エルザの最後
気がつくと、私は図書館で本を読んでいた。
薄暗い図書館の、本棚の間に挟まれながら自分の日記帳に目を通す。
なんでそんなことをしているのか疑問に感じて、そしてこれは夢だとすぐに思い当たった。
おかしな話だ。
あれだけ変な夢をいっぱい見てきたというのに、明晰夢はこれが初めての経験だった。
ふと、何気なしに後ろを振り返る。
図書館の客は私だけではなかった。
妙にガタイの良い白髪の老人。モデルみたいな体型の金髪ポニーテルの女性。なんか普段からニンニン言ってそうな感じの散切り頭の青年。見るからに内気そうな黒縁眼鏡の女学生。
みんな、まるで私にはまったく興味がない風に装いながら、本棚と向き合い思い思いの本に読みふけっていた。
私がそんな光景に微笑んでいると、静かな空間にコツコツと鉄の足音が鳴り響いた。
何事かと視線を正面に戻すと、この場に不釣り合い極まりない、白銀のフルプレートを装備した暗黒騎士が近づいて来ていて。
暗黒騎士は私の前までやって来ると、わざわざ手動で兜を外して素顔を晒す。
左右が反転していない、鏡越しじゃない自分と見つめ合うのは、何とも言えない奇妙な気分だった。
短髪の私はニヤリと魔王様のように邪悪な笑みを浮かべると、小脇に挟んだ日記帳をこちらに見せつける。
どれだけ何度も読み返されたのか、随分と擦り切れてボロボロになった日記帳。
まるで今すぐに読めと言うように、その日記帳を私に向かって差し出して来た。
私はその日記帳の表紙に目を落とし、自分の日記帳に目を移し、そして短髪の私へと目を向けてから。
最後には諦観するようにやんわりと首を振った。
短髪の私はそんな私の顔をジッと見つめ、それから満足そうに頬を緩めてうんうんと繰り返し頷いた。
用件はそれだけだと、短髪の私は兜を被り直しながら躊躇なく踵を返した。
その背中を、私は何の言葉をかけることもできずに見送るしかなくて。
不意に、彼女が向かう先に光明が差した。
まるで白い太陽のようなその丸い穴に、暗黒騎士は迷わず足を踏み入れていく。
――その穴の向こうで、鳥の翼を生やした天使のような影を見つけて。
私がギョッと目を見開いていると、逆光の中で、その天使が悲しげな笑みを浮かべながら深々と頭を下げた。
暗黒騎士も境界の狭間で立ち止まり、最後の未練のようにこちらへ振り向き左手を上げる。
「――」
彼女の声が聞こえた。
でも、自分以外の口から聞こえる自分の声は、まったく何の現実感もなく。
私はその発言の内容を一切理解することが出来なかった。
暗黒騎士と天使は手を取り合うと、お互いに幸せそうに見つめ合いながら太陽の奥へと消えていく。
そして、光が完全に消え去ると図書館に再び静寂が舞い戻った。
……果たして、これは何を意味する夢だったのだろうか。
祝福だったのか。
懺悔だったのか。
警告だったのか。
神託だったのか。
何も分からなかったけれど、私の両眼からは涙がとめどなく溢れていた。
私はそれを拭うこともできずに、ただただ彼女たちが消えた虚空を見つめ続ける。
ポンと。
背中から、そんな私の肩が叩かれた。
振り返ると、黒縁眼鏡の少女が困ったように笑いながら首を振っていて。
他の客らも心配そうに私の傍へと近づいて来ていて。
私は思い屈して自分の日記帳を見下ろす。
まだまだ真新しい日記帳。その表紙に額を摺り付けながら、私は声を押し殺して涙を流す。
ああそうだ。
きっとこれは本来あり得なかった邂逅だから。
テンノの、ランドルギアの力の残滓が見せた、決して繋がるはずのない前世の物語だったから。
彼女たちの結末が、せめて安らぎに満ちたものであることを、ただ祈ろう。
そして、この気持ちだけを残して全て忘れてしまおう。
私は涙を振り切り顔を上げると、彼女たちと決別するように反対方向へと踵を返した。
その後ろにテンノ達も付き従う。
――さあ帰ろう、私たちの世界へ。
私の愛する者たちがいる、
私の愛した者たちがいる物語へ。
そう宣言して掲げた日記帳のタイトルは、私の流した涙で少し濡れていた。
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world:デイリーダイアリー
stage:魔王城 100日目
personage:エルザ
image-bgm:瞬間センチメンタル(SCANDAL)
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