第二章 小金井対春日
「小金井満子!」
そんな怒鳴り声が柔道場の中から聞こえてきた。僕が近付くとそこには人だかりが出来ていた。
「そこをどきなさい。そこにいる猫は私の物よ」
それに冷静に返す声。満子ちゃんだ。
周りを囲んでいるのは柔道着姿の男たち。その中心から声が聞こえてくる。僕は満子ちゃんの関係者に見えないよう。そっとその中心を覗き見た。
そこでは道場の中心で睨み合う二人の美少女がいた。
一人は満子ちゃん、もう一人は柔道着を着ている女の子。
長い黒髪を後ろで縛りポニーテールにしている。目尻がきりっとしていて、とても美人。
この学校では知らない人は居ないのでは無いかと言うほどの有名人。三年生の上級生春日さんだ。
普段は物静かで優しく、男子生徒はもちろん。女子生徒の人気も絶大で、毎年女子新入生からの告白から、バレンタインデーまで、幅広く活躍している。
その春日さんが今、眉を上げて激怒している。
「道場では上履きを脱げ!小金井満子!」
春日さんが、満子ちゃんの足元を指さして怒鳴る。
「ふん!いいじゃない別に、そこの猫を手に入れたら居なくなってあげるわよ」
大の男でも震え上がるであろう気迫溢れる春日さんの怒鳴り声に、腰に手を当て聞く耳を持たないと言った様な態度で答える満子ちゃん。
春日さんと満子ちゃんは二人とも有名人だ。
満子ちゃんはその悪癖故、そして、春日さんは柔道の腕前故。
春日さんは全国大会を何度も制覇している猛者だ。その類い稀なる才能と。柔道少女の中ではずば抜けている容姿から、テレビの取材や、雑誌の取材が後を絶たない。
この二人は良く対立していた。春日さんの様な潔癖な性格の人は満子ちゃんの様な守銭奴は許せないのだろう。確かに満子ちゃんはお金の為ならなんでもする。
その二人が、今まさに対峙している。原因はもちろん、道場の奥であくびをしている猫……。
「ふん……あんたに付き合ってる暇は無いわ。そこの猫は貰って行く」
満子ちゃんが上履きを履いたまま、猫に向かって歩き出した時だった。
僕には満子ちゃんと向き合っていた春日さんが、一瞬本当に消えた様に見えた。
その瞬間、満子ちゃんの体は宙を飛んでいた。
何が起きたのか全く理解出来なかった。しかしいつの間に現れたのか僕が全く認識出来なかった春日さんを起点にして、宙を飛ぶ満子ちゃんを見て、僕は春日さんが満子ちゃんを投げたのだと推測する。
物凄い勢いで投げ飛ばされた満子ちゃん。しかし、宙を飛んだ満子ちゃんは体を捻り両足から地面に着地する。
その衝撃でズドン!と道場が揺れる。
驚くべき運動神経だった。普通なら地面に激突していただろう。
「何すんのよ!」
満子ちゃんが怒声を上げる。しかし、春日さんはそれに険しい顔をする。
「今の投げを凌ぐか……その才能もったいない。しかし、これ以上、道場で勝手な事をするなら許さない」
春日さんが静かに満子ちゃんに向き直る。それだけで離れた所にいる僕にまで、プレッシャーが伝わってくる。それは他の人も同じなのだろう。固唾を呑んで見守っている。
僕は上履きを脱いで道場に上がる。
「満子ちゃん。何やってるの?」
僕は周りを刺激しない様に平坦な声で尋ねる。
すると怒っていた満子ちゃんがバッと振り返ると春日さんを指さして叫ぶ。
「おっそいのよ!太一!おかげで面倒くさい奴に絡まれちゃったじゃないのよ!」
かなり失礼な事を言う満子ちゃん。僕はハラハラしながら、春日さんの方を見た。
「御堂君……」
しかし、予想に反して春日さんは怒って居なかった。それどころか、僕と眼が合うと、顔を赤くして俯いた。耳まで真っ赤に染まっている。
僕はとりあえず春日さんに怒られなかった事にほっとすると、満子ちゃんに向き直る。
