344 戦いの意味(メルド視点)6
「そのような作り話に騙されるでないわ!」
ああ、やはり、サマールには受け入れられない事実なのだろう。
「至高の民族ならば、なぜセーリア神の怒りを買った? 何をもって自分らを至高の民族だと思った? それはただの自惚れに過ぎない。その度が過ぎてセーリア大陸を追い出されたってのに、また同じことをするとはな」
「万が一にもそれが本当だとしても、私がやるべきことは変わらない! アースクリス国を滅ぼし、勝者として歴史を塗り替えるのだ! アースクリスという名をこの世界から完全に消し去り覇者としてアンベール国の名を歴史に残す! それこそが私の悲願! そのためにこの十数年を費やしたのだからな!」
結局は自分がこの大陸の中で一番になりたいということだろう。
始まりは優秀なアースクリス国王とさんざん比較された上での逆恨みからだったが、国土の豊かさの格差もそれに拍車をかけた。そしてアースクリス国が持つ各国との強い繋がりも奪い取りたかったのだ。この男は。
「なるほど。どうしても我が国を滅ぼすと言うのだな。だが、もうすでにアンベールは崩壊寸前だ。どうすると?」
これまでのサマールの言動を静かに見ていたアースクリス国王がそう問うた。
立っているだけだというのに、そして静かな声だというのに、その身から出る王者としてのオーラに思わず膝を折りたくなる。
アースクリス国王もアーシュさんたちと同じく光の魔力を持つ者。
さきほどアーシュさんとクリスウィン公爵たちの力を見せつけられたばかりだ。つまりは彼も邪神の種討伐をしてきている百戦錬磨の強者なのだ。
「ここで貴様を討ち取れば、我が悲願がかなう!」
サマールは胸元から何かを取り出すと、それをアースクリス国王の足元に向かって投げつけた。
それは小さな闇色の玉で、瞬く間に獣の姿を取った。しかも瞬く間にその数を増やしていく。
黒く大きなその獣はオオカミによく似た獣だったが、アンベール国では見たことのない獣だ。
しかし、アースクリス王には見覚えがあるらしく、「! この獣は……!」と驚いたように目を見開いていた。
「ほう? 知っているのか? こいつらは特殊な生態を持っておるのだ! 咬まれたらそいつの持つ毒が身体に回るぞ! さあ、お前たち! その男を殺すのだ!」
「……まさかここでこの獣に出会うとはな。あれにも更なる裏があったということか」
彼はそう意味深な言葉を洩らした。
「陛下、私が相手をします」と言うアーシュさんにアースクリス王が、
「いや、ここはあの男との決着をつける場ゆえ、私一人でやる」
と言った。どうやら十頭以上にも増えたこの獣の相手を一人でするようだ。
アースクリス国王はアーシュさんたちから離れ、カツカツと靴音を立てながら広い場所へと一人で進む。それと同時に黒い獣たちがぐるりと彼を囲み込んだ。
「ハハハハ! これだけの数の獣を一度に相手はできまい。そこな反逆者共々獣どもの餌になり果てるがいい!」
サマールの号令と共に、一斉に黒い獣たちがアースクリス王に飛びかかる。
――だが。
「ギャウッ!」
「ギャワン!」
という鳴き声と共に、ドサッと崩れ落ちる音が幾重にも響き渡った。床に積もっていた埃がぶわりと立ち込めて俺たちの視界を遮る。
「……は?」
サマールの口から「そんなはずは」と言う言葉が出る。
土煙がおさまった後には、十頭以上もの獣が床に力なく横たわっていた。
黒い獣の身体には白銀に輝く矢が深々と突き刺さっている。あれは物理的なものではなく、魔力により作り出されたもの。
アースクリス国王自身は先ほどの場所からは動いていない。つまりは、この獣は彼の魔術で貫かれて絶命したということなのだ。
「あ、あんな数の獣を一瞬で」「なんて強い魔力なんだ……」と臣下たちが慄く。
黒い獣を絶命させた白銀の矢には明らかに魔力が籠っている。あれだけの威力を持った矢を、しかも何十本と作り出せる魔術師はそうそういない。
さらに彼は次々とサマールが繰り出す獣を剣で切り伏せていく。獣の動きを予測しているかのように攻撃を躱し、鮮やかな剣技で。
「ちっ、次はこいつらだ!」
黒いオオカミのような獣は品切れになったのか、クマのような巨大な獣や、地を這って嚙みつこうとする大蛇、空から攻撃する飛翔型の獣を投入した。
どの獣もこの国にはいない。あれらもサディル国を通して手に入れたのだろう。
俺たちには見たことのない獣。それゆえにどんな動きをするか推測もできないそれらを、アースクリス国王は、造作なく打ち倒していく。
光を放つ矢で射ち落とされる鳥型の獣、剣や魔術で次々と真っ二つに切り裂かれる巨大な獣たち。地を這う蛇らは地から飛び出す光の槍によって頭や胴体を分断されていく。
