第85話 試射
しかし闇に葬り去る前に、試射だけでもしておきたい。俺はアレクシス様とディートリント様の監督のもと、辺境のテラスハウスの更に奥地、未開の山岳地帯に移動することを条件に、作っておいた杖をそれぞれ使ってみることにした。
「なんですの?!この馬鹿げた制御能力は!!」
「———ははっ、これまで使ってた杖がおもちゃみたいだ…」
しかし秘匿するはずだった杖に魅了されたのは、他ならぬお二人だった。今や全属性持ちのお二人には、まず水晶の杖を使ってもらったんだけど、これまでの杖と違って魔法の制御が段違いだそうだ。そりゃあ鑑定とアカシックレコードさんの言う通り、きっちり正確に磨き上げたからな。
杖を使うと、魔術が思い通りにコントロール出来るようになる。例えるなら、マウスで絵を描いていたのをペンシルに持ち替えたような感じか。これまでマウスに慣れていて、特に不自由はなかったんだけど、ペンシルを知ってしまうとその便利さに驚かされる。
彼らがこれまで使っていた杖も一級品だ。だけど、天然の水晶から濁りのないクリアな部分だけを切り出して加工するのは、存外難しいらしい。ルーペを通して辛うじて視認できるほどの不純物や、手作業ならではのごくわずかな歪み。その点、俺の作った媒体は不純物ゼロ、鑑定のメッセージに従って削り出したのでかなり正確だ。誰が見せてくれているのか分からないが、ウィンドウ様様。
そして水晶の使い勝手を知ってしまっては、他のも振ってみたくなるのが人間の性だ。慎重に撃ち出したウィンドカッターが周囲の木をバタバタと薙ぎ倒したり、ソイルで出した土がボコォッ!と築山を成したり、ちょっと色々あったけど割愛。とりあえず、木々は植物魔法で再生し、築山はちゃんと均しておいた。周囲の生き物たち、驚かせてごめんよ。
というわけで、秘匿は一旦保留。特に無属性の水晶と、風属性のエメラルド。これらは非常に使い勝手がいいということで、俺たち三人に限って内緒で活用しようということになった。だって水晶の制御能力は言わずもがな、
「ほほほほほ!風より速くてよ!!」
ディートリント様が猛スピードで上空を駆け抜ける。そう、エメラルドの杖を使えばLv7の同化を使わずとも、Lv3のウィンドウォールとLv1のウィンドカッターの組み合わせ、いわゆる「しゅるしゅる」で十分に空を飛べるのだ。更に風属性の魔力を込めたバージョンなら、生活魔法のウィンドだけで宙に浮けるほど。
ディートリント様はディートリント様で、色々な思いがあったようだ。俺が下手なスキルを開発するのを、アロイス様はどんどん吸収されてしまう。既に「にょきにょき」の一言だけで、別邸の庭を完全に蘇らせた天才だ。その上、魔術師の能力を爆上げする杖なんか世に出回ったら、かつてのアレクシス様のように戦争に担ぎ上げられてしまうかもしれない。しかし一方で、アロイス様には広い世界を見せ、いろんな体験をさせてあげたい。彼女自身、研究者をしながら恋愛結婚と、およそ公女らしからぬ自由な人生を謳歌しているからだ。
我が子をのびのびと育ててやりたいのは山々だが、彼は今の時点で既に彼女の手にあまるほどの才能を発揮している。アロイス様を守り、教え導くためには、今の自分では力不足かもしれない。だから人の身に余る力は遠ざけておかねばならない。
———だがしかし。アロイス様を遥かに上回る力さえあれば、万事解決だ。力は全てを凌駕する。そう、ディートリント様は紛うことなきデルブリュックの姫だった。
「手段なんて選んでられませんわ。我が子を立派に育て上げるには、なりふりなど構っていられないのです」
キリッ。出会った頃にはまだまだ少女だったディートリント様は、今や立派に母の顔をしている。いや、自分がヒャッハーしたいだけじゃないよね?そんなお爺様みたいなこと言わないよね?
「ふふっ。ディーはね、仲良くなればなるほど、口うるさくなるんだ」
乗馬服に身を包み、杖を振り振り縦横無尽に空を舞うディートリント様を見上げながら、アレクシス様は愛おしそうにつぶやく。うちの義両親はバカップルだ。この分だと、近々アロイス様に次いで第二子が誕生するかもしれない。
「上の子はもう手遅れ。失敗を繰り返してはならないのです」
なお、ディートリント様がアレクシス様だけに漏らしたセリフを、俺は知らない。




