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第三章 最終戦

 廊下は呻き声が響いていた。

「きゃ!」

 翠ちゃんが悲鳴を上げる。

「これは…………」

 廊下は死屍累々と言った様相だった。剣道部、野球部、サッカー部、空手部。屈強な男たちが廊下に苦痛の声をあげて倒れている。

 この廊下を埋め尽くすこの惨状。もちろん引き起こした人物は一人しかいない。満子ちゃんだ。

 しかし、軽く見て二十人以上は居るこの人数。満子ちゃんも無傷では済まないだろう。

「行こう。あっちだ」

「うん……」

 僕は翠ちゃんの手を引いて歩きだす。満子ちゃんが行った方角は分かってる。廊下に点々と倒れている人達を目印にして進めばいい。

 僕らは走った。するとどんどん廊下が騒がしくなっていく。間違い無く近くに満子ちゃんが居る。

 僕は廊下の角を曲がった。

 そこは今、争いの真っ最中だった。

「囲め!囲め!」

「疲れてるぞ!さっさとやっちまえ!」

 男達が女の子一人を囲んでいた。囲まれてる女の子……言うまでも無く満子ちゃんだ。

 満子ちゃんの姿は今やボロボロだった。制服のあちこちがひっぱられ引きちぎれ、下着と、白い肌が露わになっている。髪の毛も引っ張られたのかまとまっていないボサボサだ。

 さすがにここまでの人数を相手にして疲れたのだろう。息がフルマラソンをした時の様だ。唇はチアノーゼで青くなっている。

「満子ちゃん!」

 僕は叫んだ。こんなにボロボロな満子ちゃんを見るのは初めてだったからわけが分からなくなっていた。

「ハァハァ…………随分……遅かったじゃないの……翠とチチクリ合ってたの?」

 こんな時でも気丈な言葉を吐く満子ちゃん。しかし、誰の目にも限界は明らかだ。

「もういいよ!充分頑張ったじゃない!もうやめよう!」

 僕は叫んだ。確かに満子ちゃんの頑張ってる姿は好きだ。しかし、こんなにボロボロになってる満子ちゃんを見るのは嫌だった。満子ちゃんは幼い時から僕のヒーローだったんだ。いつでもかっこよくてくじけなくて。そのヒーローがこんな風に傷つくなんて……。

「馬鹿言ってんじゃないわよあんた!」

 そう思ってた僕の思考をぶった切る様に満子ちゃんが僕を怒鳴りつけた。

「え……?」

「いい?人間にはここまでやって充分なんて物は無いのよ!何かを得なければそれまでの行いは無駄になってしまう。頑張ったからいい何て、そんな甘く無いのよ!」

「でも……もう限界だよ。これ以上やったら本当に怪我しちゃう。それにこの人数相手じゃどっちみち……」

「太一!」

 ビシャリと雷鳴の様な声。

「あんたは……あんたはいつも私を見てればいいのよ!いつも私の傍にいて、そして……そして、私を信じなさい……私が誰にも負けないと」

 体は辛くしょうがないはずなのに満子ちゃんはにっこりと本当に楽しそうに笑った。そしてその笑顔は僕の中の血液を沸騰させた。

「信じる!僕は信じてるよ!満子ちゃんは絶対に負けないって!」

 それを聞いて、満子ちゃんの美しい笑顔はいつもの小悪魔の笑顔に変わる。

「そう……それでいいのよ。あんたが私を肯定してくれるから、私はいつも無敵でいれる……」

 満子ちゃんは向かい合っていた、身長が百九十センチを超えるであろう大男に向って、思いっきり地面に足を踏み込んだ。学校を揺らす様な踏み込み。背中をぴったり相手にくっつける。

