347 ランタンのひかり(アーシュ視点)1
さて時間は少し遡る。
私、アーシュ・クリステーアはアンベール王城の浄化結界を成した後、クリスウィン公爵と共に自分の身体へと意識を戻した。
「アーシュさん! クリスウィン公爵様! 無事に戻られてよかったです!」
目を開けると、クロムのホッとしたような顔があった。
「さっきすごい轟音と地響きがあって、ものすごく揺れたんです! 土煙もここから見えるほど高く舞い上がってました。でもここは結界のようなもので守られていて、破片の一つも落ちてきませんでしたよ!」
それは良かった。
さきほどクリスウィン公爵とリュードベリー侯爵、そして王妃様が上空から落としたのは、この女神様の神殿の柱だ。その柱はアンベール国王が反乱軍の侵入と浄化結界構築を阻むために建てた第二の城壁ともいえる建物を木っ端微塵にした。その衝撃と爆風は凄まじく、粉々になった破片は城下にも降りそそいでいたのだ。
かつてアンベール国王が住まう王城の城壁から臣下らが住まう地の間には、広大な空き地が広がっていた。そこは王の土地であり、何人もそこに建物を作ることはできないのである。
しかし、アンベール王は十数年前、城壁を取り囲むようにあちこちに建物や壁を建て始め、その建物に王城の兵たちを常駐させ、王城周辺の警備を強化するようになった。
今から考えればもうその時には此度の戦争の構想を練っていたのだろう。
アンベール城に攻め込むには、王城の城壁を突破する前にもうひとつの防衛線を突破しなければならない。さらに四大魔法では歯の立たない死の結界に守られたアンベール王城を攻略することは不可能。そう思わせたかったのだろう。
確かに攻めあぐねたことは事実だ。
だからこそその二つを一気に破壊し、アンベール王のその思惑をも叩き潰してやろう、と思ったのだ。
かくして、その城壁は女神様の神気が籠った柱によって崩壊したのだった。
「ん? あれは何だ?」
「ええ、何だか不穏な影ですね」
意識を飛ばした後は、身体に意識を馴染ませるために少しの時間安静にする必要がある。
クリスウィン公爵と二人、横たわったまま空を見上げていたところ、ふと気になるものが見えた。
先程消し去ったはずの、アンベール王城を覆う死の結界。
だが黒い靄のようなものがうっすらと集まってきているのが視える。
「あれは、万が一のために仕掛けられていた仕組みだろう」
「「「えっ」」」
突然聞こえた肉声に驚いて身体を起こし、声のした方へ顔を向けると、そこには真っ直ぐな銀髪と意志の強さを窺わせる青紫色の瞳をした青年が、神殿の中からこちらに歩いてくるのが見えた。
「「陛下!」」
「えっ? 陛下って……アースクリス国の国王陛下!?」
クロムの声が驚きにひっくり返る。
私たちが驚くのも当然だ。
アースクリス国にいるはずの国王陛下が、アンベール国にいるのだから。
「二人とも最初の作戦は無事に完遂したようだな。ご苦労だった。……ああ、フィーネとリュディガーはまだ戻るつもりはないようだな」
仰ぎ見た視線の先に二人を視て、陛下がそう言う。王妃様とリュードベリー侯爵は『まだやることがある』と言って、まだアンベール王城の上空にいる。
『陛下、いらっしゃいましたか』
そこに意識の状態の私の父アーネストが現れた。
『転移門がここに開いたのが視えましたので、もしやと思いましたが』
「ああ、女神様方が私をここに御導きになったのだ。突然転移門が動いたのには驚いたが、彼の御方たちは私に『長年にわたる禍根を断ち切れ』と思し召しなのだろう」
父と陛下が言うように、アースクリス国には転移門がある。
かつて世界中に転移門があった。しかし、神々がこの世界を去った後、その転移門を悪用する者たちがいたため、神々の神託により世界中の転移門が破壊されたのだ。
アースクリスの王宮には、世界の中にわずかに残るその一つがあった。
