48 こんなもんか?
あまりに大きな咆哮に、耳がキーンとして頭がクラクラする。
「グルルル...」
咆哮を終えたドラゴンは、口から小さく炎を噴き出しながらこちらを見下ろす。
威嚇しているのか様子見をしているのかわからないが、その眼光は鋭く、思わず後ずさりしてしまいそうになる。
(落ち着け...。状況整理だ。)
突然現れたドラゴン。これまでの階層通り考えるなら、こいつは通常の魔物ということになる。
だが、これが通常の魔物でたくさん出てくるというのはちょっと考えにくい。図体がでかいだけで実はそんなに強くない、なんてことはないだろう。
おそらく、こいつがボスで100階層全体がボスの間、と考えるのが自然ではある。
(一番最悪なのは、こいつがブルーオーガみたいにボスの変異体だった時だ。)
先日の80階層の時みたいに、こいつが変異体でボスの間の外を動き回っているという可能性もある。
そんなに何度も変異体が出てくるとは思えないのでさすがに違うとは思うが、万が一変異体だったらすぐに逃げる必要がある。いつでも帰還の宝玉を使えるように意識をしなければ。
:ドラゴンだああああああ
:100階層来てすぐなのに?
:こいつが雑魚モンスターってマジ?
:さすがにボスだろ。100階層は階層全体を使ってドラゴンとの戦いって感じか
コメントを投影しているドローンに離れるように指示を出し、俺は剣と盾を構える。
(今のうちに鑑定だ)
ドラゴンがこちらを見つめている間に、俺は『鑑定』をドラゴンに使用する。
(...ん?)
だが鑑定文を見て、一瞬眉をひそめる。そこには一部よくわからないことが書かれてあった。
─────────────────────────────────────
種族名:レッドドラゴン
個体名:アシュファン
状態:正常
レベル:100
スキル:身魔増大・全属性耐性・龍威
■■■により創られた存在で、■■■■ダンジョンのレベル100を任されしもの。
その鱗は■■■■のように頑丈で、そのブレスはあらゆるものを焼き尽くす。
竜特攻・龍特攻が有効
─────────────────────────────────────
これまでの鑑定は、種族名とスキル、簡単な説明が記載されているだけだった。だが今回はそれよりも少し詳しい情報が読み取れるようになっている。
(レベル100になった影響か?)
レベル100になったことにより、詳しい情報が読み取れるようになっているのか。それにしては一部失敗しているようだが...
鑑定は、レベル差があったり相手が『隠蔽』や『偽装』系のスキルや装備をしていると失敗することがある。なので一部読み取れない部分があるのは仕方ないとして...
(内容が少し気になるな)
ピンポイントで気になる部分が鑑定失敗している。一体何によって創られたんだ?ダンジョンの前にある■■■■には、何が入る?
(100階層に来てまだ数分も経っていないのに、もう想定外だらけだ。)
突然のドラゴン。気になる鑑定情報。頭が混乱しそうになる。
しかしじっくり考えこんでいる暇はない。それは戦いが終わった後でいくらでもできることなので、今は目の前のドラゴンに集中しなければ。
幸い、鑑定内容的にやはりこいつが100階層のボスらしい。予想通り、100階層は階層の全てがボスの間、ということだろう。
気になることは一旦置いといて、俺は臨戦態勢に入る。
それを見たドラゴンも俺を「敵」と認識したのか。空気が明確に変わった。
ドラゴンは大きく息を吸い込む。その吸い込みは最初の咆哮の時よりも、明らかに深い。
(鑑定内容通りなら、ブレスが来るか...!)
あらゆるものを焼き尽くすと書かれていたブレス。それが来ると予想して、俺は思い切り横に向かって走り出す。
その直後
ドラゴンの口から、巨大な炎が吐き出された。
(広い...!)
その炎は口から扇状に広がっていき、ドラゴンの正面の大部分を焼き尽くしていった。
なんとか避けることができたが、全力で横に走ったにも関わらずギリギリの回避だ。少しでも遅れていたら当たっていただろう。
:やべえええええええ
:どんな範囲と威力だよ
:一旦逃げませんか????
