343 戦いの意味(メルド視点)5
「貴様は……いったいどうやって我が城に!」
アーシュさんとクリスウィン公爵、そしてクロムと共に現れたその人は、銀色の真っ直ぐな長い髪に、意志の強さを感じる青紫色の瞳をしている。すらりとした体躯で、腰に佩いた剣は決して飾りではない、と思わせるほどのオーラがあった。
直接会うのは初めてだが、俺も王族の一人だ。各国の王族の顔は肖像画などで頭に入っている。
彼は――アースクリス国の国王だ。
「よくも、無断で我が城に入り込んだものだな! 許さぬ! 許さぬぞ!」
サマールが激高しぎりりと睨みつけるが、彼はサマールとは正反対に落ち着きはらっている。
「久しいな。グリューエル国に留学している時以来ゆえ、二十年は経っているか」
その言葉がなければ、誰もが彼の年齢を間違えるだろう。それぐらい彼の外見は若いのだ。同い年のサマールとは比べようもないほどに。
「アースクリスの国王……」
「い、いったいどうやってきたのか」
臣下たちがざわめく。
確かに、俺もアースクリスの国王がここに来るとは思わなかった。というか来るとは聞いていなかったのだが。
「貴様、何しにきた! 私の首を取りに来たとでもいうのか!」
「そなたを裁くのは私ではない。……だが、そうだな。幕引きのためにはアンベール王との決着をつけなければならないということだろうな。突然飛ばされたゆえ驚いたが」
後半部分はひとりごとだったが、その意味は分かった。
彼の言う通り、サマールとのけじめをつけるために女神様が彼をここまで導いたということだろう。
三国が結託した侵略戦争のそもそもの始まりは、アンベール王サマールの、アースクリス国王への私怨がエスカレートして始まったのだから。
「アンベール王よ。そなたに前々から問いたいと思っていた。このアースクリス大陸すべてを巻き込んでまで戦争を起こしたほどに、私を恨んだ理由を」
するとサマールがギラリと凶悪な光を瞳に宿して叫ぶ。
「はっ! 理由だと? 貴様もアースクリス国も、すべてが気に食わない! 私は至高の民族の王! 誰よりも優れた、最も敬られるべき存在! だが、この私が、このアンベールが、アースクリスにたかっている虫だと各国から軽んじられたのだ!」
「虫?」
何だそれは、とばかりにアースクリス国王が首を傾げると、カリマー公爵が「ああ」と頷く。
「それはアンベール国に対する批判の言葉ですな。私もグリューエル国留学中、アンベール国出身ということでそう言われた苦い経験があります。しかし今となっては『アースクリス国にたかる虫』とは、実に的を射ている言葉だと思っています。かつてセーリア神の怒りを受け、住まう土地を無くし流浪の民となった我ら三国の民族は、アースクリス国の慈悲によってこの大陸に受け入れられ、建国を許された。だが我らの先祖は、その恩義をすぐに忘れてアースクリス国の豊穣の大地を奪い取ろうと画策し始めたのですからな。実際、他国から見ると我ら民族は恩知らずの上、アースクリス国にたかる煩わしい虫そのものでしょうな」
アンベール国から出たことがなかった俺は、その『虫』の話はついこの間まで聞いたことはなかったのだが、他国での留学経験者はよく言われるのだそうだ。それだけ三国は厚顔無恥な民族だと他国から思われている証拠だろう。
辛辣なカリマー公爵の言葉に臣下たちがざわめく。
「確かにな。何をもってアンベールが至高の民族と驕り高ぶっているのか皆目わからんが、その訳の分からん勝手な正当性を振りかざしてさんざん戦争をふっかけてきてるんだからな。各国から軽んじられるのも敬遠されるのも当たり前だろ」
「何を言う! 我らこそがセーリア神が最初に創った至高の民族なのだ!」
まだ言うか。そもそもセーリア神を『後付け』で信仰し始めたってのに、『最初に創った』とは、それこそありえない話だろう。よくも先祖はそういうでっちあげをしたもんだ。真実を知った今、先祖の愚かな所業を聞くととてつもなく恥ずかしい。
「じゃあ聞くが、なぜ俺たちはセーリア大陸に住んでいないんだ? セーリア神が最初に創ったっていうんなら、俺たちはここにいるはずはないよな? 今でもセーリア大陸は存在するんだ。天変地異で島が沈んだ時、すぐ近くのセーリア大陸に行けなかったはずがない。それにお前のいう『至高の民族』なら当然受け入れられて然るべきだろうし、というか『最初に創った民族』だというなら、何故セーリア大陸じゃなくて周辺の島に住んでいたんだ? そこからしておかしいだろう」
「神は我らに常に新天地を与えてくださっているのだ!」
新天地か。随分と都合の良い理由をつけたものだ。それにしても大陸から小さな島に移るとは矛盾だらけだと思うが。
「そもそもなぜその島だけに天変地異が起きたか、疑問に思わなかったのか?」
己の侵略行為を隠蔽した数百年前であれば容易く洗脳できていたが、今ではそうはいかない。航海術が発達し、世界中の船が容易に行きかうことができるようになった現在、詳細な世界地図が作られており、そこにはセーリア大陸が載っているのだ。それが厳然たる事実として存在する以上、三国に伝えられてきた歴史に矛盾があることに気づく者はいるだろう。
それでもその誤った認識は三国の間に数百年も生き続けてきた。それは、三国のほとんどの民が『無学である』ことが大きく影響したのだ。
何も教えられず、何も知らず、何にも疑問を持たず、三国から出ることもなく、三国の中で一生を生きて死ぬ。
ただ貴族子女の中にはカリマー公爵のように留学することもあった。しかしそこで真実を知っても、祖国では口をつぐむ選択をするのだ。
そうしなければ、祖国で生きていくことはできないのだから。
カリマー公爵もその一人だった。
「サマール、お前も知っている通り、学術国グリューエル国には世界の真実が記されている『開闢記』がある。そこにはこう記されていたそうだ。――『セーリア大陸において、周辺の島に住まうアンベール、ウルド、ジェンドという神を信じぬ異民族が徒党を組んでセーリア国に襲撃を仕掛け、数多の民を虐殺した。二柱のセーリア神は幾度にもわたる襲撃を繰り返した異民族に裁きを下し、異民族は住まう地を沈められた。二柱のセーリア神は、僅かに残った異民族にやり直しの機会を与え、姉神が創りしアースクリス大陸へと導いた』とな」
「つまり、アンベールは己の罪で追い出され、さらには慈悲により受け入れてもらったアースクリス大陸でも同じことをしでかしている、愚かな民族なのですよ。そもそも三国は神を信じぬ民族でしたし、すぐに女神様信仰を放棄したばかりか、二柱のセーリア神を勝手に一柱として周知するとか、本当に自分勝手な民族なのです。それを知る人たちにハエ呼ばわりされても仕方ありません。本当にその通りなのですから」
簡潔にこの数百年を語るカリマー公爵に目を瞠る臣下たち。カリマー公爵の誠実な人間性は臣下なら誰でも知っている。こんな腰巾着の愚かな臣下たちでも。
カリマー公爵の言葉は偽りではないと本能的に悟ったのだろう。臣下たちは一様にこの衝撃的な事実に青褪めている。
彼らは今まで露ほども疑問に思っていなかったのだ。
我らアンベールの民は至高の民族。
だからこのアースクリス大陸の覇者になることは当然なのだ、と。
だが、他国からすると我らは至高の民族どころか、恩知らずのうえ、矮小で卑怯な民族と思われていることを、初めて知り衝撃を受けたのだ。
――ただ、一人を除いては。
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