第86話 学校
さて、杖がいっぱい出来たところで鍛治は一段落。本体の改良はまた後日。親方たちにはお世話になった。お爺様とベルント様の刀を最優先で打ってもらいながら鍛治も一通り教わった。お礼に酒でも贈ろうと思う。
酒と言っても、錬金エタノールじゃない。彼らが作る蒸留酒には、原料となる醸造酒が必要だ。しかし何でも良いわけじゃない。品質の高い醸造酒は、そのまま飲んだ方が美味しいに決まっている。蒸留酒にするのは、芋や雑穀なんかで作る庶民の酒だ。秋津には日本酒があるが、熟練の杜氏が一流の酒米から作る日本酒は高級。蒸留酒にするのは勿体ないのだ。
というわけで、俺が用意したのは雑穀酒。故郷の農村は、農業と狩猟の負担が減り、酒と娯楽に飢えている。そんな彼らに雑穀の栽培と醸造を持ちかけると、前のめりで乗ってきた。
村外れを開拓し、醸造所を作り、男手をローテーション。ちなみに女性や子供には果樹園を作り、そちらに従事。一定量は納めてもらうけど、残りは好きにしていいと言ってあるので、みんな割と勤勉に働いてくれる。しかも納めた分は買い取りだ。収入はつまみや衣服、日用品の購入などに充てられている。
しかし農村の暮らしぶりは、さほど変わっていない。魔法特区という位置付けをしたものの、王家とデルブリュック家はこの村の処遇を決めかねている。世間の混乱なしに、彼らの持つスキルをどうやって公開していけばいいのか。
クリーンは、魔法陣という形で解決した。しかし植物魔法でツボ農業は、ちょっとまずい。経済の大混乱は必至だ。そして投擲術。これが狩猟に使われている分には問題ないが、犯罪組織が覚えでもしたら恐ろしいことに。
というわけで、かの辺境の住民には洗の……もとい、教育が始められた。
領都ドイブラーには初等学校と中等学校があるが、そこに領の子供を集めて義務教育とした。これまでは領都の裕福な子供が通う小規模なものだったが、思い切って郊外に学校を新築移転。家から通えない子供のために、寮も建てた。ちなみに、費用はそんなにかからなかった。なんせドイブラー領全体で人口四千人くらい、そのうち領都の人口は三千人。生徒は一学年につき六十〜七十人ほどで、そのうち寮に入るのは二十人くらい。大した規模じゃない。ちなみに初等学校が受け持つのは七歳から九歳児、中等学校は十歳から十二歳児。ちょうど異世界日本でいう小学校低学年と高学年って感じ。これは王都の学校制度に倣ったものだ。
教師には、デルブリュックから派遣されている文官と騎士に担当してもらった。ぶっちゃけ、ドイブラーは暇なんだ。もともとの規模が小さいから、文官が担当する事務仕事自体が少ない。しかもかつてアレクシス様に提言した「文書のテンプレ化」、あれが進化してあらゆる文書が簡略化してしまい、我が国の文官たちはいよいよリストラの危機に直面している。一方の騎士団とて同じだ。山奥の魔物は村人たちが日々タンパク源にしていて、滅多と人里に降りて来なくなった。彼らは教師役を喜んで引き受けてくれた。
なんで俺がこんなことに言及してるかって、それはドイブラーの領主が俺だから。アレクシス様にかけられていた呪いを解いた功績で、本当にディートリント様がここを俺の領地にしてしまった。一応、成人するまではベルント様が領主代理。実際は、引き続きデルブリュック家の文官や騎士団、そして土着の代官が管理している。で、領主権限で「暇だったら先生やってちょ」とお願いしたのだ。
初等科では読み書き計算のほか、大まかな歴史理科、簡単な隣国語を学ぶ。中等科に進むと、社会科や最低限の儀礼、技術家庭科。途中からは農業コース、醸造コース、魔術コース、騎士コースに分岐する。職業訓練校的な、より実践的な学びへ。これはこの国の一般的なカリキュラムだ。ただし大きく異なるのは、学びの機会を全領民の子供へ与えること。普通は子供を学校に通わせる余裕のある裕福な家の子女に限られる。
三食給食あり、制服支給、文房具や教材も無料。これもドイブラーならではだ。しかしこんなものは安い投資。卒業生は就職率100パーセント、特に醸造業従事者は欠かせない。なんせデルブリュック本領にはドワーフがいる。醸造酒なんて、作れば作るほど儲かるのだ。
そして次に多いのが農業コース。醸造酒作りに原料は欠かせない。彼らにはツボ農法を習得してもらって、在学中から麦をガンガンと生産していただく。
なお、魔術コース、騎士コースへ進めるのは一握り。特に優秀な人材には、在学中からスカウトがかかる。騎士に魔術師に、青田買い放題だ。特に魔術師は宮廷魔術師団に入団し、功績をなすり……研究を重ねて輝かしい功績を得る人材が激しく求められている。セルバンテス魔導伯はドイブラーのスター、みんなの憧れの的だ。是非目指して頂きたい。
さて学校についての説明が長くなってしまったが、俺たちがなぜこんなに教育に力を入れているか。それは、思い込みこそが新しいスキルの習得を阻害するからだ。
以前、村に徴税官が訪れて、クリーンのスキルを習得して帰った時。あの時、馬丁や荷役人など、魔法に対して知識のない者から簡単にマスターしていった。そして多少知識のある徴税官が一番苦労していた。何ヶ月もソイルが習得できなかったアレクシス様も同じだ。常識や固定観念こそが、新しいスキルの習得を阻む。
というわけで、村で当たり前に使われているスキルを外に広めない、もしくは段階的に公開するにあたって、先に常識や固定観念を植え付けてしまおう。俺たちの作戦は、そういうことだ。




