表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
第〇-2冊目【それぞれの魔王様観察日記】
828/839

□楽園の戦士たち





「ゴブろー、見て見て~。ほら、ドクダミがこんなに生えてたよ~☆」





 太陽が西に傾き始めた頃。町から半日ほど歩いた森の中、二人は地面にしゃがみ込み、薬草として親しまれている山菜を採集して回っていた。


 呼ばれたゴブろーくんが振り返ると、広げたスカートいっぱいにドクダミの茎を乗せたエルザが駆け寄ってきて。

 高低差から垣間見えた下着に唾を噴き出した彼は、慌てて顔を正面へ戻しつつ、震える指で背後に置かれたズタ袋を指し示す。


「……内ポケットにワラが入ってるから、他の草と別々に結わえてその辺に転がしておいて。こっちもひと段落だから、ここいらで今日の分は終わりにしよう」

「はいは~い。ゴブろーの袋ってホント凄いよね、何でも出てくるんだもん」


 ドサドサと放るようにドクダミを下ろしたエルザは、そのまま言われた通りに袋を漁り、束に結わえられた藁を取り出した。

 そしてそこから数本を引っこ抜くと、自分が摘んできたドクダミと共にヨモギやシャクヤク、実ごと折られたコブシの枝などなどを分別していく。


 その作業が行われている間に、ゴブろーくんもレジャーナイフでヤマユリの群生地を掘り起こし、切り離した球根を準備しておいた巾着へと突っ込んだ。


「……エルザみたいに身一つで旅してる方がどうかと思うけどね。冒険者セット全部はカサ張るだろうけど、ナイフと火口くらいは持ち歩いて損はないよ」

「そんなこと言われても、家を出るときは着のみ着のままだったし。頑張って貯めてたお小遣いも、この剣を買ったらほとんど無くなっちゃったから」


 薄々そんな気はしていたが、どうやらかなり無計画な箱入り娘らしい。真顔のまま柄を握って嘆息する彼女に、ゴブろーくんもやれやれと溜息を吐き出した。

 かと思うと、彼はナイフにこびり付いた泥をマントの裾で拭い、それから鞘に納めたそれをエルザに向かって差し出す。


「お古で悪いけど、これをキミにあげる。頑丈だから焚き火用の穴を掘ることもできるし、こういうのを一本持ってると、野営をするのに何かと便利だよ」

「いいの!? ……でも、それだとゴブろーが困らない?」

「道具なんてまた買えばいいだけさ。それに護身用には()()()があるからね」


 恭しく両手で受け取った刃物を見下ろす彼女に、ゴブろーくんは左上腕に巻かれた大型のコンバットナイフを叩いた。

 渡された山菜掘りと比べれば、それはマチェットと見紛うサイズがあって。エルザはグッと口元を引き締めると、彼からの贈り物を胸の谷間に抱き締める。


「ゴブろー、ありがとう。わたし大事に使うね」

「どういたしまして。……それじゃあ、早速それで火を起こしてもらおうかな?」

「うん、任せて!」


 ナイフと藁束を両手で握り締めながら、エルザはフンスと鼻息を吹かして気合いを入れてみせた。

 ……まあ、なんだかんだ焚き木に火が点いたときには、夕陽などとうの昔に沈んでしまっていたのだけれど。


「――ねぇねぇ、ゴブろー。なんでクエストに書いてない草まで集めてたの?」


 ズタ袋の底に敷いていた小鍋に、採れたてのカモミールを浮かべて。くつくつと煮える湯の上で踊る花弁を眺めつつ、体育座りしたエルザが問いかけた。

 その上座で夕食の干し肉を炙り直していたゴブろーくんは、呆けた顔で彼女を見つめ、そして困ったように苦笑しながら焚き火へと追加の枝を挿し込む。


「書いてあることをやるだけが冒険者じゃないだろ。ギルドまで依頼が来たってことは、そうするだけの需要があるってことさ。だったら、余った薬草もお金に変えてもらえるかもしれない。どうせ移動の手間は変わらないしね」

「……手間は変わらないって言うけど、この量をどうやって持って帰るの?」


 エルザが半眼を横に向けると、二人の隣には今日一日かけて掻き集められた草花たちが山と積まれていた。

 そもそもここに到着するまでに危惧しておくべき心配事に、ゴブろーくんは諦めるような失笑を溢しつつ、焚き火から干し肉を降ろしてズタ袋に手を入れる。


「さっきも話したけど、旅をするならギルドの冒険者セットは常に背負って歩いた方がいいよ。キミが鞘に付けてるそのポーチだけだと、想定外のことが起こっても対応できないでしょ? 剣士を目指すにしても、まずは戦地に辿り着かなきゃ」

「だって、たくさんモノが入ってて歩くのの邪魔になりそうだし……。それにフライパンとかロープとか、べつに使わなくても何とかなるし……」

「討伐クエストでも、食べ物を現地調達しなくちゃいけないことはある。沢だって上流で何を流してるか知れないし、水が澱んでるかもしれない。戦闘中にお腹を壊したら大変だよ? それにロープがあれば、いろんな道具が作れたりするんだ」