「フン!」

 気合いの声と同時に大男が吹き飛んだ。文字通り吹き飛んだのだ。廊下を。

 中国拳法の発頸を僕は生れて初めて実際に見た。

 満子ちゃんを囲んでいた集団が一瞬たじろぐ。しかし、一人がいきり立つように前に出る。

「おい!何びびってんだ!相手は女一人!しかもボロボロだぞ!俺達が負ける道理はねえ!」

 確かに男の言う通りだった。いくら満子ちゃんが強くても、これだけの人数と戦う体力は残っていないだろう。

「うわああああああああああああ!」

 僕は自分でもわけが分からなかったが叫んでいた。叫んで集団に向かって走った。僕では何の役にも立たないかも知れない。しかし、何もしないでいるのはもう無理だった。

 男の一人の腰にタックルする。しかし、やはり運動部か、僕のか弱い力では多少よろけはしたがそれだけだった。

「何だ?お前、うっぜんだよ!」

 腰から振りほどかれ腹に蹴りを入れられる。

「ぐぅ…………!」

 普段荒事には慣れていない僕には正直応える。

 男はそのまま倒れてる僕を蹴りつけるつもりなのか足を振りかぶる。

 僕は情けないが目をギュッと瞑って衝撃に備えた。

 しかし、いつまでたってもその衝撃は訪れない。

「な、何だお前……」

 代わりに男の戸惑った様な声が聞こえて来た。僕は恐る恐る目を開ける。

 目を開けると僕の目の前で男の足が止まっていた。しかしそれは男が故意に止めた物では無いと一目で分かる。

何故なら、男の足と僕の顔の間にもう一つ足が入って止めていたから。

 僕は目線を上にあげる。するとそこには僕が予想していた満子ちゃんでは無く。厳しく相手を見据える翠ちゃんの姿があった。

「何だよお前!」

 男はこの乱入者をどうしたらいいのか分からない様だった。

「許さない……御堂君を傷つける人は私が許さない!」

「わけわかんねえよ!」

 男はそう言って翠ちゃんに掴み掛かろうとした。しかし、翠ちゃんはその男の手首を掴む。

「ひゅっ!」

 鋭い呼吸音と共に、翠ちゃんが男の手を捻り上げる。すると、男はつま先立ちの様な態勢になる。

「は!」

 翠ちゃんが気合いを入れると同時に沈み込むように態勢を前に倒す。すると男は宙を飛び、そのまま頭から地面にぶつかった。

「がぁ…………」

 呻き声を洩らし白目を向く男。全く容赦の無い一撃だった。

「大丈夫?御堂君!」

 慌てたように翠ちゃんが僕の体を触って気遣ってくれる。しかし、僕は正直上手に笑えない。

「ず、随分強いんだね。翠ちゃん」

 僕がそう言うと翠ちゃんは顔を真っ赤にして両手を顔の前で振る。

「へ?へ!ち、違うの!私、御堂君が蹴られたのを見たらついカッとしちゃって……やだ、私ったら……恥ずかしい……」

「いや、ありがとう。助かったよ」

 僕は立ち上がる。いつまでも眠ってるわけにはいかない。今も戦ってる満子ちゃんの所に行かなくちゃ。

「いてててて……」

 立ち上がるとお腹が痛む。

「御堂君……」

 うるうると潤んだ瞳で翠ちゃんが僕を見る。あまりのギャップに不覚にも、僕は少し笑ってしまう。

 僕はそんな翠ちゃんから視線を切ると前を見た。すると満子ちゃんの背後から木刀を持った男がひっそりと近づいて来ていた。

