道
1
夕暮れをすでに過ぎ夜半にさしかかっているはずなのに、空が日の入り直前のような明るさを留め続ける中、鈴音たちは長く伸びた龍の背を伝い、地界へと降りていく。
魔龍アイオーンの身体は、言うまでもなく蛇だ。だから背中はウロコに覆われ、腹は柔らかくスベスベだった。
リカート、バンボラ、鈴音の三人は、手や足を掛け易い背中側を懸命に降りている。幸い、魔龍が身体を微妙にくねらせているので、寝転ぶ、とまではいかないが、座って休むぐらいのことは可能だった。
ウロコも長年の風雨によるものか、それとも単に年のせいなのか先が丸くなり、乙女のやわ肌を傷つけるようなこともない。
下さえ見なければ割と楽しいような気さえする快適さだった。
下さえ見なければ、下を見たりすれば目の眩む高さに恐れを抱き、足が震え先に進めなくなるであろうことは誰に注意されるまでもなく、鈴音には判っていた。
が、判っていればこそ意識してしまい、意識してしまうからこそ下を覗き見たくなるのが人の性という奴である。
いけないいけない、と思いながらも、思えば思うほど昂まる誘惑の声に、鈴音はすぐに屈伏してしまう。魔龍の身体にシッカリと掴まり直すと、目を地上に向けた。
ただし、足下にではなく遙か地平線のほうに。
「・・・・・・!」
目に地界の様子が入ると、鈴音は喉の奥で小さく悲鳴を上げた。そこには山も荒野もなく血の色をした、凄まじい速度で渦巻く雲海が、それのみが存在していた。
地獄絵図、以前の光景。
鈴音の顔には思わず笑みが浮かんできていた。
まさに笑うしかない光景だった。
まともにとっていては血が凍りついてしまいそうだった。
それでも鈴音は気丈にも耐えて、そのまま視線を足もとのほうへと移動させる。
魔龍アイオーンが平然としていること、自分たちの掴まっている身体がちっとも揺れないことなどから、地界の全てが同様の状態なのではないと考えたのだ。
案の定、雲海はすぐさま遠くなり砂漠、荒野、マグマの海、火山を通過して、鈴音の目は町らしきものを捉えた。
まだ箱庭程度にも見えない小ささではあったが、明らかに文明の陰が、そこにはある。
アイオーンの尻尾は、その西の外れ、太陽が沈みかけて止まっている方角だから恐らくは西のはず、に降りていた。
それを確認したところで、鈴音は再び下り始める。すでにリカートやバンボラはかなり下まで降りていき、鈴音の降りてくるのを待ちわびていた。
「早く降りてきなさいよ。ここで野宿なんてしたかないんだからね」
リカートが怒鳴っている。その声を聞き、鈴音はあることを思いつき苦笑した。
「登るんじゃなくて良かった」
「行きましたね」
「あぁ、行っちまったよ」
艶やかな女性の声と、カサカサの年寄りの声とが話している。
鈴音たちのことをだ。
「・・・天界や精霊界、妖精界や人間界は始末がついたのじゃな?」
問いではなく、確認の声が飛ぶ。
「えぇ、天界は主神ケイファスタン、精霊界は運命の女神アルタミラ、妖精界は書物の女神エスティリア、人間界が私ラファエラ、各々世界を身のうちに収めました。後はあなたが地上界を収めさえすれば、八割がた終わりです」
即座に返る答え、そこには一抹の哀しみと、それ以上の寂しさの微粒子が含まれていて、言葉自体を重く沈ませている。
「計画は八割をもって半ばとす。確か、人間界にそんな言葉があったな」
乾いた声が意地の悪い言葉を投げかけた。八割が終わる、そのことで一息つけそうな口調の女神に対する嫌味のつもりなのだろう。
「そう計画は半ば、いいえ、それ以下でしょう。ですが、我々にできるのはここまで、あとのことはオーリン、義人殿と彼が全ての鍵を託した少女しだい、女神の私が言うのも変ですけど、人事を尽くして天命を待つ、そんな心境ですわ」
自分で言った言葉に自分で納得し、むしろ晴れ晴れとした口調で言ってのけるラファエラ、自分が為すべきことはし終えた、あとは人任せ、との気楽さがそうさせるのだ。
女神としては無責任このうえない言動だが、この場合は仕方がないのかも知れなかった。
「それなんじゃが、こんなまどろっこしい方法をとらずとも、あの娘に全て話てしまったほうが早いんじゃないのかね」
娘と言うのはもちろん鈴音のことだ。
「それは確かに、そのほうが早いですけど、裏目に出たら何もかもが破綻してしまいます。手間はかかるけど、これが一番確率のいい方法なのですよ」
穏やかな口調で答えて女神は地界のほうへと目を向け、次第に狭まっていく世界にしばし見入った。
「・・・本当はね。世界はこのまま滅びるのがいいんじゃないかって気も、少ししてるんです。無理に再編なんてせずに、自然な状態に戻して自然に再生されるのを待つのも一つの手ではないだろうかと・・・ね」
