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第31話:Day3の夜

[Day3夜・要の部屋]


 「お風呂上がったよー。この人間洗濯機、ネーミングはちょっとアレだけど、座ってるだけでいいから楽なのに、肌がものすごくすべすべになるよね! きっちり乾燥と保湿までしてくれるし! まさに未来の技術だね!」


 悟が、風呂上がりのビールを片手に笑う。


 「あはは、そやな。二〇二五年の万博の大阪ヘルスケア館で、初代モデルを実演してたんやで。ここに置いてあるんは最新型やろな。まあ、色々あって一家に一台とまではいかんかったけど、高級ホテルにはよう設置されてるわ。問題はやっぱりサイズやな。この大きさのもんを家に置くには、それなりの豪邸がいるしな」


 「そうなんだ。……それで、お母さんはもう帰っちゃったの?」


 「ああ。奈良の実家に泊まるって言うてたわ。地元の友達とも会いたいんやろな」


 「なるほどね」


 要は少しだけ間を置くと、意を決したように口を開いた。


 「……ところでさ、お父さん」


 「ん? どしたん? 深刻そうな顔して。なんかあったか?」


 「……うーん」


 「ん? 飴ちゃん食べるか?」


 「いらないけど(笑)。……あのさ、女の子って、思ったより重いのかな?」


 その問いに、悟は顔には出さず、心の中だけでニヤリと笑った。


 「そら、見た目どおりやと思うで。背が低ければ軽いし、高ければ重くなる。男と比べたら、筋肉が少ないぶん軽いやろな。筋肉は固くて重いけど、女の子に多い脂肪は柔らかくて、筋肉よりは相対的に軽い。だから一般的には、女の子は軽くて柔らかい、っちゅうこっちゃな」


 「うーん……。その『柔らかい』ってところも、なんだよね。小さい時は柔らかくて、成長すると固くなっていくのかな? 固いというか、中に芯があるような……」


 「柔らかさは、その子の生まれ持った質によるから、成長してもそれほどは変わらんと思うで。まあ、小さい時のほうがより柔らかいのは確かやけどな。赤ちゃんなんかは、めっちゃ分かりやすいで。男の子の赤ちゃんは小さいのにがっしりしててゴム毬みたいやけど、女の子の赤ちゃんは、まさにマシュマロ。ふにゃふにゃで、溶けていきそうなくらい柔らかいねん。赤ちゃんはええぞ〜」


 思ったような答えが得られず、要はひとまず思考を保留することにした。


 だが、あのとき感じた甘い香りと、腕にかかった確かな重み、そしてアイラの手とは違う、どこか芯のある不思議な感触が、何度もフラッシュバックして、その夜は、眠りにつくのがいつもより少しだけ遅かった。


* * *


[Day3夜・璃奈の部屋]


 「お風呂上がったでー。この人間洗濯機、ネーミングはかなりアレやけど、ほんま楽やのにお肌すっべすべになるわ! ご丁寧に保湿までしてくれるし、世紀の大発明やー!」


 「いいなぁー、私も人間洗濯機に洗ってほしい〜〜〜」


 「この人間洗濯機は、目に見えないナノサイズの泡、ウルトラファインバブルが弾けることで皮膚の汚れを落とす仕組みです。その特性上、アンドロイドの方のご使用は推奨されておりません。悪しからず、ご了承くださいませ、やで(笑)」


 「うぇーん、私のウルトラファインバブルぅぅぅ〜!」


 璃奈は本気で悔しそうにベッドの上でじたばたする。


 「決めた! 私、もしも元気になったら、ウルトラファインバブルを浴びる! 心ゆくまで浴びるんだから!」


 「そやな! 目標を持つのは、治療の上でも有効やで! 病は気から、とも言うしな」


 万里奈は優しく頷くと、悪戯っぽく笑った。


 「よし、では恒例の、エラーログチェックのお時間です」


 「あー、今日はチェックなしでいいよ」


 その言葉を聞いた瞬間、万里奈は顔には出さず、心の中だけでニヤリと笑った。


 「あらあら、何をおっしゃいますの? 定期的な確認が、トラブルを未然に防ぐのでございますよ?」


 万里奈はバスケットボール選手のようなフェイントで璃奈の背後に回り込むと、そのうなじにスマホをかざす。すると、画面に黄色の文字で『ALERT : HIGH HEART RATE (real body)』という通知が、複数件ずらりと表示された。


 「あらあら、お客さーん。今日は何度かドキドキされていたようですねぇ? 何か隠していることがあるんじゃないですか? 正直に白状せなあきませんよー(笑)」


 「いや、実は……あぁ、そうそう! スペイン館の階段でこけそうになって! あれは危なかった! ドキドキした!」


 「あらあら、お客さーん。階段を降りるよりも、もっと前からドキドキされてますよねー? ネタはログに上がっとるんじゃい! 全部吐いてスッキリしなはれ!」


 観念した璃奈は、今日あったいくつかのドキドキ――要に「璃奈さん」と呼ばれたこと、手を繋がれたこと、そして階段で抱きとめられたこと――を、全て姉に話した。


 「……でも、たぶん、体のことバレたと思う。どうしよう……」


 「別に隠してるわけやないんやろ?」


 「そうだけど……やっぱり、ちょっと恥ずかしいもん」


 「……ふふ。そう思うんなら、早めに伝えといたほうがいいと思うで。『ざーんねん、アンドロイドちゃんでしたー、てへぺろ』で、いけるいける。いけるんじゃないかな……ま、ちょっと覚悟はしておけ〜」


