□剣あるよぉ
「“岩石の角(ロックラム)”!」
キョトンとした半眼で硬直したままのエルザの首根っこを引っ掴みながら、ゴブろーくんは自分が立っていた地面の土を隆起させた。
キマイラが繰り出した魔法と比較すれば、まきびしサイズのささやかな棘であったけれど。さすがに鉄板仕込みでないブーツでそれを踏み抜くことは躊躇われたのか、バンドマンは一足飛びで突起物を飛び越える。
そんな彼の顔面を覆い隠すように、ゴブろーくんがエルザの首から引っぺがしたマントが投げつけられた。
完全に足下へと注意が向いてしまっていたバンドマンは、顔の形が浮き出るほどまともに布地を被り、前後不覚のパニック状態に陥る。
「“火炎の炸裂(フレア・バースト)”!」
右手でエルザを引き摺ったまま、続けてゴブろーくんが左手を突き出したのは、バンドマンではなく脇で燃え盛る焚き火だった。
生じた火球は燃えカスを巻き込んで膨れ上がり、小爆発と同時に左方へ熱風と破片を撒き散らす。ダメージ的に大した実害は出なくとも、二人を取り囲もうとする男たちの気勢を削ぐには十分な威力となった。
正面の集団はバンドマンが邪魔となり、左手も灰かぶりたちが無様な舞踏会を催して。一手半で敵陣の進攻を一方向に制限することに成功したゴブろーくんは、エルザを自らの後方へ押し逃がしつつ、左上腕からコンバットナイフを解き放つ。
そして歴戦のイコライザーが如く冷静に思考を研ぎ澄ました彼は、戦場の全てを俯瞰しながら、まずは迫り来る四人の冒険者に焦点を合わせた。
「敵は四人、全員が刀剣装備で隊列もバラバラ。……森林戦には慣れていないな」
ブツブツと口の中で相手の実力を読み上げたゴブろーくんは、あえてエルザをフリーにするように大きく右へ駆け出す。
もちろん、男たちの視線はより脅威度の高い彼から離れることはなかったが。その判断力が仇となり、先頭の一人が野放図に張り出た木の根に足先を取られた。
「でりゃあ!」
躓いたほんの一瞬を目掛けて、細い木を軸に急旋回したゴブろーくんのボレーキックが頭を弾き飛ばした。
蹴られた男は確認するまでもなく白目を剥いて昏倒し、周囲にいた男たちが反射的に持っていた短剣やショートソードを掲げる。しかし掲げたはいいが、どう振り回せばいいかで彼らは逡巡してしまった。
横に薙ごうとすれば木が邪魔となり、縦に斬り下ろせば枝に引っ掛かる。
……そんな風に我に返って太刀筋の計算をしている間にも、地に足を着けたゴブろーくんはもう次の行動を始めていた。
二番目の男の脛をコンバットナイフで切り裂きながら通り抜け、竦んだ三番目の男から短剣を奪い、それを身動き取れない四番目の肩に投擲する。
そのまま流れるように回転しながら刃を逆手に持ち直すと、破れかぶれに掴みかかろうとしてきた三番目の鼻先へと、渾身のカウンターパンチを喰らわせた。
「クソッ!クソッ!! いったいどこに引っ掛かりやがってる――だばぁ?」
頭も麻布も見事にこんがらがったのか、バンドマンはいまだマントの呪縛に囚われていて。アタフタしている取り巻きに標的を定めたゴブろーくんは、とりあえずのショルダーチャージで彼を焚き火の跡まで押し飛ばした。
そしてへっぴり腰で情けなく突き出された尻から視線を離せば、手近な冒険者がハチェットを掲げながら肉薄してくる。
「ゴブリン風情がナメてんじゃねぇぞ!!」
「ゴブリン風情で悪かったなあ!!」
ナイフごと右腕をかざして迫る斧を回し受けしたゴブろーくんは、その勢いで左前方に踏み出しつつ、相手の右臀部に刃先を突き立てた。
向こうも向こうで、痛みを堪えてゴブろーくんに振り返ろうとしたけれど。ナイフを抜いて出来た傷口に、もう一度追撃の斬影拳を撃ち込まれると、悶絶するように腰をグネらせてヨタヨタと這い蹲る。
「このゴブリン野郎め、舐めやがって!」
「ぐうっ!?」
呼吸と状況確認を兼ねて上体を起こした隙を突かれて、背後から飛び掛かってきた大男にゴブろーくんは首と右腕を掴まれた。
加えて彼を宙吊りにしようと身体を仰け反らせる大男に抵抗しながら正面に目を向ければ、すかさず腰溜めにショートソードを構えた冒険者が突撃してくる。
「おい、逃がすんじゃねぇぞ!」
「……くっ。……やれるか?!」