消え行く世界を目に焼き付けるかのように、地界から目を離さず瞬きすらせずに女神は長年の親友、自分自身の半身に本音を吐露していた。
この世界はもともと一個の意識の求めによって生じた、ならばこそあちこちに歪みが発生してしまったのだ。これを今一度誰かの意志で再編したところで、どれほどの変化があるものなのか、はなはだ疑問だったのである。
「その気持ち、わからんでもない。わからんでもないが、それはあんたやわしの身勝手というものじゃ。わしらは、本来あるはずのない長寿を楽しんだ。やりたいことはしつくしたと言い換えてもいいが、詰まるところ命に未練はない。じゃが、命ある限り生きようとすること。それは生きとし生きるもの全ての本能、たとえ悪あがきと言われても生き抜いてこその命。・・・そうではないか?」
精神的には今だ若いままの女神に対し、すでに老境を超えている魔龍が諭す。そして女神の顔に浮かんだ肯定の表情を読み取って、魔龍は、その巨体を揺すりながら立ち上がっていた。
「あの娘たちが地界へ降りたよ。わしも仕事をはじめんとな」
そう言って魔龍は長年座り続けていた『ストイックの魔窟』を出て、空へと舞い上がる。あとには女神が一人残された。
「そういえば、アルタミラが言ってたっけ、運命は来るのを待つのではなく、自身の手で造るものだ、と」
一人呟き、女神ラファエラは他の三神の待つ『創命宮』へと急いだ。
アイオーンもすぐに合流することになるだろう。
「町があるわ」
降りることに専念し、下を見ようともしていない仲間二人に、鈴音は伝えていた。いち早く存在を確認した人間として、少しばかりの優越感を抱いたらしい。
アイオーンが飛び立つ前。鈴音たちは、その背を半分ぐらいまで降りたところだった。 その速度は町を見つけたことによって、少しばかり早くなりつつある。
降りるにつれて町の様子がはっきりと見えてきていた。町は意図的な六角型を形作っていて、斜めに走る大路の影響もあって亀の甲羅を連想させる。
六角型、それぞれの角には飾り気のない塔が建ち、その天辺から出た光が町全体を覆い、包みこんでいるように見えた。
「結界、ね」
塔と光を一瞥するなり、リカートは断言した。と、言うよりそれよりほかに判断のしようがないというのが実際のところだろう。
恐らくは吹き荒れる砂嵐から町を守るために張られた結界なのに違いなかった。上のほうにいるときは気づかなかったが、地上では所々に竜巻が発生し砂煙が立ち昇っていた。
魔龍の尻尾は、結界を結ぶ西端の塔に絡みついていて、その恩恵によって鈴音たちは風の洗礼に晒されずにすんでいたのだ。
降り続けていくと、この町が町というよりも市というべき広さを持っていることが判った。人口は二十万を超えるだろう。
赤茶けた岩をレンガのように積み重ねた家々が眼下に立ち並んでいる。個人の家なのだろうがどれもかなり広かった。日本の住宅事情から言えば二倍や三倍はある。
邸宅、そう呼びたくなるほどだ。
そして町を囲む六本の柱、その内側にはノーランデイア同様に主神と地水火風を司どる四女神、それに土地柄だろう死と闇の女神の神殿がある。
見下ろすと神殿の形が神々の力を象徴する文字に見えるので、そうと知れるのだ。
北に主神ケイファスタン、南に死と闇の女神ツナデ、北東に水の女神エデューシャ、南東に地の女神マーブル、南西に火の女神アフロス、そして、鈴音たちが降りていく塔の横には風の女神エオリアの神殿が建っている。
六角形の中央には紛れもない城がそびえ立ち、辺りを圧していた。どう見ても神々の神殿よりも威厳のある建物になっている。
もっとも、灯一つ見えない住宅部の中心で唯一煌煌と灯の点った建て物だから、そう見えるだけなのかも知れなかったが。
「ひとが・・・」
あと数十メートル降りれば塔の最上階に到達する、そんなとこまで降りたところでバンボラが呟いた。
塔の最上階に唯一開いている窓、というよりガラスの入っていない展望台のような場所に人影が見えたのだ。
性別までは判らないが、腰に吊るされた棒状のものが剣であることは推測の力を借りずとも確認できる。人数は七・八人ぐらい、多くても十人は超えていないはずだ。
「どうしよう?」
武器を持っているのを見て取ったリカートが情けない声を出す。並みの剣士七・八人ならば、十分に活劇を演じる自信はある。ただし、それはあくまでも対等な位置、地面に両の足で立っているときならば、である。
降りてる最中に剣を投げつけられでもしたら、いかに剣技に長けた者でも防ぎようが無い。まして、鈴音を守りながらでは、はなはだ分が悪いというものだ。
