第92話 歓待
「フィーレンス公国特使、フェベ・フィーレンス殿。よくぞ我が国へお越しいただいた」
「はい、あ、うむ」
フェベ教授は、借りてきた猫みたいに固まっている。元々表情筋死滅系女子だが、しばらく行動を共にすると、割と感情の波が激しい系なのが分かる。簡単に言えば、キョドり系だ。
「ウダールでは優秀な教授として立派にお勤めだったとお聞きしておりますわ。まさかそんなお方が、魔法省の研究を監修してくださるなんて!」
国王夫妻が畳み掛ける。彼らには、フェベ教授が誉め殺しに弱く、名誉に飢えていることを伝達済みだ。俺たちが急に王都に現れたにもかかわらず、王宮では急遽全ての予定をキャンセルして、鳴り物入りでの歓迎。最大限の待遇でもって謁見。からの、応接室でのヨイショ祭り。もちろん全部仕込みである。しかし同席する俺には、フェベ氏の鼻の穴が広がり、ふんすふんすと鼻息を立てるのがまる聞こえだ。ああ、口頭で「テッテレ〜」とSEを入れつつ、「ビックリ!」のプラカードを掲げたい。
しかし本題はここではない。
「それでは我が国の魔法陣担当研究者を招き入れよう。セルバンテス魔導伯」
カール国王の呼び声に合わせて、入口を守る騎士が音もなくドアを開く。そして現れたのは、まるで枯れ木のように干からび……スリムな体に一張羅を纏った紳士。あまりにスリムになられて、一瞬誰か分からなかったほどだ。
「紹介しよう。こちら、筆頭研究者のセルバンテス伯爵。伯爵、こちらが本日急遽我が国に足を運んでくださった、フェベ・フィーレンス教授だ」
「我が国の魔法陣研究に御助力下さるそうよ?」
しばらく無反応だった魔導伯は、ユラリ……とおぼつかない足取りでフェベ教授の足元にひれ伏し、そしておよおよと泣きだした。
「お……おお……なんという……!」
まるで嘆きのアンデッドみたいな教授の顔が引き攣っている。しかし、魔導伯が「ありがとうございます」「神よ」「尊い」などと感涙にむせんでいるため、突き放すわけにもいかず。また崇拝に近い感情が向けられるのは、まんざらでもないようだ。
謁見、応接の後、その日は王宮を挙げての歓迎の祝宴。急遽開かれたもの(ということになっている)にも関わらず、魔法省を始め、文官や騎士も含めての大規模なものとなった。主賓として国王夫妻に紹介され、ステージの上で注目と賞賛を浴びるフェベ教授。これで、もはや我が国にも逃げ場はない。
一夜明け、翌日。
「本当に私でいいのか」
俺たちは王城の一角、通称「塔」と呼ばれる建物の前に立っていた。ここには魔道国家コルネリウスの心臓部、魔法省が入居している。人間の国家の中で、魔法研究の最先端を誇る我が国だ。エルフ族としても前々から関心を持ち、あわよくば潜り込みたいという意図があったらしい。蟲力飛行船での旅の途中、フェベ教授がぽろりと漏らしていた。彼女としては、コルネリウス側からオファーが転がり込んで「もろたで魔法省」という気持ちだったのだろう。しかし実際は、その魔法省がホイホイハウスだったわけだが。
「おお、教授!よくぞおいでくださいました!さあさあ!」
塔の中からは、セルバンテス伯を始めとした幹部がずらりと出迎える。
「じゃあ、僕たちは秋津に戻るね。くれぐれも教授をよろしく」
「は!」「かしこまりました!」「命に代えましても!」
鷹揚に手を振るアレクシス様、そして下にも置かない歓待ぶりで取り囲む首脳陣。彼らにちやほやと囲まれながら、こちらに「ではな」と言葉を投げる教授。そして閉じられる、重いドア。
これにて出荷完了だ。お疲れ様でした。
俺たちはさっさとキー坊に乗り込んで、文字通り秋津までトンボ帰りした。コルネリウスに残っていると、十中八九泣きついてこられるだろう。しかし、教授の様子は記憶結晶で記録してもらうことになっている。彼女のその後の活躍が楽しみだ。
「良きご帰還、良うございました」
広志殿下もご機嫌だ。彼はキー坊のそばを離れるわけにはいかなかったが、殿下とキー坊にも王宮から十分な歓待がなされている。しかも、お土産に新たなタブレットが積み込まれた。今のところコルネリウス王家からは大河ドラマの貸与に限られているが、このたび他に先んじて一部時代劇を秋津に貸し出すこととなった。いずれ皇族の広志殿下にも閲覧のチャンスがあるそうなんだけど、末端だからそうそう回ってこない。帰りは偏西風に乗って一泊二日の道のりだったが、殿下はキー坊を慎重に操りながら、朝廷の皆さんに先んじて夜通しタブレットを楽しんだ。




