□天の鶫/私の居場所
かくして、かくかくしかじかなんだかんだで、私はテンノに聖剣を突き立てた。
そこに至るまでにちょっとした過程があったが、まあ箸にも掛からない話なので、ばっさりカットさせていただいた。
胸から聖剣を生やしたテンノは、一瞬それに視線を落としてから、空を見上げて絶叫する。
同時に魂の濁流のように流れていた黒い背景が、ガラスのように砕けて霧散した。
直後にテンノの体が爆散し、漆黒の霧を破るようにして白い光が何千何万と体内から噴き出し始める。
これは……
『もしかして、これまでテンノに取り込まれてた魂たちか?』
蜘蛛の子を散らすように。
繭から孵った蝶が飛び立つように。
その幻想的な風景の中で、私たちは根拠のない感想を漏らした。
気のせいだろうか。
光の中に、いくつか見知った者たちの顔が浮かんでいたような気がして。
それらに手を伸ばそうとしたところで、光の放射はさらに勢いを増し、私は意識までも白く染め上げられた。
……
目の眩むような白さの中で。
反射的にまぶたを閉じて視神経を庇っていた私は、恐る恐る目を開いて状況を確認する。
『ここは……』
同じように瞳を開いた聖剣が、放心したように呟いた。
そこは全てが白い、何もない空間。
しかし重力や地面は一応存在しているようで、私はその何もない空間にぽつんと立ち尽くしていた。
ふと気がついて振り返ると、そこには学生服を着た短髪の女子高生が一人。
少女はスカートの裾をギュッと掴み、慙愧に耐えないと言った表情で眉をしかめて目を潤ませていた。
〈〈 ……私は、間違えていたのかな? 〉〉
尋ねる少女に、私はゆっくりと、だけど力強く首を振った。
正しいも間違えているもない。
それがあんたの願った物語で、これが私の根ざした世界だったというだけ。
〈〈 でも、それでも、私はあの聖女を救いたかったんだ 〉〉
それはただの言い訳なんでしょ?
私は言い淀むことなく、その事実をはっきりと彼女へ突き付けた。
あんたは自分の世界を救いたかった。――自分の世界に救われたかった。
ただそれだけなんだ。
〈〈 ……そうだね。……ただそれだけのことが、私にはとても難しかった 〉〉
少女は自分の右手を見下ろした。
彼女の体もポロポロと崩れ、この白い光の中に同化しようとしていた。
〈〈 自覚したところでもう手遅れだね 〉〉
手遅れだけど、まだ終わりじゃない。
ここまでしっちゃかめっちゃかやって来たんだ。
だったらせめて、自分の物語くらいはきちんと終わらせてから、終わりな。
〈〈 …… 〉〉
少女は白さに霞む天空を見上げた。
彼女の体はもう、上半身ほどしか原型を留めておらず。
〈〈 私、帰れるのかな? 〉〉
いつだって還れたさ。
あんたがそれに気づかないふりをしていただけで。
左手を腰に当てた私は、嘆息の代わりに三つ編みを振ってみせた。
少女は私に顔を戻すと、今にも泣き出してしまいそうな顔で精一杯の笑みを浮かべる。
〈〈 色々とごめんね、エルザちゃん。今までありがとう 〉〉
その言葉はこれまで道連れにしてきた奴らに言ってやりな。
……今度は迷って出て来るなよ。
私はそれだけ言い含めると、少女の返答を待たずに右手の聖剣を横薙ぎに払った。
その風圧でわずかに残っていた彼女の輪郭が掻き消え、白い光たちと共に天上に生まれた白い太陽の向こう側へと駆け上がっていく。
数分と経たずに。
私は暗い夜空に浮かぶ日記帳を足場に、また一人で立ち尽くしていた。
『……終わったのか、マスター?』
いや、まだだ。
まだ真のラスボスが残っている。
『真のラスボス?』
――そうだろう、ランドルギア。
私は半眼を細めながら右手の聖剣を己の前にかざした。
聖剣は困惑したように眼球を躍らせ、一方でとても穏やかに瞳の色を赤く染め上げる。
『……気づいていたのか、私の存在に』
『え、なんだこれ?! おいマスター、オレっちなんか勝手に喋ってちゃってるぞ!?』
左が冷静沈着な大人の青年の口調で、右がいつもの落ち着きないオレっち言葉で。
聖剣は器用なステレオ音源で私に向かって声を発していた。
まあ、私も勘づいたのは本当につい先ほどのことなのだけれど。
よくよく考えれば当たり前の話なのだ。
だって、天野鶫は平々凡々普通の少女なのだから。
ただの女子高生にすぎない彼女が、逆立ちしたところで世界を股にかけた大冒険などできるはずもなかったのだから。
だとしたら、誰か協力者がいたはずだ。たとえば、異世界から勇者を召喚することができるような超常能力を宿した聖剣とかの協力が。
『……』
『私はツグミを止めることが出来なかった。彼女を説得することが出来なかった。彼女の想いを、無下にすることが出来なかった』
最初から、テンノを倒させるつもりで私たちに取り憑いたな?
