公爵様は今日も忙しい
※アルヴィンの友人、サイモン公爵視点のお話です。
特に何があるわけではありませんが、BL風味が香り付け程度に入っています。苦手な方はお気をつけください。
ノックの音が聞こえた。
この時間に彼は来るだろうと予測していたので、何とも思わなかった。
それは当たり前のことだ。なぜなら自分が来いと呼びつけたのだから。
入ってと言うと、失礼しますという声が聞こえた。か細くて神経質そうな声だ。
この状況を見て、彼が息を飲むのが分かった。少し震えた声で、どこにありますかと聞いてきたので、ベッドサイドのテーブルを指差すと、ぎこちない動きでここまで歩いてきて、テーブルの上に置いておいた書類の束を掴んだ。ところが、書類はバサバサと床に落ちてしまい、彼は慌てて、床に這いつくばって書類を集めだした。
物音がしたからか、俺の隣でうつ伏せて寝ていた女が、何?と声をあげた。
なんでもないよと言って、その背中にキスをした。すると今度は反対側で寝ていた女が、ずるいと起き出して、キスを求めてきた。
俺がなかなか動かないと、勝手に唇を奪ってきた。
全く女のいうやつはどこまでも欲深い。それが可愛くもあるのだけど。
書類を集めた彼は、もういいですかと聞いてきた。女達が誰あれと面白がって、ケラケラと笑いだした。
あぁいいよと言うと、よろけて壁に体をぶつけながら、慌てて部屋を出ていった。
その姿はなかなか面白かった。
そんなお顔で笑うなんて、クロード様ったら、ひどい方ね。
どうしてかしら妬いてしまうわ。ねぇもう一度楽しみましょうよ。
甘い誘いは魅力的だったが、俺は裸の彼女達をベッドに残してさっさと床に下りた。
自分も裸のままだったので、薄いガウンを着て部屋を出ていく。女達が俺の名前を呼んで騒いでいたが部屋を閉じれば、綺麗さっぱり忘れてしまう。
「マルク」
呼び掛けるといつものように、物陰から彼が出てきた。
「私が着替える間に今日の予定を話してくれ、後は手紙一枚でも連絡が来ていたら全て漏れなく伝えること、いいな」
「……はい」
「それと、さっきの書類は?」
「お申し付け通り、工場に送りました」
「悪かったな、夜しか目を通せなくてね。朝一で送って欲しかったんだ」
「いえ、私のことなど気にしないでください」
先程は動揺して壁に体を打っていたくせに、今は涼しい顔を保って答えているのが、なんとも面白いやつだと感じる。
彼は、マルク・ファンデル。父親が牢獄に捕らえられたことで爵位を受け継いだので、今のファンデル子爵だ。
俺のもとで、部下として働いている。
そして俺は、クロード・サイモン。公爵家に生まれ、父なき後、サイモン公爵家を継いだ。
サイモン公爵家は王家との繋がりが深く、表向きは色々と事業をやっていて、それなりに成功している。だが、貴族間の争いを鎮めるため、表立って動けないような、ブラックな案件を王家に成り変わって、収めたり制裁を加えたりと色々と忙しくこき使われている。
マルクとの出会いは一年前になる。王子の遊び相手として知り合った、幼馴染みで友人のアルヴィンから、妻の実家について調査して欲しいと頼まれたことからすべては始まった。
アルヴィンの結婚は、俺が海外へ遊学している際にあっさりと決まってしまった。モンティーヌ家の状況を分かっていれば、力を貸してあげることも出来たが、アルヴィンは友人には頼めなかったと、独断で決めてしまったのだ。
商才があった彼は、あっという間に家を立て直し利益を得るまでに成功したが、妻と妻の実家のファンデル家のおかげで、アルヴィンが心休まる時はなかった。
度重なる金の要求に困り果てたアルヴィンは、俺に調査を依頼してきた。
妻、グレイスについては、様々な噂が飛び交っていたが、俺は手を出さないようにと強く言われた。繊細な問題があるらしく、自分で何とかするからと、引き合わせてもくれなかった。
