力加減。


 体の奥から、何かが引っ張り上げられてくる感覚があった。


 記憶というより、もっと深いところにあるものが。体に刻まれた感覚が、引き出されてくる感じがした。


 フラッシュバックした。


 夏の公園。錆びたブランコ。砂だらけの滑り台。近所の子どもたちを引き連れて走り回る女の子の背中。誰よりも大きな声で笑っていた。誰よりも速く走っていた。転んだ時、真っ先に駆け寄ってきた小さな手。「大丈夫か?」じゃなくて「なんで転んでるんだよ」と言いながら、でも手は差し伸べてくれた。雷が鳴った夜、僕のシャツの裾をぎゅっと掴んで離さなかった、あの力加減。怖いとは一言も言わないのに、手だけは離さなかった。


 ——将来は俺と結婚しろよな。


 ずっと頭の奥に引っかかっていた言葉が、急に鮮明になった。


 あの夏の公園で、突然そう言ったのだ。顔を真っ赤にして、でも目だけはまっすぐ見て、言い放ってそのまま走り去った。あの時のことを、僕はずっと覚えていた。一日だって忘れたことがなかった。


 顔が見たくて、少し身を引いた。腕が離れないから、半身を捻るようにして、彼女の顔を見た。


 黒髪。整った顔立ち。近寄りがたい雰囲気。


 でも今この瞬間だけは、その目が揺れていた。


 さっきの壇上の完璧な神代氷華とも、廊下で会釈だけを返してきた神代さんとも、違う顔をしていた。揺れていて、不安定で、何かをこらえているような、そういう目をしていた。


 六年前の面影が、確かにそこにあった。


 あのガキ大将が、こんな顔になったのかと思った。


 六年間で、こんなにも変わるものなのか。泥だらけで走り回っていた子が、首席でトップ合格して、壇上で完璧な挨拶ができる人間になっていた。でも今、この瞬間だけは、あの頃の氷華の面影が確かにそこにあった。


 全部が、繋がった。


 隣の部屋。隣の席。同じ高校。今朝の会釈。教室での無表情。壇上での挨拶。神代氷華という名前。そして今、僕の背中に顔を押し付けてしがみついているこの人。


 全部、氷華だった。


 僕はしばらく黙っていた。


 頭の中で六年間分の記憶が、一気に押し寄せてきていた。あの頃のことを、一秒だって忘れたことはなかった。何かを見るたびに、聞くたびに、これは氷華に似合うかなとか、氷華は好きかなとか、そういうことを考えていた。それがずっと続いていた。六年間、ずっと続いていた。


 会えない間も、ずっと好きだったから。


 それは今も変わっていなかった。


 目の前にいる。六年ぶりに、氷華が目の前にいる。隣の部屋に住んでいた。隣の席だった。同じ高校に来ていた。それだけのことが、一気に頭の中に流れ込んできて、うまく処理できなかった。


 でも体は自然に動いた。


 背中にしがみついたまま動かない彼女の頭に、そっと手を置いた。乱れた黒髪が、手のひらに触れた。さらさらとした感触が、掌に伝わってくる。


 氷華は、少し震えていた。


 廊下の端で、春の夕暮れの光が床を染めていた。アパートの古い蛍光灯が、ぱちぱちと点滅している。どこかから夕飯の匂いがした。遠くで子どもの声がした。春の夕暮れは、どこか甘い匂いがする。


 氷華の体温が、背中から伝わってきた。


 六年間、ずっとこれを覚えていた。この感覚を、忘れたことがなかった。記憶の中にあったものと、今感じているものが、ぴったりと重なった。


 これが、僕の高校生活の始まりだった。


 隣の席の、隣の部屋の、六年ぶりの幼馴染と、アパートの廊下で再会した。学校では壇上に立って完璧な挨拶をしていたくせに、今はこうして僕の背中にしがみついて震えている。


 全部知っている。


 怖がりで、泣き虫で、小三の時に何を言ったかも、何もかも全部知っている。六年間変わらず好きだったことも、知っている。私生活がどうなっているかは、これから知ることになるだろうけれど。


 そして、六年間ずっと好きだったことも。


 それだけは、まだ言わないでおこうと思った。


 廊下の蛍光灯が、ぱちぱちと点滅している。夕暮れの光が少しずつ薄れていく。氷華はまだ背中にしがみついたまま、離れようとしなかった。


 それでいいと思った。


 六年分あるのだから、少しくらい時間をかけても、誰も文句は言わないだろう。

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