平原だった場所は、草が燃えて一瞬で焦土と化していた。
(...正面から受けるのは無理だな)
さすがにこのブレスを受け切るのは無理だろう。掠りそうになったくらいなら盾で防げるかもしれないが、基本は回避を考えるべきだ。
「ふー...」
一つ息を吐く。
想定外の出来事、強力な攻撃。
「帰還の宝玉を使って出直そう」という、弱気な考えが頭をよぎる。
だが...
(出直すにしても、全力で戦ってからだよな)
ここで帰還したとしても、大して状況は変わらない。次来た時に、ちょっと心構えが出来るくらいの違いしかない。
帰還するならば、全力で戦ってみてどこまで通用するか、相手がどんな動きをするか。
それらをできるだけ確認してからの方がいいだろう。
幸い帰還の宝玉ですぐに帰ることはできる。転移石のように、30秒時間を稼ぐことは気にしないでいい。
なのでこの弱気を振り払うためにも、最初から全力で行く。
俺は創造していたスキルを消していき、先日のように過剰駆動だけを残す。
(過剰駆動、発動)
途端にみなぎる力。短い制限時間付きの、俺の切り札。
だったのだが...
昨日、スキルを少し試していてわかったことがある。
80階層で過剰駆動を重ね掛けしたが、予想外に反動は少なかった。それがレベル100になった影響なのだとしたら、じゃあ通常の過剰駆動の反動はどうなっている?
検証の結果、他のスキルと併用していれば反動はまだ重い。
だが過剰駆動だけに絞った場合、反動はかなり軽く、持続も明らかに伸びていた。
他のスキルと併用できないという欠点はあるが、『力』という点においてはこれだけで充分だ。
「グルルル...」
俺が力を開放したのを見て、ドラゴンが唸りを上げる。
俺の全力がこいつにどこまで通用するのか。やってみようか。
俺は地面を蹴り上げ、ドラゴンに向かって急接近する。
「ガアアア!!!」
それを見たドラゴンはブレスを吐いてくるが、咄嗟で吸い込みが少なかったせいか先ほどよりも範囲は狭い。
炎が届く前に懐に潜り込むことができた俺は、そのまま足を斬りつける。
(...微妙だな)
だが斬撃は鱗に阻まれたのか、ほんの少し傷をつけただけとなった。剣で有効打を与えるなら『極鋭刃』が必要そうか。
ドラゴンは足を上げ、俺を踏みつぶそうとしてくる。
片足が浮いたのを見て、俺はもう一つの足に向かって全力でタックルを繰り出した。
「グル!?」
足に衝撃を受け体勢が崩れそうになるドラゴン。チャンスができた、と思った瞬間、強烈な風圧が辺りを襲う。
見上げると、ドラゴンが羽を羽ばたかせて体のバランスを取ったようだった。
...器用なやつだな。
俺はすぐにマジックバッグから杖を取り出し、羽に向かって魔法を唱える。
(天雷槍)
天から雷の槍が落ちてきて、派手な音が鳴り響く。
...当たったとは思うが、どれくらい効いているかはここからでは上手く見えない。
「全属性耐性」があるのでそれほどダメージはないかもしれないな。
「ガアアア!」
ドラゴンは叫び声と共に、前脚で一帯を薙ぎ払う。
俺はさらに前に出て、ドラゴンの懐を潜り抜けて後ろに飛びだすことでそれを回避した。
...が、次は尻尾での薙ぎ払いが飛んでくる。
(シールドバッシュ!)
