6. 金の巫女の執念! 少女と天下の日本銀行券 後編
そして、多々良ゴールドはゴミ箱妖怪が発生したスーパーの近くで、別の建物の屋根に降ろされた。そこで身を隠してゴミ箱妖怪と巫女たちの戦いを見つめている。
「あいつのベロ、だいぶ速いな!」
長く太い舌で距離を取りながら、隙あらば絡め取り自分の体内――ゴミ箱の中――にしまってこようとするゴミ箱妖怪。これに相対するのが、超常の力を得たとは言え同級生。中学2年生の女の子たち。
「なんで? どうしてそんな事ができるの? 何で戦えるの……?」
呟かれた、突如巻き込まれた少女の疑問に答えたのは、土地神として町内を見守る御ムスビ様だった。
「ぼくら八百万の神々は、今回の事件を試練として人間たちに課すことにした。この世とあの世のバランスが崩れ人間界に影響が出る以上、仮にも霊長の座にいるのならば人間側も問題解決のため尽力すべき。そう考えたからだ」
語られる内容は、神というあの世の管理者の視点からの厳しもの。力を貸すぐらいはしてやるから、人間界で起こる問題はお前らが解決しろ。それが八百万の神々の主張だった。
「上白きずなは、誰かがやるしかないなら自分がやるという義務感と自己犠牲から、おむすび神社の巫女として役目を果たすため行動している」
「赤城ほたるは、そんな彼女を知ってしまったら無視できないという隣人愛から。龍水しずくは自分の人生が求めるものを探すため。土居ヤマトは自分の人生に必要な暴力を満たすため。茂木みどりは、価値が見出している受け継ぐという連鎖を途絶えさせないため」
「全員ばらばらだけど、だからこそいいとぼくは思う。公の精神で動く者、友達を隣りで支えたい者、私心で動く者、我欲で暴れる者、公と私のはざまで反復横とびする者。一人として同じ方向を向いていない。だからこそ、いいんだ」
「どうして……?」
「バランスが取れているからさ。世の中、バランスが取れてることが一番大事。善いも悪いも光も闇も、世界に含まれる要素の一つに過ぎない。ぼくら八百万の神々が大自然の荒ぶる側面と恵みの側面を有しているように、全てはバランスだ。そして君は、ぼくらの中の誰にも似ていない。誰も持ってない価値観を有している。だからぼくの巫女は、君をリーダーとしてスカウトしたんだ」
ゴミ箱妖怪の蓋が開き、牙の並んだそこから太く長い舌が伸ばされる。それはハエを捕まえようとするカエルのように、俊敏な動きで巫女たちに襲いかかった。
この攻撃を『青気功』で雨の巫女が大地へ叩きつけ、大地の巫女が怪力で抑え込む。同時に、街路樹から伸びる『木霊』の根が体を拘束した。
そして動きが止まったその瞬間、ゴミ箱妖怪は『浄火炎』をくらってひるんだ。
その隙をついて白兎の巫女が、『神威陽光波』を当てようと跳躍して――妖怪の弱点である一ツ目がゴミ箱の中に引っ込んだ。
これでは浄化の光が届かない。作戦が失敗し、悔しがる巫女たち。
だが、その連携は多々良ゴールドにとって別の意味があった。
「アタシは――個としての美しさではなく、群としての美しさを尊いと思った。一人の天才が偉業をなすことよりも、凡人でもみんなが協力して技術を体系化するのが堅実でかっこいいと思ってた。唯一性ではなく再現性を、誰か一人しか出来ないではなくみんなが出来るを追求する。だからアタシは、量産型が好きだ。大量生産できるものが好きだ」
「それはつまり、あの子たちの力になりたいということかな? あの子たちと共に何かを成し遂げたいと思ってくれた。そういうことかな?」
「けど、戦いなんて怖い。あんな妖怪とアタシが戦うなんて」
「それでいいんだよ。戦いを怖いと思う君の本心を見抜いたからこそ、ぼくの巫女はリーダーとして君を勧誘した。戦いが怖いと当たり前に思う、君みたいなやつはいて当たり前で――だからこそいるべきなんだ」
戦いを好む『土』の巫女。
戦いを恐れない『木』と『水』の巫女。
恐れた上で、乗り越えられる『火』と『陽』の巫女。
だから一人ぐらいは間違いなく、戦いを恐れるストッパーがいるべきだと『陽』の巫女は判断したのだと、御ムスビ様は見抜いていた。
「君はそれで良いんだ。戦いが怖いままに、戦いたくないと思うままに――あの子たちの力になりたいと思ってくれていい。その思いこそが君の力になるんだから」
そして、屋根から戦いを見つめていた少女が、拳を堅く握った時。
御ムスビ様の中から、『金』属性の『神様勾玉』が飛び出した。
「今だ。君にとっての強さとは何か、それを口にするんだ! それが君の能力となる」