だから聖剣の記憶や設定を弄り、誘導尋問のように私を追いつめ、テンノと敵対させた。
おまえがテンノの最大の協力者にして、唯一の反逆者だったんだ。
『ツグミの精神はもう限界を超えていた。このまま放置すれば、無作為に世界を喰らう怪物と化していたかもしれない』
……巻き込まれた私たちはいい迷惑だよ。
『キミは――いや、済まない』
瞳から出掛かった言い訳を全部飲み込んで、ランドルギアはその一言に己の想いを凝縮していた。
そう言われてしまえばそれ以上なじることもできず、私も口から出掛かった文句を全部飲み込み収める。
……彼女はどうなる? 私の世界は?
『ツグミは、キミも、私が責任をもって元の世界に送り返そう。そのために私は、ここまで生き永らえて来たのだから』
ランドルギアが宣言すると、私の足元に魔法陣が浮かび上がった。
その図形には見覚えがある。天野鶫が異世界に召喚されたときと同じものだ。
だけどあれは命を削る外法だと、たしか彼女の記憶には……
『その通りだ。だから私は彼女の精神のみを転送することで命を蓄えてきた。……全ては、この瞬間のために』
魔法陣は光を放つとゆっくりと回転を開始する。
それと共に、私の頭上にもあの白い太陽が浮かび上がった。
……
これでお別れかな、ランドルギア。
私は手の中の、『オレっち』の方の聖剣へ語り掛けた。
聖剣は瞳を大きく開いて私を見つめ、そして照れたように視線を逸らす。
『いきなりしんみりするのはやめてくれよ、マスター。いつもみたいに悪態吐いてくれた方が、オレっちも嬉しいぜ』
あ、そう?
あー、あんたがいなくなってマジせいせいするわー。
元の世界に戻ったら、あんたの抜け殻は存分に有効活用させてもらうから安心してね。ああでも、この目玉部分だけは本気で邪魔だから魔王様かミルーエにモギモギしてもらった上で、もうちょっとカッコイイ装飾くっ付けてもいいかな。
『オレっち泣いてもいいっすか?』
『心配せずとも、聖剣の自我も一緒に送り返すよ。そこまで“戻して”しまうと様々な世界に悪影響が出てしまうからね』
ちっ、やっぱりそうなるのか。
『舌打ちに躊躇ねぇなぁ、おい』
聖剣がガッカリした口調で目を閉じると、その瞳の中から黒い霧が抜け出した。
霧はそのまま魔法陣の外まで退避したところで、聖剣に似たロングソードの形状に変形する。
『ありがとう、エルザ。キミのこれからの物語に、幸多からんことを』
その言葉はこれまで道連れにしてきた“あいつ”に言ってやりな。
……今度はちゃんと、あの迷子を連れて帰りやがれ。
『そうだな。心得た』
答えたところで、魔法陣の光が臨界点を突破した。
私と聖剣は光の粒に分解され、白い太陽の中へと吸い込まれていく。
『さらばだ、異界の英雄譚よ!』
――――――――――
そうして目を開ければ、私はフカフカ毛皮で出来た安楽椅子の上でだらしない寝顔を晒していて。
もしかして全部夢だったのではと少し心配になったところで、私以上に心配そうな顔をしたミルーエが私の顔を覗き込んで来た。
お、おはようございます?