「行きましょう。あたしたちを襲った妖精は、あたしたちとラクロア族とか言う地界の住民たちとの仲違いを目論んでいたわ。だとすると、彼らは味方か、もしくは中立、少なくとも完全な敵ではないはずよ」
鈴音が言ったが、そんなことが気休めにもならないことは判っていた。こちらがそう読んで、のこのこ現れたところを殺すつもりなのかも知れない。
だが、疑い出せばきりがない。引き返すわけにはいかないのだから、覚悟を決めていくしかなかった。
人影のある展望台然とした場所まで降りてみると、そこに居並ぶ剣士たちがみな女であることが判った。一様に白く裾の長い服を着ている。
胸のところに何かの文様が入っていることで、どこかの神殿に仕えるものなのだろう。というぐらいのことは鈴音にも判ったが、それ以外は何がなんなのか見当もつかなかった。
「・・・闇の女神ツナデの文様だわ。月を覆う黒雲を模式化したものよ」
小声で解説するリカートの声を背中で聞き、鈴音は前に進み出た。何にせよ、挨拶ぐらいはしておこうと思ってのことである。
第一印象は大切にしないとね。
心の中で呟き、最高の微笑みを、最後から数えて四つ目の武器を相手に送った。
相手が異性、すなわち男ならば一発でK.Oできる技である。同姓にも効き目のあることを祈りたかった。
同性愛趣向者では断じてなかったのだが。
「あたしは・・・」
「鈴音様ですね。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
名乗りを上げようと、口を開いた途端。先方のほうから名を呼ばれてしまい、目を白黒させて驚いた。
それでも、すぐさま平静さを取り戻すと鈴音は示された通りに歩き始めた。
リカートとバンボラはその左右後方に続く。
2
塔を出ると、何よりもまず静けさが耳を突いた。まるで墓場のような静けさなのだ。感性でいけばうるさいほどの静寂、というところだろうか。とても人の住む町とは思えなかった。
ゴースト・タウンではないはずなのに・・・。
楽の音、人々の話し声、笑い声、子供の泣き声、沐浴場や厨の水の流れる音、およそ町にあるべき音がまるでないのである。
だが、人がまったく住んでいないというわけではなさそうだった。亀甲状に敷かれた石畳の大通りには塵一つなく、それどころか砂ぼこりの立たないよう水を撒いた形跡すら見て取れる。
なにもかもが整いすぎるほどに整い、清潔で隙がなかった。人の気配もない。眼前で鈴音たちを導く女たちがいなければ、この町に人がいるという考えは否定されていたはずである。
彼女たちは塔を起点に中心方向へと斜めに走る大路をまっすぐに歩き、亀甲状に分けられた町の中心ブロックに鈴音たちを案内した。
そこには上から見たとおり大きな城が建ち、町とは対照的なほどの明るさに満ちていた。
音もある。
賑やか、とは言い難かったが静かに流れるのは弦楽器のたおやかな調べ、その調べに合わせて女性の甘い声が神秘的な響きを伝えてくれた。
聖歌隊の歌声にも似た音、そして声である。
同時に、おいしそうな料理の匂いが鼻をつついた。煮物や魚はもちろん、肉を炙る香ばしい匂いが辺りに広がりつつある。
酒宴でも開かれているのだろう。時折笑い声や手を打つ音も聞こえ、微かにではあったがアルコールを含んだ空気が風に乗って流れてくる。
グ~ッ きゅるきゅる
「あっ!」
不意にお腹を押さえて声を上げる鈴音、羞恥のために頬どころか耳まで赤く染めていた。 考えて見れば昨日の晩から二十時間以上、バンボラに分けてもらった木ノ実しか食べていない。まともな食事は三日間ほど口にしていなかった。
今だ発育途上の身体である、しかも普段の生活からは考えられないほど体力を使っているのだ。腹が空いて当然であった。
「もうしばらくご辛抱を、今宵の宴の主役は鈴音様、城の天守で我らが主が晩餐の用意を整え、待っておりますから」
先を歩く女たちの一人が振り返って言う。鈴音はその言葉に赤い顔をさらに赤らめたが、変に気を使われて無視されるよりは気持ちが楽なことは知っている。
はにかんだ笑顔と供に、女性の気遣いに対し礼を述べていた。
もっとも、礼を言ったときにはもう鈴音の頭から食事のことなど消え去っていた。そんなことよりも気になることができている。
宴の主役が自分で、しかも女性たちの主、恐らくは地界の王であろう人が待っていると言うのだ。妖精と出会うまでは地界の民は敵だとばかり思っていた鈴音には不思議なことだったのだ。
「・・・宴に招待していただくのは光栄と言うものだが、食堂に案内されても出されるのは毒入りかも知れねぇな」
