第102話 フィーレンス教授の独白(5)
そして最も私の心を撃ち抜いたのが、豊富な化粧品にカラフルで斬新な衣料品。なんと王妃自らがアパレルブランドなるものを立ち上げ、公爵夫人たちが賛同し、新しいファッションがご婦人の間を席巻しているのだそうだ。可愛い、肌触りがいい、なのに着心地は楽。何だ、その乙女の夢と希望が詰まった沼は。
「ちょっとフェベさん、これを着てみてくださる?」
私は時折王妃に呼ばれ、新作を試着させられる。いつもズボラでボサボ……自然に任せたヘアスタイルは優雅に編み込まれ、肌はピカピカに磨かれ、念入りだが自然に見える化粧を施され。まるで砂糖細工のように繊細で甘やかなドレスは、窮屈なコルセットなど入っていないのに女性的な丸みをさりげなく演出する。
「これが、私……」
「やっぱりフェベさんにはキュート路線が合うわね! つるぺ……スリムなボディラインも愛らしいわ♡」
今、なにか聞こえてはいけない単語が聞こえた気もするが、鏡の中で立ち尽くす絶世の美少女に私の目は釘付けだ。王妃は興奮しながら何枚も絵姿を記憶水晶に納めていたが、この美貌ならば仕方あるまい。
なお、私の絵姿は広く出回り、その後補正下着とやらが爆発的に売れたという。
そして問題は、その後だ。
「うふふ。やっぱり女の子は、いつまでも可愛くいないとね?」
「あぅ……」
王妃のプライベートサロンの一角。ここには選ばれた人物しか入れない。丁重に人払いされ、私は抗うこともせず寝台に横たわり、従順に目を閉じる。追って、顔には薄布の感触が。それから両手足首に革のベルト、カチャリ、カチャリと金具を取り付けられる音。
「さあ行ってらっしゃい。めくるめく快楽の世界へ♡」
「おごがががッ!!ぎあぁ!!へあぁぁッ!!!」
激しい快楽にのたうち回るたび、寝台に取り付けられた枷がガチャガチャと激しい音を立てる。
「まあフェベさんたら、疲労が溜まってますのね♡ 睡眠不足はお肌の大敵ですのよ?」
どこか近くて遠くから、そんな声が聞こえる。しかしもはやそんなことはどうでもいい。この、光属性マッサージとやら。気持ちいい。きもちいい! ぎもぢいい!!!
「おほ、ほ、ほああッ……はへ、ぃぎいいいぃ……ッ!!!」
側から見れば、まるで白痴のようだろう。しかしこの、ヘッドマッサージと共に脳にダイレクトに叩き込まれる圧倒的快楽。こんなの抗えようはずもない。しかも施術後の肌艶は、まるで生まれたての赤子のよう。
光属性を用いたマッサージの噂は聞いていた。それはコルネリウスから始まり、貴族の婦人の間で水面下で広まっていると。しかしその腕前はピンキリで、ろくに手技も出来ない聖職者や、光属性と偽って単なるマッサージを提供する施術者もいるらしい。しかし全て密室の中で秘密裏に行われ、その施術の良し悪しは素人には分からない。
「うふっ。これが本物の脳じ……光美容マッサージですわ。受けられるのは、選ばれた貴女だけ。他言無用ですわよ?」
「あへへっ♡ た、他言などッ♡ はへぇっ♡」
もちろんだ。こんな極楽が、二度と拝めなくなるなど——!
そんなわけで。
「さあ、今日こそはこの聖句について! 徹底的に調べて来ましたぞ!」
「しっ、知らん。私はそこまで」
「ええい、私は諦めませぬぞ! 伯の高みにまで登り詰めるその日まで!」
「明日は私の実験に!」
「明後日は私です! 是非エルフ族の魔法技術の粋を拝みたく!」
「だから出来ぬものは出来ぬのだぁ!」
押し寄せる気狂いども。積み上がる論文。ストレスフルな毎日。しかし王妃サロンの光美容マッサージは、3ヶ月先まで予約してある。給料なんぞ全ツッパだ。そんなもの、あの快楽に比べれば。
究極の癒しはすぐそこだ。離脱の算段は、その後でいいだろう。しかしよしんば離脱したとて、今の私はウダールにも本国にも帰りたくはない。それならもうちょっとだけ後でもいいかな……と思う、私なのだった。




