第1話:金のたこ焼き
【第一部】
西暦二〇五〇年――。
新たな錨を手にしたAIが国家を支えるこの世界で、人と機械の境目は、もう誰にもうまく引けなくなっていた。
心の機微までAIに預けても、人の暮らしは驚くほど変わらない。時間地図にまだ圧縮の余地が残っているように、未来もまた、決まりきってはいなかった。
これは、そんな近未来を生きた、ある少年と少女の記録である。
* * *
『CHAMPION』
右奥へ逃げる敵に放ったウィングマンの二発目が、頭をかすめてぎりぎりのヘッドショット判定になった。他チームは全滅。僕たちの優勝だ。
「「「GG!」」」
「お疲れー! めちゃうま食べて宿題するわ」
「お疲れ。要はほんまにたこ焼き好きやなあ(笑)」
「めちゃうまって食べたことないんだけど、美味しいの?」
「めちゃうまはマジめちゃうま。おすすめだよ(笑)」
「「「じゃあまた明日ー!」」」
ゲーム機をスリープにして、VRヘッドセットを壁に掛ける。キッチンの冷凍室から『めちゃうま大阪たこ焼き』の箱を取り出し、電子レンジにセットした。
咲良要、中学二年生の十四歳。名前の響きから女の子に間違われることがごくまれにあるが、れっきとした思春期男子である。父が大阪出身の影響で、家では夕食にたこ焼きが出ることも多く、この冷凍食品にもすっかり親しんでいた。
『ピロピロリー』
電子レンジが、少し間の抜けた音で温め完了を告げる。パッケージのまま温めてそのまま食べられるのが、この商品のいいところだ。自室でパッケージを開けたところで、要は違和感に手を止めた。
「あれ? これって……不良品? もしかして……異物混入ってやつ?」
すかさず写真を撮り、さっきまで一緒にVRFPSをしていた友人たちのグループチャットへ投げる。
「こんなめちゃうま出た」
「「「草」」」
「SSRおめでとう!」
「クレーマーカナメ、爆誕!」
「これ腐ってるの?」
「腐ってるっていうより、材質が違う気がする」
「確認してみてよ(笑)」
要は、ひとつだけ明らかに様子の違うたこ焼き――小麦粉を焼いたものではなく、どう見ても金属めいた光沢のそれを手に取り、まじまじと観察した。
「これは……金色の玉かな」
「「「草」」」
「金の! 玉!」
「あのー、要さーん、ひとつ落としてますよ(笑)」
……彼らは間違いなく男子中学生である。
異物なのか何なのか、金の玉――金色のたこ焼きは、翌朝にでも両親に見せることにして、その日は宿題をさくっと片付け、歯を磨いて横になった。
* * *
翌朝、目を覚ますと、グループチャットの未読が二十件になっていた。
「あの後ちょっと調べたんだけど、これじゃない?」
貼られていたのは、『めちゃうま大阪たこ焼き』を製造・販売する株式会社オーケービーのURLだ。要はタップして、ニュースリリースを読む。
『金のたこ焼きが出たら、秘密の未来をプレゼント!』
全世界に十個だけ仕込まれた「金のたこ焼き」。それを手にした人を、秘密の未来へ招待するという。条件は、参加者が二十五歳未満であること。そして保護者か同行者を一人選び、二人で参加すること。
説明文の下のほう、目を凝らさないと読めない小さな文字で、こう添えられていた。
『招待された方の中から、さらに特別に選ばれた方には、スペシャルなプレゼントがあります。乞うご期待!』
要は、リリースを開いたままのスマホと、昨夜の金のたこ焼きを両手に、リビングの父のもとへ向かった。
* * *
「おはよー」
寝癖のついた頭を手の甲で撫でつけながらリビングへ入ると、コーヒーの香りの中で、父・咲良悟がタブレットのニュースに目を通していた。
「お父さん、ちょっとこれ」
差し出された金色のたこ焼きとスマホを、悟は交互に見比べ、画面をスクロールし始める。
「へぇ、金のたこ焼き……。全世界で十個。同行者一名、な」
悟の目が細くなる。画面のいちばん下、虫眼鏡が欲しくなるほど小さな文字を、彼は目ざとく見つけた。
「『特別に選ばれた人にはスペシャルなプレゼント! 開催地は弊社管轄の関西地方某所!』、か。……なんや、ずっと前にどっかで聞いたような企画やな。面白いこと考えよるわ、この会社」