「アタシにとっての強さは――普遍性。みんなが使える、みんなが欲しがる、みんなの側にある。そういう普段は気づけないものこそ、アタシは大事にしたいし一番強いと思う。だから!」
彼女固有の卍句が唱えられた。
その姿を、魂のこもった言葉にふさわしいものへと変える。
「『変身、鍛造のひとふり』!」
それは、ある意味で一種の没個性であるとも言えた。
きっとどこかで見たことのあるテンプレートであった。
だからこそ、王道にして普遍という価値を有していた。
黄金にきらめくその衣装は、少女が幼い頃に見た魔法少女を真似たもの。
きっとどこかで誰かも見た、最初に好きになったヒロインの姿。
かっこいいとかわいいの原点。ひとりひとり違う、誰しもの心にきっとある原初のヒーローの姿こそ、彼女にとっての強い自分。もっとも勇気づけられる姿。
だから、そのようになった。
黄金の髪型、輝く瞳、変身ヒロインの代表例のような衣装。
それを装飾によって盛り立てたものこそ多々良ゴールドの変身。
一振りの名刀ではなく、より多くに行き渡る普遍の力を思わせる姿だった。
「『輝く一閃』! 金の巫女、ツール・ブレード!」
だからこそ、きらめくものがきっとある。強さ、美しさ、かっこよさ、かわいさ。それらを追求したその姿は、彼女にとって大事なもの。
その上で少女にとって神の力は、どこまで行っても手段だった。
「リーダー!」
「そう、覚醒したのね、アナタも」
頑丈なゴミ箱のボディに一ツ目が収納されたことで、弱点をつけずに巫女たちは攻めあぐねていた。パワーに優れた大地の巫女が、ゴミ箱妖怪の舌を押さえるために動けなかったからだ。
しかし、『金』の力の巫女が覚醒したことでその前提は崩れた。
「『メタル・メタモルフォーゼ』。受け取って。そして使って、アタシの力!」
一振りの巫女の手の中で『金』属性の力が集約し、抜身の日本刀のような黄金の刃の形をとる。そしてそれが、白兎の巫女へと投げ渡された。
リーダーの手に渡ったことで、黄金の刃は白い光を放ちだす。
「これは――」
「武器の精製と譲渡! すなわち人の手によって加工され、普遍的に使われてきた道具としての金属の体現こそが、あの子の能力なんだ!」
人の歴史。人類の歩み。文明の発展。
彼女の力の安定は、複数の意味で歴史から肯定されるものだった。
巫女たちは自分の固有能力は自分だけでしか使えないが――彼女だけは違う。彼女の力、『金』の属性だけは、託された側も使用できる。
白兎の巫女はそのことを、御ムスビ様に説明されるままに納得した。
そして流れるように、力を込めて刃を振りかぶる。そこに『神威陽光波』の力が集約されていた。
「一点集中、『神威陽光波、斬り』――ッ!!」
ゴミ箱妖怪のボディを斬り裂いたその一太刀は、隠されていた一ツ目にまで届き斬り裂いた。つまりは、戦いを終わらせたのだった。
「おーおー、また出てきたか6人目。こっから10人20人も出てくるようなら、いっそ諦めてしまいたいダルねぇ。ああ、ダルいしんどい面倒くさい……」
そして、人知れずダルダルは影の中に沈んで行く。
そのことに巫女たちは気がつかなかった。
☆☆☆☆☆
放課後はまだ終わらない。多々良ゴールドはみんなと一緒に帰宅することなく、学校に戻り描きかけていた絵の作業を再開した。
カッターで細く長く削られた、デコボコの芯が露出した鉛筆を手に少女がキャンバスに向き合っている。絵の具ではない。描いているのは一万円札の、福沢諭吉のすかしの部分だった。
そしてその傍らには金糸が散りばめられた「おむすび神社」のお守りがあり、それでもいいと彼女はみんなから肯定されていた。更にキャンバスに向き合う少女を見つめる位置で、リーダーとして上白きずながいる。2人きりの美術室で、彼女は多々良ゴールドが絵を描く姿を見つめていた。
「ねぇ、なんでほとんど初対面なのにアタシを巫女に勧誘したの」
「私には『勾玉』の力とは別に、もともと霊感があるからね。特に絵みたいな人の念がこもりやすいものからは、色んなものが読み取れる。最近はこの世とあの世の力が乱れてるせいで不安定なんだけど――何故かアナタの絵からは、ハッキリしたものが伝わってきた。だからよ」
「何が伝わったの? リーダーはアタシの絵から、いったい何を読み取った?」
「すごく濃厚な執念と執着と、挑戦への決意。アナタはその絵を通して何かに挑んでるんだって分かった。その心の強さがあれば、これから先すごく頼もしいって思ったから勧誘したの。ねぇ、今度は私が聞いてもいい?」
