6. 金の巫女の執念! 少女と天下の日本銀行券 前編
「チクショー! 何だってああも、こっちのに強い巫女が覚醒してんだよぉ」
パンクな竜人の姿をした妖怪ソウリュウが、暗い影ばかりの世界でうなだれていた。うつ伏せでふてくされる彼の側で、不安定なファッションをしたアバンギャルドでゴスロリな謎の少女、ミカゲが呟く。
「よしよし、頭なでたげる。なぐさめたげる。いじめられたんだね可哀想に」
無感情な棒読みではあったが、案外その手つきは優しいようにも感じられた。
「どっちかっつーと喧嘩は俺様から売ったんだが……それはそれとして理不尽だよなぁ!? 何だってこう、あっちに都合良く物事が回るんだか!!」
「しょ~がねぇーさぁ~。儂らは世界の均衡を壊す側。向こうは世界の均衡を保つ側。そりゃ色んな後押しは、あっちの味方をするに決まってるダル~」
「うっせぇ、ダルダル! 次はテメェが行きやがれ! というかそろそろ働くべきだろ、お前も!」
図星をつかれたソウリュウが、悔し紛れに声を張り上げた。
その相手は禿頭の、干からびた老人だった。
無作法にも肘をついて寝そべり、億劫そうにしゃべっている。口から発せられる言葉や息だけで、倦怠感を相手に与えるような辛気臭い老人だった。
面倒くさそうに寝返りを打った彼は、陽の当たる世界でも変わらない濁りきった目で2人を見つめる。
「はぁ~あ、分かったダル……」
すると反論が思い浮かばなかったのか、あるいは反論を考えることすら面倒だったのか、そのまま彼は立ち上がりった。そしてボロボロの懐に『お札』があることを確認して、寝かせてあった杖をとる。
「あ~、ダルいしんどい面倒くさい……」
そして、くたびれた老爺は間延びした辛気臭い声で呟き、杖を引きずるままに影の世界から外出したのだった。
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世界は、5種類の属性によって作られているという考え方がある。
これを五行思想といい、その力を使用するのが『火』と『水』と『土』と『木』の巫女である、上白きずな以外の少女たちだ。
そして、最後に残った五行の力は『金』属性。放課後、一行は『木』の巫女として覚醒した茂木みどりに紹介されるままに、『金』の巫女候補の元へ向かった。みどりにうながされるまま、その途中で目にしたのが美術室前の一枚の絵だった。
「これって確か――」
「去年の夏休み明けに、コンクールで金賞を取った絵だね」
きずなは去年のことを思い返す。そして夏休み明けの朝礼で、校長から賞状を受け取った生徒を覚えていた。金髪のツインテールが特徴の、小柄なクォーターの同級生だったはずだ。
「黒の絵の具だけで描かれた、緻密な鳥の絵。首から上しか描かれてないけど、これは鳳凰を描いたやつかな?」
「いい絵だね。すごくびっちり書き込まれてて、白と黒だけなのに濃淡で色が表現されてるように見える。けどなんかこの絵、どっかで見たような――」
ほたるが口にした疑問と、同じものを覚えたきずなとヤマトに対し、しずくが指さして言った。
「それはそうでしょう、こちらをご覧くださいまし」
彼女が示したのは、絵のタイトルだった。
『日本銀行券 裏面にて見守る 作:多々良ゴールド』
「あ、これ一万円の鳳凰を拡大したやつか!?」
中学2年生である彼女らにとって、一万円はあまり身近でない。そのためすぐに浮かばなかったが、一度気づいてしまえばもう頭から離れない。どこからどう見ても、一万円の裏側に描かれてある鳳凰だった。
「これってありなの?」
ほたるの疑問に、しずくが答えた。
「この作品の評価軸はデザインではありませんからね。ありふれた一万円札を題材に選んだ独創性や、印刷された一万円の複雑な図形を手描きで表現しきった技術。それらを総合した芸術性によって、見事金賞を勝ち取った作品ですから」
「名前は多々良ゴールドさん。なるほど、たたら、かぁ……。けど詳しいのね、しずくちゃん」
名前の欄を見ながら今度はきずなが尋ねた。
「わたくしも何度かコンクールに参加してますので、彼女の作品を他に目にしたことがあるのですわ。この人は特に、お金を題材にしたものばかり描いてること有名ですので」
「そして、うちもそのことを知っとった。せやからこの絵を描いた多々良さんを推薦しますえ。お金に執着してはる、金賞を何度も取っとる芸術家。そのメンタルの独特さは、人外化生たる妖怪どもと戦う『金』の巫女にふさわしいんとちゃいますか?」
そう、自身を持って胸を張る茂木みどり。しかしそんな彼女に、きずなの頭の上でずっと話を聞いていた御ムスビ様が言った。
「みどりちゃん。言いにくいんだけど、五行思想の『金』属性はお金とが金じゃなくて金属だよ?」
「……なんやうち、間違ってもうたん?」
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「ダルい、しんどい、面倒くさい。あ~、どうやって『オソレ』を集めるかねぇ」
貧乏神のような風体の、見るからにみすぼらしい老人が町を歩いていた。時刻は夕暮れ時、カラスが鳴き子どもたちが帰り始める、もっともお化けが出る時間。