鈴音の戸惑いを感じ取ったのか、バンボラが皮肉な口調でリカートの耳元で囁いた。
「だとすれば、あたしたちはまず毒味役をすることになりそうね」
リカートの言葉に、バンボラは数秒応えなかった。別段考えを巡らせた結果ではなく、鈴音の護衛をする以上そんな場面もあるのだと、いまさらながらに気づき唖然としてしまったのである。
だが、その役目自体を否定する気はなかった。
リカートに言えば、鳩尾に強烈な肘打ちが叩き込まれるだろうから口にはしなかったが、剣をとって戦うだけが護衛ではないことに気づいてかえって楽しみが増えたと不謹慎なことを考えたりしてもいた。
しかし、口を吐いて出たのは別のことだった。彼らしいといえば、言えなくもないがかなり達観したセリフである。
「それもいいさ、この次はいつ食えるか判らんのだ。もしかしたら、これが俺たちにとっては本当の意味で最後の晩餐ということもありうる。だとしたら毒入りであろうとなかろうと、さして問題ではなかろうよ」
冗談とも本気ともつかない物言いではあったが、真実の一端は握っていた。
実際、この時世ではいつ死んでも不思議ではないのだ。だが、リカートには毒で死ぬなど考えられないことだった。鈴音を守るために戦うのが当然で、戦うことなく毒死などしては戦いの神でもある女神ラファエラに顔向けができないではないか。
ともかく、今は先導する女たちについて、先に進むほかない。たとえようのない焦燥感を含んだまま、歩くしかなかった。
ビル七階分の階段をひたすら歩き通し、天守閣へと辿り着いたとき、三人は一瞬石化した。目の前にある空間を現実として認めては、自身の存在に関わるとの恐怖がある。
入り口から奥に続く左右には、先導してきた女たちとも鈴音たちとも同じ姿の人々が飲めや歌えで騒いでいる。頭上に桜があれば人間界の花見と同じ、鈴音にしても何の気負いもなく入っていけただろう。
が、それだけではなかった。左右の列のその先、奥の奥間に阿修羅像に変装した奈良の大仏が鎮座していたのである。
顔が三つで腕が三対の姿は紛れもなく三面六ぴの阿修羅であったが、大きさはまさに大仏のそれである。しかも、この大仏が目の前で牛の丸焼きをサイコロ・ステーキのように一口で食べているのだ。
そんな情景をまともな精神で見て、納得することなど不可能。まして、過去の伝説や記録を少なからず知るリカートにすれば、目の前にあるのは純然たる『死』そのものであった。
「大魔王サンディムーア」
掠れがちな声を、ともすれば引き裂かれてしまいそうな喉からようやくにして吐き出すリカート。顔面は蒼白で、露出している肌は血の気を失い白く、白磁器のような光沢のある白ではなく、死んだイカのような白へと変色していた。
「そう固くならずとも良い」
傍に居た鈴音でさえ聞き逃しそうだったリカートの呟きが聞こえたとでもいうのか、真正面の巨人が声を掛けてきた。
その声は外見とは逆に繊細で、柔らかく、ただし重々しい響きを備えている。音楽的にはベースと呼ばれるような低音管楽器のようだった。
「わしが常に地界以外の世界にとっての敵たるわけではないのだ。わしの使命は光と闇、その力の均衡。この均衡を守るためならば敵ともなるし味方ともなる。過ぎし日は敵、なれど今は味方だ」
その言葉で意を決したのか、鈴音は再び歩を進めた。まっすぐに大魔王の元へと歩いていく。静かに、ゆっくりと。
そして大魔王のための料理が山になっている場所の手前で立ち止まる。恐くなったからではなく、それ以上近づくと大魔王の顔を見るだけで首を痛めそうだったからだ。
「そなたが鈴音か。オーリンの奴がづいぶん気に掛けていたから、よほどの女傑であろうと思うておったが、ただの小娘であったな」
無感動な感想が、トンネルのような大きな口から漏れる。あれだけ大きければ、漏れる確率も大きさも半端なものではないだろう。
「オーリン! ・・・義人君を知ってるんですね。今どこにいるんです? いったい何を・・・」
オーリンというのがこちらの世界での義人の通り名であると妖精が言っていたことを思い出し、矢継ぎ早の質問を浴びせる鈴音。
しかし、その鈴音の問いを大魔王は片手を軽く上げて制す。
「わしは三年前オーリン、義人でもよいが、この者と仲間たちによって封印されたのだ。知っていて当たり前だろうが。何をしようとしているのかとの問いには、そなたの片棒を担いでいると言えば十分のはず。どこに居るかとの問いについて言えば、明日になればわかることだ。明日、我らはそこに行くのだ。そのための晩餐なのだからな」
「あたしもつれて行ってもらえますか?」
期待以上の決意を込めて問う。
