第65話 寿奈内親王
会談はあっさり終わった。ジュナ姫様はもっと話したかったようだけど、ディートリント様が釘を刺して下さったお陰だ。俺たちは、鎮守府に併設された迎賓館に案内された。
鎮守府同様、迎賓館も西洋建築だ。当てがわれたのはスイートルーム。部屋に露天風呂が付いていることを除いて、俺たちが住む大陸西側の高級ホテルと遜色ない。
「ふああ…この露天風呂ってのはいいねぇ…☆」
アレクシス様がいい感じの岩に背中を預けて、ほうとため息をつく。彼は俺を王都に引き取って以来、風呂の魔力に魅入られている。しかもこの露天風呂、温泉だ。海に近いのでナトリウム泉のようだが———温泉については詳しくない俺だけど、水魔法の水を火魔法で温めたいつものお風呂より、なんだか疲労に効いている気がする。
外交特使という名目で出国した俺たちだが、国際使節としては異例だ。なんせ本人たちと通訳の船員さん以外、お供を連れていない。
魔物討伐に遠征続きだったお爺様、宮廷魔術師として従軍していたアレクシス様とベルント様。大学院を出たディートリント様は、寮生活に親しんでいらっしゃる。みんな自分のことは自分で出来るタイプのエリートなのだ。
貴族はみんな、身の回りの世話を侍女や侍従に任せる。この迎賓館に通された時も、メイドや執事を付けられた。しかし俺たちは、自分たちの世話は自分たちで行うことに慣れている。おちおち転移も出来ないことだし、俺たちは付き人を断って、呼んだ時だけ対応するようにしてもらった。
今更後悔しても仕方ないが、秋津に着く前にアロイス様をデルブリュックに預けてくるべきだった。入港した時にはもう人目を引いてしまっていたから、居なかったことにはできない。一方、時代劇村さながらの出島で楽しそうにされていたアロイス様を思い返すと、秋津に連れてきて良かったのかな、とも考える。しかし、その後アロイス様を連れて一週間の足止めと鎮守府までの長旅を思うと、ディートリント様のお疲れも無理もない。幸いだったのは、アロイス様がお利口さんでほとんど手がかからなかったことと、そんなアロイス様のお世話をみんなで分担できたことだろうか。
それにしても、龍眼で情報収集したのと大きく違う。あちらで耳にした情報は、俺たちが出島で見たものを正確に描写したもので、俺はざっくりと江戸時代をイメージしていた。しかし、少し国内に足を運べば立派な洋館、皇族や従者たちも洋装だ。もちろん、道中の車窓から見た市街地は和風建築で、行き交う人たちも主に着物を纏っていた。うっすらとしか分からないけど、どうも明治大正時代みたいな雰囲気。用意される食事も、あっちは純和膳みたいなものだったのが、こっちはコースのように供されながら和食を織り交ぜてきて、とても洗練されている。
秋津国、底が知れない。外国に向けて開いた港が出島だけとはいえ、付き合いの密な隣国の龍眼まで欺けるものなのか。それとも、国を超えて龍眼まで情報統制出来るほどの影響力を持っているのか。これだけの建造物だ、諸外国に秘密のまま設計から建材から、国内で全て賄うのは難しいだろう。しかし一方で、馬車を用意するのもままならないちぐはぐさを見せる。
異世界の日本の記憶があるからって、ちょっと舐めてたな。気を引き締めてかからなければならない。場合によっては船に転移、からの緊急離脱もアリだ。
「焦っても仕方あるまい。クラウス、平常心じゃ」
こんな時こそ、肝の据わったお爺様が頼りになる。彼はヤンチャな脳筋だが、伊達にデルブリュック公として領軍を引っ張って来たわけじゃない。そうだな。俺たちには相応の戦力も逃走手段もある。まだ焦る時間じゃない。相手は今のところ友好的な態度を示している。当初の計画通りに上層部と手を組み、拠点を設置できる可能性は消えていない。駄目そうなら龍眼に拠点を構え、味噌や醤油は間接的に手に入れればいいことだ。問題ない。
幾分冷静さを取り戻すと、今度は疲労感が襲ってきた。俺はゲストルームの一つで意識を手放し、泥のように眠った。
翌朝。朝食の席に執事がやってきて、俺たちの今日の予定とコンディションを聞いてくる。お爺様とベルント様は真っ先に手を挙げ、カタナと忍者を見たいと騒いでいた。やはりお爺様はヤンチャな脳筋だった。彼らにはコルネリウス語が得意な例の通訳が付き、鎮守府に併設された訓練場を見学することとなった。ディートリント様とアロイス様は、秋津語のできる船員さんと迎賓館でお休み。部屋に籠るという体裁で、隙を見て転移するということだ。
そして残ったアレクシス様と俺だが。
「紹介しよう。我らが友好国の大使、フィリベルト・フィーレンス」
鎮守府の奥、昨日通された応接室で待っていたのは、長身で金髪碧眼、尖った耳の美しい紳士。森人族だった。




