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私の夫は私のためなら七つの大罪を犯してくれます  作者: エタメタノール


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第2話 強欲

 王都で開かれた貴婦人のサロン。

 私も髪をシニヨンにまとめ、モスグリーンのドレスを着て参加していたのだけど、皆がある宝石を身につけていることに気づいた。

 指輪、ブローチ、ネックレス……さまざまな装飾品に赤い宝石が輝いている。

 私はある婦人に尋ねる。


「近頃、みんなこの宝石をつけてるわよね」


「ええ、リュミテールよ」


「リュミテール……」


「今、レゾーナ鉱山で採掘ラッシュが起きてるんですって」


 リュミテールは真紅の輝きを持つ鉱石で、古来より装飾品などに珍重されてきた。

 それが今、王国のレゾーナ鉱山においてリュミテール鉱脈とでもいうべき鉱脈が発見され、空前の採掘ラッシュになっているという。

 山には一獲千金を夢見る大勢の男たちが集まっているとのこと。


 リュミテールの美しさに興味はあるけど、それ以上に夫に話すいい話題ができたわ、と嬉しくなった。



***



 その夜の夕食中、私は夫に採掘ラッシュのことを話してみた。

 夫も興味を示し、話は弾む。

 グローサル家での一件以来、私たちの間にうっすらと残っていた膜のようなものが外れたのか、夫婦の会話はだいぶ円滑なものとなっていた。

 すると、思いもよらぬ方向に話は進む。


「だったら、私も採掘に参加してみようかな」


「え?」


 私はきょとんとする。


「実は、今度レゾーナ鉱山がある方面で演習することになっているんだが、半日ほど予定が空くんだ。その時、採掘に参加してみようと思う」


「だけどあなた、鉱石を掘ったことなんてあるの?」


「それはないが、鉱山を根城にする山賊らとの戦いは経験があり、鉱山がどういうものかということは人並み以上に分かっているつもりだ」


 鉱山で戦ったこともあるなんて。

 夫がいかに多くの修羅場をくぐっているか、感心してしまう。

 夫は私に目を向けてきた。


「よかったら君もどうかな?」


「私も?」


「採掘ラッシュがどういうものか、実際見たら話のタネになるんじゃないかな」


 貴族夫人が鉱山に行くなど、常識では考えられない。普通なら「お洋服が汚れちゃうわ」などと断る場面だ。

 しかし、私の中で真っ先に浮かんだ感情は――


「面白そう!」


 夫が嬉しそうに微笑む。意見は一致し、私たちは夫婦でレゾーナ鉱山に向かうことにした。



***



 一週間後、私はレゾーナ鉱山にやってきていた。

 私の近くには夫と、もう一人騎士がいた。

 『白竜騎士団』副団長ゾイレ・シュタイム。黒髪の騎士で、夫が最も信頼を置く右腕である。


 作業服姿となった夫が言う。


「では私は鉱山に行ってくる。ゾイレ、ルエーネを頼んだぞ」


「お任せください」


 夫は鉱山に入っていく。ツルハシを持ち、腰には念のため剣を差している。

 ゾイレは私の護衛を務めてくれる。兵士十人従えるよりも安心だ。


「ごめんなさいね。主人に付き合ってもらっちゃって」


「いえいえ、レゾーナ鉱山の採掘ラッシュには私も興味がありましたから」


 鉱山周辺を見ると、噂通り大勢の男たちがやってきている。

 中には大量のリュミテールを見つけたとおぼしき人もおり、にぎわっている。

 まるでお祭り騒ぎだわ。

 これだけの人間が集まっていると、時には喧嘩のようなことも起こる。


「このリュミテールは俺が見つけたんだ!」

「いいや、俺だ!」


 ゾイレが仲裁に入り、二人をなだめる。

 さすが夫の右腕だけあって、こういった場には手慣れている。


 他にもさまざまな不穏な情報が耳に入ってくる。

 日頃から鉱山で働いているであろう坑夫たちが、こんな話をしていた。


「冒険者どもが、『こっちは誰も掘ってないはず』って立ち入り禁止区域まで入っちまいやがったぜ」


「いつ落盤が起こるか分からねえってのに、バカな奴らだ。欲深は身を滅ぼすんだよ」


「なにも起こらなきゃいいが……」


 鉱山の仕事は、決して楽しいお宝探しではなく、常に危険が伴う。まして、今は採掘ラッシュで大勢の素人が押し寄せている状態。

 私はにわかに胸騒ぎを覚えた。



***



 それは起こった。


「落盤だーっ!」


 坑夫たちが大騒ぎしている。事故が起きたようだ。

 私が行っても役に立つわけがないので、見守るしかない。


「どこでだ!?」