もし駄目と言われてもついていく、彼女の瞳が声高にそう告げていた。
「そなたが来ずにどうする。そなたを送るためにわしらは行くのだ、ならばこそ今宵の宴はそなたが主役なのだろうが。つまらぬことを言っている間に食っておけ、遠慮だの慎みだのとほざいていては醜い死体をさらすことになるぞ」
そう言って大魔王は目の前に積まれた牛の丸焼きを一つ摘み上げ、うまそうに噛み砕いてみせた。
目の前で、自分より大きな牛が一口で食われていくのを見るのは、はっきりいって恐かったが、大魔王の言葉を信じ、鈴音は近くに座り込むと普通のサイズで調理されているのをむさぼるようにして食べ始める。
義人君に逢うことができたら、とりあえず駆けていって思いっきり抱きつく、そうしたうえで力一杯引っぱたいてやる。それぐらいの権利はあるはずだった。
そのためにも空腹ではいられない、今のうちに体力をつけておかなくちゃ。それが、鈴音の偽らざる本音だったのである。
ふと、後ろを振り返るとリカートとバンボラも銘々串焼きにされた肉を片手に飲み会に突入していた。バンボラなどはすでに上半身裸で、すっかりできあがってしまっている。
「二日酔いになったりしなきゃいいけど」
翌日、鈴音はドラの音で眠りの園を追い出された。
辺りには空になった酒樽と松の葉のように散らかった串が散乱している。それと、まるで浜に打ち上げられた魚のような恰好で寝ている人たち。男たちは半裸に近く、女たちも服を乱し霰もない姿をさらしていた。
「・・・年頃の女の子がいていい場所じゃないわね」
あきれたように呟き、微笑んだ鈴音。が、直後に自らを顧みて赤面していた。人を笑えるような姿ではなかったのだ。
床にできた酒の池に身を写してみると、胸は開だけ、髪はボサボサ目はウサこで目の下クマクマ、とにかく人前にでれる姿ではなかった。
「・・・・・・。ま、いいか。これでも」
年頃の女の子にあるまじき妥協であったが、こんなところでポーズをつけたところで意味はない。鈴音はそのままの姿で部屋を出ると顔を洗うために水を汲むべく井戸を探した。
地上界にしろ地界にしろ人間界ほど建物のデザインが多彩ではなく。ある一定の規格を守って建てられているので道に迷う気遣いはない。
間取りも似たようなものなので、どこにどんな部屋があるのかも分かり易かった。
「鈴音さん!! 鈴音さんでしょ?」
井戸まで来ると年上、たぶん二十五・六の女性がにこやかに声をかけてきた。
ギリシア神話の女神たちが着ているような白いドレスに紅の肩当て、黒鞘の剣を腰に差し、同じく黒色の盾を背に負った何とも風変わりな、美人であった。
同性の鈴音から見ても、ため息が漏れるほどに美しい女性である。もっとも、それだけに何人を寄せつけない冷たさのようなものが感じられた。
「は、はい。そうですけど」
その爽やかな笑顔に、鈴音はなぜか胸がときめき頬が火照ってくるのを感じ、ドギマギしながら答えている。
「やっぱりね。・・・わたしライザ、かつて勇者オーリンと供に旅をしたこともある女、よ」
自慢げに言って、その女は鈴音の倍はありそうな胸を突き出した。そのボリュームに一瞬怯みかけた鈴音だったが、義人がらみとあっては後に引けようはずがない。
「義人君を知ってるの?」
「えぇ、オーリンとしての、ならね」
気負う様子もなく、さらりと言うライザ。鈴音はふと、心の奥にやっかみの炎が燃え上がるのを感じた。
義人について自分の知っていることといえば顔と声、生年月日に血液型、家の電話番号と住所。それ以外は噂と推測による情報だけ、なのにこの女は鈴音の知らない義人をたくさん知っている。
「はじめてあったときの彼ったら、かわいかったわよ。いつも怯えてて、すみで震えてた。特に女の子には弱くてさ、声を掛ける度に肩がピクッピクッて動くの。よくからかわれてたわ」
クスクス笑いながら楽しそうに話すライザ、我知らず鈴音の拳が握られる。
鈴音とて普通の女の子なのだ。好きな人の、好きになっただけでまだ何も知らない人のことを、こんなふうに話されたのでは羨ましいと思うより早く、憎しみの青い炎が心を満たすぐらいのことはあって当たり前だった。
「それに初めて自分の力で敵を斬ったときなんかね」
そんな鈴音の気持ちにはお構いなしに、話を続けるライザ。
地獄にいるかのような鈴音の苦しみ、だが幸いなことにその地獄は長く続きはしなかった。ライザが言葉を続けようとしたとき、遠くからドラの音が響いてきたのである。
「出戦の合図、もう行くのね。・・・鈴音さん、続きは本人から聞くといいわ。行きましょう、彼もあなたを待っているはずよ」
3
「征くぞっ!」
うおぅっ!!