そんなわけで、調査対象として近づいたのが、ファンデル子爵家の長男マルクだった。
マルクは、妹のテレシアより、姉のグレイスに似ていた。同じ黒髪で青い目をしていたが、頬が痩けるほど痩せていて不健康そうな青白い肌をしていた。
ずっと下を向いて、いかにも陰気な暗い雰囲気を漂わせていて、近寄り難かった。
それというのも、もともと資産家だったファンデル家を、あっという間に借金だらけの貧乏生活に落としたのもこの男のせいなのだ。
商才はもちろん、商売に必要な運もなかった。
もしかしたら、そこにも父親の命令があったのかもしれないが、結果的にはこの男が次々と色々な分野の仕事に手を出したのが間違いであった。
俺が調査を始めたとき、一度失敗したマルクは、完全に父親の言いなりだった。
崩壊しそうな家に住み、家と同じく荒れて不健康そうで、父親に言われるがまま怪しい商売をさせられていた。
最初は彼自ら進んで手伝っているのかと思っていたが、潜入調査してみるとマルクはいつも、ファンデル子爵にお前のせいだと怒鳴られ、使用人達の前でもボコボコに殴られていた。
使用人達も彼を嘲笑したり、時には暴力を振るっていた。
ファンデル子爵を追いつめる突破口は彼にあると確信した。
初めは大変そうだねと理解がある風にして近づいた。
かなりの警戒心で取り付くしまもなかったが、何度も接触して強引に飲みに連れていき、やっとのことで、ポロポロと子爵が手を出した悪事について話を聞けるようになった。
もともと孤独な男だった。父親の言いなりで、色々とやらされていたが、自分でも思うところがあったのだろう。反抗したり拒否したりする度に、暴力でねじ伏せられていた。
本当はこんなことをしたくない、出来るなら、ちゃんと勉強して真っ当な仕事がしたいというところまで聞き出したので、俺は取り引きを持ちかけた。
ファンデル子爵の悪事の証拠を集めること、証言して協力すること。それを条件にマルクについては不問と約束した。
証拠については、意外とまめに書類を整理していたようで、必要なものは揃っていた。
後は証言をどうするかで迷っていたようだが、そこでグレイスが父親に捕らえられるという騒動が起きた。
姉が捕らえられたと聞いたマルクは、ついに心を決めて、父親を告発することにしたのだ。
グレイスの騒動は、いつ起きてもおかしくなかった。予めアルヴィンと打ち合わせていていたので、見事にその日のうちに解決した。
ファンデル子爵邸で、子爵を追いつめて引き連れてきた兵士に引き渡した。
根回しは大変だったが友人のため、俺はなかなかやった方だと自分で自分を褒めた。
その友人は、もう妻しか目に入っていなくて、一刻も早く帰りたそうだったので、後はこちらが処理するからさっさと帰れと背中を押した。
社交界で浮き名を流している俺と同じく、グレイスも頻繁に名前を聞いた。友人の妻なので今まで近づくことはなかったが、実際に見てみると、確かに美人だが線が細く儚げでずいぶんと幼く見えた。
その顔がマルクの面影と重なった。今はボロボロの容姿だが、マルクも健康的な生活に戻れば、グレイスのような感じになりそうだと思った。
ファンデル子爵の悪事は全て白日のもとにさらされ、子爵はそのまま投獄された。
マルクは告発に協力したこともあり、約束通り不問となって、アルヴィンの下で働くことになった。
ところが、しばらくするとアルヴィンから連絡が入り、マルクに他に仕事を紹介してくれないかという話が来た。
やはりグレイスの身内ということで、仕事上だと厳しく接しきれないので、彼の育成にもよくないという話だった。
そう言われれば仕方がないので、とにかく一度職場に顔を出してみると、なるほどすぐその意味が分かった。
頬が痩けて青白く不健康そうだった外見は、肉もついて、肌つやも良くなっていた。透けるような肌の白さは変わりないが、深海のような青い目には生気が宿って、ボサボサだった髪は艶が戻って綺麗に整えられていた。