とはいえ、残された転移門は私たちが自由に使うことはできないのが現実だ。
主に邪神の種による緊急時、そして天上の御方の御心によって転移門は開くのである。
今回は天上の御方たちが陛下を導いたのだろう。
一年半ほど前、闇の魔術師は女神様の御手により粛清された。
しかし、このアンベール国には闇の魔術師をこの大陸に引き入れ、禁忌である闇の魔導具を駆使し罪を犯し続けるアンベール王がいるのだ。
アンベール王自体は闇の魔術師ではないが、闇の魔導具を駆使し続ける危険な人物である。
北の森で闇の魔術の糧となると知りながら、臣下やその家族の命を闇の魔術師に喰らわせた罪。
数多の戦場において闇の魔術師に闇の魔術の行使を推奨し、兵士らの命を喰らわせた罪。
さらには、自らも闇の魔導具を用いてアンベール王城に死の結界を構築し、数多の命を散らした罪。
「アンベール王はやり過ぎた」
前述したように、転移門が動くこと自体に意味があるのだ。
……アンベール王の魂は、自らの犯した数々の罪により今生を最後に消滅する。
今回転移門が開いたその意味は、陛下に『アンベール王へ引導を渡せ』ということなのだろう。
「さて、アーシュ。あの黒い靄は視えているな?」
「はい」
「私はアースクリス国の王だが、アースクリス大陸そのものとも繋がっている」
そう、数百年前までアースクリス国の国王は、かつて『アースクリス大陸』の国王でもあったのだ。
アースクリス大陸そのものが一つの国だったのだから。
アースクリス国の国王は女神様の流れを汲む者であり、地脈を通して大陸を視ることができると言われていた。
「どうやら闇の魔術師は、アンベール王城とは別の闇の魔術陣を仕掛けていたようだ。発動条件は、『アンベール王城の死の結界が破壊されたこと』のようだ。王城の死の結界の崩壊と同時に動き始めた」
「まさか、アンベール城の死の結界を補う予備の核というわけですか」
「いや、アレはアンベール城の魔術を再構築するためのものではない」
ということは、闇の魔術師が命を残さず刈り取るために構築したものか。
アンベール国王は闇の魔術師を仲間であるかのように扱っていたが、闇の魔術師自体はそんな気はさらさらなかったということだろう。あくまでギブアンドテイクの間柄であり、利用価値のある間は良好な関係を保ち、万が一アンベール王が負けたら、アンベールの民の命をまるっといただくつもりでいたということか。
その証拠が、アンベール国の大地のあちこちに秘かに仕掛けられた強大な死神の鎌だ。
「魔術陣が発動したことで私に視えるようになった。場所を伝えるゆえ、そなたが破壊しろ」
「承知しました」
闇の魔術師本人は魂すらも消滅してはいるが、奴が作った魔術陣は条件を満たしたことによってすでに起動している。あの靄自体は王妃様たちが祓えるだろうが、元になっている魔術陣が壊れない限りキリがないだろう。すぐに壊さなくては。
大地に手をつき、意識を研ぎ澄ます。
左肩に陛下の手が置かれ、その場所が視えてくる。
「……これは……」
視えた場所に思わず絶句した。その魔術陣のある場所は、アンベールの首都を遠く離れた辺境ばかり……北西のアースクリス国との国境の砦、海に面した北東、東、東南の砦、西側のジェンド国側との国境の砦と、ぐるりとアンベール国を囲んでいたのだ。
次々と起動し、大地に空に蜘蛛の巣のような形の魔術陣が張り巡らされていく。
アレを完成させてはならない。
――かつて、邪神の種をその身に宿した闇の魔術師の手によって滅びた国があった。
国全体が蹂躙されたという……闇の魔術師のやり方の一端を視た。
――それは、こういう風に一国の民の命を丸ごと呑み込んでいたのだろう。
……闇の魔術師とは本当にどこまで残酷なのか。
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