危なげなく着実に獣たちを沈めていくアースクリス王。しかも彼はあれだけの魔力を使いながらも息一つ切らしていない。
「くそっ! 何故貴様は倒れないのだ!」
戦闘用の獣を仕込んだ玉を起動させるためには魔力を使う。それゆえにサマールはゼーゼーと息を切らしているというのに、それ以上の魔力で獣を相手にしていたアースクリスにはまだまだ余裕がある。
「次の相手はどうした? もう打ち止めか?」
と涼しい顔でサマールを見る。
サマールの持ち駒はなくなったらしい。そしてサマールの魔力も底をついたのか、立っていられずに床に膝をついていた。明らかな魔力切れだ。
「ば、ばかな……。どいつも特殊個体だぞ。簡単にやられるわけがないというのに」
百を超える獣はすべてアースクリス王により倒され、彼の周りにはその屍が累々と積まれていた。
「ああ、すべてこの大陸にはいない獣たちだな。それも毒を持つ種類ばかりで、これらはすべて国際法においても取引が禁止されているものだぞ」
あれだけの獣を一人で相手していながら、アースクリス国王は息の一つも切らしていない。
もうどちらの実力が上か、誰が見ても一目瞭然だ。
俺は長く軍部に身を置いてきた軍人だ。
だからこそアースクリス王の剣の技量が並み外れて優れていることが分かる。
それこそ数えきれないほどの実践をこなしてきたからこその、動きだった。
考えてみれば、アースクリス国王はアーシュさんたちと同じく光の魔力を持っていて、四大魔法では倒すことができない邪神の種を宿した存在を相手に戦ってきている。
その戦いは彼らにしかできない。それゆえに常に自らがその地へと赴き戦ってきたのだ。
安穏とただ玉座に座って指図をするだけのサマールと、常に最強の敵と最前線で戦ってきたアースクリス国王とでは、経験とスキル、戦いに対する意志の持ち方、そして魔力と実力。それらすべてにおいて天と地ほどの差があるのだ。
サマールごときがアースクリス国王に勝てるわけがない。
彼はサマールの様子からもう獣は打ち止めだと判断したのか、屍の山に焔を放った。
その焔は、まったく熱を感じない、白く輝く浄化の焔だった。
激しく燃え上がる焔に驚いた腰巾着の臣下たちが「わ、私たちを焼き殺すおつもりか!」と喚くが、
「あれは浄化の焔だ。どれも毒体ゆえ死体も完全に焼き尽くさねばならぬのだ。火事になるものではない」
そうカリマー公爵が告げるとおとなしくなった。
「浄化の炎……アースクリス国王は浄化魔法まで使えるというのか。なんという魔力量なんだ」
「あれだけの獣を相手に、傷一つ負わないとは剣の技量もすごい……」
「そ、それにあの見た目……。陛下と同じ歳とは思えない」
この世界では魔力の多寡で見た目年齢が変わる。魔力が強ければ強いほど成人後の老化は遅くなることが知られているのだ。つまり同い年の二人を見比べると、明らかな中年の姿のサマールより、青年姿のアースクリス国王の方がはるかに魔力が強いということが分かる。
「……貴様ら、今、何と言った!?」
サマールは憤怒の形相で臣下らを睨みつけた。
サマールはアースクリス王と比較されるのが一番嫌いだった。
かつて二十数年前に行われた二年間のグリューエル国での留学で、サマールは勉強もせず遊びつくした結果、交易の仕事を失敗した。それは自分の怠惰さが引き起こした当然の結果だった。
父王はサマールを叱責し、臣下は見下すような視線を向けたのだ。
その際にはいつも同時期にグリューエル国に留学していたアースクリス国王と比較された。
彼は首席で卒業し、さらに留学の間、国益に繋げるよう外交もこなしていた。その努力は実を結び、アースクリス国を発展させていったのだ。
甘やかされてきたサマールにとっては、どうしようもない屈辱だった。
だがそこで自らを省みて努力をすればよかったというのに、奴はそれをせず『自らを辱めた』と、アースクリス国王を排除するという方法を選択したのだ。
アースクリス国王にとっては、完全なる勝手な逆恨みで迷惑な話である。
だがそれがサマールと言う人間だった。
勝手に二十数年募らせ肥大化させた恨みつらみ。
そこに臣下らの、自らとアースクリス王と比較するような言葉が、彼の劣等感を瞬間沸騰させた。
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなあああああっ! 貴様ら! まとめて術の贄にしてくれよう!」
そう叫ぶと、サマールは首からぶら下げていたペンダントを引きちぎり、床に叩きつけた。
お読みいただきありがとうございます!