大魔王サンディムーアの号令一下、地界の民ラクロア族はときの声を上げた。
手に手に長槍を持ち馬に跨がる長老たち、背に大剣を背負う屈強な男たち、腰に中剣を吊るし後を追う女たち、小剣を手に懸命に駆ける子供、一族の全てが住人全員が殺気ばしった空気と供に集まっていた。
この時になって始めて、鈴音は昨夜の宴会の意味を知った。あれこそが彼らの最後の晩餐だったのである。
・・・もしかしたら自分にとっても。
気がつくと、いつのまにかリカートとバンボラが左右両脇を固めている。昨日の騒ぎが幻ででもあるような真剣、ある意味悲壮な表情が顔に張り付いていた。
ゆっくりと歩き始めるラクロア族、その流れに引きづられるようにして鈴音も歩を進めている。
「・・・ん?」
鼻孔を人いきれや醒め切れてないアルコールとは明らかに違う臭いが掠め、鈴音は怪訝な思いで振り返った。風が追い風だったから・・・振り返って鈴音はラクロア族の覚悟の深さを知った。
町が燃えている。
ただ燃えているわけではない、人為的に燃やそうとして燃やしている燃えかたである。背水の陣、もう帰るところはない、その思いを全員の胸に刻み、死力を尽くさせようとの考えであろう。
それはわかる。わかるが、しかし・・・。
「ここまでする? ふつう」
苦笑と供に口の中で呟く鈴音。が、すぐにこれが普通などといっていられるような事態にはないことに気がつき、口をつぐんだ。
あとは彼らの後ろについて、ひたすら歩き続ける。
どれほど歩いただろう、彼らはやがて町の北、屏風のように立ち並ぶ連山の麓に達した。その山々は斜度が異様に高く、側に寄ると地面に対し直角のようにすら見える。
「まさか、これを登るんじゃ・・・」
まともに顔をひきつらせ、呟く鈴音。その視界で山が動いた。サンディムーアである。彼はその巨大な体躯で山の一つに掴みかかると、奥へ押し込んでいく。
どうやら、この山は地面が盛り上がったものではなく、地面の上に置かれたものであったようだ。山を一つ置く、そんなことができるとは信じがたいものがあったが、実際に目の前で動かされているのを見たのでは認めないわけにはいかないだろう。
山のなくなった空間は、そのまま平らな谷となり左右に広がる空間へとつながった。
正面の山を躱し左右から廻り込む、と目前に塔があった。漆色の岩に左右を固められ、プラチナ色に輝く塔。
「きれい」
うわ言のように呟いた鈴音だったが、その感激は一瞬にして潰える宿命にあった。
日の入り直後で時間が止まったような薄闇の中、その暗さに慣れた目に。ひときわ輝く塔を見て他のものに意識がいかなくなっていたが、そこには塔以外にも彼らを待ち受けているものがあったのだ。
馬面の人間、女の半身を持つ獅子、人間の半身に馬、馬に翼、蛇と人間。いわゆるキメラ、合成生物が、まともな生態系からは逸脱した生きものたちがひしめいている。
「うっわ~。ナイトメア、スフィンクス、ケンタウロス、ペガサス、メデューサにグリフォンまで、神話の創世記にしたって、こんなに派手なキャスティングはないでしょうね」
性、という奴だろう。声のトーンが跳ね上がり、弾むような叫びになる。
それらが敵かも知れないと言う考えは沸いてこないらしかった。
もちろん、それらだけというわけではなかったが何しろ特異な姿と巨体である。嫌でも目に付くのだ。目のつかないところにはRPG風に言えばゴブリンやオークといった感じの兵士たちがいる。
騎馬対や弓箭兵、編成や装備から言えば両軍に大した差はないようだった。
ただ、大魔王サンディムーア級の巨体がこちらは魔王だけなのに対し、向こうには十数対存在する。
戦いでの不利は必至だった。
「これから奴らと戦おうって時に、喜んでないでよ!」
こちらも戦士の性丸出しのリカートが叫ぶ。右手にはシッカリと細身の中剣が握られ、背には小剣が三本背負われていた。戦闘準備は万全というところだろう。
「えっ?」
神話の世界の生きものと戦う、考えてもいなかった現実に戸惑うだけの鈴音。これがもし、鬼とかなら戦う気にもなったのだが、長年友として親しんだ空想と戦うなど思いもよらないことであった。
すでに、自身の手で妖精を斬っているとはいっても、それは彼女の中にあった妖精のイメージを根本から覆す言動があったからこそで、いま目の前にいるだけの状態から敵と判断することは難しい、というより判断したくはなかった。
「敵として考えたくないんなら、無理に考えなくていいわ。ただ、オーリン、義人はあの塔にいる。あの塔に行くのにあの獣たちの巨体は邪魔になる、そう考えていてくれればいいわ。そして一刻も早く塔に入るとね」