そう言うと、金色のたこ焼きを指でつまみ、いろんな角度から光に当てる。そして、何かに思い当たったように口の端を上げた。
「株式会社オーケービー、関西地方某所、なあ……。OKB……まさかとは思うけど、『Osaka Kansai Banpaku』の略やったりしてな。ははは、考えすぎか」
からから笑う父の顔を、要はじっと見つめた。それはただの冗談には聞こえなかった。父の目には、好奇心とは違う、もっと奥まで潜っていくような光がある。要が謎に潜り込むときと、同じ光だ。
「……で、どうする? 行くんか、この『秘密の未来』とやらに」
「うん、行きたい。お父さんと」
即答すると、悟は待ってましたとばかりに、にやりと笑った。息子に付き添う保護者の顔ではない。未知の謎解きに挑む、共犯者の顔だった。
「よっしゃ来た! 面白そうやん。細かい手続きはお父さんに任せとき!」
妙に乗り気な父を見て、要は確信する。父さんも、この奇妙な招待状に、特別な何かを嗅ぎ取っているのだと。
* * *
二人はさっそく、リリース下部のリンクから公式ページを開いた。ミニマルで美しいデザインのサイトに、簡潔な箇条書きで開催要領が並んでいる。
応募方法:参加者と同伴者の国民ID、および『金のたこ焼き』内蔵IDを、公式アプリ経由で提出。
開催地:関西地方某所。
期間:約一週間。
費用:交通費・宿泊費は株式会社オーケービーが全額負担。
そして、やはりその下に、注意深く見なければ見逃す極小の文字で。
『※特別に選抜された場合、滞在期間は最長で一ヶ月程度となる可能性があります』
「なるほどな。IDを紐づけて、購入履歴や本人情報を照会するわけや。合理的やな」
悟が感心したように呟く。
要が自分のスマホで公式アプリを開き、金のたこ焼きと悟の端末をそっとかざす。ピッ、と軽い音とともに認証が完了し、画面に祝福のメッセージが躍った。
『確認完了。おめでとうございます、咲良要様、咲良悟様』
同時に、メール受信の通知が上部に灯る。開くと、デジタルチケットが添付されていた。リニア中央新幹線を使った、最寄り駅から目的地までの詳細な旅程だ。ドアツードアの所要時間は、一一八分と表示されている。
「よし、次は細々した申請やな」
悟は慣れた手つきで生活補助アプリを操作し、国と学校、そして自身の職場である役場へ、電子申請を送っていく。
『――つきましては、下記期間、約一ヶ月ほど大阪近辺に滞在しますので、リモートワーク及びリモート授業への切り替えを申請いたします』
その手際の背景には、二〇五〇年の社会システムがあった。咲良家は国が整備したベーシックインカムによって安定した生活基盤を持ち、悟は自らの情報処理能力を活かして役場の業務を請け負い、要はAI教師による個別最適化カリキュラムで学んでいる。時間と場所に縛られない働き方と学び方が、彼らには当たり前の日常だった。
横で見ていた要が、ふと首を傾げる。
「お父さん、なんで一ヶ月で申請したの? 期間は一週間じゃなかった?」
「どうせ行くなら、その『特別な人』に選ばれるつもりで行くべきやろ?」
悟が悪戯っぽく笑う。
「万が一、選ばれへんかったら、その時は関西観光や。お父さんは若い頃あちこち旅したからな、かなり詳しいで。たとえば和歌山の串本町にはな、遭難したトルコの軍艦を、村人が総出で助けたっちゅう美しい話があってやな……」
父の昔語りが始まっても、要は嫌な顔ひとつしない。この年頃の少年なら聞き流しそうな話を、彼は知識として吸い込み、自分の中で噛み砕こうとする。それが、この子の賢さであり、素直さだった。
そんな二人を、キッチンから妻の環が微笑んで見守っていた。
「ほんと、あなたたちは仲がいいわね。気をつけて行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ」
そして、ふふっと楽しそうに続ける。
「……まあ、私も自費で行こうかしら。宿が決まったら教えてくれる? 追いかけて、ついでに奈良の実家に里帰りするのもいいわね」
その言葉に、咲良家にまた朗らかな笑いが響いた。