 ズタ袋から引っ張り出されたのは、釘でも打てそうな固さのライ麦パンで。広げたハンカチにそれを切り分けると、焼き立ての肉もスライスして乗せ、さらには脇に生えていた大葉を千切って重ねた。

 最後に煮立ったハーブティをマグカップに注ぐと、収穫しておいた杏の実を添えてエルザの足元へ差し出し、そうしてから彼は薬草に視線を戻す。


「“追従する荷台”っていう魔法もあるけど、キミの勉強も兼ねて、今回は簡単な背負子を作って担いで行こうか。明日、夜が明けたら作り方を教えるよ」

「ゴブろーってそんなのも作れるんだ。さすがゴブろー、略してさすゴブだね☆」

「うん、とりあえず略すのはやめよ?」


 キラキラとした半眼で彼を見つめたままパンを食むるエルザに、ゴブろーくんは瞳から感情を殺しながら杏を丸かじりした。

 そしてその予想外の酸っぱさに断面を覗き込んでいると、今度は食材を切るため抜かれていた彼のコンバットナイフへとエルザの興味が移る。


「荷物はパンパンなのに、武器らしい武器ってそのナイフだけだよね。どうせならゴブろーも、わたしみたいに剣を背負ったらいいんじゃない?」

「たしかに長物を愛用してる冒険者は多いけど、“冒険”って観点から考えると、ああいう装備はしばしば邪魔になるんだ。ほら、単純に重くてかさばるだろ?」


 冒険者は足が資本。どんな簡単なクエストであっても、まず目的地まで辿り着けなければ始めることが出来ない。

 また、到着しても疲労困憊では自慢の武器を振るうこともままならないし、負傷で泣く泣く装備を捨てて行かざるを得ない事態も起こり得るだろう。


 冒険は旅に出る前から始まっている。どんな依頼であろうとも、事前のブリーフィングとリスクマネジメントを怠ってはならないのだ。


「それに、ただ敵を倒すだけなら装備にこだわる必要はない。松明でも棍棒でも、頭を殴ればヒトは昏倒するし、その辺の石だって立派な投擲武器になるのさ」


 そう言って皮肉るような嘲笑を浮かべたかと思うと、ゴブろーくんは食べかけの杏をエルザに向かってクイック投球した。

 彼の唐突な行動にエルザの半眼もギョッと点になって。その直後、頭上の枝から彼女目掛けて落下してきた毒蛇が対空迎撃される。


「……あっ」


 奇襲に失敗した毒蛇はのたうちながら藪の陰に逃げていき、呆け顔でそれを見送ったエルザが尊敬の眼差しで彼を見つめた。

 対するゴブろーくんは気恥ずかしげに鼻先を掻くと、ナイフの先で焚き火を崩して大きく煙を立たせてから、腕の鞘に刃を納める。


「様々な武具に習熟し、戦場を広く見通す者。戦術だけでない、あらゆる事態に対応できる戦略のプロ。そんな人物を、オレたち冒険者は“戦士”と呼ぶんだ」


 往々にして、民衆は戦士を“武器を振るしか出来ることのない脳筋”と思いがちだが、それは2号をして“力押しだけのライダー”と称するくらいの愚考だ。


 扱う武具を選ばず、戦う場所を選ばず、陥る状況を選ばず。どんな窮地にも活路を見い出し、時にマンチキンな手段で戦況を打破する。

 他職種のような専門性がないのではない。『冒険』というアビリティに精通し、抜群の生存能力を発揮する彼らは、パーティーに必要不可欠な存在なのだ。


「吟遊詩人の冒険譚だと、どうしても騎士や魔法使いの活躍が語られがちで、戦士は泥臭い役職ってイメージが付いてまわるけど。でも、一緒に戦って本当に頼りになるのは戦士だって、オレはそう思ってるよ」