戸惑う鈴音を見咎め、ライザが忠告する。その言葉の効き目は絶大だった。瞬時にして鈴音から迷いが消え、彼女の目に輝く塔以外のものは入らなくなる。
「あそこに、行けば、いいのね」
自分自身の胸に刻み込むように音節を区切って呟く鈴音、その語尾にサンディムーアの雄叫が重なった。
それが戦闘開始の合図だった。ラクロア族は左右二手に分かれた状態から一斉に中央、塔の正面へと攻め上る。
あちこちで怒号の声が上がり、剣と剣がぶつかりあう激しい音が各地から聞こえた。断末魔の絶叫が聞こえ、戦場はたちまちのうちに修羅場と化す。
「ついてらっしゃい、遅れると義人に逢えないまま死ぬわよ」
ライザが剣を抜きながら叫び、鈴音の前に立つと、戦場の真中に駆け込んでいく。
そう言われてはボケッとしていられるはずはなく。鈴音も全力で走り込む。その左右後方には当然のようにリカートとバンボラの姿があった。
「突っ込めぇ!!」
魔王の朗々というには下品に過ぎるが、威厳と威勢、鬼迫に富んだ声が向こうから聞こえてくる。
敵の騎馬隊も駆け込んでくる。その敵に向かってリカートが神官戦士らしく魔法をかけた。小さな霧を出す単純な魔法だったようだが、効果はあった。
霧で視界を塞がれ、湿った空気を吸い込んだ敵は激しくむせ返り馬上から転げ落ちる。
男はそのまま後から来た仲間の馬に踏みにじられて絶息した。
そして、先頭の騎兵たちの上に火球が現れ、破裂する。ラクロア族の誰かが炎の魔法を使ったのだ。それによって敵の騎兵の半分が落馬したが、反撃もまた苛烈だった。
気圧が変化したことを告げる耳鳴りがしたかと思うと、巨大な竜巻が発生し、ラクロア族の歩兵たちが宙に舞う。さらに、同時発生した雷が剣や鎧に通電し、少なからぬ被害を与えている。
見ればグリフォンやペガサスが上空を旋回し、翼で大気を操っていた。
「おのれ!」
サンディムーアが怒声を張り上げ、背に追っていた巨大な鎚を振るう。
グリフォンの翼が千切れ、ペガサスの首が飛んだ。
別のところではラクロア族の長槍がメデューサの胸を貫き、死に切れない蛇供がのたうっている。
戦いそのものが悪魔の仕事であることはわかっているが、この戦いはそれを実証するものとなりそうだった。
ただの殺し合いが延々と繰り広げられている。その殺し合いの中で、両軍の兵士は次々と倒れ、息絶えていった。
「ひどい」
鈴音にすら、戦いがどんな状況にあるのか理解できた。ライザ、リカート、バンボラ三人に守られている鈴音ではあるが、その身体は泥と周囲のどこからでも上がる敵味方の血飛沫を浴びて血にまみれている。
もはや、この戦いに勝者などいないことは明らかだった。死と破壊だけが、この戦いの間中微笑むことだろう。始めから、そうなることと定まった戦いではあったが、こうして実際に目の当りにすると絶望的な思いが全身を震わせる。
「切りも際限もありゃしねぇ、こりゃ駄目かな」
一同の中でも、一番体力があるはずのバンボラから弱音が出た。鈴音の倍はあろうかという幅の肩が荒れる呼吸で激しく上下動を繰り返している。
塔は確かに近づいてきていたが、それでも駆けてきた道の半分ぐらいの距離が残っていた。当然、そこは無人の荒野などではなく敵に埋め尽くされている。それも、無傷で元気なものたちばかりだ。
足下には敵だか味方だか、すでに判別もままならなくなった肉塊が横たわり、生気を失った目が生きている者を恨めしげににらんでいる。
斬りかかってくる敵兵を迎え撃ちながら、自分が、そして三人の少女たちが、大地を朱に染め倒れる番はいつ回ってくるのだろう、とバンボラは考え始めていた。
その時、バンボラの目が魔王の振るった鎚に弾かれ飛んでくるグリフォンの巨体を認めた。その巨体はちょうど彼らと塔の中間あたりに落ちる。その辺りにいた敵兵たちは巨体に押し潰され、ほとんど即死していた。
他の者も衝撃で飛ばされ、塔と彼らの間には翼を無くしピクリとも動かなくなったグリフォンの巨体だけが転がっている。
「チャンスだ! 突っ走れ!!」
これを逃せば、もう鈴音を守ることも難しくなる。その思いが、バンボラの声を嫌でも高くした。ライザ、リカートの二人も顔を見合わせてうなづき合い、左右から鈴音の腕をつかむと、そのまま全速で駆け出す。
「うおぉおお」
その三人に向け、生き残った敵兵たちが殺到していく、死んだ仲間の無念を引き継いででもいるのか、異様な殺気が感じられた。
