ファンデル子爵の再出発
※グレイスの弟、マルク視点のお話です。
特に何があるわけではありませんが、BL風味が香り付け程度に入っています。苦手な方はお気をつけください。
お前には期待している。
父にこう言われる度に、私の心は緊張で押し潰されそうになった。
父は一代で多くの富を築いた。そのやり方は、ワンマンで非常に冷酷。汚い仕事にも積極的に手を出したし、弱い人間からも搾れるだけ搾り取った。
自分の家族とて、父にとっては金儲けの道具だった。
母はテレシアを産むと、逃げるように家から出ていってしまった。父は姉のせいにしていたが、完全に父の暴力に耐えかねての家出だった。子供を置いていくほど、母は追いつめられていたのだろう。
そこからは、父を止めるものは誰もいなかった。
昔は姉弟の中は悪くなかったと思う。しかし、母が出ていった後、父の支配は完全に子供たちへ向いてしまった。
姉はいつも父から責められていた。お前のせいだと繰り返し言われて、いつしか姉の顔から笑顔は消えてしまった。自分が叱られるのは怖かったから、いつもその様子を遠くから見ていた。
人形のようになっていく姉を助けられない自分の不甲斐なさに胸が痛み、とてもでないが、姉と交流を持つことは出来なくなった。
姉がお嫁に行った後、父の興味は私に移った。姉とは違う、お前に期待しているという言葉で、私を支配していった。
金の集まるところには、必ず悪いやつも集まる。
それは父の言葉で、日頃から気を付けるように言われていた。
最初は父に言われるまま、経営に乗り出した。何しろ、右も左も分からないのに、いきなり船の舵を任され、見よう見まねでなんとか動かすだけて精一杯だった。
父は手段を選ばない経営者としては、確かに優れていたのだが、人を育てることには全く向いていなかった。
俺のやり方を見ろ!見て学べ!後は自分でやれ!というタイプで、そのやり方は父にしか通用しない、脅しで相手を屈服される方法で、自分にはとても向いていなかった。
だからといって父は許してはくれない。結果を求められて良い成果が出なければ、暴力を振るわれるようになった。
私は追いつめられていた。どうにかして結果を出したい。父に認められたい。早く楽になりたいと……。
そんな私の気弱な経営は、ファンデル家の資産を狙った連中にあっという間に目をつけられてしまった。
こんな儲け話があるから、出資してみないか?
甘い言葉で近づいてきて、最初は軽く儲けさせる。食いついたところを、ごっそり持っていかれた。
私は焦った。その頃、趣味のギャンブル熱が再熱して経営を離れて遊びに興じていた父に、事業が失敗したことを知られたら、どうなるか恐ろしくてたまらなかった。
損した分を取り戻すだけだ。
その事で頭がいっぱいになった。
次々と新しい話が飛び込んできて、そのどれもよく確認もしないままサインをした。それらは必ず上手くいくと思い込んでいた。
私は経営のなにも分かっていない、ただのど素人だった。金の集まるところから、金はすっかりなくなってしまい、気づいたときは全ての資産を失っていた。
私は完全に終わった人間になった。
貧乏貴族に落ちぶれて、暮らしていくのもやっとになってしまった。
当然ながら、経営権は父に戻り、私は父の下で汚れ仕事をやらされるようになった。父の暴力は日増しに激しさを増す。所構わず、誰の前でも怒鳴られ殴られる日々。
なぜ自分は生きているのか。
そのうちそう考えながら、ただ呼吸をして目をつぶって寝るだけの、永遠と思える日々が続いた。
ある時そんな地獄の日々に変化が見えた。何でもない、最近安い給与で雇われた使用人の男だ。
貴族を脅したりして金を稼いでいたので、使用人は目付きの悪い連中ばかりだったが、その男は異色だった。
背は高くすらりと伸びた手足が印象的。決して痩せすぎではなく、しっかりとした筋肉のついた体で、力仕事も楽々にこなしていた。
そのくせ下品な所がなく、何をしていても洗練された雰囲気があり、育ちの良さを感じた。
どこか、高位の貴族の屋敷で働いていたのかと思った。
いつも安っぽいハンチング帽を被っていて、そのアンバランスな感じがやけに目についた。
ある時その男から、仕事帰りに飲みにいかないかと誘われた。
ありえないと思った。もはや自分に声をかける人間など誰もいなかったので、怪しさを感じてすぐ断った。
しかしその男は、飽きずに何度も声をかけてきた。
いい加減うるさくなって、一度だけとついて行くと、久々に飲んだ酒の勢いで、私は愚痴ばかりこぼしてしまった。
その男は静かに私の話を聞いてくれた。考えたら、もう自分から取れるものなど何もない。ただ他人に話を聞いてもらっただけで、凍えそうだった心が少し温まった気がした。
それほどまでに、私は孤独に蝕まれていた。
気がつくと、毎日のように飲み歩くことになった。
私はいつしか、自分の儚い夢を語るようにまでなった。もっとまともな仕事がしたい。ちゃんと経営を学びたい。もう、人を悲しませたり、人から恨まれるような汚れ仕事はやりたくないと、その男にスラスラと話していた。
俺と取引しないか?