「どうぞ」
「どうしてあなたは、そんなにお金が好きなの?」
その一言を切っ掛けに、せきを切ったように言葉が紡がれた。
「――アタシは子どもの頃から絵が上手だった。特に模写が得意で、神童とか天才とかほめられまくった。多分、目が特別なんだと思う。どういう配分で絵の具を混ぜればいいのか、どういう描き方をすれば描きたいものを表現できるのか、何となく昔から分かった。色彩感覚と空間認知能力に優れてるって絵の偉い人には言われた」
「上手く真似した絵を描けば、描いただけ周りからほめられる。アタシも気分よかったから、色んなものを描いては周りに見せた。けどそのうち描くものがなくなって、描きまくって技術も上がってきてたから、難易度が下がって飽きが来てた。だから、なにか描き甲斐のある難しいのはないかと家の中の棚とか全部ひっくり返して――父ちゃんが隠してたへそくりを見つけた。ピン札が何枚もあった」
「ちっちゃい頃の話だったから、それの価値はよく分かってなかった。なんか、たまに父ちゃん母ちゃんが使ってるやつだなぁって思っただけ。けどそのとき思ったんだ、よく見たら細かい紋様が多いから、これを完ぺきに描ける自分はすごいんじゃないかって。当時は偽札禁止なんて知らねーし、そのままクレヨン使って描き始めて――思った」
「描けるかこんなもん!!」
「すかしって何だよ、1枚の紙で部分的に厚さを変えて模様作るとかどうやってんだよ! こんなのどうやりゃ絵で表現できんだよ! そんで何なんだよこの模様、アタシに描けないものはどうやって描かれてんだ!? 観察しようとしたら目がチカチカするんだわ!!」
「初めて上手く描けなくて、納得できるものができなくて、悔しくて悔しくて。そして調べていくうちに分かった。お札1枚にとんでもない技術と工夫が込められてるんだって。
例えば、なんで諭吉に諭吉が描かれてるのか。それは人間が表情の違いを見抜く能力に長けてて、諭吉をミスるとすぐ偽札だとバレるからだった。最初アタシが幾何学模様に行く前につまづいたのもそこだった。アタシは風景画とかばっかで、大して人物画を描いてなかったんだってそのとき打ちのめされた。4年生ぐらいの時だ」
「そして調べていくうちに学んだ。お札に描かれてる幾何学模様を彩紋と言うんだが、これは人の手では作れない。複数の歯車を組み合わせた専用の機械で作るからだ。歯車の大きさ、形、ギザギザの数。組み合わせを変えればバリエーションは無限。んなもん人力で描けるはずがない。けどアタシは……それを人力で描きたいと思っちまった」
「金の歴史を調べれば調べるほどに、お札の細かさと込められた技術にめまいがした。製紙、印刷、彫刻、インク! ひとつひとつは別の場所で生まれた多くの技術を、偽造という人間の悪意に対抗するため統合したもの! それが紙幣という芸術だった! 背景を知れば知るほど、身近にある紙幣が美術館で見るどんな絵より美しく思えてならなかった!」
「誰もが知ってる、誰もが持ってる。その上で、誰もが欲しがる! 日本銀行券だけで180億枚以上、世界単位で見た場合、紙幣という芸術が一体どれだけ作られたことか! その数を超える個人の作品なんてありはしない。ピカソもダヴィンチも超えてるじゃねぇか、紙幣という作品は! アタシはそう思った」
「偽造に対抗するため、何人もの知恵者・技術者が長い時間をかけて作り上げた作品! それが金だ! アタシは――思った。これを描きたい。そして超えたい。だからこうして手を動かしている! 諭吉を使ってるのは、それが一番身近にある天下の日本銀行券だからだ。本当は、もっといろいろな世界の通貨を描きたいんだ。その紋様から、コインの傷一つ、紙幣のシワひとつまで表現したい」
「けど足りない。時間が足りない。一万円札の裏面の、鳳凰の首から上を描くだけで一年かかった。今はすかしの部分を描いているが、紙の厚みと光の透過を表現できている自信がない。悔しくて悔しくてしょうがないが――それでもやめられないんだ。この挑戦を、アタシは続けたいと思ってる」
そう絵に向き合い、執念を燃やし、自分の方を一度も見ないままに言いたいことを言い切った彼女に対し、きずなはただ一言言った。
「じゃあ、そんなアナタを私は見てるわね」
夕日が沈むまでの間、家族の迎えが来るまで白い紙に鉛筆の線が引かれる音が響く。この時、少女はどちらも、楽しげだった。