「……エルザ様、ですよね?」
アッハイ、エルザ様デス。
私はコクコク頷きながら周囲の状況を確認する。
右手側から椅子に乗り上がって私を見下ろすミルーエ。その傍に立て掛けてある聖剣と、慌てて残念そうな顔を作っているガルトライオ様。左手側にはむしろ残念そうに歯軋りを鳴らしているフォウリー様と、その隣で腕を組み満足気に頷いているのがディアボロスフェア様。
……あれ、魔王様は?
「エールーザーさーまー?」
顔を回してお姿を探そうとしたところで、私の頭がミルーエの両手にガシッと力強く挟まれた。
いったい何事かと思う間もなく、私の頭蓋骨がギリギリと万力のように締め付けられる。
「こんなにこんなにこんなにこんなに私のことを心配させておいて、真っ先に出て来る言葉が“魔王様”って何事ですか貴女は!? もういっそのこと潰しますか!? ここでもう一遍死んでみますか!?」
ステイ! ミルーエステイ!
たしかに今の発言はなかったわと只今わたくし絶賛大後悔中だから!
あ、愛します! 一生どこへでもついて行きます! だから命だけは助けて下さい!!
『命乞いに迷いがなさすぎる』
だがそんな命乞いが功を奏したのか、ミルーエはまもなく私を解放してくれた。
ぜぇぜぇと呼吸を乱しきった私は、側頭部を押さえるフリをしながらミルーエに隠れて魔王様の姿を探す。
しかし、三つ編みを隠すことをすっかり忘れていたため、一瞬でそれを見破ったミルーエがやれやれと肩を落として嘆息した。
「魔王様ならぁ~、エルザ様の後ろにいますよぉ~?」
うしろ?
「……」
仰け反るように後ろを見ると、頭上に魔王様の犬顔があった。
というか、私が王座に座っている魔王様の膝の上に座っていた。
なーるほどー♪
妙にヌクヌクしてて座り心地の良い椅子だと思ってたら、魔王様のお身体でしたかー♪
……えっと、なんで?
四天王を見回してもみんな静かに首を振るだけで(フォウリー様だけ歯軋りがうるさかったけど)。
結局魔王様に顔を戻しても、魔王様は黙って私の姿を見下ろしているだけで。
……
魔王様どうも。エルザ、ただいま生き返りました。
「おう、遅かったな」
魔王様は表情を変えずに、それでも「本当に待たせやがったな」という不快感を籠めた返事を返した。
もうちょっと感動的な労いの言葉でも聞けるかと思っていた私は、思わず頬を膨らませて半眼を細める。
まったく、無茶言わないでください。
これでも慣れないジャンルの中、頑張って七転八倒してきたのですからね。
「それで、どうなったのだ?」
そんな会話の間を突いて、ガルトライオ様がすかさず尋ねて来た。
他の四天王の皆さんも言葉には出さないが、全員同じ考えなのだろう。
あー。それについて説明するのは本当に面倒なので、後で私の書いた日記でも盗み見ていただけませんか?
本当に、ずっと死んでただけのはずなのに、なんか心身ともに疲れ果てましたよ。
私はぐったりと肩を落とすと、せっかくなので全力で脱力して魔王様の胸に頭を預けた。
目を開ければ、やっぱり魔王様がジッと私の顔を見下ろしていて。
……ちゃんと守りましたよ、魔王様の命令。
「……あったりまえだろ、バーカ」
魔王様はようやくいつもの笑みを浮かべると、私の報告を鼻で笑い飛ばしてくれるのだった。




