第98話 フィーレンス教授の独白(1)
私はフェベ・フィーレンス。この北側第一大陸を監視するフィーレンスの森の監視員だ。現役最年少、まだ五百歳に満たない若輩者ではあるが、およそ百年前に南のユボー王国で軍師を務め、その後大学にて教職を得て、第一大陸南部の監視を続けてきた。
なお、最初は冒険者崩れの傭兵団から戦争のドサクサに紛れて軍に食い込んだのだが、自分の役職など言った者勝ちだ。どうせ人間はすぐに死んでしまうし、なんなら経歴などこっそり書き換えてしまえばいい。事あるごとに少しずつ新しいエピソードを加え、じわりじわりと修正を重ねる。経歴詐称など、魔術の番人という我らの崇高な使命の前には些細な誤差に過ぎない。
百年の潜伏ののち、今日はついにコルネリウスの魔法省へ初登庁だ。コルネリウスは現存するどの人間族の国家よりも——あるいは史上存在したどの研究機関と比べても、最高の魔導水準を誇る。これで、人間族において最先端の魔術研究を垣間見れるというものだ。
それにしても、人間族の魔術研究機関は高確率で「塔」と名付けられる。実際、他の建物より一際高く聳えており、有事の際には魔術師たちがここから魔術を展開して、王城を防衛もしくは敵陣の攻撃に当たるように出来ている。しかし細長く無駄に高い建物など、平時においては不便極まりない。人間族とは学ばない種族だ。だからこそ、優等種である我らが監視監督してやらねばならない。
塔の幹部に連れられて、二階の立派な会議室に通される。昨日王宮で国王夫妻との面会があったが、今日は塔でのそれだ。
「いやぁ、まさかエルフの教授が我が国に来て下さるなんて!」
「頼もしい限りです!」
「是非忌憚なきご意見とご指導を!」
昨日と同じく、私は熱烈に歓迎された。まぁ無理もない。私はこの席に集まる人間族よりもはるかに長い時を生き、知識の蓄積も比べ物にならない。加えて、この人ならざる美貌だ。人間族が私に魅了され崇拝するのも仕方のないことである。
しかし私が驚いたのは、そこではない。
早々に顔合わせを終え、割り当てられた研究室に案内される。設備自体はウダール大のものと大して変わらない。問題は場所だ。塔は高層階になるほど不便になる。ゆえに、重鎮の研究室は低い階層に集まっている。私に当てがわれたのは、なんと三階。ここは魔法大臣などの名誉職を除き、実質この「塔」のトップが鎮座するポジションだ。そう、例えば魔導伯などが——
「我が国における最重要の研究、それはセルバンテス魔導伯が取り組む魔法陣学だ。フィーレンス教授、あなたには是非セルバンテス伯にお力をお貸しいただきたい」
「うむ、それは構わぬが……」
貸すもなにも、私はまさにそれを探りにきた。異存はない。
「まことか! おお、なんと有り難い!」
「もちろん無償でとは申しませぬ。お力添えをいただけるようでしたら、我々にできることで精一杯ご恩に報いましょうぞ」
「当然だ。我らは教えを乞う身、研究者としてセルバンテス伯の下に置く気はありませぬ。どうか教授には名誉魔導伯としてご在籍願いたい」
「め……」
めめめ、名誉魔導伯。この私が伯爵だと。ウダールで自称していたのとは違う。向こうから言い出したのだ。そしてそのために、この最初からこの研究室を明け渡したのだ。これは受けてやらねばなるまいな……!
私が「異存なし」と頷くや否や、彼らはぱぁっと表情を明るくした。そして善は急げということで、そのまま王宮へ引き返し、昨日に続いて再び謁見。私はものの小一時間で、本当に名誉魔導伯となってしまった。
「本当は正式に伯爵位を授けたいのだが、貴殿はウダールに教授籍をお持ちだ。本国との調整もおありだろう。名誉魔導伯という位はせめてもの気持ちだ」
「どうか我が魔術師団にご教授をお願いいたしますわ」
国王夫妻とて暇ではない。いささか手短ではあるが、これで陞爵の謁見は終わった。塔に戻る魔術師たちは、「よかったよかった」「これで研究が進むだろう」とご機嫌だ。怒涛の展開に足元がふわふわしているが、これは私の価値が正しく認識された結果。コルネリウスで開発された魔法陣とその情報を暴くついでに、我らエルフ族の叡智の一端を多少披露してやってもいいだろう。
しかし再び「塔」に戻った私に、待ち受けていたこととは。
「さあこれで心置きなく質問できますぞ。教授、このクリーンの魔法陣の構成と成り立ちを、事細かく!」
「いいや聞き捨てならん。まずは実演からだろう! さあ教授、心置きなく!」
「うぇっ……お前たち、いや、貴殿たちは既にこの魔法陣の内容を把握しているのであろう?」
私はそれを調べに来たのだから。
「いやいや何をおっしゃいます。公式でも発表しているでしょう。そこのセルバンテス伯が使った「シュッとしてファー」が、古代エルフの古文書のクリーンの魔法陣と呼応して光ったのだと」
「はぁ?!」
何だその「シュッとしてファー」という、頭の悪い……えっ?
「我々はスキルと魔法陣の関係を調べ、いくつか紐付けるに至った。しかし魔法陣自体の構成や成り立ちなどは、一切不明なまま。そこで教授に、既存の魔法陣の解説と新たな魔法陣の解明を」
「いやいやいや、そんなわけなかろう?! 現にあれは古代秋津文字で書かれ」
「なぬっ!! 古代秋津文字ですとな!!!」
「おいお前たち! 秋津の古文書はどこだ!!」
「確か王宮図書館の地下三階、第114514号の書架あたりかと」
「走れ!」
「「「合点!!!」」」
バタン、だだだだだだ。
理解が追いつかない。朝一番に研究室を与えられて、小一時間で名誉魔導伯に。それからたった30分でこの有様だ。一体ここは何の施設。そしてこいつらは何なんだ。
それは私が「塔」に足を踏み入れた当日、まだ午前中の出来事だった。




