345 戦いの意味(メルド視点)7
すると、臣下たちの足元に大きな魔術陣が一瞬にして広がった。先ほどと同じ召喚陣だ。
「さあ! ここに数多の贄を捧げる! 契約に従い、今度こそ我がもとに来るのだ!」
魔術陣から伸びた黒い靄が臣下たちを絡めとる。
「「ひいいっ!」」
「「い、いやだ! 死にたくないっ!」」
「陛下! お止めくださいぃぃッ!」
「安心しろ。お前らの家族もいずれ同じ所へ送ってやる」
「そ、そんな!」
「まずは後宮、その次に王女宮、そして後宮の別棟の魔術陣が次々と発動するのだ! 闇の魔術師よ、そなたに数百の命を捧げる! それをもって我がアンベールを大陸の覇者にさせよ!」
あのペンダントはサマールがあちこちに仕掛けさせた、魔術陣が起動するためのスイッチだったということか。
黒い靄が渦巻くその中で、アースクリス国王が剣を手に臣下らを捉える魔術陣へと走る姿が見えた。彼はこともなげに手を振り、己に纏わりつこうとする黒い靄を振り払う。それだけで靄が祓われていくことに驚いていると、彼はおもむろに魔術陣に剣を突き刺したのだ。
ガシャン! っとガラスが割れるような音がして、魔術陣がはじけ飛び、黒い触手がふっと消える。
それと同時に黒い触手に絡まれていた臣下たちがどさりとその場に頽れた。
「ふっ! あははははは! 魔術陣を一つ壊したとて意味がないぞ! 今頃はあちこちで数多の命を吸い取っておるだろうよ! すぐに貴様らを駆逐するために奴が来る! さあ! 今のうちに私に命乞いをするがいい!」
勝利を確信し、高らかに声を上げ続けるサマール。
だが、その笑い声を遮るように、通信用の結晶石による報告が飛び込んできた。
『陛下。シーズでございます』
それはシーズ将軍からだった。
『先ほど後宮のお妃様と王女宮の王女様方の避難を完了しましたので、ご報告いたします』
「何だと!?」
思わぬ報告にサマールが固まる。
『反乱軍が王宮になだれ込んできましたので、王族であるお妃様方の安全が第一でございます。後宮の隠し通路からお出になられて、全員私が保護しております。どうぞご安心ください』
彼の落ち着き払った声に、サマールが吠えた。
「貴様! 指示もしていないことを勝手にするな!」
『何をお怒りになられておられるのでしょう? ご自身の妻子の身の安全が一番大事ではございませんか。それと、先ほど別棟の方々も皆無事に脱出されましたぞ』
「はあぁ? ふ、ふざけるな! よくも勝手なことを!」
先の調査で妃のいる後宮、王女宮、別棟に闇の魔術陣が用意されていることは分かっていた。
それゆえに王城周辺の死の結界の崩壊に皆が気を取られている間に、彼女らを脱出させることが急務だった。
そしてサマールは俺たちが思った通り、彼女らの命を犠牲にして目的を果たすべく、魔術陣を発動させたのだ。
だが、シーズ将軍の迅速な対応によって、闇の魔術陣が発動した時には後宮の中にはもう誰もいなかった。それは誰一人闇の魔術陣にその命を絡めとられることがなかったということだ。……本当に良かった。
『ええ、陛下。勝手を承知で皆様をどこよりも危険な後宮から救出させていただきました。私にとってはあなたより孫娘の命の方が大事ですから。……ああ、それともう一つ。あなたが仕掛けた魔術陣は先ほど、雷が落ちてすべて破壊されましたぞ。陛下、よくもあんな凶悪なものをご自身の妻子が住まうところに仕掛けていたものですな。それもいくつも。あまりの数の多さに、救出にあたった者らは皆驚いておりましたぞ』
手筈通り、シーズ将軍は後宮に住まう人質たちを無事に救出してくれた。
数百人にものぼる人たちを安心させて誘導し、脱出させることができる人はそうはいない。
シーズ将軍は今は亡き側妃の父にして、王女の祖父。そして陛下に忠実な臣下であり将軍という立場と肩書があれば、後宮の門を守る兵たちも無条件に信用しその指示に従う。
だからこそ『これまでの積年の恨みを、直接アンベール王にぶつけたい』というシーズ将軍を説き伏せ、後宮内の人たちの脱出と王城の外での保護をお願いしたのだ。サマールが切り札にしている魔力の供給源を根こそぎ奪い、打つ手がない状況に追い込んでやれば、結果的に大きなダメージを食らわせることができるのだから。
それにシーズ将軍はこれまでアンベール軍の主力部隊を率いていた。彼が離反したことでアンベール軍は不利な状況に陥ることは火を見るよりも明らかだ。つまりは精神的にも物理的にも追い詰めることができるのだ。
サマールはシーズ将軍が後宮の者の命を使った企みを知っていたことに驚愕し、そして明らかな離反の言葉に怒りに震えた。
「貴様、よくも……」
『死の結界と反射魔法の魔導具はすべて壊させていただきました。籠城戦はもうできぬとお思いください』
「シーズ! 塔の崩壊は貴様が手引きをしたということか!」
『いかにも。私が自らの意思でしたことです。あんな結界は人として許せぬ所業ですゆえ。それと陛下、進言させていただきますが、闇の魔術師はすでに死んだのです。であればどんなに贄を捧げても奴は来ない。贄は必要ないではありませんか』
「……は?」
『陛下、北の森にいた闇の魔術師が生きていたなら、あそこに封じられていた高位の魔力持ちであるカリマー公爵ら四人の命をみすみす見逃すとお思いですか? いなくなるとしてもその前に嬉々としてその命を屠って自らの力としていたでしょう。奴は禁忌に触れ、裁かれたのです。あなたが切り札としていた闇の魔術師はもはやこの世のどこにも存在しない。召喚などしても無駄なのですよ』
闇の魔術師が居なくなったことを淡々と語るシーズ将軍の声に、サマールの紫色の瞳が大きく見開かれる。
「なん、だと……?」
『……ああ、通信時間切れがきてしまいました。では失礼します』
事務的にそう言うと、ブツリ、と通信が途絶えた。
「待て! シーズ! シーズ!」
通信用の結晶石は魔導具であるため、魔力が切れたら動かない。
だが、シーズ将軍は魔力切れなどではなく、あえて故意に通信を切ったのだ。おそらく彼はこれを最後にアンベール王との通信用の魔導具を叩き割っただろう。亡き娘の忘れ形見である孫娘を救出した今、これ以上サマールに嫌々付き従う必要はないのだから。
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