8.おむすび神社の裏家業!? 博物館のさまよう鎧 前編
「ねぇねぇ! 外国の金貨が博物館に展示されるってさ!
めったに見れない古代のコインだよ!!」
「じゃあみんなで見に行きましょうか。私も博物館に用があるし」
昼休みのことである。
本日のおしゃべりは、そんな会話から始まった。
「何でみんなで行くんだよ。コインに興味があるのはゴールドだけだろ?」
しかし、金貨に興味のないヤマトがこれを拒否。
誰も明言しないが、他の面々も似た考えだっただろう。
なぜなら、神守町は博物館がひとつしかない適度な田舎町。
その博物館が市街地から少し離れているため、学生が訪れるにはバスを使うことになる。
わざわざ古びた金貨を見るためだけに、バスで遠出したくはなかった。
よって、少女たちは気が乗らない。
「きずなちゃんは、博物館に何の用があるの?」
空気が悪くならないよう、ほたるが話題を変え場を調整する。
「実はこの町の博物館には、やばい品を全国から回収する役目があってね。
そういった裏の品を、さらに専用の蔵で管理してきたのが上白家なの。
今回は海外から入手した、曰く付きの品を受け取って欲しいってさ」
「よし、じゃあ行くか!」
そして、速攻でヤマトの手のひらが返された。
町の巫女が裏家業で扱う曰く付きの品、という点に興味が湧いたらしい。
躊躇なくヤマトは首を突っ込んだ。
「どんなのだろうね~」
先程まで場の空気を調整していたが、ほたるもそれを止めない。
ヤマトの勢いに乗っかり、どんな品なんだろうと目を輝かせている。
「あの、わたくしどものような素人が、そういった品に関わってよろしいのですか?」
「大丈夫だよ、『神様勾玉』が側にあればね。
巫女として覚醒した私たちは、すごい霊力で守られてる。
お守りを手放さない限り、悪い結果にはならないわ」
専門家からそうお墨付きが出たことで、後願の憂いは断たれた。
次の日曜日、一行はそろって町の博物館を訪れる。
☆☆☆☆☆
「ほぅほう。ほぅほう。ほぅほ――――ぅ」
「ゴールド、展示ガラスから離れなさい。周りの人が見えないでしょ」
「ガラスも綺麗とは限らないんだから、頬ずりしたりしないの」
展示ガラスにへばり付き、飾られている外国の硬貨。
その古びたコインの装飾ひとつ、溝ひとつ見逃さない。
そう言わんばかりの気迫が多々良ゴールドにはあった。
ガラスとキスができる距離で凝視するままに、さっそくスケッチブックが取り出された。
自分が描くべきもの、描きたいと思ったものを、少女は黒鉛筆で刻みつける。
ガリガリという気迫とともに、絵が描かれていく。
「あーあ、スイッチ入っちゃってるよもう」
「しょうがないわ、置いていきましょう。まだ館長との待ち合わせまで時間があるから」
それから
博物館をめぐり、展示物を楽しんだ少女たちが帰ってきた時。
ゴールドは寝転んでいた。
仰向きの体勢で、ガリガリとスケッチブックに鉛筆を走らせている。
おそらく別の角度からコインを描きたかったのだろう。
彼女の執念と情熱を思えば、そこまでは理解できる。
しかし、周囲の目を一切期にしていないのが問題だった。
今日は休日。普段より人は多く、周りには家族連れもチラホラいる。
他の客は、仰向けで絵を描く少女に戸惑いながら足早に去っていった。
普通は多くの展示物を見るために、流れるように博物館をめぐりるもの。
いくらコインの展示の前でずっと留まっている人は少ない。
なので、展示物を見ながら歩いている際に、うっかりゴールドを踏みつけそうになった人もいた。
その人は驚きながら、足早にその場を去っていく。
そして最大の問題は、彼女がスカートであるという点だった。
幸いまだめくれ上がってはいない。
しかし、周りの目を一切期にしていない少女に何らかの間違いが起こるのは。
――時間の問題かもしれなかった。
「やめんか、はしたない!!」
明らかに迷惑行為以外の何ものでもなく。
その後、鬼の剣幕をしたきずなに、ゴールドはこってり叱られるのであった。
☆☆☆☆☆
「うえーん。みんなの邪魔にならないよう、足をたたんで引っ込めてたのにー」
「そのせいでスカートめくれかけてたじゃん。
もうちょっとで公開してたら、痴女で変質者だったんだからね?」
「マジでウケる。ぱんつー丸見えなんて、今どき小学生でも言ねぇぞ」
呆れるほたるとは対照的に、ケラケラと笑いながら腹を抱えるヤマト。
だが彼女の表情は、一瞬で真顔に変わる。
「ただまぁ、こうして笑い話で済むのはあくまでお前が奇行に走っただけだからだ。
変なやつから変な目に合わせられてたら、あたしはそいつをぶん殴りにいかなくちゃならん。
次からは気をつけるこったな」
「うぅ、まさかヤマトちゃんに常識を説かれるなんて……」
「反省してねーなら公開プロレス技キメるかんな」
時刻は夕暮れ。閉館時間が近く、客の出入りもまばらになった。
そんな博物館の裏側で、小さく話をしながら少女たちは歩いていた。
ここは一般人が通常立ち入れない、館員の専用廊下。
先頭を歩くきずなの隣では、責任者として館長も一緒に歩いている。
彼はどこか顔色が悪く、流れる脂汗を何度も拭っていた。
そして、鍵束を取り出した館長の手で、重い金属扉が開けられた。
「――では上白さま。オババ様に代わり、どうかお願いいたします」
