第68話 演習場
演習場は賑わっていた。
「むぅん!」
どかーん。
「「「ぐわあああーーー!!!」」」
なんだか無双系のゲームみたいだ。たくさんの兵士が一斉に飛びかかり、お爺様が大技でそれを一蹴する。まあ、デルブリュックでは見慣れた光景だけど。
「ムホぉ。大陸を超えて名の轟くデルブリュック公、噂以上の益荒男じゃのう!」
「御老公は大陸一の猛者ですから」
「ベルント、聞こえておるぞ!老人呼ばわりとは何事か!しかしワシは大陸一か、そうじゃろうのう!ワッハッハ」
演習場の端からお爺様のよく通る声。しかし、ここの雑談が聞こえているとは。悪魔イヤーは地獄耳。
「さて斧術も一通り見せたことじゃし、次は大剣を…どうした、クラウス」
「いえその、大使が模擬戦をご所望でして…」
ざわめく演習場。モブの秋津兵さんにぐるりと囲まれ、ちょうどトラックの真ん中にぽつんと立ち尽くすアレクシス様と俺、そしてダブルフィーレンス。あ、手錠は目隠しして取らせていただきました。証拠隠滅。
「これはお互いの名誉を賭けた戦いだ。こうして証人も大勢いる。異存はないね?」
俺たちは異存だらけだが、バトル好きのお爺様とベルント様、ワクテカ気味の姫様。そして「やっと休憩」「命拾いした」と安堵する秋津兵さんたち。誰もが和やかに観戦ムードだ。アレクシス様は「仕方ないね」ため息をつきながら前に進み出る。
「おっと君じゃないよ。そちらの、クラウスだったかな」
「はっ?」
俺?
「待たれよ大使、そのような幼子に杖を向けるなど」
「いいえジュナ姫。先ほど私に攻撃したのはこの子供だ。これは男と男との正々堂々たる戦い」
「兄上、その子供は駄目だ!」
「うるさいぞフェベ!雷精に氷精は厄介であろう!———要は勝てばいいのだ、勝てば。名誉の前には些細なことだ!」
いや、子供を指名してる時点で、名誉は地に落ちたも同然かなって。絵面的に。
「それでは大使の胸をお借りして…」
「いいだろう、来なさい。先ほどは子供と思って油断したが、我ら森人の術の真髄を見せてやろう」
大使がゴリ押し、俺が対戦を受け入れる姿勢を見せたため、審判役の将校が軍配を構える。
「始め!」
合図と同時に、フィリベルト大使は杖を掲げて詠唱を始めた。
「大地の精霊よ、大樹の精霊よ。ここに集い顕現し、その力を示せ。我は大樹の子にしてフィーレンスの」
「ウォーターボール」
「がぼっ」
口元に水を出してあげると、大使はもがもがとのたうち回り、グラウンドに伏して沈黙した。同様に、ギャラリーも。
「…し、勝者、クラウス」
「だから言っただろう!小さい方が厄介なのだと!」
担架に付き添いながら、フェベ教授が大使とともに退場していく。大丈夫、ちょっと溺れただけだからドンマイ。てか、前衛が時間を稼いでくれるタイプの模擬戦じゃなくて、一対一で延々と詠唱してるってどうなの。さっき俺の投擲を無詠唱と勘違いしてたから、多分あっちもそう来るのかなって思ってたんだけど。
「クラウスとやら、大使を倒すとは大金星じゃ!さすが魔導伯の秘蔵っ子じゃのう!」
「いや、えっと」
「なんじゃあ。エルフとは魔道に秀でた伝説の種族と聞いておったが、こんなもんじゃったとは」
「まことです、御老公」
「うまくやったね、クラウス。僕は君がやらかさないか、ヒヤヒヤしてたよ☆」
失敬な。やらかすってなんだ。
やることのなくなったアレクシス様と俺は、この後お爺様たちに捕まり、延々とブートキャンプに付き合わされた。やっぱりここでもブートキャンプかよ。デルブリュックには熱狂的な信者がいるお爺様だが、船でも、龍眼でも、そして秋津でも。脳筋のカリスマ、彼のファンクラブはどんどん版図を広げるのだった。
結局一日を兵士たちと汗を流し、暑苦しく過ごした翌朝。
「どうしてそんな話になってますの?!」
ディートリント様が呆れている。俺もそう思う。昨日お爺様の信者が大量に爆誕したせいで、なんと俺たちは京まで招待されることとなった。「我らだけでは惜しい、どうか本営の兵にも稽古をつけていただきたい」だそうだ。意味がわからない。
「まあ、クラウスも出来れば秋津にコネと拠点が欲しかったわけだし、ね?なんなら僕とディーはアロイスと出島に戻っ」
「馬鹿おっしゃい!コイツら三人だけで放流していいと思っていますの?!」
「あっはい」
ディートリント様つおい。
幸い、俺たち一行は通訳を入れて7名、荷物も多くない。善は急げということで、早速最速便が手配された。
「むふん。こちらが我らの誇る『秋津船』じゃ!」
ひときわ大きなドックに連れられて、ジュナ姫様がふんすと鼻息も荒く指し示したその先には。
ブブブブブ…
巨大なトンボにキャビンを提げた、蟲力飛行船があった。
あの後はちょっと大変だった。ディートリント様が泡を吹いてお倒れになり、アロイス様とお爺様は大はしゃぎ。アレクシス様とベルント様も、平静を装いながら漏れ出る興奮を隠し切れていなかった。仕方ないよね、男って大体虫が好きだもん。
しかしもっと大変なのは、こっちだ。
「祝言はいつにしようか、クラウス」
「兄上!」
なぜか同乗しているフィーレンス兄妹。いや、実際には同じ氏族なだけで、厳密には兄弟じゃないらしいんだけど。そして俺は、なぜかそのフィーレンス兄に求婚されている。
「ちょっとおっしゃる意味が分かりません」
「何を言うんだい。私たちは多くの証人の目の前で愛し合った仲じゃないか」
「ちょっと何言ってっか分かりません」
「君の構築した水球の美しさ、マナの煌めき。君の愛はしかと受け取ったよ」
「何言ってんだコイツ」
あれか、倒したら嫁になるとかそういう少年漫画か。いやそういう展開は期待してないんですけど。
「教授。大使が混乱されているようだけど?」
「ああすまない。兄上は無敗の魔法馬鹿で、これまで色事にとんと興味を示さなかったのだが…まさかこのように錯乱するとは…」
「失敬な!フェベよ、これは紛れもなく真実の愛!」
「よかったのうフィリベルト!ようやく春が訪れたか!」
キャビン内は、姫様と大使だけが春、残りは木枯らしが吹いていた。ほんと、どうしてこうなった。




