第64話 鎮守府
俺たちは馬車で鎮守府へ移動した。直近の港まで船で向かうと申し出たけど、グローリア号を停泊させられるような設備がないということで却下された。念の為、イクバールから船員さんを呼び寄せて待機してもらってるから、うっかり船が接収されるようなことはないと思いたい。いざとなったら投げてねってオリハルコンもいっぱい渡しておいた。
やたら港で待たされたのは、馬車の手配もあったようだ。秋津では馬車は一般的ではなく、偉い人はだいたい輿に乗る。というわけで、この国には馬車自体があんまりないっぽい。そんな装備で大丈夫か。
出島から鎮守府までは一泊二日、非常に退屈な旅だった。お爺様とベルント様は護衛の侍にしきりに話しかけては、言葉も通じないのに筋肉で語り合い、歩いたり馬に乗せてもらったりしている。一方ディートリント様はブチギレ寸前。アロイス様とアレクシス様が、手慰みでこっそりと錬金術を伸ばして遊んでいたのがせめてもの救いだ。
鎮守府はお城の程近くにあった。割と西洋風の建物だ。そういえば、鎮守府って江戸時代の組織とは違ったような。鎖国の体制も微妙だし、俺の記憶にある日本と秋津国とはちょっと違うのかもしれない。そもそも異世界にはコルネリウス王国なんてないしね。
「コルネリウス王国御一行、御成!」
馬車を降りると、そこはすっきりとした石造りのエントランスだった。出島はいかにも江戸時代といった面持ちだったが、こちらは純粋な西洋建築で建てられた軍事施設だ。あっちで「忍者が出てくるのは時代劇村くらいだ」と思っていたが、どうやら出島が時代劇村そのもの。この秋津国、一筋縄では行かないかもしれない。
みんな緊張した面持ちでレッドカーペットを踏み締める。こういう時、悠々と先頭を歩くお爺様は頼もしい。余裕の微笑みを浮かべたアレクシス様、無言で付き従うベルント様、背筋をピンと伸ばして気品を漂わせるディートリント様もだ。アロイス様は愛想を振り撒く余裕すらある。一流のお貴族様って奴は、頭のてっぺんからつま先までお貴族様。俺なんか小学校の入学式みたいに、右手と右足が一緒に出ている。いかん。
そして通された謁見の間、らしき広間。その先にはなぜか御簾がある。俺たちが所定の場所に到着して頭を下げて待っていると、「寿奈内親王殿下の御成」の声とともに衣擦れの音がした。
「ようこそ客人。妾はそなたたちを歓迎する」
謁見はあっという間に終わった。途中顔を上げるシーンもあったけど、御簾の向こうで様子が見えない。声は幼い女の子のものだった。てか、内親王ってことは天皇制なのか?
そして謁見はいいんだけど、この後俺たちはどうしたものか。何の説明もないから困ったことだ。まあ、俺たちだって先触れを出さずに秋津に来ちゃったからな。正確には出したんだけど、先触れよりも早く着いてしまった。それならそれで、一旦龍眼あたりに引き上げても良かったんだけど。あっちはあっちで、竜人さんたちからお誘いがあったんだよな。
言われるがまま応接室で待機していると、しばらくして外がざわついたかと思うとドレス姿の少女が飛び込んで来た。
「待たせたの!」
さっき御簾の向こうから聞こえてきた声だ。追って入ってきたスーツの紳士が「お待たせしました」とコルネリウス語で。あれっこの人、船が着いた時に裃着て登場しなかった?俺たちが主に彼の頭部を凝視していると、「あれは鬘です」と小声で微笑んだ。
「改めてコルネリウスからの客人、妾はジュナと申す。足止めしてすまなんだ。妾も報せを受け、急ぎ最速便にて京より参ったのじゃが」
「お客様方、こちらはジュナ内親王です。皆様に歓迎の意と、出島にてお待たせしたことをお詫びになっております」
内親王様、つまりお姫様が秋津語で、そして通訳の紳士がコルネリウス語で。こちらにも秋津語の出来る船員さんが控えているが、出番はなさそうだ。
「ふむ。足止めも止むを得まい。国賓を迎えるにはそれなりの準備が必要じゃし、こちらも先触れより随分と早く到着したじゃろうし、お互い様じゃ」
お爺様が寛容な姿勢を見せたので、相手方も表情を緩める。
「そう言ってもらえると、妾としてもありがたい。何せ、あの宝石絵巻は素晴らしいものじゃ。あれらを発掘したのはその方、アルブレヒト伯爵と聞くが、相違ないかえ」
「ご理解いただき、ありがとうございます。私どもはかの宝石絵巻に感動しております。発掘されたのはアルブレヒト卿と伺っておりますが」
「うぇっ」
思わぬキラーパスでアレクシス様の笑顔が引き攣っている。しかしいい加減痺れを切らしたディートリント様が、強い目力で応戦する。
「何ですの。私どもを無駄に引き留めたかと思ったら、不躾に国家機密を聞き出そうとするなんて。それが秋津国の友好というヤツですの?」
まず通訳が顔色を変え、そしてジュナ姫に小声で伝えると、姫の顔色も変わった。
「すまなんだ。妾はそんなつもりは…」
「ディートリント様。お怒りはごもっともですが、姫様ははるばる京から最速便でいらしたそうですから、よっぽど急がれたのかと…」
場の空気が険しくなったので、ちょっぴりフォローを入れる。なんせ正確な地図が存在しないので、あっちの日本とこっちの秋津が同じ地理なのかどうか分からないんだけど、出島から鎮守府までで一泊二日かかったんだ。京都から九州まで、そう簡単には移動できないだろう。ディートリント様は、ハッとした視線を投げた。ちょっと気が立ってたみたいだけど、分かってくれたらいい。
———と思ったんだけど。
「そちらのお方。私は姫様の御成の事情まではお伝えしませんでしたが…」
「お主も秋津語が分かるのかえ?」
秋津方の二人は、「お前やるな」的な表情で。そしてコルネリウス側の面々は、「コイツやらかした」的な表情で。全員の視線を一斉に浴びる俺なのだった。