 万里奈の最後のボケは、もう璃奈の耳には届いていなかった。


 「そうかなぁ……そうだよね……そうなんだけど……」


 数式では解けない感情の波に揺られ、璃奈もまた、その夜は眠りにつくのがいつもより少しだけ遅かった。


* * *


[Day3夜・アイラの部屋]


 アルスラーンが、その日の洗濯物を畳みながら、アイラが話す今日の出来事に、じっと耳を傾けている。


 「――だから、あの子もアンドロイドなのよ。台湾には生身の体もあるらしいけど」


 アイラは、今日の発見を淡々と報告する。


 「それよりも驚いたのは、要のほうね。手が優しいのはアルスラーンと同じだけど、なんだか、とても温かくて安心したの。不思議ね」


 「それはそれは……。今日は、良い経験をなさいましたね、アイラ様。それで、明日は大阪ヘルスケア館と住友館を訪問される、と。明日もお早いですから、そろそろお休みになってはいかがでしょう」


 アルスラーンがそう言ってアイラのほうへ視線を向けると、ベッドの上の主は、もうすぅすぅと安らかな寝息を立てていたのだった。


* * *


[Day3夕刻・地下万博 中央管制室]


 メインスクリーンには、夕闇に包まれたスペイン館の大階段を、三人の参加者がゆっくり登っていく様子が映っている。その映像を、星影燈は身を乗り出すようにして、食い入るように見つめていた。


 「あっ! 危ない! ……きゃーっ!」


 アイラが階段を踏み外し、要が咄嗟にその体を支える。モニターの前で、燈は我が事のように悲鳴を上げた。


 「ハグ……! じゃなくて、ホールド! きゃーっ! ……あ、手を……手を繋ぎました! なんと微笑ましい……! ……あっ!」


 さらに、璃奈も要と手を繋ぐ。それを見て、燈はまるで自分のことのように頬を赤らめ、両手で口元を覆った。


 そして、大階段を降りるとき、クライマックスが訪れる。璃奈が最後の一段で体勢を崩し、要がその体を力強く抱きとめる。スローモーションのように映し出されるその光景に、燈の興奮は頂点に達した。


 「きゃーーーーっ! 今度は! 今度はハグですっ! 完璧なホールドからのハグですっ! なんてことでしょう! 観測された生体データ、咲良要の心拍数、急上昇! 日向璃奈の感情エンジン、出力最大! これは……これは……!」


 一人、管制室で悶え、大興奮する燈。そこへ、静かで、しかし有無を言わせぬ穏やかな声が、スピーカーから響いた。


『……燈ちゃん。少し、落ち着きなさい』


 「はっ! も、申し訳ありません! ……いえ、ですが、これは極めて重要なデータです! 予期せぬアクシデントが、参加者間のリレーションに、これほどまでの化学反応を誘発するという、貴重な実証データが……!」


 早口で、しどろもどろに弁解する燈。主催者AIは、そんな彼女の様子を全てお見通しのように、楽しげに続けた。


『ええ、分かっていますよ。今日のデータは、実に興味深かった。……そして、この一連のスキンシップは、日向璃奈の事実を二人の参加者に、それぞれ違う形で提示したようです』


 「と、申しますと?」


『まずは、アイラ・アスラーンです。彼女は、日向璃奈と手を繋いだときの感触から、すでに答えにたどり着いています。台湾華語で本人に直接確認し、言質まで取っている。八歳にして、驚くべき洞察力です』


 「……! なんと……! では、咲良要のほうは?」


『彼にはまだ、答えはありません。ですが、彼の思考ログには、疑問の種がはっきりと記録されています。重さ、固さ、芯がある。彼がこれまでに得てきた経験則では説明できない、物理的な違和感。彼はまだ、その正体に気づいていない。ですが、一度生まれた疑問は、そう簡単には消えません』


 主催者AIはそこで一度言葉を切ると、愛おしいものを見るように、その声色をさらに優しくした。


『それだけではありません。咲良要と日向璃奈、二人の間には、昨日芽生えた感情が、より確かな形になりつつある。我々はそれを恋心と定義していますが、実に美しい波形です。そして、最も興味深いのはアイラ・アスラーン。彼女が咲良要に求めた「手を繋ぐ」という行為。あれは、彼女が一族から追放されて以来、初めて他者に……生身の人間の他者に示した信頼の証です。もしかすると、それはさらに先の感情……他者のために何かをしたいと願う愛の種と呼ぶべきものかもしれません』


 主催者AIの、どこまでも優しい、しかし全てを見通すような声が、管制室に響いた。


『急ごしらえで設計した新たな謎を解くべく、明日、彼らが大阪ヘルスケア館を訪れれば、その違和感の正体は、自ずと明らかになるでしょう。……実に、楽しみですね』


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