「させるか!」
一声叫び、長剣を振るうバンボラ。彼は、その場に仁王立ちになると殺到してくる敵を切り伏せ、鈴音らのために細い通路を確保することに専念する。
それが、無数の剣に切り刻まれる未来に直結していることは、彼にもわかっている。わかっているが、逃げ場はない。どうせ死ぬなら、最後ぐらい恰好つけて死にたかった。
「バン!!」
後からついてきているとばかり思っていた狩人の気配がないことに気づき、振り返るリカート。その目に、孤軍奮闘するバンボラの姿が入ってくる。
後方で上がった自分を呼ぶ声に、バンボラは妙に満足げな顔になると、後ろを振り向きもせずに怒鳴り返した。
「ここは俺が抑える。おまえらはとっとと先に行け!」
「なっ!!」
驚きの声を上げたのは鈴音だった。
少年マンガや映画では使い古された精神、自己犠牲の精神を実行しようとするバンボラの行動が理解できなかった、否、理解などしたくなかった。
しかし、ライザらは冷淡なもので答えを返すこともせず、鈴音の腕を引っ掴んだまま、ひきづるようにして再び走り始める。
「・・・冷たいなぁ、お義理でも『あんた一人置いてはいけない』ぐらいのことは言ってほしいもんだが・・・」
やや憮然とつぶやくバンボラ。その肩を敵の放った矢が貫く。
「さて、このバンボラ様の最後の獲物たる名誉を担うのは、どいつかな?」
バンボラを無駄死にさせたくはないライザ、リカートの二人は必死になって胸も裂けよとばかりに塔へと急いだ。
やがて、塔が間近に迫ってくる。
こちらが走っているのだから近づくのは当然だが、近づいてみると塔の付近はすでに後方となっている戦場より多数の敵兵の死体で埋まっていた。
どれもが焼け焦げ、何か高熱を発するものに触れたことは明白な死に様である。
「あ、あれは?」
敵兵の死体と、その死に様を訝しみ塔を凝視したリカートが声を上げる。見ると、塔の周辺をドーム状の膜が包み込み守護しているようだ。
ラクロア族の町を包んでいた嵐を避けるための結界とは違い、侵入者のいかなる進入も許さない攻撃的な結界であるらしい。
「魔王たちです、大魔王サンディムーアの後に現れ、三年前にはともに封印された者たち、大魔王の復活に伴って蘇り、今まで塔の守護を任されていたのです」
荒い息の下でライザが説明してくれた。言われてみれば膜の内側に祈りの体勢のまま微動だにしない人影が幾つか見えている。
「行きましょう。あの結界は全てを拒むように見えるけど、特定物質だけは透過する仕組みになっているわ」
そう言ってライザは鈴音の頭越しにリカートへと合図を送った。リカートは数瞬の間ライザの目を見つめていたが、すぐに大きなうなずきと供に納得した旨の合図を送り返す、と二人は鈴音を抱え、足を早める。
その後ろからはバンボラを迂回し、廻り込んで来た数十を越える敵兵が迫ってきていた。もし追いつかれれば・・・結果は火を見るより明らかである。
だが、その危惧は杞憂で終わりそうだった。塔とそれを包む結界が目前に近づいている。あとはこのまま駆け込めば敵の追手など問題ではなくなるだろう。
「いっけぇ~!」
やおらリカートが叫び、渾身の力を込めて鈴音を突き飛ばした。
「え?」
なにが起こったのかわからず、呆然とする鈴音。その全身が結界に触れ、プールに飛び込んだような感覚の後、鈴音の身体は結界の中にあった。
「ここからは、あなた一人よ。早く行きなさい、義人のところへ」
ライザが指示する。その向こうに敵兵の姿があった。ライザとリカート、二人だけでどうにかできる数ではない。
「だ、だって、そんなこと」
できるわけない。そう言おうとした鈴音の前で、リカートが左手を伸ばし結界に触れた。
バシュッ!
何かが弾ける音がし、リカートの掌が黒く焦げ血がにじむ。
「わかるでしょ? この結界には勇者殿と同じ人間界の住人であるあなたにしか入ることはできないの。躊躇っている暇はないわ、わたしたちを犬死にさせないで!!」
リカートの行動を受け、ライザが怒鳴る。
その目を鈴音は唇を噛み締めて見返したが、深いため息と供に瞳を閉じ、塔へ向き直ると後ろを振り返ることもせずに駆け出した。
二人が父と同様、鈴音が幸せになることを望み、そのために命を賭けてくれていることがわかったから。
その気持ちを無駄にするわけにはいかなかった。
「あたしたちの、仕事は終わったわね」
塔の中に消えた鈴音の残像を見つめ、リカートが呟く。押し寄せる敵兵を前に、その表情は晴れやかだった。