「でも満子ちゃんが悪いよ。道場では靴を脱がなきゃいけないんだよ?」
「うるさいわね!私に説教しないで!私は他人が決めたルールに従うのは大っ嫌いなのよ!」
滅茶苦茶な事を言う満子ちゃん。
「それに……もう喧嘩を売られたわ。私はただの物は何だって貰う事にしているの」
満子ちゃんが鋭い目で、春日さんを睨む。その殺気に呼応する様に、真っ赤にしていた顔は、緊張感のある真剣な顔に変っていた。
「満子、お前は確かに才能がある。しかし、本当に私に勝てると思っているのか?」
「ふん!確かに柔道なら柔道バカのあんたには勝てないかも知れないわね。けど、これは喧嘩よ!こんな風にね!」
言葉を切ると同時に、満子ちゃんは右足に履いていた上履きを、春日さんに向かって蹴り飛ばした。
完全なる不意打ち。更に女性が放ったとは思えないスピードの上履きが、春日さんの顔面に迫る。
それを春日さんは慌てる事無く、体を半身にする事によってかわす。かわした上履きが、たてかけられていた時計に突き刺さる。物凄い威力。
道場に居た全員が一瞬そちらに視線を逸らした時だった。
「とった!」
春日さんの死角に移動した満子ちゃんが女の子とは思えない。腰の入った右拳を春日さんの顔面に放った。
当たったら男でも倒れるであろう一撃。しかも、それは完全に死角からの攻撃で、春日さんは全く気が付いていない。
「危ない!」
僕は思わずそう叫んでしまった。
しかし、それは全くの杞憂だった。春日さんは全く見えていないはずの攻撃をあっさり
首を後ろに振ることでかわしてしまう。
そして伸びきった満子ちゃんの手首をガシリと掴む。
「残念だ小金井。私は残念だよ。喧嘩ならば勝てると信じているお前が。柔道はスポーツじゃない。武道だ……喧嘩でもお前に後れを取ったりはしない!」
春日さんは満子ちゃんの手を掴んだまま踏み込みながら回転する。さっきは分からなかったが今は分かる。背負い投げ。春日さんは背負い投げをしている。
しかし、その技の速度が尋常では無かった。組んだ時には投げている。それほどのスピード、素人とは明らかにレベルが違う。
満子ちゃんの上体が上がる。そう思った時にはもう、満子ちゃんは地面に叩きつけられていた。さっきとは違う、鈍い震動が道場を揺らす。
「カッ……!」
満子ちゃんが目を見開いて声にならない空気を口から吐き出した。背中から突き抜ける様な衝撃だったに違いない。苦しくて息が出来ない様だった。
「満子ちゃん!」
僕は満子ちゃんに駆け寄った。そして、体を抱き抱える。満子ちゃんは苦しそうに息をする。
「な、何よ……太一?」
「何よじゃないよ!大丈夫?満子ちゃん?」
「……は!だ、大丈夫にき、っゴホゴホ!……決まってんでしょうが」
満子ちゃんは僕を腕で押しのける様にして立ち上がる。
「待ってなさい太一。今、この女をぶっ飛ばして、そこの猫をゲットしてあげる」
満子ちゃんは春日さんを睨みつけた。
僕が春日さんの方を見ると、春日さんは一瞬泣きそうな、辛そうな顔をした様に見えた。しかし、その表情は一瞬で消え、今はただ満子ちゃんを見ていた。
「倒れてる間に攻撃しないなんて、随分余裕じゃない?」
満子ちゃんが不敵に笑いながら言う。
「私は柔道家だ。倒れてる相手には攻撃しない」
春日さんが冷静な声で言う。
「ふん!反吐が出るのよ。あんたのそういう所が!闘っている相手を倒すのが目的でしょうが!それなのにかっこつけて倒せる時に倒せない。そんなんじゃあんた負けるわよ?」
「小金井お前こそ分からないのか?お前と私の力量の差が?」
「そんなもん私には関係ないわ!私は自分の欲しい物の為なら手段を選ばない!」
満子ちゃんは僕の襟首を掴んだ。そして。
「こんな風にね!」
満子ちゃんは僕を春日さんに向かって投げ飛ばした。
