342 戦いの意味(メルド視点)4
黒い光を纏う短剣は、紛れもなく闇の力を持っている。
かすり傷一つ負うだけで、傷口から壊死していき、苦しみぬいた最後には命を取られる代物だ。
それだけでも恐ろしいのに、サマールの所業こそが臣下たちを慄かせていた。
この王は三十年も側にいた近しき者を、その手で殺したのだ。
それも、何でもないことのように。
ここにいる腰巾着の臣下たちは、死の結界に捧げられた命について今まで何も思わなかった者ばかりである。
罪人の命や平民の命はいくらでも替えがあると思っている連中だ。外国人の魔力持ちが攫われてきて死の結界の贄にされていることに関しても然り。
自分に関わりのない命が捧げられることに何の罪悪感も抱かなかった。
だが、後宮に魔力供給のパイプが作られた時から、奴らもにわかに国王の所業に不安を覚えはじめたらしい。
確かに魔力持ちの生命力は力となろう。人数が多ければ多いほど妃たちの負担は少ない。
しかし、計画が実行された時、正妃と側妃二人が亡くなったのだ。原因はその身に子を宿していたため、二人分の生命力を奪われたからだった。
だが、サマールは情を交わした妃と己の子供が亡くなったことに、露ほども感情を動かさなかったと聞く。
それどころか『実験は成功だ』と満足そうに笑み、その行動はエスカレートしていった。サマールは次々と魔力供給のパイプを後宮に仕掛けていったのだ。
王女たちが住まうエリア。そして臣下の家族を受け入れているエリアにも。
今ここにいる側近らの家族は、特別に後宮とは別の所で守られてはいる。
だが、アンベール王が『命は消耗品であり、いくらでも替えがある』と思っていて、己の家族と言える妻や子供すらも、そういう目で見ていたのだ。
臣下たちも薄々感づいてはいたが、気づかないふりをしていた。
だが、側近を目的のために軽々しく殺したことで、彼らは思い知ったのだ。
――自分たちが従ってきた王は、人としてあるべき感情が欠落しているのだと。
命を失った側近の血が床に流れると、その血を吸って黒い光と共に怪しげな魔術陣が浮かび上がった。
それを見、サマールは満足そうに嗤って高らかに声を上げた。
「さあ! この命をもって、我がもとに来よ! 今度こそアースクリスの者どもをこの大陸から消し去るのだ!」
やはりサマールはこの隠し部屋に仕掛けていたのだ。
人の命を糧にして起動する魔術陣を。
側近の命を吸った魔術陣が大きく広がり、形を成していく。
それは、召喚陣だった。
特定の者に繋がり、その者を呼び寄せる魔術陣。
サマールが誰を呼んだか、分かる。この魔術陣を作った張本人……闇の魔術師だろう。
魔術陣がひときわ大きくなり、黒い光が渦巻いた――が。
その魔術陣は次の瞬間、何事もなかったかのように、ふいに消えた。
それを見、余裕の表情を浮かべていたサマールが驚愕し、叫んだ。
「何故だ! 何故来ぬ! あやつがどこにいようとも、強制的に呼び寄せる召喚陣だぞ! ……呼び寄せるための贄の命が一つでは足りなかったということか!」
ならば! とアンベール王は背後で震えている臣下たちを振り返った。
「ひっ、陛下! おやめください!」
「やめろ! サマール!」
とっさに動いた俺は、臣下の一人に振り下ろされたサマールの短剣を弾いた。
ガギン! という音と共にサマールの短剣の刃が折れ、弾け飛ぶ。
俺の剣には光の力が宿った折り鶴が同化されている。光の権能を宿した剣はサマールの短剣に宿っていた闇を刃ごと斬ったのだ。
「わ、私の剣が折れただと!?」
「……ああ。俺の剣には光魔法が付与されているからな。諦めろ、サマール。いくら命を魔術陣に捧げようと、闇の魔術師は来ない!」
「ふざけるな! 契約による強制召喚なのだ! 絶対に絶対に違えることはないッ! 何処に居ようとも、奴は必ず来る! そしてお前らを皆殺しにするのだ!」
なるほど。その契約があったから、あんなに余裕だったのか。
だが、闇の魔術師は女神様の制裁を受け、身体だけでなく魂ごと消滅した。存在が消滅している以上、どんなに呼び寄せようとしても来るわけがない。
「何をしているのだ! 早く来い! 来るのだ!」
だが一度かき消えた魔術陣は沈黙を返すだけだ。
サマールは反応がないことに、またしても『贄が足りない』と判断したらしい。すぐに折れた短剣を投げ捨てると、今度は腰に佩いた長剣を抜き、臣下へと剣を向けた。
「「ひいいっ!」」
サマールの紫色の瞳には、これまで見たことのないような狂気が宿っていた。
闇に傾倒する者は、その強大すぎる力に引きずられて正常な感覚や思考が失われていくという。
サマール自身は闇の魔術師ではないが、危険な闇の魔導具をいくつも行使してきて、強大な闇の力に魅せられ、闇魔法に傾倒していった。
それゆえにサマールも前例にもれず正常な感覚を失い、もともとの性格であった、傲慢で過激な思想が極端に振り切ったのだろう。自分が誰よりも優れた絶対の強者であると思い込むほどに。
北の森にいた闇の魔術師は、数えきれないほどの命を喰らった罪により、その魂は消滅した。
そしてその罪はサマールにも確実に降りかかっている、とクリスウィン公爵から聞いていた。
かつてウルド国にいた闇の魔術師は幼い少年だったと聞く。彼は何も知らされずに闇の魔術師にされ、強大すぎる闇の力によって精神が歪み、化け物になり果てたのだという。
少年は光の魔力を持つクリスフィア公爵により討たれた。本来闇の魔術師は命を喰らった罪で、その魂は消滅し、輪廻転生の輪に入ることができなくなる。
しかし、少年は本来なら闇の魔術師となるはずがなかったのだ。無邪気だった少年を闇の魔術師に無理やり作り変えた者は、彼の父親であるマルル公爵だった。
女神様は少年の魂を救い上げ、輪廻転生の輪へと戻し、本当の咎人としてマルル公爵を裁いたという。
罪に対する罰は、『償うべき者に正しく下された』ということである。
それと同様に、アンベール国で実際に命を喰らった闇の魔術師だけが裁かれるのではなく、民の命を闇の魔術師に喰らわせたサマールもその罪を償うべきなのだ、と。
おそらくサマールの魂は輪廻を赦されないだろう。
……だがそれはすべてサマール自身が招いた結果なのだ。
サマールが喚き散らす中――そこに、新たな声が響いた。
「いくら贄を捧げようと、闇の魔術師は来ないぞ」
声の方へと皆が視線を向けると、そこにはこの国の者ではない人物が立っていた。
お読みいただきありがとうございます!