「後ろ!危ない!」

 僕は叫んだ。目の前にいる相手を殴り倒した満子ちゃんが驚いた様に背後を振り返る。

 しかし、手遅れだった。男の木刀は満子ちゃんに向かって振り下ろされる。

 満子ちゃんは硬直して動けない。当たる!僕がそう確信した時だった。

 その木刀が運動を止めた。

「後ろから狙うとは卑劣な……」

 聞き覚えのある凛とした声。

「う……春日さん……」

 男が持っていた木刀から手を離す。カランと地面に落ちる木刀。

 春日さんは男の襟を掴むとそのまま背負い投げをする。

「…………!」

 男は声をあげることなく失神した。

「小金井満子……お前に言いたい事がある」

「…………何よ?」

 気だるそうに満子ちゃんが返事をする。

「お前はさっき言ったな……その、あの……」

 恥ずかしそうにモジモジする春日さん。それに満子ちゃんはうんざりした様な顔をする。

「何よ。言いたい事があるならはっきり言いなさいよ。わけわかんないわよ」

「お前はさっき……私が御堂君とい、いちゃいちゃしたいと思ってると言ったな?」

「はぁ~そんな事?……言った、言ったわよ。それがどうしたのよ?」

 すると春日さんは自分の精神を落ち着かせる様に深呼吸を二回した後、背を大きくそらして息を吸う。そして。

「わ、私は!御堂君といちゃいちゃしたい!」

 さすが運動部のエース。その肺活量から発せられた声は学校中に響き渡たった。言ってる内容が僕には意味不明だったが。

 春日さんのこの発言にさすがの満子ちゃんも戸惑っている様だった。

「は、はぁ?あ、あんたいきなり出て来て何言ってんのよ?」

「わ、私はこそこそしてるのが嫌いだ!さっきは思わず逃げてしまったが……私は逃げるのは性に合わん!だから宣言しに来たのだ!これからは御堂君といちゃいちゃすると!」

「はぁ……よく分からないけど……要するにあんた馬鹿って事?」

「うるさい!とにかく、お前に一言言わないと気が済まんのだ!いつもいつも、お前ばかり御堂君と一緒に居て不公平だろ!」

「好きにしたら?別に太一が誰とどうしようと私には関係ないわ」

 そんなにズバッと言われたら悲しいよ満子ちゃん……。

「じゃあ好きにさせて貰うぞ!今、御堂君は猫を捕まえようとしてるんだろ?それに私も参加させろ!」

「別にいいわよ。そのかわり報酬は全部私の物だから」

 さすがにその要求は通らないだろうな~と僕は思った。

「いいだろう。好きにするがいい」

 通っちゃったよ!

 僕の意思を無視して二人は突き進んでいく。

「じゃあまずここにいる邪魔な奴らを片付けるわよ」

「ああ……そうだな」

 学園最強タッグが結成される。さっきまで争っていたとは思えない割り切りようだ。正直付いていけない。

 二人が集団を睨みつける。それだけで、全員が恐れ慄いているのが手に取る様に分かっる。それはそうだろう。僕だってこの二人に同時に睨まれたらそうなる。

 そして、こうなってしまうと後は一気に片がついてしまった。春日さんはまさしく千切っては投げ千切っては投げといった感じで。満子ちゃんは野生のトラの様に逃げ惑う男達に背後から襲いかかっていった。