「西の立ち入り禁止区域だ!」


「あそこはいつ落盤してもおかしくなかったからな。不幸中の幸いだ」


「それが、入っちまった冒険者がいるらしくて……」


「なんだとォ!?」


 先ほど話に出ていた冒険者たちだろう。

 無茶をして落盤に巻き込まれたらしい。


「それで……ファーデンっていう人が冒険者を助けに行くって、落盤起きてる中に突入しちまったらしいんだよ」


「おいおい、マジかよ!」


 全身に衝撃が走る。

 ――間違いなく、夫ファーデンだ。

 あの人はそういう人だ。目の前でピンチの人がいたら、手を差し伸べる。騎士の鑑のような人だ。

 だけど、落盤に立ち向かうなんていくらなんでも無茶すぎる。

 このことは隣にいるゾイレも聞いていた。


「奥様、すぐに私が救出に参ります!」


 だけど、私はそれを止めた。


「お待ちなさい」


「……え?」


「あなたは戦場では勇猛な騎士だけど、鉱山のことは門外漢のはず。ここは彼らに任せましょう」


「し、しかし……」


「それに、主人になにかあって、もしあなたまで落盤に巻き込まれるようなことがあれば、それは『白竜騎士団』の壊滅に等しい。そんなことは絶対あってはなりません」


 ゾイレはまだ助けに行きたそうなので、私はきっぱり言った。


「主人が死ねば、『白竜騎士団』はあなたが率いることになる。しっかりなさい」


「……!」


「返事は?」


「は……はい!」


 ゾイレもようやく地に足がついたようだ。

 私たちは落盤事故の行く末をじっと見守った。


 しばらくして、鉱山の方から歓声が上がる。


「なにかあったようですね」


「ええ」


 大勢に祝福されながら現れたのは、夫ファーデンだった。

 左腕に気絶している冒険者三人を抱え、右手にはなにやら赤い塊を持っている。

 全身土で汚れてはいるが、怪我はしていないようだ。


「まったく、世話の焼ける者たちだった」


 夫は冒険者たちを地面に降ろす。

 そのまままっすぐ私の元に歩いてきた。


「だが、いい手土産ができた。ルエーネ、リュミテールの原石だ!」


「まあ……」


 赤い塊は、なんとリュミテールの原石だった。かなり大きく、掌に載せるとはみ出してしまうほど。

 詳しく話を聞いた。

 夫は落盤が発生した瞬間、冒険者たちを助けに向かった。

 冒険者たちは全員失神していたが、どうにか無事だったらしい。

 しかも夫はここで、リュミテールの巨大な原石を発見する。

 夫は剣で坑道を塞いだ岩や土を強引に切り開き、なおかつ冒険者と原石を抱えて脱出してみせた。まさに夫でなければ不可能な力技だ。


 周囲は大騒ぎしている。


「あんなデカイ原石見たことねえぞ!」

「冒険者たちも全員無事だ!」

「なんなんだ、あの人……」


 ゾイレも苦笑いする。


「宝石を手に入れて、冒険者も助けて、自分も無事生還する。欲張りすぎですよ、ファーデン様」


「お前という信頼できる部下がいるからこれぐらいの無茶もできるんだ」


 たとえ自分が命を落としても、『白竜騎士団』にはゾイレがいる。だから落盤にも立ち向かえる。ゾイレとしては最大級の賛辞だろう。

 私はそんな夫に言った。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 夫もニコリと笑った。


 馬車での帰り道。


「ゾイレに聞いたよ。君はほとんど動じなかったそうだな。さすがだ」


 そう、私はあの時すでに夫が死んだ時のことを考えていた。それが「ファーデンの妻」の最適解だから。

 だけど、本当は――


「あなた、私も武人の妻として、騎士は無茶をするものということは心得ています」


「うん」


「だけど……あまり無茶はしないでね」


「ああ、分かっているさ」


 夫の死を覚悟しているが、絶対に死んで欲しくはない。

 矛盾しているかもしれない。だけどこれが私の紛れもない本音だった。

 私の弱々しい吐露を、夫は温かく受け入れてくれた。



***



 夫が手に入れたリュミテールの原石は、家に置いてある。

 磨いたりはせず、あえてそのままだ。


 夫はこう言う。


「これ、磨き上げてしまえばいいのに」


 私は首を横に振る。


「いいえ、これはこのままが一番いいの。その方があの時のあなたの勇姿をより鮮明に思い出せるから。宝石として磨き上げてしまったら、それを楽しめなくなってしまうわ」


 こんな私のワガママに、夫は笑みを浮かべた。


「私は欲張りだが、君もかなりの欲張りだね」

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