ゴブリンとトールマンの身長差を脳裏で計算したゴブろーくんは、一か八かと前傾姿勢となり、背負い投げよろしく大男を担ぎ上げようとした。
そんなことさせるものかと、大男も両足を力の限り踏ん張り――その引張力に乗っかって、ゴブろーくんは逆上がりの要領で大地を蹴って宙返りする。
まずは回転運動で首の拘束を抜け出し、大男の延髄を足蹴にすることで掴まれた右手首も引っこ抜いて。
危うく仲間の腹を刺しかけた冒険者がタタラを踏んで急停止する様を見下ろしながら、ゴブろーくんは大男の後頭部へ左手を構えた。
「“火炎の矢(ファイアボルト)”!」
赤い輝きと共に発射された火炎弾が炸裂し、大男は眼前の冒険者を巻き込んで近場の藪に頭から突っ込んでいく。
一方で、魔法の反作用でふわりと滞空したゴブろーくんは、まだ動ける“燃える賢竜の団”の配置を再確認しつつカエルのような着地を決めた。
「……エルザ!!」
近距離で“火炎の矢”を放った左掌は軽く火傷し、強引に束縛を破った右手首にも痛々しい赤痣が浮き出ていたが。三つ編みに迫る灰かぶりたちの動向に気づいた彼は、取りも直さず立ち上がって頭を振った。
棍棒を握った男を筆頭に、一同が舐めきった表情でエルザに迫っていて。しかし当の彼女も、負けじと大見得を切るが如く背中の長剣に手を添えてみせる。
「心配しないで、ゴブろー。この程度の連中なら、わたし一人で十分だよ。……なんたって、これまで家で毎晩素振りの練習をして来たんだからね☆」
そう嘯きながらチキリと鯉口を切ったエルザは、渾身のアルカイックスマイルを浮かべつつ、ズザッと左足を前に踏み出した。
そのあまりにも威風堂々とした佇まいに、よもやこの小娘も実はゴブリンくらい強いのかと、棍棒の男が思わず怯むように足を止める。
「さあ、行くよ! どこからでも掛かって来なさい!!」
行くのか来るのかどっちだよ、と言う一行矛盾はさておいて。そばかす付きの半眼を細めたエルザは、重心を落としてロングソードの柄を勢い良く引き抜いた。
……
…………
………………
「ねぇゴブろー。なんかコレ、ぜんぜん抜けないんだけど~?」
「バカなの!!?」
主人公が常に背負っている剣帯は、ミルーエ謹製の特注品が故に、低身長でも容易く長剣を引き抜ける仕様であるのだけれど。
腰に据える用の鞘を無理やり背中に巻いているだけのエルザでは、腕の長さが圧倒的に足りることが無くて。三分の二ほど剣身を露わにしたところで助けを求めてきた彼女に、ろーくんは素っ頓狂にまぶたを開いて絶叫した。
彼女を取り囲む一同も、珍妙な眼差しでその寸劇を眺めていたけれど。皮肉にも彼のツッコミで我に返った棍棒の男は、ニヤニヤと嗤いながら腕を振り上げる。
「下手に避けるんじゃねーぞ? 楽しむ前に死んだらツマらねぇからなぁ!」
「あ、ちょっとタンマ。今、ゴブろーに剣を抜いてもらうから……」
「知るかボケぇ!!」
鎖骨の一つも砕けば大人しくなると判断したのか、男はエルザの左肩を狙って棍棒を振り下ろした。
ゴブろーくんも大急ぎで彼女の方へと駆け寄ろうとしたが、下品な笑みを浮かべた後衛の男たちによって、その行く手を通せんぼされてしまう。
「エルザ……!?」
「――も~、だから待ってってば~!」
ドッと鈍い音を鳴らして。
エルザが不満げに左腕を振るった直後、男の手から棍棒が消失した。
周りの男たちもキョトンとまばたきを繰り返し、その間に悠々と闇夜を縦回転した棍棒は、ゴブろーくんに襲い掛かろうとしていた冒険者の頭上へと墜落する。
「へ……?」
場の誰よりも信じられないと言った表情で、ゴブろーくんは足元に転がる棍棒から、遠くのエルザに焦点を合わせ直した。
エルザの左手には彼が授けた鞘付きの山菜掘りが握られていて。
そんな短い刃渡りで、しかも棍棒相手に“覇王印の強パリー”と同じ真似をしてみせる様子が、ゴブろーくんの脳内でリプレイ映像として鮮明に流される。
その当人は、なおも背中のロングソードを抜こうと奮闘していたけれど。“燃える賢竜の団”が状況を理解するよりも先に、スタンディングスタートに前傾したゴブろーくんの輪郭が赤い魔力の蛍火を発した。
「……“幻影操作(ファントム・シフト)”!!」
