第70話 今上帝
「此度はお招きに与り光栄至極。秋津の兵の練度には感服しましたわい」
「これはこれは、聞きしに名高い前デルブリュック公のお褒めの言葉。大将軍、大義であったな」
「ははっ」
偉いお貴族様同士が、目の前でお貴族様らしい会話を繰り広げている。平民の俺からすると、とてもシュールだ。今上帝はまだ年若く、アレクシス様やディートリント様と変わらない、いやそれよりもお若く見える。黄色人種だからだろうか。しかし彫りの深さや顔の造形などは、記憶の中にある日本人よりもちょっとはっきりしている。黒髪黒目、目元の涼やかなイケメンだ。寿奈内親王のお兄ちゃんらしい。
そして皇后陛下は、寿炎陛下よりももうちょっとお若い感じ。JKといったところかな。
「コルネリウスからのお客人を、帝はそれはそれは楽しみにお待ちしておりました。料理はお口に合いまして?」
「ええ、皇后陛下。さすがユニークな歓待をされるユニークなお国柄。とってもお見事ですわ」
ほほほほほ。ディートリント様のチクリと刺々しいレスポンスに、皇后陛下が苦笑い。あらやだ、こっちはちょっと緊張感が漂ってる。まあ仕方ないよね。姫様とエルフがやらかしたことは、両陛下の耳に入っているようだ。当然、この席にエルフの姿はない。俺たちは外交特使として秋津を訪問したのであって、彼らは部外者だからだ。なお、俺とアレクシス様はひたすら沈黙。アロイス様はお利口さん。そしてベルント様はお爺様の側の末席、あっちは脳筋同士で和やかな感じだ。代わって欲しい。
それにしても、味噌と醤油を求めて気軽に秋津を目指して来たけど、面倒臭いことになっちゃったな。確かに偉い人とコネでもあればと思ってたけど、まさかトップとランチとか考えてなかった。しかし今上帝寿炎ってお名前、なんだか落語家みたいだ。
「ところでクラウスとやら」
「えっ、ひゃいっ」
よそ見してたら噛んだ。この距離でダイレクトパスが来るとは思わなかった。
寿炎陛下の仰ることには、大使と手合わせして勝利した俺に何か褒美を取らせたいと。緊張して噛み噛みだったけど、俺からは定期的に秋津と交易がしたいと申し出た。帝からの返答は、俺に関税フリーの自由交易権と出入り自由の身分証明、そして出島と京に拠点とする邸宅を与えるというものだった。
後から聞いたところ、これらは秋津側が俺たちの入国目的や意向を調べ、事前に用意されていた。でなければ、こうもすらすらと褒美を渡されるわけがない。本来は、「その代わり宝石絵巻の新作を発掘したら、うちにも優先的に回してちょんまげ」って条件が付く予定だったんだけど、ジュナ姫と大使のやらかしで削除。
国交にしてはカジュアルなランチ会だけど、それでも公式の場は公式の場。陛下自ら謝るわけにはいかないから、「ごめんねこれで手打ちにしてね」ってことだ。
「これからも励むがよい。そして何か困りごとあれば、朕が力になろう」
「あのっ、そういうことでしたら!」
俺は早速お願いカードを切ることにした。困りごと、ありますとも。アイツらがね!
「うむ…大使と教授、であるか…」
しかしこうかがなかった。今上帝がさっと顔色を曇らせる。皇后陛下においては分かりやすく視線を外した。やっぱりエルフたちは外国籍の要人のため、秋津の法の及ばぬ存在らしい。しかもじいちゃんのじいちゃん、何代も前の帝からの相談役も兼ねているらしく、おいそれと排除も難しい。ぶっちゃけ「アイツら俺の言うことなんか聞かねぇ」だそうだ。
「あの鉄面皮にも春が来たと思うたのじゃが…」
「ジュナちゃん。クラウス様にも好みというものがありますわ」
エルフは総じて見目麗しい。大使も教授もまるで精巧な人形のように整った造形をしている。ゆえに、長年朝廷に出入りしているフィリベルト大使は、男女問わずみんなの永遠のアイドルなのだそうだ。いや、俺からしたらただの気持ち悪いオッサンなんだけど…。
とにかく、今上帝から身分証と拠点が与えられた俺たちは、これで無罪放免だ。紆余曲折を経たとはいえ、秋津に来た当初の目的は、これ以上ない形で達成した。というわけで、ランチが終わったら速攻お暇して、与えられた拠点に場所を移そう。秋津に止まるにしろ帰還するにしろ、今後の方針を作戦会議しなければならない。
と思っていたのだが。
「やあハニー。それじゃあ新居に帰ろうか♪」
「すまぬ、兄上がどうしてもと…」
俺たちが乗り込む予定の牛車には、既にフィーレンス兄妹が乗り込んでいた。ですよね。お爺様は彼らの首根っこをむんずと掴んで放り出し、俺たちは何事もなかったかのように出発した。




