第103話 名誉魔導伯たちのその後
ディートリント様が記憶水晶に魔力を通すと、そこには満面の笑顔のディアナ王妃が。そして彼女の向こう側には、顔の上に薄布を掛けられてぐったりしているフィーレンス名誉魔導伯。
実は、王妃のプライベートサロンで脳汁、もとい光美容マッサージを施術しているのは王妃自身だ。これまで、脳汁を第三者に伝授するどうか随分と議論された。信頼できる家臣に習得させてみてはどうかと。しかし他の魔法陣はともかく、これだけは知られてはまずいと、結局俺とディートリント様、王妃様、デルブリュック公爵夫人、そして前公爵夫人ギルベルタ様だけの秘術に留めている。後は「光属性でマッサージすれば効く」とだけ知らされ、それっぽくやってる紛い物だ。多少効果は出るが、本物には遠く及ばない。
もともと脳汁は、クリーンから派生したリフレッシュから始まった。これを脳に照射しながらツボ押しとリンパマッサージをしたものが脳汁だ。まずクリーンを自力でマスターするのが必須条件。それから疲労物質を除去するようにイメージしながら、皮下の深部までスキルを届けなければならない。ここがリフレッシュを習得する上で、一番難しいところだ。幸い、医療ドラマを思い出してタブレットに焼いておいたため、人体の構造についてわかりやすく説明できたのが良かった。老廃物をイメージして、シュッとしてファー。これを直接脳にやるものだから、中毒性が半端ない。
女性陣はこれをお互いに施術し合って、実年齢が行方不明だ。頭部だけでなく体中にリフレッシュを施してキラッキラしている。しかもディートリント様とギルベルタ様が龍眼で本場のツボ押しを習得されて、いよいよ効果が爆上がり。この間、久しぶりにイクバールでジゼッラ様にお会いしたが、マジで誰だかわからなかった。とうに70を超えた先々代侯爵夫人が、30代そこそこにしか見えない。そのうちステータスに「不老」でも出るんじゃないだろうか。
というわけで、この脳汁にハマったら最後。脳汁の魔力から抜け出すのは不可能だ。
それともう一つ。次のタブレットには、フィーレンス伯が研究室の隣の仮眠室のベッドに横たわり、ポテチを齧りながら大河ドラマを見ている様子が映し出された。なお、「塔」の研究は国家機密に当たるため、研究室の様子は時折録画されることがあると、契約書に小さく書かれている。
人間、苦痛にはある程度耐えられても、快楽を我慢することはできない。一度与えられた快楽を取り上げられるなど、到底耐えられないのである。
フィーレンス伯の給金は、向こう二年分くらい脳汁こと光美容マッサージとファッションアイテム、化粧品のローンと消えている。その上タブレットも他の貴族と同様、有償貸与だ。基本、宮廷魔術師団員には寮が与えられ、食事も無料、制服も貸与だ。給料を使い切っても生活は出来る。彼女のローンが何年分に膨れ上がるのか、見ているこちらが心配になる。
なおイアサント様はもっと簡単だった。旧知の文官が綺麗なお姉さんのいる酒場に案内したところ、あっという間に丸裸だそうだ。なお彼には前科があって、留学中に同じことをして親御さんが尻拭い、からの婚約解消。そして「今度やったら平民堕ち」の通告を受けていたらしい。
幸いコルネリウスで名誉魔導伯の地位を得たわけだが、この「名誉」ってのが曲者で、実際は役職に就いている間だけの臨時契約公務員に過ぎない。借金が嵩めば平民どころか借金奴隷もありうるわけで、散財を重ねる限り職務を抜けて逃げ出すことはままならない。
飼い殺し。恐ろしい響きだ。しかし数々の名誉には事欠かないので、熱心な魔術師たちと共に日々の研究を頑張っていただきたい。
さて、エルフの片方は片付けた。残るはキモい方だ。俺としては顔も見たくないが、アレクシス様は出自と併せてそうは言っていられない様子。あのナンチャッテ魔導伯はともかく、彼は割とちゃんとした知識人らしい。ただ人格に難があるだけで。
「やあ、戻ったね。僕の元へ」
「やかましいわ児ポ野郎」
俺はもう最低限の儀礼すらかなぐり捨てた。10歳児に迫るオッサンなど犯罪だ。時々会談に立ち会う姫もアレクシス様も嗜めてくれるが、
「何を言っているんだ。人間族はすぐに死んでしまうんだよ?」
そう言って聞きやしない。
「ほんの瞬きのような君たちとの時間、年の差がどうとかまごまごしていたら、すぐに過ぎ去ってしまう」
遠い目をしてつぶやく大使。過去に何があったのかが気になったところだが、
「ちょっと100年くらい旅行に行っている間に、贔屓にしていた役者が儚くなったんじゃと」
半目でフォローする姫の隣で、悩ましげに額を押さえて何かに浸る大使。お前は一度、ディートリント様にシバき倒される必要がある。
「さて、過去の話は置いておいて本題だ。稀有な知識と力を持つ君たちを見込んで、相談がある」
しかしいつになく真剣な表情で、大使は切り出した。