魔力による映像を生み出して敵を幻惑する魔法。本来なら実像と虚像を惑わせる程度の、本当にささやかな幻しか映せない技である。
しかし、この時のゴブろーくんは『分身はこうやるんだ!』とばかりに大量の自身を生成すると、どこぞのSpecⅡよろしく“燃える賢竜の団”へ向けて強襲させた。
焚き火が消え去った深夜の森林は完全に闇に堕ちており、そんな中で赤く発光するゴブリンの群れに飛び掛かられた男たちは、先人と違わず瞬く間に恐慌した。
そんな分身の影に紛れながらエルザの下へと一気に駆け込んだゴブろーくんは、無感情な半眼で見つめ返す彼女の背からロングソードを解放すると、その抜刀の溜めを利用して棍棒男の胴を横薙ぎに払う。
「うがあっ!?」
案の定、彼女が購入した長剣は不良品のナマクラで、男が着ていた革鎧を斬り裂くことも能わなかった。だが、金属の塊による打撃はそのまま彼の鼓動を乱し、肋骨に深いヒビを走らせる。
苦悶の声と共に跪く男の姿で、他の冒険者たちも本体の所在を把握したけれど。すでにロングソードを両手に持ち直していたゴブろーくんは、歯の隙間から静かに息を吐きながら、師匠譲りの“流転の太刀”の構えを取った。
「……。……さあ、オレにどれだけディアボロ様を量れるか」
それぞれの武器を手に殺気立つ“燃える賢竜の団”を見据えつつ、己が魂にディアボロスフェア様をトレースしたゴブろーくんは、滑るように摺り足を送り出す。
剣戟に備えた者へ不意打ちの“火炎の炸裂”を放ち、怯んだ胴体を袈裟に下ろす。
その右腋を狙って迫る刃をパリーして、反転しながらの逆袈裟で身体ごと左へ受け流す。さらに続く突きを下へ潜り、足を掬う一閃で膝皿を割る。
そのまま背後にいた男の喉元を鍔迫り合いで潰し、その背を盾代わりとしつつ、ダンスのように体位を入れ替えながら最後の一人の眉間を柄で叩き伏せる。
『花乱火の併せから入って8手で詰み』とは、まさにこのことで。
ようやく座り直したバンドマンがゴブろーくんのマントを剥ぎ取れば、彼の周りを囲む仲間たちが、バタバタと一斉に地面へ崩れ落ちるところだった。
「えっ……あれっ……? ……え???」
「仲間を連れて立ち去れ。――オマエら程度では、オレには到底勝てやしないよ」
いったい何がと周囲を見回すバンドマンの眉間へと、ゴブろーくんがロングソードの切っ先を差し向ける。
ゴブリン一匹に負けるはずがないという慢心と、ゴブリン一匹に負けていいはずがないというプライドが、バンドマンの中で渦巻いていたが。
ゴブろーくんが自らの余力を示すように左手に炎の塊を昇らせてみせると、せめてもの舌打ちで自尊心を誤魔化しつつ、彼は逃げるように立ち上がった。
「覚えてやがれよ、このゴブリン野郎!!」
「……申し訳ないけど、あんまり物覚えが良い方じゃなくてね」
絵に描いたようなチンピラ台詞に、文字に起こしたような合いの手を返して。
互いに怪我を庇い合いながら撤収していく“燃える賢竜の団”を見送ったゴブろーくんは、小さな徒労の吐息を吐いてエルザに顔を向けた。
「ゴブろー、やっぱりスゴイね! ほとんど一人で追い返しちゃったよ!!」
「いや、半分ハッタリだよ。……あれ以上続けてたら、オレの方が持たなかった」
両手を握って称賛するエルザの背中にロングソードを返却しつつ、ゴブろーくんはやれやれと嘆息混じりにその場に座り込む。
フンスと鼻息を吹かしたエルザは、彼に抱きつこうと腕を伸ばしたけれど。考え直すように一寸固まると、疑問符を浮かべる彼の額に手を乗せた。
「本当にカッコウ良かったよ、ゴブろー。わたし惚れ直しちゃった☆」
「……ハイハイ、それはどうも」
弟でも愛でるように繰り返し頭を撫でる彼女に、ゴブろーくんは口元を吊り上げて苦笑と共に肩を竦める。
無愛想な半眼を瞬かせてそんな彼に頷き返したエルザは、少しだけ後退ると、表情筋に替わってフェアリーダンスで己が感情を表現してみせた。
木々の隙間から覗く夜空には、何事もなかったかのように満月が輝いて。
闇夜を照り返して踊る三つ編みをぼんやりと眺めながら、ゴブろーくんは自分が守り切った少女の舞にしばし見惚れるのだった。
「……でも、剣さえ抜ければわたしだって大活躍したんだからね~?」
「うん、とりあえずキミは剣の取り扱い方も含めていろいろと勉強しよっか?」