尻尾に合わせて盾技を発動。完璧なタイミングとは言えないので少し押されてしまったが、それでも弾くことに成功する。
(...ブレスも体での攻撃も、範囲が広いのが厄介だな)
ブレスが嫌だったので懐に潜り込んだが、図体がでかいので単純に脚や尻尾を振り回されるだけでも脅威だ。
後ろに回り込んだことにより背中の羽が見えるが、少し傷ついた様子は見える。全く効果なし、ってほどではないらしい。
(...羽から潰すか)
まずは攻撃が通りそう羽から攻撃していこう。生物の生態については詳しくないが、片方の羽を使えなくするだけでも効果はあるだろう。
(天雷槍)
再び魔法を唱えてドラゴンに当てる。
ドラゴンは体がでかいので、魔法を当てるだけなら簡単だ。当てやすい分、魔法の防御は高いんだろうけどな。
(天雷槍、天雷槍、天雷槍)
:めっちゃ雷振るやんけ
:天変地異みたい
:これを喰らってケロっとしてるドラゴンもやべえな
ドラゴンはブレスを吐いてくるが、俺は動き回ることによって照準を定めさせない。
ドラゴンが大きく息を吸って一帯をブレスで焼こうとするのを見た瞬間、懐に入り込む。いくら広範囲のブレスでも、自分の懐には届かない。
そして10発ほど魔法を当てたところで。
(...効いてる、よな?)
ドラゴンの羽は黒くボロボロになっていた。さすがにあれでは機能しない...はずだ。
(魔法はここまでだな)
撃っている最中に何度かドラゴンの体に当たったが、そちらはほぼ無傷だった。魔法は羽には少し効くが、体にはほとんど効かないらしい。
次は打撃・斬撃だな。
俺は動きながらナックルを装備し、そのうえで剣を持つ。これで打撃技も剣技も両方使える。
剣を持つのにちょっと邪魔だが、今は瞬間装備が使えないので仕方ない。
先ほどのようにブレスを回避し、ドラゴンが大きく息を吸い込んだタイミングで懐に潜り込む。
だが...。
ドラゴンはそのまま下を向き、懐に潜り込んだ俺を見下ろす。
(自分の体ごと焼く気か...)
そう何度も上手く懐に潜り込ませてはもらえないか。ドラゴンは強力な鱗があるので、自分のブレスが当たってもそれほどダメージはないのかもしれない。
...しかしその行動は予想済みだ。ボスは、何度も同じ戦法を使っていると対策してくる。当然この潜り込みの戦法も対策されると思っていた。
ドラゴンが顔を下に向けた瞬間、俺は思い切り跳躍する。
そしてブレスを吐く直前に、顎を思い切り殴りつけた。
(パワーフィスト!)
顎に拳を受けたドラゴンは、当然ながら口を閉じることになる。
そして、閉じた口の中でブレスが爆発した。
「ブガアアア!!」
口の周りに炎が広がり、ドラゴンは少しよろめく。
着地した俺は、そのまま剣を構えてタメに入る。
ドラゴンは顔の周りの炎が邪魔をしているのか、俺の位置を見失っているらしい。
その隙に技を最大までためた俺は、剣を振りぬく。
(極鋭刃!)
過剰駆動状態での、最大威力の極鋭刃。
関節の付け根に狙いを絞った斬撃は想像以上に深く入り、その斬撃はドラゴンの片脚を斬り飛ばした。
(...お?)
その結果に、俺自身が驚いてしまう。まさか斬り飛ばせるとは思わなかった。精々半分ほどの切り込みが入るくらいかと思っていたが...
:切断した!?
:いけるぞ!!!
:ていうかよく今顔を殴ったな!?
:ちょっとでもブレスが早かったら危なかったな
「ガアアア!!」
ドラゴンは続けてブレスを放ってくる。慌ててその場から離れるが、そのブレスはどうも俺を狙ったわけではないらしい。
(止血か?)
ドラゴンはブレスを吐き、切断された足の断面を焼いている。火による止血、ってやつか?荒療治だな。
「ガア!ガア!」
足を焼き終わったドラゴンは、続けて俺にブレスを吐いてくる。そのブレスは先ほどまでの広範囲ではなく、火球のようなものを連続で飛ばしてくる攻撃だった。
ジグザグに動きながら火球をよけ、ドラゴンに近づいていく。
懐に潜り込んだところでドラゴンは前脚や尻尾を振り回すが、その程度の攻撃は冷静に見ていれば回避はできる。
(...こんなもんか?)