男にしては小柄な僕の体がもつれる様にして春日さんに飛んでいく。春日さんはびっくりした様な顔をしながら、僕を受け止めてくれた。
「きゃ!み、御堂君!大丈夫?」
慌てたように言う春日さん。春日さんはあんなに強いのに、その体は柔かい。
僕ら、二人の間になんとも言えない、気恥ずかし空気が流れた時だった。僕は顔の右側がチリチリするのを感じそちらを見た。それに釣られる様に春日さんもそちらを見る。
その春日さんの顔が凍りつく、顔を向けた先には、鬼の形相をした満子ちゃんが拳を振りかぶっていたから。
「おりゃああああああああああああ!」
およそ美少女が出さないであろう声を出しながら、満子ちゃんは拳を突き出した。
その拳は春日さんの頬に突き刺さった。春日さんはそのまま吹っ飛び、畳の上を転がった。
「私は目的の為に手段を選ばない。だからあんたには絶対負けないわ!」
ビシッ!と春日さんを指さしながら満子ちゃんが叫ぶ。
それに対して殴られた時に口を切ったのか、とにかく口についた血を拭いながら春日さんが立ち上がる。
「小金井ぃいいいいいいい!」
その顔は怒りに満ちていた。
「御堂君を闘いに巻き込むなんて!どこまで腐ってるんだ!お前は!」
「甘い!甘い!甘い!あんたが太一に惚れてるなんて分かってんのよ!それを使わない理由なんて無いわ!」
それを言った瞬間、春日さんの顔が真っ赤に染まる。
「ば、馬鹿!何を言ってるんだ!私が御堂くんの事を、す、好きだなんてそんな……」
「中学生なのあんたは?いつも私の事を羨ましそうに見てるじゃない」
「う、うるさい!誰が羨ましそうになど……!き、貴様の勘違いだ!」
「へぇ~じゃあ、こういう事をしても平気なわけね!」
そう言うと満子ちゃんは僕の腕に胸を押し当てる様にして抱きついて来た。
腕に満子ちゃんの柔らかい部分が当たる。服越しなのにしっかりと分かる感触。
「ほ~ら、ほら!気持ちいいでしょ?太一」
制服のボタンを外し、胸元をはだけて、更に熱烈に絡みついてくる。
「ちょ、ちょっと、満子ちゃん!やめてよ!」
僕は前かがみになりながらそう言う。
「小金井!御堂君が嫌がってるだろ!離れろ!」
「嫌がってる~?どこが?太一はこんなに喜んでるじゃない」
満子ちゃんが首筋を指でツゥーとなぞる。それだけで、僕はゾクゾクした感触が体を突き抜けるのを感じた。
「満子ちゃんってば!」
僕は我慢しきれずに叫ぶ。しかし、満子ちゃんには僕の言葉が全く聞こえていないのか。無視されてしまう。
「あんたもしたいんでしょ?太一とこういう事?」
挑発的な表情で、満子ちゃんが春日さんを見た。春日さんは、両手を胸元でギュッと強く握りしめる。
「……私はそんな事……」
「あげるわ。あんたに」
春日さんが否定しようした時、満子ちゃんが僕の襟首を掴んで、春日さんに僕を投げた。僕は態勢を崩しながら、春日さんの腰に抱きつく形になる。
「うわぁ!」
「え?えぇ!」
春日さんが戸惑った様な声をあげる。
僕は見上げる様にして春日さんを見た。その顔は涙を浮かべ赤い。
「…………っう!」
春日さんはそのまま僕を立たせると、逃げる様に駆けだした。取り巻きを吹き飛ばして道場から消えてしまう。
「……ふ、勝ったわ」
満子ちゃんは満足そうな声で笑った。僕は批難を込めた目で満子ちゃんを見る。
「あんたもたまには役に立つじゃない」
その視線を受けても満子ちゃんは不敵な顔でそんな事を言う。
「…………靴」
「うん?何よ?」
「靴は脱がなきゃ駄目だよ」
僕がそう言うと満子ちゃんは一瞬眉を寄せたけど、詰まらなそうな顔をして靴を脱いだ。まるで男の様に雑な脱ぎ方だった。
「ほら、これでいいんでしょ?」
そのまま脱いだ靴を僕に放り投げる。