「かしこまりました、館長さん」
それ以上のことは何も言わず、何も聞かない。
全員が部屋に入ったことを確認して、そのまま館長は金属扉を閉めた。
「このような形で良いのでしょうか、きずなさん。
わたくしたち、閉じ込められたのですけど」
「問題ないわ。今回はすぐ終わるから」
金属扉の向こう側。四隅にお札が張られた、隔離された部屋。
その中にあったのは、汚れた西洋甲冑だった。
座らされた形でたたずむその姿からは、禍々しい雰囲気を感じる。
側に剣は置かれていない。おそらく意図的に、武器は取り上げられていた。
それでも、まるで今にも動き出して、斬りかかってきそうな印象があった。
きっと何百年も使用者はいなかったはず。
なのに変わらない殺気を、甲冑は放っていた。
そんな甲冑の前に、きずなが立った。
「言っておくけど、みんなが期待してるような派手なことにはならないわよ。
戦闘は起こらない。危ないことは何もない。
そう確信があったから、みんなを連れてきたの」
そう言って、きずなは1枚のお札を取り出した。
お札には赤い、見たことのない模様が記されている。
だが、中央に書かれた文字だけは分かった。『禁』とある。
「では、何故わたくしたちをここに?」
「それに関しては、ぼくからお話しよう!」
きずなが謎の動き、謎の呪文を繰り広げ、何らかの術を使う中。
ふらりと出現した御ムスビ様が説明を始めた。
「妖怪の世界では、予め知っていたということがすごく大事になる。
何故なら、正体がバレた妖怪は無力化するから。
よって、一度見ておく。ただそれだけのことが勝ちにつながる。
みえない世界での戦いはそういう戦いだ。
それを思えば、いわくつきの品もひと目見ておくべきだと思って連れてきた。
つまり社会勉強だね!」
「な、なるほど……」
「というわけで見ておくといい。
これがこの町の裏でずっと行われてきた、君たちの知らない世界の姿。
確かに存在する、この世とあの世のはざま。見えない世界の話。
拝み屋、祓い人、霊能力者と――ぼくらが相手をするあの妖怪たちとは何ら関係ない、怪異現象とのやり取りだ」
そして、全ての準備を終えたきずなの口から、ただ一言だけ唱えられた。
「『禁』」
それで、全てが終わった。
言葉の前と後で何もかもが違う。
素人目でも分かるほどに、西洋甲冑から放たれていた殺気が消えた。
「え、これで終わり!?」
「なーんだよ、つまんねーなー」
「やかましい、こんなのは地味に終わるならそれが一番なの。
地味に解決するのが一番大変なんだからね」
「ちなみに、きずなはんが何をしたんかは教えてもらえるんやろか?」
「問題ないわ、教えてあげる。
これは禁術と言ってね、物事に「禁止を押し付ける」術なのよ。
虫を禁じて害虫を追っ払ったり、刃を禁じて来れなくさせる。
みんなのおデコにお札をつけて髪を禁じれば、それだけで頭テカテカさえてピカピカよ」
「嫌な呪文やねぇ」
「紛れもなく呪術の一種、つまりは呪いだからね。
ちなみに私は、なんでかこれが一番得意だったりする。
今はこの世とあの世のバランスが崩れてるせいで、四方を専用のお札で区切った結界の中でしか安定して使えないけど」
そう言って、きずなは自身がもってきたボーチにお札を貼り付けて唱える。
「私のポーチでさらに実演してみましょう。――色を『禁』ずる」
次の瞬間、みるみるうちにポーチが脱色され、傷んだ白色へと変わる。
「……やばいね。まるで経年劣化みたい」
「その術は、そんなに多用して良いものなのでしょうか」
「使うことによる私へのリスクは心配しなくていわ。あくまでこれは使い方次第。
悪夢を禁じて安眠させたり、霊能力に悩む人の第三の目を閉じさせることもできるから」
きずなの言葉に、安堵する少女たち。(ヤマトは除く)
しかし続く言葉の厳しさに、少女たちは息を呑んだ。(ヤマトも含む)
「けどこれは、人を禁ずればそのまま殺せる本当に危険な呪術よ。
今回の甲冑はなんてことない代物だったけど、それはあくまで速やかに対処できたから。
それを忘れないで。
そして、もしも『神様勾玉』で目覚めた霊能力が、みんなに悪影響を及ぼしたのなら。
この禁術をもって封じ込める気でいたわ。幸い、出番はなかったけどね」
きずなが用意したお札と、それによって祓われた西洋甲冑。
脱色されたポーチ。真剣な、裏稼業の巫女の表情。
同級生の、もう一つの姿。
それらを見渡す少女たちは、なんと言葉を続けるべきかわからない。
だから、そういった沈黙を破るのが、ヤマトという少女の役割だった。
「てことはこの甲冑、あんがいヤベー奴だったってことか」
「そうよ、この程度の霊力でも闇が深い夜なら動き出す。
そのまま発せられる霊圧で、大体の人なら苦しめられる。
だから元から耐性のある館長さんや、勾玉がある私たち以外じゃ近づくことすら出来ない。
これが近くにだけで体調を崩しちゃうから」
「――へぇ、それはいいことを聞いた」
そして、唐突に。
部屋のお札を乗り越えて、影の中から少女が一人現れた。
まるで最初からそこにいたかのように、自然な態度で謎の少女ミカゲがたたずんでいた。
その手に握られているのは、きずなのお札とは別の一ツ目が書かれた『お札』。
ならば当然、続くは唱えられた呪文だった。
「怨・切切・婆沙羅・吽・張。――畏レ、奉ル」




