346 戦いの意味(メルド視点)8
メルド視点は今回で最後です。
次はアーシュお父様視点となります(≧▽≦)
「あれが死んだ、だと?」
サマールは答えを求めるように俺とカリマー公爵を見た。
「奴は気まぐれでよく何か月もいなくなるのだ。だから生きているはずだ!」
そうは言うが、動揺はしているようだ。シーズ将軍の言葉に筋道が通っていて、矛盾がないことに気づいたのだろう。
サマールは闇の魔術師の行動パターンから、ずっと生きていると思い込んでいた。だが俺たちが生きてここにいること自体が『奴の気まぐれ』では片づけられない事実なのだ。命を屠ることに快感を感じる奴が俺やカリマー公爵たちをみすみす見逃すわけがない、とシーズ将軍の言葉でやっと思い至ったようだ。
「死んだ? あの化け物じみた力を持つ者が?」
確かに、闇の魔術師は四大魔法の魔術師ではたどり着けない境地の力を持っている。それを誰よりも知っているサマールには信じられないのだ。
だが、これまでにないほどの長きにわたる不在と音信不通。
それに先ほどの、側近の命を捧げて展開した魔術陣が途中で消えた事実。
魔術陣は構築した者と繋がっているというのが常識。
つまりは、その繋がっているはずの先に『魔術師が存在していなかった』ため、魔術陣は消え去ったのだと、やっとサマールはそのことに思い至ったようだ。
「ば、馬鹿な! 何故だ! あれが簡単に死ぬはずがない!」
そう、奴は異端だった。邪神の種をその身に宿していたこともあって闇の魔術師は凶悪なほどに強大な力に溢れていたのだ。死ぬはずがない、とサマールが思っていても当然だろう。
だが、奴は禁忌に触れて天上の御方の御手により裁かれたのだ。それは絶対に覆ることのない事実である。
あの瞬間のことはあまりにも衝撃的すぎて、決して忘れることはできない。
たった一本の――されど圧倒的な力が迸る光の矢が闇の魔術師を貫いた。
そして、闇の魔術師は身体だけでなくその魂までも無に帰したのだ。
……あれだけの力を持つ奴が、あんなにあっけなく、そして跡形もなく消え去った。
「俺たちの祖先がこのアースクリス大陸に受け入れてもらった時、提示されたただ一つの条件があった。それに反したゆえに奴は裁かれたのだ」
――この大陸を創った創世の女神様に仇なす行為をするべからず――という誓約。
「陛下、あの北の森の近くには女神様の神殿跡がありました。奴はよりによってそこに存在する力を搾取しようと手を伸ばし、女神様の御手により粛清されたのです」
「女神の裁きだと!? ふざけるな! 女神などいるはずがない!」
ああ。サマールには何を言っても通じない。どんなに真実を述べても己の望むものしか信じないだろう。言うだけ無駄というものか。
カリマー公爵もサマールの性格を分かっている。『何も言っても信じないだろう』と言っていた。確かに。己の欲望に忠実で他人の言うことには一切耳を貸さない奴なのだから。
闇の魔術師が死んだということだけは現実として受け入れたようだが、本当のことを言っても信じない以上もうこれ以上話す必要はない。
「……今この大陸で光の権能を宿した剣があるのはアースクリス国しかない。貴様らアースクリスの者が奴を殺したのだな!」
結局サマールはそういう結果にたどりついたようだ。そう言いアースクリス国王をぎりぎりと睨みつけた。
ゆらり、と立ち上がり、サマールは剣を抜き放った。刀身には黒い靄がまとわりついている。闇の力を宿している魔剣だ。
「よくもよくもよくも!」
サマールは目をギラつかせてアースクリス国王へ向かい、振りかぶった。
「我が剣の露となり果てろ! ――ぐうッ……!?」
次の瞬間、サマールの身体が吹っ飛び、数メートル先の壁に叩きつけられた。
「う、がはッ」
アースクリス国王はサマールの剣を弾き飛ばすと、返す手でみぞおちに強烈な一撃を与えたのだ。
腹を押さえ、ぜいぜいと息をつきながら、サマールはアースクリス王を睨みつける。
「貴様……どこまでも私の邪魔を!」
そんなサマールをアースクリス国王は冷ややかに見下ろした。
「私がグリューエル国に留学したのは見識を広げるためだった。異文化に触れ、様々な国の者と友となり充実した二年間を過ごした。その間そなたと顔を合わせたのは、留学の歓迎パーティーやグリューエル国王宮主催の食事会で会った二・三度だけ。それも挨拶を交わした程度だったはずだが、それで『邪魔をした』と言われるのは心の底から心外だ」
「貴様が存在するだけで胸が悪くなるのだ! 何もかもが貴様のせいだ!」
アースクリス国王の目がすっと細くなる。これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
彼はずっと、数度挨拶を交わしただけの相手になぜこれだけの恨みを買ったのかと思っていたのだろう。二十年にもわたって暗殺者を送られ続け、ウルド国やジェンド国と徒党を組んで戦争を仕掛けられた。
しかも、その理由が『アンベール王はアースクリス王のことが大嫌いなのだ』というから、自分が知らないうちに何か彼にしたのかと思っていたのだ。
そして今ここで本人の口から答えを得た。
サマールの勝手な思い込みと完全な逆恨みにより戦争をふっかけられたということを。
「本当にくだらない理由だ。このような者に長年振り回されてきたとはな。……だがこれでだいぶすっきりした。何も聞かずに消滅したならば永遠にその答えを得られなかっただろうからな」
アースクリス国王の意味深な言葉にサマールが「何を言っている?」と首を傾げる。
アースクリス国王は目を瞑って納得したように軽く頷くと、すっと目をあけ……そして、告げた。
「アンベール国王、サルア・サマール・アンベールよ。闇の魔術師と結託し、禁忌の魔術に手を出し、数多の命を奪い取った罪。その罪により、そなたは今生を最後に魂の消滅という罰を受けるのだ。それを見届けるために、今日私はここへ導かれた」
なるほど。そういうことか。
女神様が彼をここに導いた意味がわかった。
それは、彼自身によってサマールに引導を突きつけること、そして三国の戦いの最後を見届けるための役目を彼に託したのだろう。
「魂の消滅だと? 何をふざけたことを言っておるのだ! 貴様にそんなことが分かるわけはないだろうが!」
だが彼はサマールの言葉をさらりと流し、淡々と言う。
「そなたの画策によって数えきれないほどの我が国の民の命が失われた。正直なことを言えばそなたの命を私の手で取りたかったが……この場は、女神様に次代を託された者へと譲ろう」
そう言ってアースクリス国王は俺を見た。
……そう、ここからは俺のすべきことだ。
心は不思議なほどに凪いでいた。
「剣を取れ、サマール。俺は丸腰の奴を斬る趣味はないからな。正々堂々と真正面からお前と戦って、お前から玉座を奪い取る」
「はっ! 斬れるものなら斬ってみろ! 私の命とこの城は繋がっているのだぞ! 私が死ねばこの城は崩壊する! 貴様らも当然、城にいる者も皆道連れになるのだぞ!」
それはハッタリでないことはもう分かっている。
自分が終わる時は全てを道連れにしてやろう、と思っている奴なのだから。そういう仕組みを作っていても不思議ではない。
だがたとえそうだとしても、今ここで終わらせなければ。
すでに心は決まっていた。
「アーシュさん、もしそうなった時は、悪いが力を貸してくれ」
「ああ、分かった」
短いやり取りのあと、俺はサマールと対峙し、剣を振るった。
――次の瞬間、アンベール王城は音を立てて崩壊を始めたのだった。
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