「……ゴブろーは戦士になりたいの?」


 彼の解説を聞きながらパンを食べ終えたエルザは、デザートの杏に手をつけようと開けた口で問い掛けた。

 真っ直ぐな半眼に見つめられて、ゴブろーくんはどう答えたものかと夜空を仰ぎ、そしてフフッと失笑を浮かべながら彼女に顔を帰す。


「なんにしても、エルザはまず最低限の装備を整えるところから始めないとな。この報酬を貰ったら、ギルドの売店で冒険者セットを揃えようか」

「え~、せっかくだから新しい下着を買おうと思ってたのに~。ゴブろーだって、パンツはカワイイ方が嬉しいでしょ?」

「……なんでオレに聞くの?」


 齧った杏が甘いと喜びながら。エルザがフンスと鼻息を鳴らして両手を握り締めると、ゴブろーくんももうすっかり慣れた様子でツッコミを返すのだった。





「へくちっ」


 夜も更け、替わりばんこに仮眠を取ろうかとなった段で。先に横になっていたエルザがなんだか随分と独特な声を立て、三つ編みを震わせながらクシャミした。


 晩春と言えど夜は冷える。鬱蒼とした林の中となれば尚更だ。

 落ち葉の布団の上でずるずると鼻をすする彼女を眺めたゴブろーくんは、焚き火に多めに薪をくべると、ズタ袋に掛けてあったマントを彼女に差し出す。


「ほら、風邪引くぞ。……まったく、それで今までどうやって旅をしてたんだよ」

「夜に寝ちゃうと寒いから、日中にお昼寝してた。あとは通りすがりの馬車に乗せてもらったり、行商さんのキャンプに交ぜてもらったり、いろいろ」

「……」


 そんな言い訳を聞いた彼は、ここまで続いたエルザの幸運を神に感謝した。

 本来であれば、故郷へ帰るように促すのが先達としての正しい判断なのだろうが。何故かニオイを嗅ぎつつヌクヌクとマントに絡まる彼女に、ゴブろーくんは仕方なさそうに肩を落として溜息を吐く。


「分かったよ、しばらく一緒にパーティーを組もうか」

「へ……?」

「このままほっぽり出して野垂れ死にされたら、夢に出そうだからね。オレがあの町を離れるまでの間、キミに冒険者としての心構えを教えてあげるよ」


 マントから半眼を覗かせるエルザに、ゴブろーくんが目元を吊り上げ苦笑した。

 言葉が呑み込めないのか、彼女はだいぶ長い時間沈黙していたけれど。ガバッとマントを跳ね上げ身体を起こすと、猫のような跳躍力でゴブろーくんに飛びつく。


「ゴブろー、ありがと~! わたし、ぜったい幸せにしてみせるからね!!」

「あくまでオレが町を出るまでだからね!? ってか、いったい何の話だよ?!」


 エルザは彼の顔を巨乳で挟み込もうと両手を伸ばし、ゴブろーくんも必死のロックアップで彼女を押しとどめた。

 互いの身長差から危ういところではあったが。ゴブリン特有の腕の長さでエルザを振り払ったゴブろーくんは、ぜぇぜぇと後退りしつつ己が貞操を再確認する。


「オレと組みたいんだったら、その過剰なスキンシップは禁止ね! 守れないのなら、今の話もなかったことにさせてもらうよ!!」

「うん、わかった。この先は結婚してからのお楽しみってことだね☆」


 ムフーッと憎らしげなアルカイックスマイルを浮かべて、上体を起こしたエルザは「ミナまで言うな」みたいな口調で彼に頷き返した。

 どう見ても、何も分かっていないこと請け合いだったけれど。そんな彼女の反応を半ば予想していたゴブろーくんは、セイザの姿勢でエルザに就寝を促がす。


「はいはい、それじゃあいいかげんもう寝なさい。寝不足でも交代の時間になったら問答無用で叩き起こすからね――」


 丸い頭を撫でながら嘆息しようとしたゴブろーくんが、ハッと顔をあげた。

 そしてキョトンとするエルザを放って右に左に視線を動かすと、彼女の盾となるように位置取りを変え、左腕のコンバットナイフに手を添えながら立ち上がる。


「誰だオマエら! 応答がないなら敵対の意志があると見做すぞ!?」

「おぉこわっ。……たかがゴブリンの分際で、ずいぶんと鼻が利くじゃねぇかよ」


 聞き覚えのある声と共に、林の裏からぞろぞろと武装した男たちが姿を現した。

 その先陣を仕切っているのは、今朝方エルザに絡んできたヒョロガリバンドマンで。疑問符混じりの小首を傾げるエルザに対し、ゴブろーくんは敵愾心を剥き出しにして目を細める。


「オマエらは“燃える賢竜の団”だったか? ……どうやら偶然オレたちと同じ森に迷い込んだ、って雰囲気でもなさそうだな?」


 男たちの大半がすでに得物を抜き、さらには全員がゲスな笑みを浮かべているのを見渡しながら、ゴブろーくんがバンドマンに問い質した。

 一方のバンドマンはそんな彼を鼻で嘲笑うと、自らが持つシャムシールをかざして挑発するように刀身を舐めてみせる。


「なあに、オレたちはただ通りすがっただけさ。新人の女冒険者をかどわかし、人里離れた場所に誘き寄せて乱暴する。そんなクソ魔族を討伐するためになぁ?!」


「えっ?えっ? ……ねぇゴブろー、もしかしてわたしのことを言われてるの?」


 威嚇し合う二人を見比べつつ、エルザが他人事のように自身の半眼を指差した。

 そんな悠長なことを言ってる間に、男たちの包囲網が一段階狭まって。ゴブろーくんもギアを上げるように腰を落とすと、肩越しに鋭い視線を彼女へ向ける。


「エルザ、キミも構えて!! 自分の身は自分で守るんだぞ!?」


 叫ぶが早いか、“燃える賢竜の団”は一斉に彼らへと襲い掛かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
縄編むのは意外と面白い(最初だけかもしれんが、、、)。ただ、稲ってチクチクするし必要性に駆られてやるのは気が進まんな...と思い、ティッシュペーパー9枚ほど使って握り拳1つ分のしめ縄を作る方法を小学生…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