「おっとっと…………最初からそうすればいいのに」
僕はその靴を何とかキャッチした。
満子ちゃんはそのまま道場の奥、神棚の下に居る猫のみいちゃんに向って歩き出した。
「さあ~みいちゃん。大人しく私に捕まって頂戴?」
にこぉと笑っているが、明らかに下心が見えてその顔は限りなく不気味だった。
「キシャァ!シャア!」
そんな不気味な満子ちゃんにみいちゃんは体中の毛を逆立てながら威嚇する。
そんな事をお構いなく進む満子ちゃん。五メートル位の距離に近づいた時だった。
満子ちゃんはそこでビタっと止まる。みいちゃんはビクッとして、その場で硬直する。
その瞬間だった。満子ちゃんは猫に向かってヘッドスライディングの様に飛びかかった。
首根っこを掴まんが勢いで飛ぶ満子ちゃん。しかし、みいちゃんはそれをひょいっと跳んでかわす。
満子ちゃんはそのまま壁に激突した。ゴチンという音と共に、神棚から色んな物が落ちてくる。
その間に、みいちゃんは道場から駈け出して行った。見事な疾走だった。
「だ、大丈夫?」
僕が心配そうに満子ちゃんを見ると。
「あぁ!百万円様が!」
満子ちゃんがガバっと立ち上がった。
「こら太一!何ぼーと突っ立てるのよ!さっさと百万円様を追うわよ!」
「う、うん」
本当にお金が懸ってると無敵だね満子ちゃん……。
「どっちに猫が行ったのか言いなさい、五秒以内に」
満子ちゃんは手当たり次第に生徒の胸倉を掴むとそう言った。
生徒達は皆、一様に怯えながら猫が通った方角を指すという行動をとった。僕は満子ちゃんが脅した人に一人一人頭を下げながら走った。
そうして僕らが辿り着いた場所、そこは部室棟だった。
僕らが辿り着いた時にはもう人だかりが出来ていた。
そこでは怒号が飛び交っていた。あっちに行ったぞ!とか、回り込め!とか、邪魔するんじゃねえ!とか、とにかく様々の部が混ざり合い、戦場の様な様相だった。
あちらこちらで罵り合い殴り合っている。普段仲の良い者同士もそんな事、関係がないかの様に争っている。
「す、凄いね……」
何だか人の真の姿を見た気がする。全生徒、総満子ちゃん化だ。
「ふん。これが人間の本性よ。金が絡めば今まで繕った倫理も、世間体も一切消えるのよ」
詰まらなそうにそう言う満子ちゃん。
「さて……こうしちゃいられないわ。私達も参戦するわよ」
「ええ?いまさらだけど大丈夫?怪我しちゃうよ、きっと」
「本当に今更ね。怪我するのが怖いなら最初から参加しないわ。それに、戦わないと得られない物があるわ……」
満子ちゃんは一歩前に出た。そして大きく息を吸い込む。
「私は小金井満子!そこの猫と賞金の百万円様は私が頂くわ!邪魔をする奴はぶっ飛ばしてあげるから、掛かって来なさい!」
あちこちで起こっていた諍いが一瞬ピタリと止んだ。しかし、それは本当に一瞬で、前以上の怒号が襲ってきた。
「またお前か小金井!」
「ふざけるな!お前にやる金など一銭も無いわ!」
「いつもいつも威張ってて気に入らないのよ!掛かってきなさいよ!」
声が衝撃となって隣に立って居る僕までも震わせる。しかし、全員を敵に回してもなお満子ちゃんは平然と立っている。その姿に僕は少し見とれてしまう。いつも一緒にいるけどどうしてこんなにも満子ちゃんは気高いのだろうか。誰よりも人間の醜い欲求に忠実なのに、どうしてこんなにも眩しいのかと思う。
「いいわ、いいわ。やっぱり人間はそうじゃなくっちゃ!喜びなさいお前ら!私が人間としての喜びを教えてあげるわぁああああああああああ!」
満子ちゃんは集団の中に駈け出した。それに呼応する様に集団も雄たけびを上げた。
あっという間に満子ちゃんは集団の波に消えてしまう。人を蹴散らす様な打撃音と、悲鳴で辛うじて満子ちゃんが無事だと分かる。