きっと、アルヴィンが気を使って世話をしたのだと思うが、その姿はもうグレイスと双子かと見間違えるくらい瓜二つだった。
いや正確には彼は男なので、骨格や細かい作りは違うのだが、全体的な雰囲気や醸し出すものがグレイスとよく似ていた。大きく違うところと言えば、無邪気な可愛さを持つグレイスよりも雰囲気が固いことくらいだ。
確かにこれでは、ミスをしてもちゃんと怒ることもできないし、時に強く叱責する必要があっても、感情が入ってしまうから難しいのだろう。
アルヴィンには、俺が引き取ると話した。ずいぶんと驚かれたが、事情を知っていて仕事を教えるならその方が早いと話した。
ちょうど、仕事が増えてきて、側で細々としたことを処理してくれる者が欲しいと思っていたので好都合だった。
マルクは、潜入していた時の俺しか知らなかったので驚いていたが、本人も義兄の下ではやりづらかったのか、俺の下に来ることにはすぐに了承した。
すぐに住まいを俺の屋敷に移して、秘書として働かせるようになった。
経営者としては、父親の影響を受けてひどいものだったが、人を支える仕事は合っていたようで、すぐに慣れて問題なく動いてくれるようになった。
ただ、俺の生活には慣れないらしく、時々その堅物の仮面が剥がれそうになっているのを見るのが最近の楽しみだ。
「ちょっと、嘘!あれが、グレイスの弟ちゃん!?グレイスにそっくりじゃないの!!」
屋敷に遊びに来た、従姉妹のティファニーが、マルクを見つけて椅子から身を乗り出した。
「あぁ、そうだ。お前は両方いけたんだな。といっても最近あっちは食わないのだろう」
「グレイスに似ているなら話は別よ!良いわ!すごく可愛い!ねぇ、私が食べても良いでしょう。ちゃんと大切に可愛がるからー!」
子猫を欲しがる子供のように、ティファニーはおねだりしてきた。
「いや、あれは、女には免疫がないからな。ティファニーに食われたら一生のトラウマになりそうだからダメだ」
「何よ!人を化け物みたいに言わないでよ!ほら、見てみなさいよ。免疫がない訳じゃなさそうよ」
お茶を用意していたマルクに、屋敷のメイドが近づいて来て何か話しかけていた。メイドは明らかにマルクを意識して媚びたような目をしていた。
赤くなって、お茶をこぼしそうになっていたマルクだが、それを助けてくれたメイドに向かって軽く微笑んだ。
バキッと音がして、気がつくと持っていたペンを二つに折っていた。
「やだ……クロード、あなたその顔……。久々に見たわ……」
「………なんの話だ」
「いや、だって、あなただって私と同じで……」
ガタンと椅子を鳴らして、立ち上がった。
マルクが驚いてこちらを見たので、名前を呼ぶと慌ててこちらに向かって走ってきた。
「時間だ、仕事に戻るぞ」
「はっ……はい」
「災難ねー、あなたも。頑張ってマルクちゃん」
「はい……?えっ……?」
突然ティファニーに話しかけられて、動揺しているマルクを置いて、さっさとその場を離れる。
慌てて追いかけてくるマルクを見ると、多少気持ちが和らいだ。
「待ってください。すみません、時間を見ていたつもりでしたが……」
「いや、まだ早いから大丈夫だ。それより、今日は久しぶりに飲みにいかないか?」
「え?そんな、クロード様と……。恐れ多いです」
「なんだ、さんざん飲みに行って、お前の愚痴を聞いてやっただろう」
「それは……あの、父の件で潜入されていらっしゃったからで……」
「そうかマルクは、俺とはもう酒が飲めないのか」
「いっ……いえ、そういうわけでは……」
「だったら行くぞ!明日は休みだから、今日は朝まで飲むからな!」
「ええ!?そっ……そんな、私は弱いですよ!朝までなんて無理です」
ぶつぶつ言っているマルクの肩を勝手に組んで歩きだした。
今夜は楽しい夜になりそうだと思った。
□完□