「ふう……これで最後ね」

 満子ちゃんが最後の男を蹴り倒す。

 廊下に立っているのは僕らだけになった。後は逃げるか、廊下に倒れ伏していた。

「さて……百万円様は……」

 満子ちゃんが廊下の奥を見る。そこは防火シャッターで行き止まり。猫のみいちゃんはそこで満子ちゃんの殺気に当てられたのかブルブルと震えていた。

「にゃ……ニャア…………」

「ほらほら、怖くないからね~大人しく私の所に来なさい~」

 満子ちゃんが不気味に近づいて行く。

「ば、馬鹿者。そんな風にしたら猫が怖がるだろう。私が捕まえて、直接御堂君に渡してやろう」

 そこに春日さんも加わった。二人が両サイドから不気味に近づいて行く。

『とりゃ!』

 二人は同時に猫に飛びかかった。しかし、猫は二人の体を必死に身を捩って逃れる。

『ぎゃあ!』

 二人の頭が激突する。お互い物凄い勢いだった。

「太一!そっちに行ったわ!捕まえなさい!」

 猫は僕の方に真っ直ぐ走って来ていた。僕は手を伸ばして捕まえようとする。

 しかし猫は僕の腕を駆け上がる様にして逃れ、そして跳んだ。

『あ…………』

 全員の視線が飛翔する猫に集中する。

「きゃあ……」

 女の子らしい可愛い悲鳴が上がる。翠ちゃんの声だ。

「ちょ、ちょっと!きゃあ!や、やめて!くすぐったい……」

 翠ちゃんが焦った様な声を出した。当然だろう。猫が自分の胸に飛び込んできたのだから。

 しばらく翠ちゃんはくねくねしていた。しかし、しばらくすると馴れたの動きが止まる。

 そして、その胸元から猫が顔を出して『ニャー』と鳴いた。

 翠ちゃんの大きな胸にすっぽりと納まり気持ち良さそうな猫。

 満子ちゃんと春日さんが同時に自分の胸を見る。

「ま、まあ……何にせよ捕まって良かった」

「そ、そうね……」

 微妙そうな顔で頷く二人。

「まあ何にせよ。猫は捕まえたわ!これで百万円様ゲットよ!」

 満子ちゃんが諸手を挙げて喜ぶ。

「良かったね。満子ちゃん」

 僕もそんな満子ちゃんを見ていると何だか胸が熱くなった。

「じゃあ、さっそく校長室に行って猫を……」 

「ちょっと待ってくれや、お前ら」

 僕が話している最中に割り込む様に男の声が、僕らは声の方向を見る。すると、のそりと廊下の影から一人の男が現れた。

 ジャージ姿に肩にトレードマークの竹刀。面倒くさそうな顔をした短髪の男性。

「古市先生……」

 僕らの体育の先生。その先生が今、僕らの行く先を阻む立っていた。

「どうしたんですか?先生」

 僕はみんなの疑問を代表して質問した。すると先生は言い辛そうに頭をぼりぼり掻くと、翠ちゃんの豊満な胸元を指さした。

「あ~頑張って手に入れた所悪いんだけどさ~……その猫俺に譲ってくれねえかな?」

「え?」

 いきなりどうしたのだろうか?何故そんな事を言い出すのか理解出来ない。

「馬鹿言ってんじゃ無いわよ!そんなもん譲るわけないでしょうが!」

 満子ちゃんが激怒する。確かに理由も告げられずいきなり譲ってくれと言われても、素直に譲れるわけない。

「先生もお金が欲しいんですか?」

 僕が聞くと先生は眉を顰めて唸る。

「いやそういうわけじゃねえんだ。別に金には興味ねえ。ここの給料結構多いし……」

「え!多いの?いくら!」

 満子ちゃんが目を輝かせながら尋ねる。

「……秘密だ……いや、そんな事はどうでもいい。話の腰を折るな小金井。えっと、なんだっけ?……ああそうだ。取り敢えず金が目当てじゃない。だがその猫は必要だ。だから譲って欲しい」