「あんまり遅くなると、一ツ目妖怪は実体化しない。オバケにはそれに相応しい時間がある。しても人に見えず、なんにも触れなくなる。それじゃあ『お札』の無駄使い。そろそろ、どうやって使うか決めねぇとなぁ」
これまで何人かの子どもとすれ違ったが、不審者そのものであるダルダルに反応する者は誰もいなかった。道を歩くだけでなく、塀を透過し、庭を横切り、勝手に住居内まで突き進みながらも、その姿は誰にも見えていない。
――だがそれも、もうじき終わる。何故なら、ダルダルが廃棄された惣菜をスーパーの裏手で見つけたのだから。
「ふん、飽食の時代たぁ羨ましい。ああ、ダルいし、しんどいし、面倒くさいが、妬ましい。怨・切切・婆沙羅・吽・張。――畏レ、奉ル」
「オソレヨ!」
そして、しわがれた彼の口から呪文が唱えられ、青いポリバケツから一ツ目が覗くゴミ箱妖怪が出現した。
「「――出た!」」
これをきずなと御ムスビ様が感知したのは、ちょうど美術室の扉を開けたのと同じ時だった。今この町では、霊現象が発生する際には、あの世とこの世のバランスが大きく崩れた気配がする。
だからこそ夕日が差し込む美術室の中で、きずなが顔を向ける方へと巫女たちの視線も向いた。それと同時に、実体化したゴミ箱妖怪の姿が窓ごしに見える。
「何あれ、ゴミ箱の怪物?」
そしてこの世とあの世のバランスが崩れているからこそ、本来なら見えないはずの一般人であっても、その姿を目撃できてしまう。窓から見えるほどの一ツ目妖怪の巨体を目撃し、思わず多々良ゴールドの筆が止まる。
しかし、唖然とする彼女を余所に話は進んでいった。
「しょうがない、タイミングが悪いけど行くよ! みんな気をつけること!」
「え、誰? 急に何ご――こっちだとおにぎりが喋ってる!?」
「おにぎりじゃなくておむすび!!」
その結果、どやどやとした声に反応したゴールドは、しゃべる御ムスビ様を振り向きざまに目撃する。
「あらら、見えはったん?」
「見えちまったんならしょうがねぇよなぁ」
そして、黒い笑みと獰猛な笑みを浮かべた2人が、両サイドから多々良ゴールドを捕まえた。
「え、あの、ちょっと? 急になに? ホントにだれ?」
「申し訳ないけど、巫女として言わせてもらうわ。この瞬間に御ムスビ様が見えたということは、アナタには適正があったということ。見えないものが見えてしまう位置に、今この町全体があるけれど――アナタはその中でも特に近い場所にいる。そして望もうが望むまいが、怪異と出会った者はそれ以降、別の怪異と出会いやすくなる」
「あ、おむすび神社の巫女の人。なにそれ嘘でしょ!? まじなの!? じょ、冗談だよね?」
「信じられないと思うけど、せめてこれぐらいは見せてあげる。この町を今、裏から守ってる巫女を見て――少しでも落ち着いてちょうだい」
そう言ってきずながお守りに手をかけたことで、他の面々も同じようにした。
色違いの、おそろいのお守りを握りしめ――その奥の『神様勾玉』にふれる。
「「「「「『変身』」」」」」
そして、卍句が唱えられた。
月の白兎。命の不死鳥。海原の姫。
お山の大将。一粒の種。
それぞれの素質に合わせたものへと少女たちの姿が変化、より強い自分へと移り変わっていく。
「宙まで届く純白の決意。 『陽』の巫女、ラビットホワイト!」
「燃え盛る命の炎。 『火』の巫女、ザ・フェニックス!」
「ふり注ぐ恵みの雨。 『水』の巫女、アクア・レイン」
「荒ぶる大地の乙女! 『土』の巫女、我威亜!」
「はえ渡る、緑の可能性――『木』の巫女、万葉種子」
変身した同級生たち。その全てが、超常の衣に身を包んでいる。
つまりは、非現実の具現がそこにいた。
「ま、まじでぇ? うっそぉ、怖ッ。話について行けないんだけど」
「大丈夫、この町もアナタもちゃんと守るから。アナタが戦いたくないのなら、戦わせるような真似はしない。けどもしも、一緒に戦ってくれるのなら――私はアナタを頼もしいと思う」
そう言い残して、白兎の巫女は窓から飛び出した。そのNO1な跳躍能力を活かして現場へ急行する。
「『青気功・爆速流動』」
その後を追ったのは、青いオーラをまとう気功術により、身体能力をさらに強化する雨の巫女だ。俊敏な動きで建物を飛び回り、最短距離で向かう。
「わたしたちも行くよ!」
「おうよ!」
「はいな」
最後に、不死鳥の巫女が炎の翼を広げて羽ばたき、その両腕にそれぞれ二人の巫女がしがみついた。機動力に欠ける大地と種子の巫女は、このまま飛んで現場へ向かう。
「待って!」
そして、そんな巫女2人を抱えて飛ぶ不死鳥の巫女の足に、多々良ゴールドはしがみついた。
「ちょっとゴールドちゃん、危ないよ!?」
「分かってるよ! けどこんなもの見せられて、あとは放置で待機とかしてられるわけないでしょ!? アタシを仲間にしたいとか訳分かんないこと本気で言ってるなら――せめて戦ってる姿ぐらい見せてよ!」
「分かった。じゃあ、いい感じのところで降ろすから、隠れて見てて。自分たちが戦ってるところ」




