素敵な旦那様
※アルヴィン視点で、その後のお話と回想が入ります
柔らかな朝日が窓から差し込んできた。眠っていたグレイスは眩しそうにして、わずかに眉を寄せてから、目を閉じたままシーツの中に顔をうずめてしまった。
せっかく見ていたのに残念だと、アルヴィンは思った。
昨夜もずいぶんと無理をさせてしまったかもしれない。明け方まで愛し合って、グレイスは気を失ったように眠ってしまった。
ずっと自分は淡白な方だと思っていた。一人の女性にこんなにも夢中になって、覚えたての若者みたいに、毎日求めてしまう自分にあきれてしまう。
見えるところまで痕が残っているグレイスを見て、ティファニーに、嫌だわまるで子供ねと言われてしまった。
それは自分でも分かっている。でも不安なのだ。もともとグレイスは美しく、黙っていても男が寄ってきた。
それがある時、人が変わったようになり、それがきっかけで自分とも本当に夫婦になれたのだが、グレイスはいっそう魅力的になってしまった。
艶があって輝く黒髪、透き通るような白い肌、海の宝石のような青い瞳。もともとのしっとりした色気が漂っていたところに、無垢な少女のような可憐さが加わって、誰もが目を奪われる女性になってしまった。
外を歩けば視線を集め、パーティーではダンスの申し込みが絶えず、ダンスに関しては本人も嫌らしく、なんとか逃げているが、おいそれと一人にしておけない。
悪食のティファニーや、シオン王子までも、グレイスの様子を聞いてきたりして、心配の種はつきない。
こんなにも、自分がハマってしまったのは、嬉しい誤算もあったからだ。
あんなに遊びまわっていたはずのグレイスだが、実は純潔を守っていたのだ。これは彼女の父、ファンデル子爵のおかげでもあるのだが、子爵の計画ではグレイスを離縁させて、高値で売るために、色を付ける必要があった。
長い間、父親の言いなりであったグレイスは、その命令通りに体までは許していなかったのだ。
おかげて初めてグレイスを抱いたときは、全く話が通じず、物理的にもすんなりとはいかず、その証を見たときは目を疑った。
今さら、そんなことにこだわるほど、狭量ではないと思っていたが、自分だけが知っているのだと思うと、喜びが滲み出てきてしまうのは否定できなかった。
グレイスが眠った後、初めて会った時のグレイスを思い出した。
すでに社交界で名前が知られていて、誰のものになるのかと、賭けにもされていた噂のご令嬢だった。
「あなたがアルヴィン様?若いけど商才があるとお聞きしましたから、もっと鋭そうな方を想像しておりました」
噂の美しいご令嬢に、開口一番、高飛車な顔でそう言われてしまった。
「顔に厳しさが足りないとよく言われます。それは、おいおい貫禄が付いてきたら、そうなるかなと希望を持っています。どうかそれまで一緒にいていただけますか?」
そう言うと、グレイスは困った顔をした。
実はこの結婚にはある条件がありますと、後々父から説明があるが、契約書を作ってサインしていただくことになると、そう言われた。
ファンデル子爵は、かなりの野心家でここまで財を築いてきた。傾いた家に娘をただで差し出すとは思えなかった。しかしこちらもすぐに動かせる資産が必要であった。
それがどのような条件であっても、飲まなくてはいけないだろうと思っていた。
その時グレイスは、いったいどんな顔をしていたか思い出せない。
自分も若くて焦っていたし、グレイスもグレイスで父の命を受けて必死であっただろう。
ノックの音が聞こえて、執事のランドルの声がした。そろそろ、支度をしなければいけない。今日は取引先の工場で商談があるのだ。
シーツの波にうもれた、グレイスの頭にキスをして、行ってくるよと声をかけた。
わずかに動いた気配がして、微笑んで頭を撫でた。
今日の商談はなかなか骨の折れる相手だった。シオン王子の紹介だったが、初めから強気の態度で、強引な要求をしてくる相手だった。
多少譲歩しても、こちらも譲ることはできないところがあり、交渉は難航した。