「理由は言えないんですか?」

 僕が尋ねると先生は目を閉じ天を仰ぎ見る。そして僕の方を見据えた。

「…………悪魔を倒す為と言っておこうか」

 ふざけた理由だが強い意志の籠った言葉だった。僕はいつもやる気のなさげな古市先生がこんなになる様な理由を想像する事が出来なかった。

 しかし、その言葉は一人の少女の逆鱗に触れた。

「ふ、ふぅううううううううざけんじゃ無いわよ!」

 満子ちゃんは目を吊り上げて叫ぶ。

「最後に出て来て百万円様を譲れぇ?舐めてんのかっつ~の!答えはノーよ。どうしても欲しければ、あんたも……」

 満子ちゃんが右手を前に出して握りしめる。

「力ずくで奪いに来なさい!」

 満子ちゃんは先生相手だろうと全く容赦しないだろう。言動からも、教師への尊敬の念などまるで無い。

 先生は本当に残念そうに気が重い事をする時の様に溜息をつく。

「後悔するぞ……」

 先生が竹刀を前に出して構えた。たったそれだけの事なのに、僕は先生が二回りは大きくなった様に感じた。

「おい、気をつけろ小金井。これは……強いぞ」

 春日さん程の人が額に汗を流しながらそう言った。

「関係ないわ!あと少し、あと少しなのよ!誰も私を止められない……止まらないわよ私は!」

 満子ちゃんが沈み込む様にして構える。

「だぁあああああああああああああ!」

 満子ちゃんは跳んだ。まるで野生の獣が相手を襲う時の様に。

「カァ!」

 先生の気合いと同時に剣先が動いた。いや、正確には動いた様に見えた。僕が一瞬見失う程の速さで動いた剣先は、満子ちゃんの鳩尾にカウンターの様に正確に突き刺さった。

「ガァ…………」

 満子ちゃんがそのまま崩れ落ちる。口からは涎を垂らし、息が出来ていない。

「満子ちゃん!」

「手加減はしたぜ。しばらく動けないだけだ」

 先生は竹刀で自分の肩を叩く。

 先生はそのまま僕と翠ちゃんに向かってスタスタと歩く。狙いはもちろん翠ちゃんの胸の中に居る猫だ。

 しかし、それに立塞がる様に春日さんが立った。

「武器を使うとは卑怯です!」

「俺は剣道屋だ。俺が剣使わなかったらそこら辺に居るただのおっさんだ」

「御堂君に手を出すなら先生でも容赦しません!」

「別に御堂には手をださねえよ。俺はただ枝葉の胸に居る猫が欲しいだけだ」

「セクハラです!先生!」

「おいおい。こういう時は女子高生を使うのね……今の訂正……でもよ春日、剣道三倍段って知ってるか?いくらお前でも俺には勝てんよ」

「問答無用!」

 春日さんが先生に跳ぶようにして間合いを詰める。しかし、それはさっき満子ちゃんが同じことをして倒されている。

「危ない春日さん!」

「カァ!」

 案の上、先生の竹刀が突きを放つ。鋭い一撃。

「おりょ!」

 しかし、さっきとは状況が違った。先生が焦った様に声を出す。何故か、それは春日さんが先生の突きをかわしたからだ。

「先生の突きは鋭い。しかし、正確過ぎるんですよ。必要以上に傷つけぬ様に鳩尾に一撃……来る場所が分かってるならかわす事は容易い……」

 春日さんはかわしたまま先生に間合いを詰める。春日さんの手が届く範囲。これでは先生は竹刀を使う事が出来ない。

「お覚悟!」

 春日さんが先生の襟を掴んだ。これで春日さんが投げて勝つ。僕がそう思った時だった。

「すまん」

 先生が申し訳なさそうに呟く。

「ガァ……かぁ……」

 それと同時に先輩が崩れ落ちた。苦悶の表情を浮かべ地面を這いずって悶える。

「すまんな~春日。本当は俺もこんな事したくは無いんだ。だけどしょうがない。俺だって教師生命が懸ってるんだから……必死だよ、俺も」

 角度のおかげで僕はかろうじて何が起こったのか確認する事が出来た。

 春日さんは確かに先生の襟を掴み、すぐさま投げようとしていた。先生の竹刀は先輩には絶対に届かない。だから先輩も安心して攻撃に移ったはずだった。

 しかし、先生はあの時すでに竹刀から右手を離していた。そしてその空いた右手で、正確に春日さんの喉仏をついた。

 容赦の無い危険な一撃だった。おそらくは手加減しただろうが、その容赦の無さから先生の必死さが本当に伝わってくる。

 そして何より先生は強かった。学園最強と言ってもいい二人を相手に秒殺。ありえない程の強さだった。

「チッ!やっぱり後味悪いな、生徒に手をあげるっていうのはよう……」

 先生が僕らに近づいてくる。僕は翠ちゃんを庇うように前に出る。

 先生は僕の目の前で止まった。それだけで僕は竦んでしまいそうな圧迫感を感じていた。その後ろでは翠ちゃんがギュッと僕の袖を握っている。

