第72話 刀剣工房
久しぶりにドワーフの姿を見て緊張した。しかし親方もお弟子さんも、ジュナ姫様に構わず作業を続けている。
「刀は生き物だからな。ちょっと目ェ離したら、魂が抜けちまうのよ」
ドワーフの打つ武器防具は、どれも一流の業物だ。例えお弟子さんの習作であっても、厳しい修行で培った確かな技術と、職人の誇りが込められている。デルブリュックの親方もそうだった。ことモノづくりにおいて、ドワーフほど信頼のおける種族はいない。
工房の入り口に飾られた刀剣は、いずれも甲乙付け難い逸品。磨かれた刃に、優美な波形が映える。「今宵の刀は血に飢えている」って有名なセリフがあったな。吸い込まれそうだ。
「お。お前さん、そいつに魅入られたかい」
気が付けば、親方が横目でニヤリとしていた。
「クラウス、お主は学習せんのう…」
お爺様に気の毒そうな視線を寄越される。解せぬ。
一通りの鍛治が終わり、休憩に入ったところ。
「刀ァ所望ってことだが、半年は見てもらわんとならんなァ」
「むう、やはり名工ならば仕方あるまいの」
「親方、そこを何とかならんかの。客人は遠くコルネリウスから来ておる。そうそう足を運ぶわけには行かんのよ」
「そうは言っても姫様よ。あちらの大陸の剣術は、叩ッ斬る剣だ。刀なんぞ叩き付けてみろ、枯れ枝みてェに折れちまう。美術品として飾るんならそこいらのをくれてやるが、そこの御仁は相棒が欲しいんだろ。剣術じゃねェ、剣の道を修めるのが先だ」
なるほど、親方の言いたいことも分かる。しかしそれを聞いて、お爺様はニィッと嗤った。
「言うたな」
時代劇において、こういう施設には大体藁束で出来た人形がある。当然この工房にもだ。お爺様は、普及品の刀を取って正中に構える。そして、
「ふん!」
バッサリと袈裟懸けに。藁束の上半分は、美しい断面を残してズルリと落下した。
「見事なもんだ。お主のために一振り打とう」
親方は髭をもじゃもじゃと撫でながら宣った。ドワーフが髭を撫でるときは、大抵機嫌のいい時だ。
「だがしかし、玉鋼が足りんでな。半年とは言わんが、二月三月は見てもらわにゃならん」
この工房で鍛造される刀は、いずれも一級品だ。しかし国賓に捧げるようなクオリティとなると、材料から最高級品を選りすぐらなければならない。もちろん宝物庫には、国宝たる刀が何振も納められているが、秋津人より体格のいいお爺様が振るとなると、オーダーメイドが基本。そして最高級の玉鋼となると、おいそれと産出しないということだ。
「それって、純度の高い鉄があればいいってことですか?」
「おいクラウス、お主」
「ふん、クラウスと言うたか。ナカジマ殿下から聞いておるぞ。信じられん純度の鉄と、神の水をもたらした神童がおるとな」
今度は親方がニヤリと嗤う。
「何を隠そう、ナカジマ殿下の師とはこの俺。イ=ソノだ」
お爺様とベルント様が俺に白目を向ける。全ては遅かったようだ。
刀剣工房の裏手には、小ぶりだが立派な炉があった。しかし更にその隣に、新しく大きな建物が建っている。
「あ〜…。最近、刀の受注を抑えておると思うたら、こんなモンを造っておったとは…」
ジュナ姫様が呆れていらっしゃるが、
「こんなモンとは何だ、こんなモンとは!!!」
いきなりブチギレる親方に気圧されて「すまん」と黙り込む。いや、この場合は姫様のボヤきの方が正しい。なんせここは、蒸留所だったのだから。
「大使だか何だかで秋津を目指してるって知らせを受けて、待っとった。殿下から送られた設計図通りに組んでみたんだが、こんな感じで合ってんのか?」
親方が披露したのは、立派な蒸留器。デルブリュックでドワーフたちが改良を重ね、洗練された形式そのままだ。ていうか、あそこに見えるのは…
「殿下からヒヒイロカネが送られて来た時にはビビったが、これが具合が良くてな。やっぱ普通の鋼鉄より効率が違ェんだ」
「ヒヒイロカネじゃと!!!」
今度は姫様が絶叫した。ヒヒイロカネといえば、どっちかっていうと秋津で有名だもんな。俄かに姫様のお付きの方が騒がしくなり、「伝説のヒヒイロカネがこのように大量に」「これは帝に奏上せねば」とか言ってるけど、親方は「うっせェ!弟子からもらったモンを俺がどうしようと俺の勝手だ!」と一喝。これは揉める場面か。しかし騒がしい外野を無視して、イ=ソノ親方は俺に向き直った。
「そこで取引だ。神の水と玉鋼。コイツを用意してくれたら、七日で打ってやる。どうだ?」
全員の視線が俺に集まる。むむむ。