そう言われたとき、何かの間違いかと思った。もう自分には、何もないと。
父の悪事を告発しないかと言われて、気持ちは揺らいだ。
それでも自分の父であるし、最後の一歩が踏み出せなかった。
姉が父に捕らわれたという話を聞いたのは、それからすぐだった。
幼い頃、姉を助けることが出来なかった。ずっとそれが、心に石のようになって張り付いていて離れなかった。
このままだと、姉はまた父の道具になってしまう。
私は自分が思う、正しいことをしようと思って、やっと立ち上がったのだった。
父が捕まったが、ありがたいことに、ファンデル家の爵位は、私が継げるように取り計らってもらった。
ただ、ファンデル家の事業は休止状態で、一度ほとんどを手放した。
私は、姉の夫である、アルヴィン様の下で働き始めた。
同時に姉ともまた交流するようになった。義兄と結婚した姉は、色々と噂があったようだが、今はずいぶんと明るく世話好きの人になっていた。
私のひどい有り様を見て、まず姉は絶叫した。
強制的に湯に入れられて、ボサボサの髪を切られた。毎日、姉が作った栄養満点の料理をたらふく食べさせられて、小綺麗な服を着させられた。
やがて、ガリガリだった体に肉が戻り、少しずつ、笑って話せるようにもなった。
義兄の下での仕事も順調だった。
しかし、問題が出てきた。もともと姉とは幼い頃、双子に間違えられることが多かったが、健康的な生活で、また姉と間違えられるくらい似ているようになってしまった。
もちろん、性別が違うので体つきは違うが、私は背もあまり伸びなかったので、雰囲気が似ていると、声をかけられるようになった。
困ったのは、義兄や事務所の人間達だ。みんなやりにくいと言い出した。
仕事を頼みづらい、ミスをしても叱ることができないと声が出てきて、ついに義兄のつてで面倒を見てくれるところを探してくれることになった。
自分としても周りに気を使わせてしまうなら、他の環境の方が良かった。
そうして現れた男に、私は驚きでしばらく動けなかった。
俺はただの使いっぱしりだからと言っていた男は、なんとクロード・サイモンという、公爵の爵位を持つ最高位の貴族で、しかも、新たな上司になるということだった。
少し気まずいとは思ったが、そんな気持ちは吹き飛ぶくらい優秀な男だった。
手掛けている事業は完璧に利益が出るように計算されていて、恐ろしいくらい順調だし、それでいて、王家からの頼み事までやっている、昼夜関係なく働き続ける化け物のような男だ。
その側で働くというのは、かなり勉強になることは確かで、見るもの聞くもの、毎日逃せなくて、必死になって食らいついた。
おかげで少しは使えると言われるようになったが、まだまだ、足元にも及ばないと思う。
しかし、彼の私生活は、自分にはとても馴染めないもので、これだけはどうしても上手く対処できずに困りものなのだ。
夜資料に目を通してサインをしてもらい、朝方受け取ったらすぐに送るように手配をする。忙しい彼はそういったことがよくある。
朝方、命令通り彼の寝室へ行くと、ベッドには裸の女性の姿がある。しかも複数だ。
女性に縁遠い私は、一人も相手にできないのに、複数など全く考えられなくて、何をどうするのか頭が回らない。
さっさと消えたいのに、だいたい資料や書類は、クロード様の近くにあり、ベッドに近寄らないといけない。
女性の白くて柔らかそうな肌が目に入り、変な汗が出てくる。
ある時など、あぁそこにあると言われて見ると、書類は女性のお尻の上に乗っていて、女性達は楽しそうに笑っていた。
本当にもう、こういうおふざけはだめで、頭がフラフラになりながら、やっとのことで書類を手に取って、そのまま転がりながら走って部屋から飛び出した。
あまり強く言えないが、抗議すると、お前の反応が面白いからだなどと、こちらのせいにされた。
このところ頻繁に飲みに誘われて、プライベートでも友人のようになってしまい、どこまで仲良くして良いものなのか、測りかねている。
今日も飲まされて、夜道をおぼつかない足でクロード様の肩を借りて帰ることになってしまった。
「そうだ、デイル農園との交渉はお前に任せることにした」
「え?私に……ですか?」
デイル農園とは新規事業で契約をする予定だった。長い付き合いがあるが、だからこそ、ちゃんと話を通さないといけない相手でもあり、それを任せてくれることに驚きを覚えた。
「もう、要領は覚えただろう。補佐をつけるが、お前の判断で進めてくれていい」
自分を信頼して任せてくれたことに、全身から喜びが溢れてくる。出来れば、素面の時に聞きたがったが。
「……ありがとうございます。頑張ります」
酒のせいか思わず目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。
そんな私の頭をクロード様は、ぽんぽんと撫でてくれた。
子供のような扱いでも、不思議と嫌な気持ちはなかった。
「お前に期待している」
いつか父に言われた台詞だ。
その時は腹が冷えていくように、苦しい思いしかなかったが、今は違った。
心の底から嬉しかった。
「期待していてください!必ず良いご報告をします」
酔いに任せて、高ぶった気持ちで声をあげた私を見て、クロード様はおかしそうに笑った。
体に染みていくこの気持ちは、なんだろうと心の中で自分に問いかけたのだった。
□完□
尊敬ですね。きっと…うん。