「おい、御堂。あんまり抵抗すんな。怪我するだけ損だぜ」

 確かにそうだ。二人が勝てない先生に僕が勝てるわけない。だけど、だけど僕は……。

「満子ちゃんが……皆が必死に手に入れたものを、理由も分からないのに渡すわけにはいきません!」

 先生の前で両腕を開いた。先生はそれに辛そうな顔をする。

「そんなにまっすぐな目されたら、決意が鈍っちまうじゃねえか……だがな……だがなすまねえ御堂。俺にも守りたい物があるんだ……」

 先生は竹刀を構えた。そして、一歩を踏み込もうと……。

「良く言ったわ、太一!」

 その時威勢のいい声が響く。それと同時に先生の後頭部に蹴りが突きささる。

「ぐぁ……」

 先生は吹っ飛んだ。しかし、受け身を取りながら立ち上がる。

「ばかてめえ……どうして動ける?しっかり急所を突いたのに……」

「愚問ね。お金様が懸っているなら私は不死身よ!……それに先生、あんた甘いのよ!手加減なんて、本当に勝ちたいならするべきじゃない!」

「……次はそうする」

 先生が立ち上がり構え直す。あれだけの一撃を食らったのにダメージが見られない。

「は!次なんて無いわよ!人生は常に一発勝負。一度手放した勝利は二度とその手には戻らない!だから全力を尽くすのよ、常に、いつだってね!」

「無理だ小金井。お前じゃ俺には勝てない」

「フン!確かにあんた化け物だわ。私じゃ勝てない……でもね」

 満子ちゃんは後ろを振り返る。そこには倒れている春日さんが居る。

「春日!立ちなさい!私一人じゃ手に余るわ!あんたの力を貸しなさい!」

 その春日さんに向かって満子ちゃんは無茶苦茶な要求をする。春日さんはとても戦える状態じゃない。

 ましてや立つ事だって出来やしないだろう。今だって、悶えるだけで精いっぱいの様相だった。

 しかし、満子ちゃんの目はそんな物が見えていない様だった。ただ春日さんは立つと確信しきった目だった。

「ほらしっかりしなさい!あんたが手伝ってくれるなら、一日、太一を自由にしていいわよ」

 満子ちゃんがその一言を言った時だった。悶えていた春日さんの動きがピタリと止まる。

 そして春日さんはゾンビ映画のゾンビの様にユラ~と立ち上がる。その様がどこか人間離れしていてちょっと怖い……。

 春日さんは満子ちゃんを見る。その目は確かに黄金に輝いている。

「…………ほ、ゴホ!ゴホ!……ホンドウダナ!」

 本当だな?と言ったんだと思う……何にせよ、春日さんは立った。そして僕の方を見て、顔を赤らめた。

「わ、私は御堂君と一緒に……ゴホッ……遊園地に行きたい!」

「いいわよ!いいわよ!頑張りなさい!今頑張らなくどうするのよ!」

「う、うむ!行くぞぉおおおおお!遊園地、行くぞぉおおおおおおおお!」

 春日さんが両手を握りしめ天に掲げる。さっきまで悶えていた人とは思えない復活ぶりだった。

「おいおいまじかよ……春日まで復活か?どうなってんだお前ら、本当に女子高生か?」

 顔を引き攣らせて古市先生が呟く。

「恋する乙女は無敵だ!」

「お金に恋する乙女は無敵よ」

「いや、小金井。お前みたいな意見のやつは乙女と言いたくねえな俺は……」

「フン!好きになさい。ところで先生、これで二対一よ?まだ余裕ぶっこいてられるの?」

 自信満々の顔で尋ねる満子ちゃんに先生が舌打ちする。

「チッ……おい、小金井。ちょっと汚いんじゃないか?勝負は基本一対一だろ?」

「馬鹿言ってんじゃないわ。言ったはずよ。私は勝つ為なら何でもすると。それにあんただって得物使ってんじゃない。卑怯とは言わせないわ」

「確かに……はぁ……しんどい……でもしょうがないか」

 先生がそう言って竹刀を肩に担いだ時だった。

「ちょっと待ってください!」

 僕の後ろから声が響く。翠ちゃんだ。僕はどうしたのだろうと後ろを振り返る。

 すると翠ちゃんは僕に胸に入っていた猫を預けた。猫は翠ちゃんの言う事だけは聞くのか大人しくすっぽり僕の腕の中におさまった。

 翠ちゃんは全員の注目を浴びながら一歩前に踏み出すと。

「私も太一君を自由に出来る権利。欲しいです!」

 そう顔を真っ赤にして叫んだ。

 唖然とする一同。

「おいおい枝葉。お前もかよ……何なんだよ一体……モテモテだな御堂」

 僕は恥ずかしくて俯く。

「三対一よ。形勢逆転じゃない?」

「ああ、だがまあ……あれだよ。俺も…………必死だ」

 先生が構えた。そして目は全くふざけている様子が無い。先生は体育の授業でもこんな顔をした時は無かった。要するに本気という事だろう。

