第94話 セルバンテス魔導伯の回顧録(2)
「それで、他にこのスキルを知る者は」
「ど、同行した馬丁と荷役人が二名ずつ、です」
しどろもどろに答える私。そりゃあしどろもどろにもなるだろう。だってここは領主様の執務室、相手は領主のデルブリュック子爵だ。そしてここに至るまでに何度も同じ尋問を繰り返され、そして何度も「シュッとしてファー」を披露している。
もう何日も領主館に拘束されている。家族との面会も許されない。ロクに眠ることもままならず、頭は朦朧としている。幸いなのは、私が収容されているのが地下牢ではなく領主館の客室だということくらい。しかし常時見張りが付き、蟻一匹逃がさないものものしさだ。一体どうしてこうなった。
領主から報告が上がったのだろう。何度も同じような尋問が繰り返された挙句、ついに私の身分は王都の宮廷魔術師団預かりとなってしまった。徴税の仕事は急遽別の文官に引き継がれ、いよいよ家族とは離れ離れに。王都は遠い。そうそう帰ることはできない。
ドイブラーを離れる前に、一目だけでも家族に会いたい。その願いは、子爵領の騎士団長立会のもと叶えられた。徴税の長い出張からこちら、もう三月は家に帰っていない。妻と幼い子供は元気だろうか。さぞ心細いに違いない。憔悴していなければいいが。
「うわー、すごいお菓子! ねぇ食べていい?」
しかし子爵邸の応接室で見えた子供は元気いっぱいはしゃいでいる。
「あなた、大出世なんてすごいじゃない!」
そして妻の顔色もいい。ツヤッツヤだ。なんせ私の不在の間は、実家の商家に身を寄せて上げ膳据え膳。しかも私の知らない間に俸給が爆上げされて、お小遣いが増えたとウハウハだと。更に私が宮廷魔術師団預かりになると、それが二倍三倍になるらしい。なにそれ超羨ましい。
「……ハハッ、君たちが元気でよかったよ」
「ママっ、クッキー美味しいよ!」
「こらカミル。お行儀が悪いわよ!こうして子爵様のお屋敷にお呼びいただけるのも父上のお陰。ちゃんと挨拶するって言ったでしょ!」
「あっ、ちちうえありがと! クッキーもっと食べていいですか?」
厳つい騎士団長が、頬を緩める。分かっている。みんないい人なのだ。そして妻と子が元気で幸せなのは良いことだ。彼らの生活は、領主様が保証してくださるらしい。これで私は、心置きなく王都に赴けるというものだ。
しかしなんだろう、このやるせなさは。私は心の片隅に木枯らしが吹くのを見なかったことにして、子爵家の立派な馬車で王都まで護そ……送られた。
「さあ、もう一度見せてみたまえ」
「あのっ、こう……シュッとして、ファーッと……」
しかし王都で待っていたのは、更に過酷な尋問だった。魔導大国と呼ばれるここコルネリウスにおいて、宮廷魔術師はエリート中のエリート。凡人の私からは到底理解できない天才集団だ。あまりに天才過ぎて、時に魔導馬鹿と呼ばれるほど。そんな連中……方々に捕まって、無事でいられるわけがなかった。
「ふむ。シュッというのは、主に水を噴霧する様子を表していると思われる。生活魔法のウォーターを霧状に発現するなど、実に興味深い」
「やはりシュッという音にそのヒントが?」
「しかしそれでは、同時に発動するライトの説明がつかん」
「後半のファーも同様だ。火属性と風属性の同時行使が、この短い詠唱に」
「同時に保護された荷役人は、『シュッとしてファッとしてサー』という証言を残しているそうだが」
「なぜそれを早く言わん!」
「レポートの写しは貴殿にも届いているはずですが」
「ならばファッが火属性の発現を担っているということで間違いなかろうな」
「しかし『シュッとしてファー』でも完結するということは、ファーが火と風の同時発動を」
「ええいこうして論じていても仕方あるまい。君、もう一度見せてみたまえ」
「ええ……」
シュッとしてファーは、水属性に光属性、火、風の四属性を時間差で同時発動させるスキルなのだそうだ。それぞれが生活魔法のレベルで魔力消費自体は多くないものの、こう何度も披露させられると私の微々たる魔力量ではすぐに魔力切れを起こしてしまう。意識が朦朧とするまで酷使された後は仮眠室に放り込まれ、復活したらまた実験に。恐ろしいことに、私がいつ目覚めようと——たとえ早朝だろうと深夜だろうと、彼らは爛々《らんらん》と目を輝かせ、「もう一度見せてみたまえ」を繰り返す。こんなのもはや拷問だ。てか、コイツらいつ寝てるんだ。