ドラゴンはたしかに強い。攻撃の威力も、防御力も、威圧感も、さすがというべきだ。
だがヤマタノオロチのように再生能力があるわけでもないし、ブルーオーガのように強力な装備をしているわけでもない。
戦い方も、奇抜なものではなく王道的なもの。言ってしまえば予測しやすい動きだ。
(...まだ何かありそうだな。)
さすがにこれで終わりとは思えない。おそらく第二形態のようなものがあるだろう。
踏みつぶしをしてこようとしたのを見て、俺は最初のように地についた前脚に向かってタックルをしてドラゴンの体勢を崩す。
「ゴア!?」
ほんの少し風が吹いてくる。おそらく羽を動かしたのだろうが、残念ながら羽はもうボロボロだ。
ドラゴンは体勢を整えることができずに、そのまま倒れこんでしまう。
倒れこむ動作を見て事前に頭の方まで走っていた俺は、ドラゴンの首元で剣を構える。
(極鋭刃!)
そして足を斬り落としたのと同じように、最大威力の極鋭刃を放つ。
「ガアアアア!」
さすがに首は切断とはいかなかったが、深い切込みを入れることができた。ドラゴンは叫びながら起き上がり、口から炎を出す。
だがその炎は喉の切れ込みから漏れ出し、十全にブレスを吐き出すことができない。
痛みからか、ドラゴンは喉から炎を漏れ出しながら暴れ始めた。それを見て俺は少し距離を取る。
さっきまでは『俺を狙った攻撃』だから避けることができたが、むやみやたらに暴れられると逆に避けるのが難しい。なので今近づくのは危険だ。
距離を取ったところでマジックポーションを飲み、俺は杖を取り出す。近づけないならまた魔法で攻撃だ。
(烈空刃)
透明な風の刃が空気を切り裂きながら、ドラゴンに向かっていく。
暴れ回っているのでなかなか当たらないと思い、俺は連続でその魔法を放つ。
そのうちの一発が、ドラゴンの喉の傷口に直撃した。
漏れ出していた炎が風によって広がり、ドラゴンの喉元が少し焼ける。
「ガアアア!!」
ドラゴンはそのまま勢いよく炎を吐き出し始めた。
辺りが焼けていくが、俺は大回りでドラゴンの後ろに行き、ブレスが当たらない位置に移動する。
そしてブレスを吐くことに集中したドラゴンの、動きが止まった。
俺は後ろから懐に入り、拳を構えてタメの動作に入る。
(チャージナックル)
極鋭刃のように、タメが長いほど威力が増す拳の攻撃。それを放つ。
「ゴア!?」
最大威力の拳を腹に受けたドラゴンは、再び地に伏す。
俺はまた首元まで走り、剣を構えた。
「グルルルル!!」
ドラゴンは目の前まで来た俺を睨みつける。
その眼光に威圧されそうになるが、俺もドラゴンを睨み返して気を保つ。
スキルにある「龍威」というやつだろうか?この状態でも威圧してくるのか。
威圧に負けない俺を見て、ドラゴンは倒れながらもブレスを吐こうとする。
喉元の傷から漏れ出す炎が俺に少し当たるが、それに構わずにそのまま剣を振り抜いた。
(極鋭刃!)
そしてブレスが放たれる前に発動した2度目の極鋭刃は、傷口をさらに深く斬りつけて。
ドラゴンの首は胴体から離れ、そのまま粒子となっていった。
:かったあああ!!
:すげええええ!!
:まじ!?おわり!?
遠くでコメントが高速で流れるのがチラッと見えたが、俺は剣と盾を構えたままドラゴンを注視していた。
こんなもんのはずがない。
きっとまだ続きがあるはずだ。