「全員で一気に行きましょう。卑怯とかそういうのは勝ってから考えるわよ」

「分かった」

「はい……」

 女性陣三人が打ち合わせをする。

「行くわよ!」

 満子ちゃんが先生に正面から襲いかかる。

「フン!」

 先生は突きを放った。しかしそれを満子ちゃんは両手で受け止める。

「おりょ!まじかよ!」

「今よ、フルボッコにしなさい!」

 まるで示し合わせた様に春日さんと翠ちゃんが動く。春日さんは右から、翠ちゃんは左から。

「おらぁ!」

 しかし、先生は竹刀を掴まれたまま、満子ちゃんを持ち上げた。そしてそのまま満子ちゃんごと春日さんに叩きつける。恐ろしい膂力。

「きゃあ!」

「小金井!」

 春日さんが満子ちゃんを抱える様に抱きとめる。

 その間に翠ちゃんは先生に手が届く距離まで近づいていた。

「ごめんなさい!」

 翠ちゃんが抜き手を放つ。先生の喉への一撃。

「うお!容赦無いなお前!」 

 先生は頭を振ってかわす。追いすがる様に股間、喉、目と急所を突きまくる翠ちゃん。ちょっと怖い……しかし、それを先生は悉くかわしていく。

「ごめんな」

 先生はそう言って翠ちゃんの腹部を押すように蹴り込んだ。

「きゃ!」

 翠ちゃんはそれだけで廊下の壁に叩きつけられる。

「ふぅ……さすがに三人はしんどいな。だが分かったろ?何度やっても同じだ。お前ら三人が力合わせた所で、俺には勝てない」

 先生は僕に視線を合わせる。

「おら、ギブアップしろ御堂。猫を俺によこせ」

 僕は正直迷った。確かにこれ以上続けても、いたずらに皆が傷つくだけかも知れない。けど……それでも僕は……。

「みんなが……皆が諦めてないのに僕が勝手にギブアップ出来ません!」

「そうよ。まだ何も終わってないわ」

 満子ちゃんが立ち上がる。それに合わせる様に他の二人も立ち上がった。

「そうだ!私は御堂君と遊園地に行くんだ!」

 春日さんが先生に突進した。動きはダメージのせいか遅い。当然の様に先生の突きが放たれる。

「勉強になったぞ!小金井!」

 春日さんは避けなかった。さっきの満子ちゃんと同じように竹刀を受け止める。しかし、満子ちゃんと違う所が一つあった。それは春日さんは手を全く使っていない事だった。

 春日さんが先生に鳩尾を打たれながら掴みかかる。

「おおおおおおおおおおおおお!」

 予想だにしない動きに先生の動きが鈍る。その間に春日さんは襟を掴んで先生を投げ飛ばした。

「うぉ……」

 先生は空中で姿勢を直して着地する。しかし、態勢が完全に崩れた。

「わ、私は御堂君とお買い物に行ってみたいです!」

 そこに翠ちゃんが先生の顔面に蹴りを放つ。しかし、その蹴りは先生が防御に構えた竹刀に防がれる。

「何!」

 しかし、その蹴りは竹刀を叩き折った。予想外の事に先生の顔が歪む。しかし、先生は折れた竹刀を掴むと、そのまま翠ちゃんに打ち込んだ。

「がぁ……」

 翠ちゃんが崩れ落ちる。しかし、その間に満子ちゃんが飛びかかる。

「甘い!」

 先生は満子ちゃんに手に持った竹刀の破片を投げた。一瞬満子ちゃんが怯み、動きが止まる。その間に先生は崩した態勢のまま必殺の貫手を放った。

「俺の勝ちだ!」

 先生が勝利を確信して叫ぶ。先生の渾身の貫手は腹部に深々と突き刺さった。

 僕の腹部に!

「何!……御堂!」

 先生の目が驚いた様に見開かれた。それはそうだろう。満子ちゃんに放ったはずの攻撃を受けたのが僕だったのだから。

 僕は満子ちゃんを守る様に横から先生と満子ちゃんの間に割って入ったのだ。

「でかしたわ。太一!」

 満子ちゃんが僕の肩を踏み台にして跳んだ。それは天井に着きそうなほどに高く。スカートから白の下着が丸見えになるのも構わず。

「おりゃああああああああああ!」

 渾身の回し蹴りが先生の側頭部を捉えた。

「ぐぅ…………」

 先生がふらつきながら後ずさった。

「畜生……すげえなお前ら…………どうしてそんなに強い?」

「そんなの決まってるでしょ。最後まで諦めないからよ」

「そうか……生徒に教えられるなんて……俺もまだまだだぜ……」

 そう言って先生は倒れた。

「や、やった……」

 僕は体の痛みも忘れて安堵の声を出した。

「ふう……さすがにしんどいわね。早いとこ猫を校長の所に連れて行きましょう」

 満子ちゃんが疲れた様に溜息をつく。

 こうして僕達の長い特別授業は終了した……。

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