昼過ぎになって、やっと向こうが折れて良い返事がもらえた。粘り勝ちというやつだが、神経をすり減らすような案件だった。
疲れた顔を貼り付けたまま事務所に戻り、ソファーに沈みこんだところで声がかかった。
「奥様がお待ちです」
グレイスが仕事場まで来るのは、一度案内したときだけで、何かあったのかと心配になった。
「アルヴィン、ごめんね……約束もなしに突然来てしまって」
外出用のシンプルなドレスに身を包んだグレイスは、いつも垂らしていることが多い髪をポニーテールで結んでいて、とても可愛らしかった。
「どうしたの?何かあった?」
「そんな、なんでもないの。ちょっと、簡単なものを作ったの。今日は相手はかなり疲れる方とランドルから聞いて……。本当は置いて帰るつもりだったのだけど、みんなにお茶をもらったり、お菓子をもらったりして帰れなくなって……」
グレイスが持ってきたバスケットの中には、彼女が焼いたパンが入っていた。グレイスは、料理の才能があるらしく、変わった料理を次々と披露してくれる。
中でもグレイスが作るパンは、甘いだけでなく、塩気のあるものなど色々な種類があり、そのどれもが絶品だった。
お仕事の邪魔をしてしまったらごめんなさいと、目を伏せているグレイスは、なんとも愛らしく見えた。
そそくさと帰ろうとするグレイスを、なんとか帰らせまいと、事務所の連中があれこれ世話を焼いたであろう光景が目に浮かんだ。
「グレイス、君を邪魔に思うわけないじゃないか。むしろ疲れた気持ちが、君の顔を見て癒されたよ。それにちょうど腹が空いていて、そんな時に自分の好物が食べれるなんて、俺はなんて幸せなんだろう」
バスケットから一つ選んで、そのまま口に放り込んだ。あまり褒められる食べ方ではないが、こうして食べるのが一番美味しく感じた。
グレイスは目を丸くした後、まぁと言って笑った。その子供のように無邪気な微笑みに、いつも心を鷲掴みにされる。
「たくさんあるから、他のやつにもあげようか?」
「あ、いえ、たくさん焼いたので、皆さんには先にお渡ししました」
どうりで帰って来た時、やつらの目が変に輝いていたなと今更ながら納得した。
「グレイスの焼いたパンを食べるとは!よーし!やつらの給与から引いてやろう!」
「そっ……そんな!だめです!私が勝手に渡したのに……」
青くなって慌てるグレイスは、とんでもなく可愛い。思わず抱き寄せて、その唇をふさいだ。
抗議をするようにパタパタと胸を叩かれたが、優しい抵抗は気持ちを煽るだけだった。
「あっ……!アル……、だめ……、こんなところで……」
グレイスがアルと言うのは、甘い気分になっている時だけで、そう呼ばれるとよけいに止められなくなってしまう。
そのままソファーに押し倒して、身体中にキスの雨を降らせようと考えたとき、来訪を告げるベルが鳴った。どうやら、午後の約束相手が、早く来てしまったらしい。
私は帰りますのでと、グレイスは帰り支度を始めてしまった。
名残惜しい気持ちでグレイスを見た。明日は休みだが、さすがに今日も求めるのは、あきれられてしまうだろう。
すると部屋から出る際、グレイスがシャツの袖を引っ張ってきて、軽く体が傾いたところにそっと耳打ちしてきたのだ。
「アル……、お仕事頑張ってください。遅くなってもお待ちしていますわ。今日も私をたくさん可愛がってください」
そう言って頬にキスをくれて、キラキラした笑顔で帰って行ってしまった。
悶々としたまま放り出された。もうこの後はミスなく終わらせることだけに、注力しようと心に決めた。
今日は何からしようかなと鼻歌を歌っていると、部下にご機嫌ですね、なんのことですか?と聞かれた。
秘密と言いながら、顔がにやけるのを隠せなかった。
アルヴィンの嬉しくて、悩ましい睡眠不足は続くのであった。
□完□
グレイスは精神的には、興味津々の年齢なので、アルヴィンがちょっと引かれないかなと思っても、全然ウェルカムなのだと思います。