おいかけなくちゃ……僕がそう思い、足を踏み出そうとした時だった。
「御堂君!」
僕から見て右の部屋のドアが開いて切羽詰まった様な、しかし、可愛らしさを隠しきれない綺麗な声がした。
「翠ちゃん」
その部屋は文芸部の部室だった。僕は翠ちゃんとは対照的にぼんやりとした口調で返事してしまう。
「取り合えず危ないから、部室に入ってよ御堂君!」
そう言って、翠ちゃんはいつもには無い強引さで僕を部室に引き込んだ。
ガチャリ……翠ちゃんが後ろ手に鍵を閉める。
「何か……凄い事になっちゃったね」
翠ちゃんが怯えた様に言う。普段から大人しい子だからこういった事には慣れていないのだろう。
「うん。みんないつもとは様子が違ったよ。やっぱりお金がかかってると違うのかな?」
僕はあはははと笑う。
「御堂君はいつもと同じだね。ちょっとほっとしちゃった……」
翠ちゃんも微かに笑う。部室の外とは違いどこかほっとした雰囲気が流れる。
「御堂君大丈夫?怪我してない?」
「うん。僕は大丈夫だよ。あははは、僕は満子ちゃんの後ろから見てるだけだから」
「そう……でも無茶しないでね」
「うん、ありがとう」
翠ちゃんは本当にいいこだな~と僕は思う。
「じゃあ、翠ちゃんは危ないからここに居てよ。僕は満子ちゃんを追っかけるからさ」
僕は右手を軽くあげて、部室を出ていこうとした。
「そんなの駄目!」
急に翠ちゃんが僕が今まで聞いた事の無い様な声で叫んだ。
「……翠ちゃん?」
僕は唖然としながら翠ちゃんの事を見た。すると翠ちゃんは自分でも驚いた様な顔をすると、そのまま恥じらう様に俯く。
「ご、ごめんなさい……でも、御堂君、行ったら駄目だよ。あんな騒動の中に行ったら怪我しちゃうよ……」
消え入る様な声で翠ちゃんが話す。
そう言われて僕は考える。確かに僕が行った所でさして満子ちゃんの役にたちはしないだろう。寧ろ足をひぱってしまうかも知れない。それならこの部屋で翠ちゃんと一緒に満子ちゃんの帰りを待つのが一番良いことなのかも知れない。しかし……。
「僕は満子ちゃんの事が結構好きなんだ」
僕の口から出た唐突な言葉に、翠ちゃんがキョトンとした顔をする。
「満子ちゃんはいつもお金、お金って言ってるけど。それは自分に正直なだけなんだ。お金が昔から大好きで、お金の為だけにひたすら頑張ってる。確かに他の人とはちょっと変わってるけど、一つの事にあんなに一生懸命になれるのは凄いと思う」
僕は翠ちゃんを見た。目が合うと僕は少しだけ笑う。
「だから見てみたいんだ。満子ちゃんがどうなるか。これから先どういう人間になっていくのか」
「それは…………恋愛感情とかそう言う物じゃないの?」
翠ちゃんが見た事の無い様な真剣な顔で尋ねてくる。今日は本当にいつもとは違った翠ちゃんを見ている気がする。
「…………恋愛感情とはちょっと違う気がする。僕は多分憧れてるんだ。あんな風に自分に正直に生きたいって」
翠ちゃんは僕の言葉を聞くと目を閉じ。そして……深く頷いた。
「そう……じゃあ、私も御堂君と一緒に行くわ」
決意を込める様にゆっくりと紡がれる言葉。
「え?でも危ないよ?」
僕はどうして翠ちゃんがそんな事を言い出すのかよく分からなかった。そんな疑問に答えるかの様に翠ちゃんは言葉を続ける。
「分かってる。でも私も見てみたいの御堂君が見たいものを私も一緒に」
翠ちゃんの表情から、僕はこれはもう決定事項なんだろうと感じた。翠ちゃんの視線から僕は、いつも満子ちゃんの視線から感じる物と同じ物を感じた。
「分かった。じゃあ行こうか。怪我しない様に気を付けてね」
「うん……御堂君も」
そんな会話を交わして僕ら二人は廊下に、再び喧噪の中に出て行った。




