第63話 出島
今回から第6章の始まりです。
前話に第5章の登場人物を追加しておりますので、よかったらご覧ください。
延々と大海原を進むこと三日、ようやく陸地が見えてきた。ガルヴァーニの航海スキル半端ない。龍眼から秋津までは、天候に恵まれて最短10日くらい。ルートにもよるが、途中中継地となる半島、群島の海洋国家をすっ飛ばし、海をまっすぐ突っ切るコースを猛スピードで。スキル「びゅんびゅん」は封印したが、船底には水壁、周囲には風壁、そして後方にジェットストリームを噴射しながら、この世界ではあり得ない速度で航行してきた。ロクな地図も海図もなく、もちろんGPSなんて便利なものは存在しない。それを昼間は太陽の位置、夜は天体の位置を注意深く観測しながら、驚くことにほぼ目的の港にぴったりと寄せてくる。彼らは船員であると同時に、優れた天文学者でもある。
龍眼で事前に情報を仕入れた通り、秋津はほぼ鎖国状態だ。ほぼ、というのは、交易自体は広く民間にも開かれているところが違う。ただ開港され、外国人に立ち入りを許されているのが、基本出島なだけだ。
出島。うっすらと、記憶にあるような、ないような。俺は、あやふやな記憶でナンチャッテ発明をするのは大好きなのだが、勉強自体は好きじゃない。きっと別の人生を生きた俺もそうだっただろう。ミリしか知らない、いわゆるミリしらである。
港は結構賑わっていた。一言で帆船と言っても、いろんな型がある。ギルランダ、ウダール、イクバールにも世界中から様々な帆船が集まっていたものだ。しかし龍眼や秋津は大陸の東側にあるため、停泊する船はどれもエキゾチック。グローリア号はかなり浮いている。西側から直接交易に乗り付ける船は少ないようだ。
しかしここでも、ガルヴァーニの威光は轟いている。次々に現れた役人たちの案内により、俺たちは上等な宿に通された。
「さて、目的の秋津に到着したわけだけど」
切り出したのはアレクシス様だ。俺たちは今、お膳で夕飯をいただいている。旅館でいただくオーセンティックな和食に感動もひとしおだ。
「儂はカタナじゃ。剣の道が儂を呼んでおる!」
日本酒に舌鼓を打ちながら、お爺様が上機嫌だ。一緒に晩酌を楽しむベルント様は、「忍者!忍者はどこで?!」と仲居さんを困らせていた。隠密が普通に世の中に出て来るわけないでしょ。そんなの時代劇村のショーくらいだ。
「クラウスが醤油と味噌を買い付けるくらいしか、用事なんてないんじゃありませんの?」
ディートリント様は済ました顔で焼き魚を召し上がる。もうみんな、お箸の扱いも慣れたものだ。
いや、目的はある。俺はこの国に転移陣を設置して、いつでも行き来出来るようにしたい。ただし密入国は揉めるだろうから、出来れば話の分かる人とコネを繋いで、堂々と出入りしたいんだけど。
「———難しいですかねぇ」
ほかほかの美味しい和定食を前にして、俺の気持ちは晴れなかった。なぜって?そりゃあ、天井裏の隠密さんに聞きたい。
当然といえば当然だが、俺たちの行動は逐一監視されている。ベルント様、憧れの忍者、そこにいますよ。
話は港に到着後に遡る。水先案内人によってスムーズに停泊したのち、ただちに下級役人が到着。時代劇でよく見る、同心みたいな感じの人たちだ。そしてガルヴァーニの紋章を確認すると、今度はもっと偉い感じの役人が現れた。
「失礼ですが、あなたがたはグロッシ帝国から?」
裃を纏った侍から、流暢な帝国語。そして代表のお爺様の代わりに、ガルヴァーニの船員の一人が進み出る。
「丁重な対応、痛み入る。書状の通り、我らはガルヴァーニ家の協力のもと、コルネリウス王国より使者として参った」
おお、この人秋津語話せるんだ。ちょっと硬い感じだけど。すると裃が同心にボソボソと耳打ちして、今度はコルネリウス語が話せる別の裃が現れた。コルネリウスなんて内陸の国、対応する外交官が常駐してるなんてすごいなと思ったら、
「ようこそ秋津へ。我々はコルネリウスからのお客人を歓迎します」
———タブレットの影響力はすさまじかった。出島では「コルネリウスの関係者が来たら優遇するように」と、長らくコルネリウスシフトが敷かれていたそうだ。
しかしどこの国も同じ、政権が一枚岩とはいかない。俺たちはとりあえず高級宿に通されたものの、それからなかなか処遇が降りてこない。出島の中の移動は自由で、一通りの商店街も揃っている。醤油や味噌、そのほか海苔や昆布などの乾物を取引するのも不自由ないし、いかにも観光客向けの着物や簪などの小物も過不足なく揃えることができる。しかし、俺たちの行動は逐一見張られ、こっそり転移陣を置くどころか転移すらままならない。かといって、俺たちが業を煮やして一旦帰ろうかとなると、待ってくれと引き留めがかかる。窮屈で仕方ないので、俺たちは「畳の様式に慣れないから」と船で待機することにした。
「どうしたものかなぁ☆」
緑茶を啜って一息つきながら、アレクシス様がこぼす。実は彼が一番困ってないのだが。龍眼の図書館で書物を読み漁り、それがタブレットモドキに丸写し出来ると知って、大興奮でコピーしてきたのだ。兵法、薬学、算命学。暇さえあればずぅっとタブレットをスッスしている。タブレットの翻訳機能が便利すぎだ。なお、監視の厳しい出島ではタブレットが使えなかったものの、商店街で販売している当たり障りのない書物を買い漁ってワキワキしていた。こちらは秋津語の出来る船員を捕まえて二人してウンウン読み解きながら、結局船に戻ってタブレットに移して翻訳して読んでいる。エンジョイ勢め。
「もう醤油も味噌も十分なのでしょう。また来ればいいじゃありませんの」
一方、ディートリント様は飽き飽きしている。着物も小物も一通り買い揃えたし、すっかり興味が失せたようだ。お上品な和食もそれはそれで美味しいけど、別に秋津じゃなくていいんじゃ?って感じ。
「しかしカタナがのう…」「忍者が…」
秋津観光を諦め切れないのが、この58歳児と30歳児だ。だけど、鎖国って結構厳しいイメージだからなぁ。交易自体は自由でも、開かれてるのがこの出島しかないわけで。ここから国内を観光しようと思ったら、特別な許可が必要らしい。そしてその許可がなかなか降りない。お役所仕事ってどこもそんな感じだ。そしてお役人の顔色からすると、あっちが良くてもこっちがダメ、なんか政治的なあれこれで、すんなりとお招きいただけないっぽい。タブレット外交が成立した時には、「秋津に来ることがあれば是非」って感じだったらしいのだが。
そうして無駄に足止めを食うこと一週間。船室からテラスハウスに転移したり、イクバールに様子を見に行ったり、日常を取り戻しているうちに、みんなそろそろお暇しようかという雰囲気に包まれた頃。
「お待たせいたしました。皆様を鎮守府にご案内いたします」
ようやく秋津国からの招待が降りたのだった。




